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魔王様(幼少期編2)

 アルが7歳になった夏のこと。

 私もアルも村の外の森にちょっとだけ入ることを許されたので、明るいうちは二人で森の散策に行っていた。私はともかく幼いアルも居る。子供の足で行ける森の範囲は安全圏だ。

「リリー、あぶない!」

 と考え事をしていた私が唱えるより早く、アルは呪文を完成させて現れたモンスターを焼失させた。高温の炎は周りの木々を掠めることもなく、的確にモンスターのみを燃やしている。ターゲット、範囲指定、燃焼の持続時間……アルの魔法使いとしてのセンスが凄まじい。

 ううん、これでひよっこ扱いなので、エルフの村の住人のレベルっていくらくらいなんだろう……。

 村の周りの安全な範囲と言えどもあなどらないで欲しい。うちの村の周りに出るモンスターは、ゲームでいうところの中盤くらいのモンスターだったりする。弱いと言ってもそれなりの強さ。

 ……つまり私とアルは既にゲーム中盤くらいの能力はあるってことらしい。今更気がついたけれど、さっきアルが魔法で簡単に倒したモンスターはLv20くらいはあったはずだ。

 モンスターを倒したアルは、怪我一つなくけろっとしている。アルが視線に気がついたのかきょとんとした顔でこちらを見てきた。

 何でもないよと告げると、アルはにこっと笑ってまた前を向いた。控えめに言ってもうちのいとこは素直で愛らしい天使に育っている。

 ゲームのやわらかい微笑みと丁寧な口調で全てを拒絶するアルフレッドの性格はかけらも感じない。

 そりゃあ見た目は幼い頃なので、片鱗はいたるところに見え隠れしている。さらさらのショートヘアになっている髪をもっと伸ばして、耳の後ろでくくって前に垂らせばそれだけであのアルフレッドが小さくなったという印象になるだろう。

 子供らしい丸みのある輪郭で、さらさらのプラチナブロンドの長い髪……。想像するだけで天使だ。絶対可愛い。

「リリー、どうしたの?」

「え? ううん。なんでもないよ?」

 まじまじと見すぎていたのかな。アルは大きな目に不思議そうな色をのせている。……不審そうな目じゃなくてよかった。

 うーん? と首をひねってから、アルはわかったと声を出した。わかった、とは何がだろう。

 私の内心でないことはまず間違いないけれど、もしもそれだと大変危険だ。最悪アルフレッドの様にゴミを見る目で見られてしまうかもしれない。絶対に嫌だ。

 せっかくアルと仲良くできているのだし、アルフレッドのあの眼差しで見られるのは勘弁して欲しい! スチルの中でだったから耐えられたけど、現実として……ってアルはまだ子供だから余計に辛い!

 と、私が追加で悶々と考えていることはアルには伝わっていなかったらしい。

「リリー、疲れたんでしょ! 僕も疲れちゃったから休憩しよう」

 にこっと笑ったアルはきょろきょろと見渡すと、こっちと言って私の腕を引っ張った。向かう先は川原だろう。谷から流れてくる清らかな水は村の飲み水にもなっているから、そこで一休みするのかな。

 そんなことを思ってアルについていくと、やはり川原にたどり着いた。座りやすそうな木陰まで案内すると、アルは座って! とにこにこしている。紳士な少年に育ってくれて、お姉ちゃんは本当に嬉しい。

 素直に腰をかけると、アルは待っててと言って川原に水を汲みに行ってしまった。疲れたと言ってはいたけれどまだまだ元気はあるらしい。横顔はどこか楽しそうで、アルの目はキラキラと輝いている様に見えた。

 今のアルとアルフレッドの一番違うところは、あの若草色の両目に感情がよくあらわれるかどうかだと思う。アルフレッドは立ち位置上、腹芸なんてお手のものだったし。このまま素直に育って欲しいとは思うけれど、今後次第なんだろう。

