神官04
風はアルを中心にして荒れ狂っている。まるで竜巻の様にも見えるのに、竜巻よりも静かで、鋭い。
足元の屋根は一枚一枚の瓦が今にも剥がれ落ちそうに震えているし、ほこりなのか壁から剥がれた欠片なのかはわからないけれど小さな何かも風に煽られて飛んでいく。
感情が込められた魔法は強い。それはこの世界で魔法に触れたことのある人間なら知っていることだけど、これは強すぎる……!
私は身体がこんな状態な上に常にアルの魔力と繋がっているから何ともないけれど、フィラルト様がもし屋根の上に居たならばきっと耐えられていなかっただろう。それでも彼の側の窓ガラスは割れていて、指先からは少し血が滲んでいた。
「汚らわしい手で彼女に触れていたな、人間」
そういうとアルはすっと指先をフィラルト様へと向けた。まずい、何か魔法を使う気だ!
慌ててアルの腕にしがみつくと、彼の新緑の目がこちらを捉える。人間が居るだけで不機嫌そうなのはいつものことだけれど、今のアルの目は普段の比じゃなかった。
(アル、私は大丈夫だから! それにロイズ神官は仲間でしょ?!)
「僕は人間の仲間なんかいらない」
(アルがいらなくても、魔王討伐の仲間にはいるの!)
私とアルがそんなやりとりをしている間に、フィラルト様は体勢を立て直したらしい。まだ吹いている風で服は煽られているけれど、壁から背を離せないということは無いようだった。
「彼女は、アルフレッド殿とはどういったご関係ですか」
声をかけられた瞬間に、アルは私を隠すようにして抱きこんだ。フィラルト様の眼差しから離れて、今度はアルの白いローブしか見えなくなる。
触れている先からは先程までの様な強い魔力の流れは感じないので、どうやら少しは落ち着いてくれたらしい。風の音も少し弱まっている。というのに、アルの声は不機嫌そうなままだった。
「あなたには関係ない」
「私個人としてはそうでしょう。しかし、彼女は討伐会議の際にも帯同していた。魔王討伐に関わるものとしては関係がある」
それからアルはちらりと私へ視線を移した。私としてはアルに任せるしかないので、任せるという意味で頷いたのだけれど……、一度小さく溜息をついた彼は首を横へ振った。
「少なくとも、今この場では伝えられません。先ほどのやり取りで彼女が怯えている。お引き取り願いたい」
え?! いや私はこのまま伝えてもらっても大丈夫なんですけど!
そう口を開くよりも早く、フィラルト様の声が聞こえてくる。
「……わかりました。いずれ、また」
そんなすんなり納得して引き下がっていいの?! と思ってみようとしても私は未だにアルに抱き込まれる様にされていて、アル以外の風景は視界に入ってこなかった。
しばらくして階段を下りていく音が聞こえてくる。どうやら本当にフィラルト様はここから立ち去ってしまったらしい。
そろそろ離してもらえるんだろうか。そんなことを思っていると私を抱きかかえたままで、アルは一瞬で自室へと移動した。相変わらず鮮やかな魔法だなと感心してしまっていると、アルとの間に少し隙間があけられた。
アルと視線を合わせると、彼の瑞々しい若草の双眸は水を湛えていた。はっと息を飲んでいると、アルは少し目を伏せて口を開いた。先ほどまでフィラルト様と対峙していた時の鋭さとは全く違う声色だった。
「……リリー、ごめん。君を怖い目にあわせた」
(大丈夫、大丈夫だよ)
「本当に?」
(……本当は、ちょっと怖かったかな)
危険だったのかはわからない。けれどあのフィラルト様の眼差しは怖かったのは本当だ。
ぎゅっとアルが抱きなおして私の首に顔を埋めた。本当はきっと痛い程抱き締められているはずなのに、私にはいまいち痛みがわからない。
アルに触れている感覚もあるし、首筋はさらさらの髪の毛や息がかかって少しくすぐったい。熱も伝わってくるのに、痛覚は遮断されているのはきっと宝石の中の私の身体の状態が原因なのだろう。
それでもアルから伝わる体温で自分自身で、力が抜けたことが分かってしまうほどだった。私は自分で思っていたよりも、随分緊張してしまっていたみたいだ。
フィラルト様のことを知っているといっても、前世での知識なだけだ。直接接した訳じゃない。
見られているだけだった時は、優しく微笑んでくれていたので安心していたのかな。先ほどの彼は、得体の知れないものを見る目だった。
ゴーストとも魔のものとも言えない、稀代の魔法使いに保護されている謎の半実在エルフ……うん、仕方ないかな。それでも辛いものは辛い。
複雑な気持ちになりながらも、アルの体温とよく知る香りでやっと落ち着いてきた時だ。
少し顔を上げたアルは抱きかかえたままの状態で私の腕をとると、顔を寄せた。ふっと軟らかいものが落とされて、それが何か悟ってしまった私は思わず声を上げた。
(あ、アル! 何するの!)
「消毒。リリーに人間の男が触れたところは全部上書きしたい」
(いらないよ! 毒じゃないし汚れてもいないから!)
「ううん、きっとかなり汚れてるから大人しくして」
じたばたと暴れてもアルは離してくれない。殴ったりした方が早いの?! と思っていると、「えーと、そろそろ俺も混ざらせて頂いても?」と大きな咳払いと共にユーディが室内に現れた。
今すぐ許可を取り消して、この場から消えてしまいたい。そう思うのに、腰に回されたアルの手は一向に離れようとしなかった。




