神官06
流石に足りないものが多すぎたのか、水鏡の連絡をするまでに三日ほど期間があいてしまうらしい。アルの魔力量や資材の問題がなくなったとしても、接続先にある水鏡の水だけはどうしようもない。
通信魔法で使われる水鏡の為に盆へと張られた水は、特別に精製された水だ。一度使った後は最低でも三日は水が濁ってしまう、とのことだ。
使った後で時間をおけば綺麗になり、水を張り替えなくてすむなんて。なんてエコで楽なんだろう。お風呂のお湯もこうなればいいのに。
三日待てばいいだけならいいじゃない。私はそう思うけれど、アルからしたら長すぎるのかもしれない。いつも表面上は穏やかに接している癖に、カールハインツ王子や聖女様に対して冷たいし、フィラルト様は徹底的に避けている。後者はそうなるだろうと納得するけれど、前者は完全なとばっちりだ。
(聖女様達かわいそうに)
「アルは頭いいけど頑固だからな。これだから人間は、とか思ってるんだろ」
ユーディはよいしょと言いながら、大きな木箱を下ろしている。おじさんみたいと告げると、とっくに人間のその歳は超えてるからいいんだよと返されてしまった。それを言われるとどうしようもない。
人間を一括りにして考えるのはアルの悪い癖だ。私やユーディだけじゃなくて、先生からも指摘を受けていることだけれど、それでもやっぱり直らない。前世の私からして見ると、これでもだいぶマシではあるのだろうけど。滅ぼそうとはしていないし。
(それで資材は全部?)
「あぁ。術式の組み立てはアルがするだろうから……今晩にでも実行することになるだろうな」
(成功するかな)
「失敗すると思うのかよ」
(全然。だから困ってる)
私がため息をついても空気は揺れることがない。生身の身体でいた時よりもこの状態の期間が遥か長くなっているのに、ついついそういった仕草をしてしまうのは不思議だ。ユーディは苦笑しつつも頷いてくれた。
私とユーディの目の前には美しくも複雑な魔法陣が描かれ、中央に数台の水の張られた盆が環を描く様にして設置されている。元々盆の水から作られる水鏡と魔石だけで接続可能なので、部屋の隅っこに収まっていたのだけど、今は部屋の真ん中に移動させられている。
アルに与えられた一室ではあるけれど、今この部屋はアル以外立ち入り禁止だ。魔法陣を踏み抜かれたり、物を動かされたら大変なことになる。主に、その人物の体と精神が。
ほんと、頑固というか意地っ張りというか。秘密主義ではないけれど、内側にいれたものに対してはとことん甘く、優しい。だからこそ周囲に厳しい。アルの気持ちもわかるけれどそこまでやらなくてもと、皆止めてるのに。と考えていて、はたとして気がついた。
(ねぇ、ユーディ。この前水鏡を使った時、先生はいなかったの?)
「あぁ、いなかった。緊急で使ったし、大方研究でもしてて気が付かなかったか、寝てたんだろうな」
(だよねぇ。先生が居たら、他の導師達に言わせっぱなしになることもないし)
「今回も、先生が居ない可能性もある」
(先生だもんねぇ……)
今、アルは聖女様達と近郊の魔物の討伐に出かけてしまっているので、戻ってくるのは早くても夕方だ。まだまだ時間がかかる。
流石にフィラルト様がいる場所に私を連れていくということはできないので、私はお留守番だ。私の本体とも言えるキルリルの雫は一旦ユーディが預かっている。アルと長時間、ある程度の距離で離れても問題はないことは何度か試しているので、今回の距離くらいは問題ない。
私とアルの間の魔力はどこまでなら繋がっていられるのかはわからないけど、魔道具である水鏡が長距離でも繋がるくらいなのでそれなりにいけるのだと思う。
ということを教えてくれたのも、先生だ。
私とアルが村を失った後、教え育ててくれたエルフの導師の一人。先生はとてもおだやかな人で、私は彼の仕草や口調、雰囲気にどことなく見覚えがあり、しばらくしてわかった。
ゲームのアルフレッドの雰囲気にそっくりだと。
多分、ゲームの中でも先生はアルフレッドを養ってくれたに違いない。その雰囲気が移ったのか、真似たのか。アルフレッドが人間に接している時のおだやかさと、先生はよく似ている。
ちなみに今のアルも他の人と接する時はよく似ているので、外面として学んだのかもしれないという方を私は推している。
(先生が居なかったら大変だから呼びに行ったりできないの? 事前連絡とか)
「あのなぁ……」
ユーディはわしわしと頭を掻きむしって大きく息を吐き出した。そうして、首から下げたネックレスを取り出して掲げた。
ネックレスには当然私の身体の入ったキルリルの雫が下げられていて、私の目の前でゆらゆらと揺れている。揺らめく宝石の光の中に自分の身体が見えるのも不思議な感覚だ。
「俺はこれ持ってるんだから移動できないに決まってるだろ。事前連絡するにしても、水鏡は既に途中まで出来てる魔法陣に組み込まれてるから無理なんだよ」
呆れた。もしくは、アホか。そんな言葉がユーディの顔には書かれているに違いない。
いたたまれないので視線を外し、できる限り早くアルには帰ってきてほしいと祈る。
そうですよね……、から笑いすることしか私には出来なかった。