 アルが水筒に汲んできてくれた水をお礼を言って飲むと、ひやりと冷えた水は身体に染み込む様だった。自覚してなかったけど、結構疲れていたみたいだ。

 隣に座ったアルもいい飲みっぷり。休憩をとるにはタイミングよかったのかもしれない。

「アル、もう学校はなれた?」

「うん。ディオンと仲良くなったよ!」

「そっか。友だちが増えてよかったね」

 にこにこと話しているアルの姿は見ているだけで嬉しい。ディオンはたしか狩人の家系の子だったかな。アルは彼と一緒に冒険に出るのが夢だという。

 叶えばいいなぁ。と思いつつ、アルが冒険を思いついたのは村に立ち寄る人間の話からなのだと、話を聞いてるうちにわかった。

「……アルは人間が好き?」

「うん。ぼくらが知らない話をきかせてくれるし、食べ物を村に持ってきてくれるし、おもちゃだって見たことないものもあるし、あとはやさしい人達だから好き!」

 アルはぱっと顔を輝かせた。好きなところを指折り数えてあげている姿が愛らしい。人間と友好的な村だからだろう。ゲームのアルフレッドもこうだったのかもしれない、と思うと少し悲しい。

 エルフ族の村は人を避けに避けまくった結果森の奥に……あったはずなんだけど、うちの村は割合人里からは離れていないらしい。親人間のエルフの集落なもので、森の奥ではあるけれどそこまで奥ではない。

 だから人間達、主に行商人かな。そういった人間は村によく顔を出している。

 ふと見上げた先、崖の上に人影が見えた。服装からするとあれも行商人……だと思う。けれど、妙な違和感がある。

「あ、人間だ」

 そう言って目を輝かせたアルが手を振ろうとしたのを、何故か嫌な予感がして私はやめさせた。口を覆って声を出させないようにしたのも反射的なものだ。

 きょとんとしたアルがそのままに「リリー?」と言うので少し手がくすぐったいけれど、理由は私にも説明出来ない。嫌な気配がした、としか言えないからだ。

 崖の上に立っている人間からはこちらが見えていないらしい。何か荷物を下ろしたりした後、すぐに彼らは立ち去った。

 気配が遠ざかったのを確認してから、私はアルを抑え込んでいた手を離した。

「ごめんね。よく見たら人だったんだね。クマかと思っちゃったからとっさに見つからないようにしちゃった」

 アルの頭を撫でて誤魔化そうとしたけれど、彼はじっとこちらを覗き込んでいる。流石にそうはいかないか。変な目で見られているわけではないけれど。

「リリーは人間が嫌い?」

「……そうでもないよ。でも、エルフにだってやさしい人と意地悪な人はいるでしょう? 人間が全員いい人や悪い人ってわけじゃない、ってことは覚えてね。悪い人間は綺麗なエルフを誘拐したりすることもあるんだよ?」

 そう言うと、思ってもみなかったのかアルはぎょっとして私にしがみついてきた。怖かったかな。でもアルは本当に可愛いから気をつけなきゃならないんだよ。

「リリーがいなくなるのやだ!」

「あー、うーん。私はどうだろ……。小さい子の方が狙われやすいから、アルは特に気をつけてね?」

「うん。でもリリーもだもん」

「はぁい、私も気をつけます」

 むっとしたアルは約束だからねと付け加えている。このままだと指切りさせられそうな気がして、素直に頷いた。

 アルは私もって言ってくれたけど、私はエルフの中では普通だと思う。お父さんとお母さんは私の深い青の目を夜空にたとえてくれたりするので気に入っているけど、金髪碧眼はエルフには多いしね。

