表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/20

神官09

 何枚もの水鏡の向こうで伸びていた鋭い氷が一瞬で霧散して、霧へと変わる。アルの苛立ちが収まったからなのかもしれない。それと同時に重々しかった空気がとけて、その場に居た全員が息をついたことがよくわかった。

(……先生!)

 思わずあげた私の声は届いていないのだろう。水鏡の向こうで微笑んだ先生は私に気が付いていないのか、アルへと向けた眼差しを少し細めた。普段からおっとりとした先生だから見た目はそんなに怖くはないのだけれど、触れたままのアルの腕に力がこもったのはよくわかる。……水鏡越しだから大丈夫だよ。そう思いつつも、アルの気持ちは痛いほどわかる。

『アル? この魔法は相手を脅す為に使うものではなく、相手の意見を聞く為のものですからね』

「……はい、ダレン先生」

 素直に頷いたアルに、先生は満足そうにしている。ほんの少しとはいえ鋭かった眼差しはいつものおっとりとした微笑みに変わっている。そんなに怒っているわけじゃなかったらしく、ほっと一安心だ。

 ……いや、今は他の導師がいるからこの程度で済んでいるのかもしれない。接続が切れる前に逃げるべきかな。向こうから見えていなくても先生の怒った姿は私の精神衛生上よくないし。

 そんな場違いなことを考えていた私以上に、空気を読まない声を出したのは他の導師達だった。

『ファリド導師、戻られましたか。いやはや、あなたの若いお弟子は末恐ろしいことをなされるものだ』

『こちらのことを省みず強制接続などと』

 嫌味ったらしい声はくすくすとまた笑っている。この人達は相も変わらず! ユーディのことだけではなくてアルまでも! 単純に性根が腐ってるんだな? と私が睨んでも全く効果はない。

『素晴らしいことには変わりはない、だが』

『そうなんですよ、素晴らしい技術です! アル、次回会った時には構築方法を私にも教えてください!』

 アルの氷は全てとけたはずなのに、鏡の向こうの導師達の空気は凍りついてしまった。痛いほど気持ちはわかります。

「……先生はお変わりない様で何よりです」

 ユーディがため息混じりで呟いた言葉に私とアルもつられるようにして息を吐き出した。うん、先生は何年かぶりに会っても先生のままだった。

『ファリド導師は相変わらず魔法に目がないようだ』

『えぇ、こんなにも興味深く、素晴らしいものを他には知りませんからね――さて』

 にこにこと微笑んでいた先生の雰囲気が変わる。鮮やかな満月の色に似た両目がこちらと、他の水鏡を見渡した。

『クロスビー導師。これはどうやら二回目の接続の様ですが、前回と今回。どういった用件でしたか。何分僕は前回を知らないので改めてご説明願いたい。他の皆様もそれでいいでしょうか』

 こちらとしては願ってもないことだ。アルを見上げれば彼は静かに頷いている。先生以外の導師は不満そうではあるけれど、渋々了承してくれた。先生のおかげで助かったところもあるだろうしね。借りを返すくらいの気持ちなんだろう。

「では、改めて最初から。皆様ご周知の通り、リリー・ローレンスの姿は通常、エルフであっても見えません。私か彼女、どちらかが許可しない限り魔法によって遮蔽されている状態です。遮蔽という言い回しが正しいかどうかはわかりませんが、その問題は一旦置いておきます」

 後半はつっこもうとした先生に対する言葉だな。水鏡の向こうで先生が少ししょんぼりしている。魔法オタクも度が過ぎるのは問題だなと改めて思うけれど、準備している最中のアルの様子を思い出せばその辺りはしっかり師匠の血を継いだ気がする。……っとそんなことを考えてたらアルの視線がこちらを向いた。危ない危ない、真面目にしなきゃ。

「……私も彼女も無意識であっても許可を出した覚えのない人間が、彼女の姿を視認しています」

『キルリルの雫を利用した強化魔法の奇跡ともいえるものだ。実際は見えていないのでは?』

『もしくは、無意識に出した為に忘れているのでは?』

「どちらも可能性は低いかと。その人間が彼女の存在を把握していることは、先日ユールディードがご説明しています。また、彼がこちらへ赴いている時に私も確認しています。確実に見えていました」

『では、後者は?』

「後者については、その人間の立場からして我々が無意識であっても許可を出すはずがないのです」

『立場、それは聞いてなかったか。して、クロスビー導師。その人間の立場とは王族なのかね』

「いいえ。確かにヴァルハルト皇族に連なるものであれば許可を出すことはないでしょう。ですが、この度の人間は、高位の神官なのです」

 言い切った瞬間、水鏡の向こうの導師達の空気は再び凍りついた。先ほどの間の抜けた凍りつき方とは違い、鋭く冷ややかかものだった。

 そんな中で唯一穏やかに微笑んでいるのはダレン・ファリド導師その人だけだ。先生はいつもと同じく微笑みながらも何かを考えている様だった。


更新が遅くなりました。

活動報告でもお知らせしますが、私生活の都合上6月頃まで全体的に更新が遅れます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