神官07
本日2話目の投稿です。
城内が騒がしくなったのはお昼を過ぎて、日が暮れ始めた頃のことだ。騒がしいといっても、緊急事態といった様子は感じられない。
隣に居るユーディに視線を送ると、「聖女様達が帰ってきたんじゃないか」と言って窓辺へ立った。流石にユーディも正式な客人として招かれているわけじゃないので、窓から身を乗り出したり大きく開けてみることはできない。それでもすぐに確認できたのか、「皆無事みたいだ」と私に教えてくれる。
(そう、よかった)
「アルのこと心配だった?」
(え? 別に、アルは強いから大丈夫でしょう? どちらかというと、ロイズ神官かな)
アルは昔から補助魔法が苦手だ。エルフの魔法は感覚的なところに頼る魔法も多い。この感覚的、というのは感情的とも言い換えられる。
冷静に、強い心を持って使うことができれば細かい制御も増幅も可能だ。怒ったり、必死になればなるほど効果があがるのも多分この辺りが少し絡んでいる。私の身体のことも、そういう理由は少なからずあるはずだ。
そしてこれは感情の起伏によって効果や制御が弱まることも有り得るということ。アルの場合は効果が下がったとしても、普通の人間の魔法使い程度にはなるはず。問題は、制御が効かなくなることだ。
制御といっても攻撃魔法自体ではなくて、その攻撃魔法の範囲固定やこちら側への被害を阻止する防御魔法という、補助……というか付属魔法の様なもの。その魔法が効かなくなる。うっかり、その……特定の人の居るエリアだけ効かなくなる。なんて事態も有り得るかもしれない。
あれ程苛立っていたくらいだ。今のところ原因はわからないけど発端になっているロイズ神官だけ“無意識に”防御範囲外で設定されることくらい、有り得るかもしれない。取り越し苦労で終わってよかったけど。
私がそんなことを説明していると、ユーディは半目でこちらを見ている。
「言いたいことはわかるけど、アルの前では言うなよ、それ」
……わかってるよ。言えないからユーディに言ってるんでしょ。
無言でいるとユーディは溜息をついて、部屋の脇机のひきだしを開けている。あそこにはハーブティーが入っていたはずなので、アルに入れてあげるのかもしれない。
水差しの水をポットに移し、魔法を使って温めると手際よくお茶をいれていく。既にカップも温まって準備万端だ。
あれ? アルにいれるにしては早くない?
覗き込んでいると、ハーブティーを注いだカップをユーディは一気に飲み干した。
(アルにじゃないの?!)
「リリーと話してて頭痛くなったから飲んだだけだから。アルにはまたいれる」
(失礼な!)
「アルが強いのは事実だが、俺はもう少しでも離れて戦ってるアルのことが心配だった、なんて素直に言ってやるべきだと思うぞ」
カップを持ったままの指で指されて、私はとりあえずその手を叩き落とした。
戻ってきたアルはユーディがいれたお茶を飲んで一息つくと、即座に魔法陣の最終確認を始めた。何かを手伝うことは私の身体ではできないので、忙しなく動くアルとユーディの姿を見守るしかない。
それも何かあっては困るからと、魔法陣の範囲外で。つくづく私の現状は不便だと思うし、我がいとこは心配性だとも思う。
あの性格じゃ石橋叩いて渡るどころか、叩きまくってヒビを入れかねないのでは? なんて思ってしまう程だ。
今も確認をしているけれど、あれで何回目だろう。天才魔導師のアルとはいえ、流石に実験的な魔法になると不安なのかもしれない。……っと、もうそろそろ始まるみたいだ。
隣に来たユーディを見上げると一つ肯かれた。
その直後、室内の大半に描かれた魔法陣が淡く輝き出す。白と青の光の粒が描かれている線から一つ、また一つと弾けて室内へ舞い上がり、消えていく。
アルを囲うようにして置かれた盆の内側もそれぞれが光を伴って波立ち始めた。ぐらりぐらりと揺れて、その内何かに引き上げられる様に、水はゆっくりと立ち上がりまるで一枚の板の様な状態へと変わった。
ここまでは、魔法陣のこと以外はいつも通り。板の様になった水鏡が対応している相手が許可をすれば、こちらとあちらは通信可能だ。けれど今回は許可なんてとらない。強制接続だ。
アルの術式だから大丈夫。そう思っているけれど、失敗したらどうしよう。術式の失敗は術者に帰るのがどんな魔法でも普通だ。この魔法は補助魔法なので、跳ね返りは少ないとはいえ強力。その上補助魔法が苦手なアルだ。
お願いします、どうか成功して……!
私が目を瞑り、ぎゅっと自分の両手を握り締めているとバチン! と何かが弾ける音がした。今まで聞いたことのない音だ。
恐る恐る目をあけると、水鏡の様子は変わっている。透き通った水の板は少し室内を歪めて見えさせていただけだったのに、今は全く知らない室内の様子を見せている。水鏡が見せている部屋の壁紙はこの王宮の壁紙とは全く別物だ。
(成功した……)
ほっと私が息をつくと同時に、アルの冷えた声が室内に響いた。
「――親愛なる我が同胞、エルフの導師達よ。どうか、お時間を頂きたい」
……時間を頂きたいというか、強奪しているじゃないか。
ツッコミを入れたかったけれど、水鏡の向こうの導師達の戸惑いや慌てている様子は尋常じゃなかったので、私は口を噤んだ。多分、隣のユーディも同じことを思っている。顔を見ていないけれど、その気配はひしひしと伝わってきた。