 まぁ、それでも人間に比べれば整っていることは間違いないか。アルの天使の様な容姿には完敗してるけど。

 流石攻略対象キャラの中に紛れ込むことのできる容姿! と言っても、実際の他の攻略対象キャラを見たことがないので、現実として見るとどうなのかはわからない。

 アル? アルは現実の方が比べものにならない程可愛いし綺麗ですし、性格も今のところ天使です。

 まぁ、それはともかく。

「人間にも悪い人はいるってわかったかな? さっきの人達は何となくそういう嫌な人に思えたから隠れちゃったんだ」

「うん……」

 アルは難しそうな顔をしている。まぁ、悪い人ほど見分けなんてつくものではないし、全員がそうと思わないでいてくれるといいかな。

 それにしても、さっきの人影は何だったのだろう。しゃがみこんで探し物をしているようにも見えた気がするけれど、よくわからない。

 あの崖の上は私やアルではまだ立ち寄ることを許されていない場所だ。確かめようがないので、お父さんが帰ってきたら少し話をしてみようか。

 と、胸の内へと疑問を収めたその翌日から異変は少しずつ起こり始めていた。

 いつもは涼しく感じるはずの谷風が、妙な気持ち悪さを覚えた。翌日の違和感はそのくらいのことでしかなかった。

 谷川の上を撫でる様にして村へと届く分、この時期の風はひんやりと涼しい。

 風に乗ってきているのは鳥や花の種だと森の民は皆知っている。けれど今回、この風に紛れ込んでいるものはそんなものじゃない。

 まず最初に異変が起こったのは村で飼っているうさぎだった。それから数日経って鶏、犬、牛……少しずつ大型の動物へと異変は移っていく。

 もしかして、と気をつけている間もなく、村の子供が一人、また一人と倒れた。

 治癒魔法を使えるエルフは皆必死だった。薬草が殆ど効かない。効くのは行商人から買っていた魔法薬と、元々自分たちも使える治癒魔法くらい。

 回復してくれる者と勿論多い。けれどその反面亡くなる者も居た。

 僕も手伝う! とアルは言っていたけれど、子供からかかっているのだからとてもじゃないけれど手伝わせたりできない。アルのお母さんのレイチェルさんは治癒魔法の使い手だから私と共に出ずっぱりなので、大人しく我が家でお留守番だ。

 それにアルはとてつもない魔法の才能があるけれど、細かい調整はまだまだ苦手で治癒魔法は得意じゃない。どちらかというと大技な攻撃魔法や攻撃の支援魔法が得意だったりする。

 この辺りはゲームのアルフレッドと同じだな、なんて私が考えてしまうのは一種の現実逃避だと思う。

 だって、こんな疫病のことはゲームの中では触れられていなかった。アルフレッドの過去は『人間の軍隊がやってきて、村を焼かれた』と描かれていただけ。燃える木々と家屋、火の中に人影が見える。そんなスチルはあったけれど、こんな疫病のことなんて触れられていない。

 知らない、こんなことは全く知らなかった。知っていれば、魔法薬を買い集めたり、治癒魔法をもっと学んでおけたのに。

 ほんのちょっととはいえ治癒魔法が使える私は、大人達と一緒に必死になって動くしかできない。人間よりも長命なエルフの大人達ですら見たこともないという病。

 症状は大半のものがまず咳き込んで、高熱が出て倒れる。そうして苦しんで、意識を失って死んでいく。熱が上がる前に抑え込むことができれば回復してくれるけど、間に合わなかったら……。時間との戦いだ。

 前世の風邪と症状はよく似ているのに、比べものにならない凶悪さだ。皆マスクの代わりに布で口元を覆っているけれど、これに効果があるのかもわからない。文字通り気休めくらいかもしれないけれど、やらないよりはマシだ。

 とはいえ、私はまだエルフの中では年が若い……というよりも13になったばかりの子供。昔に比べて身体は随分健康になったけれど魔力の量はまだ少ないので、軽度の患者の対応や手伝いくらいしかできない。

 少なくなった薬草を取りに魔法使い達の詰所へ戻った時だ。扉を開く前に、ガタンと何かが崩れ落ちる音が聞こえた。

 慌てて扉を開いて覗き込むと、崩れ落ちていたのはレイチェルおばさんだった。顔が赤らんでいて、呼吸も早い。それに咳だって。これは間違いなくあの病の症状だ。

「おばさん! しっかりして!」

 触れると分かるほどに熱が出ている。きっと治癒魔法が使えるおばさんはずっと抑え込みながら、他の人の治療に当たっていたんだろう。今朝会った時には咳もしてなかったのに、こんな急に熱が上がるはずがない。

「誰か、誰か来てください!!」

 助けを求めながら、私は必死に魔法をかけた。見よう見まねだ。

 習っていない治癒魔法ではあるけれど、私なら出来る。魔法の天才、アルフレッド・クロスビーの血縁者だ。細かい技術は彼よりもあるはずだ。魔法の才能はあるんだ。だから、出来る。出来るんだ。

