神官08
『クロスビー導師?! これは一体どういったおつもりですか』
「先日、私の守護役に言伝を頼んだ件についてお伺いしたいと思いまして」
『その件については、保留だと君の守護役へと伝えたはずですが』
『そうだな。君の守護役の話だけでは資料が足りない、よって次の機会までにと伝えていたはずだ』
『そうです。それに何ですか、私は接続許可など出していません!』
『私もです。クロスビー導師、この件について説明して頂きたい、どの様にして我らと水鏡を繋いだのか』
「水鏡については後日説明致します。まず先に、先日の件を。我が守護役は実際にリリー・ローレンスが許可を出した記憶のない人間に目撃されたところに居合わせています。その直後でのご報告でしたので、資料に不足はないはずです」
『直後すぎて根拠がなかったのだよ、クロスビー導師』
『えぇ、そうです。何が原因なのかをある程度推論立てた上で……』
水鏡の中に現れた導師達は、代わる代わるアルの言葉に反応していく。けむに巻く、というよりは問題を先送りにしたい、そんな感じだ。
根拠がないのも、何が原因なのかがわからないのも事実。だからこそ生きる智恵と呼べるエルフの導師達に持ち込んだというのに!
「緊急性が高いと判じて、フロストは急ぎ対応してくれたのです」
『その判断が誤りの可能性は?』
『えぇ、そうです。急ぎすぎた可能性は高い』
『そうですね。フロスト殿は確認を怠り急ぎすぎて過ちを犯した、という事実がある方ですから。幸いにして、その際は大事には至りませんでしたが』
クスクスと笑う声が水鏡から漏れる。私の姿は見えていないのか、水鏡からは隣に立つユーディへだけ視線が向けられていた。
腹立たしい。文句を言おうとしたけれど、当の本人のユーディが何も返そうとしなかった。何で言わないの。彼の顔を見ても困った様に目で笑うだけだ。
ユーディが事実だからと小さく呟いたのも納得出来ない。別に彼は確認を怠ったわけじゃない。急ぎすぎたわけでもない。
動くものは誰もいない。建物が燃え尽きて灰になり、やっと見つけた知り合いは物言わず煤に塗れて倒れている。そんな光景を、故郷に帰ってきたばかりのまだ10代の少年が見たら。
ただ、その後たまたまキルリルでアルと私に出会えたから、ユーディは踏みとどまれただけだ。そうじゃなければ、
(誰だって、そうなるに決まってるじゃない! ユーディは何も悪くない、普通の反応しただけよ!)
我慢出来ずに言ってしまっても、水鏡の向こう側は何も変わらない。私の言葉は向こうまでは届かないらしい。本当に、こういう時ほど役に立たない身体だ!
伝わらなくても、気持ちだけでも! と水鏡の向こうを睨みつけていると、向こう側の様子が少し変わった。向こう側、というより水鏡が、だ。
魔法陣から発した光の粒が室内を舞っていること自体はアルの術が発動した時から変わらない。けれど水鏡の周りで弾けた光の粒が消えない。よく見ると、固まっていた。
消えないのはおかしい。光の粒は弾けて消えると魔法陣の中へと循環していくはずだ。何かが、何がおかしい。
一瞬焦ってしまったけれど、この魔法陣は誰が発動させたものなのかなんて、簡単だ。
凍りついた光の粒が宝石の様に煌めいて、水鏡の周りに降り積もる。美しい、そんなことすら思える光景の中心で、アルの白金の髪は風に舞っていた。
「――ユールディードは過ちなど犯していない」
アルの腕がすっと水鏡へと伸ばされた。ピシッと何かが軋む音が聞こえてくる。見れば、アルが腕を伸ばした先にある水鏡が下から凍り始めていた。こちらだけじゃなくて、向こう側のものもらしく画面の向こうの導師の引きつる声が聞こえる。
(アル、落ち着いて!)
「そうだ、アル落ち着け! 今は俺のことはどうでもいいだろ、先にリリーだ!」
「どうでもいいわけないだろう!」
私の声もユーディの声も届いているのに、アルは伸ばした腕を左右に振った。中央の水鏡だけじゃなく、他の導師達の水鏡まで凍り始めた。
空間を渡っている魔力だけを媒介にして凍らせるなんて、なんていう魔力量と技術だろう。一介のエルフ、エルフの導師達でも無理に決まっている。
尋常じゃない魔力に怯えた導師が叫んだ、魔王の様だという言葉が室内に響いた。
「僕が、魔王だと……? それでもいいかもしれないですね」
そう言って、アルは口の端を緩く引いた。その表情は私の随分昔の記憶の中で、見たことがあるものだった。
そうだ、彼はあのトラウマ魔王様だ。でも違う、アルは、違う……!! どれだけ魔王に匹敵する程の魔力を持っていても、彼は魔王じゃない!
「おいっ、魔法陣に入るなリリーッ! ……っくそ!!」
飛び出した私にユーディが制止しようと伸ばした腕が空を切った。身体をすり抜けていく感覚があってぞわりとしたけれど、そんなことどうでもいい。
魔法陣の中央は身体が無い私にでも伝わる程に冷えた空気が漂っていた。
(アルっ……!!)
「リリー、止めないで。僕は……僕の大切な友人を何も見ずに、わからずに侮辱する奴らなんか……!!」
伸ばしたままの腕にしがみついても水鏡はどんどんと凍っていく。見上げたアルの新緑の瞳は私を見ることもなく真っ直ぐに前に向けられている。その上怒りで染まっていて、すぐに収まることは難しそうだ。
せめて導師達に逃げてもらうしか! 半分以上凍りついた水鏡へと視線を向けると、向こう側に鋭い先端がいくつも見えた。あれが割れたり、届いたりしたら……!!
『――いけませんよ、アル』
早く逃げてと私が伝わらない声で叫ぶより早く。少し空気を読まない柔らかな声がして、一枚だけ何も映っていなかった水鏡に人影が映りこんだ。