 誰か、早く。そう言い続けながら、私は必死に魔法をかけ続けたことだけを覚えている。大人に比べて少ない魔力で、見よう見まねの高度な治癒魔法を使った私はすぐに意識を失っていった。

 最後に覚えているのは、レイチェルおばさんが「ありがとう」と私にむけて小さく呟いたことだけだった。



 次に私が目が覚めた時は、ベッドの上だった。見知った天井とお母さんが見える。お母さんは私と目が合うと、ほっと安堵して涙ぐんでいた。

 声を出そうとしても上手く出せず、お母さんが差し出してくれたコップの水を飲んでやっと声らしい声が出た。聞きたいことは一つだけだ。

「レイチェルおばさんは……?」

 お母さんは苦しそうな表情になり小さく首を振って、その仕草だけで伝わった。

 あぁ、私の魔法じゃ駄目だったんだ。ぼろぼろと涙が零れてきて止まらない。

 もっと魔法がうまければ、助けられたのかもしれない。ゲーム中盤のモンスターを倒せるから強いわけじゃない。私はまだ子供で、まだまだ体も魔力も弱いんだ。

「おかあさん、私、もっと魔法うまくなる。レイチェルおばさんみたいに、ほかのひとをもっと、助けられるように」

「ええ、そうね……。でもリリー? レイチェルの様に自分のことを省みずに無理をしすぎたり、あなたの様に体がそんなに強くないのに魔力が枯渇するほどの無茶をしたりしてはだめよ。あなたの周りの人皆が悲しむわ」

 お母さんの目は静かで、それでも強い意志を抱いていた。微かに頷くとお母さんは優しく微笑み返してくれて、「まだ魔力も身体も回復したわけじゃないからゆっくり休みなさい」と言って私の頭を撫でてくれる。

 あたたかな感覚が伝わる。あぁ、これは癒しと眠りの魔法だ。その気配を覚えながら、私は再び眠りへと落ちていった。


 結局、私がベッドから立ち上がって自由に動ける様になったのは一日経ってからのことだった。レイチェルおばさんが倒れた日からは三日後になるらしい。

 私が倒れた直後に通りかかった人族の行商人から得た魔法薬のおかげで、まだ軽症の人は助かったらしい。皮肉なことにレイチェルおばさんが最後の犠牲者となってしまった。

 私の場合は魔力の枯渇だけで、病にはかかっていなかったので問題ない。と思っていたら、お母さんに魔力の枯渇でも最悪死ぬこともあると叱られてしまった。

 自由に出歩ける様になってまず向かったのは、アルの下だった。アルは今我が家で預かっているので、下と言ってもアルのいる部屋までの数歩の距離だけれど。

 アルは、レイチェルおばさんと二人暮らしだった。アルの父親のことについて、私はお母さんから何も聞かされていない。そのことを考えるよりも、まずはアルだ。

「リリー!」

 部屋に入ると私の姿を見るなり、アルは駆け寄ってきた。しゃがみこんで抱きしめると、アルも抱き返してくれる。

「ごめんね、もう大丈夫だからね」

 ぽんぽんと背中を叩いてあげると、ほっとした様にアルが息を吐き出した。少し体を離したアルは、大きな目に涙を溜め込んでいる。

 今にもこぼれ落ちそうなのに、溜め込んだままでアルは震える唇を動かした。

「リリー、リリーは……」

 けれど私の名前だけを呼ぶと、アルの唇はぎゅっと固く結ばれてしまう。それでもアルが口に出せなかった続きは痛いほどわかった。

 口にしたくないだろう。したら、もしかしたら起こってしまうかもしれない。そんな風に思っているのかもしれない。

「大丈夫、私は……アルを一人ぼっちになんかしないよ」

 私がこういうのは前世でいうところの言霊になればいいと願って。アルを一人ぼっちにはしたくない、もうこれ以上アルから誰かを奪わせたくない。レイチェルおばさんが亡くなって悲しいけれど、それよりもその感情の方が強かった。

 アルの押し殺した様な泣き声が耳に届く。アルはまだ7歳なのに。

 声を上げて泣きじゃくってもいいのに、アルの涙は静かに私の肩を濡らすだけだった。

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