アル(少年期)
「アル、私ちょっと買い物に行ってくるね」
「僕も行くよ」
「一人で大丈夫。アルは勉強続けてていいよ」
「商隊が来てるんでしょ? 気晴らしになるから行く」
僕が本を閉じると、彼女は仕方ないと大げさに肩をすくめた。彼女はリリー・ローレンス、僕の6つ上のいとこ。
「家に一人になるからって、アルは寂しがり屋だなぁ」
くすくすと笑う彼女は分かっていない。別に僕は寂しいからついていくわけじゃない。流石に毎回となると言われても仕方ないかもしれないけれど、寂しいだけが理由なわけがない。
「じゃあアル、いこっか」
リリーが笑顔で差し出した手を、僕はほんの少しだけ不満に思いつつ握った。
リリーは僕の恩人で、憧れだ。今は家族なのでどちらかというと実の姉に近いのかもしれないけれど、僕としてはそれはあまり嬉しくないので一度も姉と呼んだことはない。あくまで、憧れの人。姉じゃない。
リリーはその辺がひっかかっているらしくて、たまに僕に対して「お姉ちゃんって呼んで」とねだってくる。ねだられても絶対に言わないけど。しょんぼりとした顔をされても、僕は絶対に言わない。
リリーにしてみれば僕は弟だということだと思う。手が差し出されたのも、迷子にならない様にというニュアンスだろう。
僕はやっぱり、そこが不満に思ってしまうのだった。
人間の商人達の中に、珍しく砂の国の女性達が居た。薄い布の服を着ているのに肌が多く見えていて、寒く無いのかなと思ってしまう程だ。じっと見ていたら、そのうちの一人と目が合って微笑まれた。
「あら、可愛い男の子ね」
「ありがとうございます」
「うちの品物も見てみる? 流石にあなたにはまだ売れないものも多いけど、うちの国の細工は綺麗よ」
女の人が示したガラス瓶は見たことのない模様が彫られている。手に取って見ても構わないと言われたので近寄ろうとしたのだけれど。
「だめ! アルにはまだ早いから!」
そう言ったリリーに手を強く握られて、僕は引きずられる様にして歩くハメになった。
早い、というのは何のこと? と聞き返すのはやめておいた。僕もリリーと一緒に魔法や魔法薬について学んでいるので、あの店で売られている香水や薬の一部が何なのか知っている。
……聞き返して、慌てふためくリリーはちょっと見てみたいけれど。
エルフは狙われやすいから気をつけなさい。そう言われて育ってきているし、流石にもう少し成長してからは気をつけるべきかなとは僕も思っている。
ただ、今はまだそんなに気をつける必要はないと思うし、今の女の人もそんなことはないと思うんだけど
「アルは可愛いからね、子供だからって油断しちゃだめだよ! あぁいう色っぽい大人は可愛い男の子も好きなんだから狙われるからね」
……早いのか早くないのかよくわからない。慌てて引き離したからか、リリーが行く予定だった香辛料の店を通り過ぎているのも気がついていないらしい。
「リリー、ねぇ」
ずんずんと僕の手を引いて進んでいく彼女の手を握り返すと、リリーはぴたりと止まった。
気がついてくれたのかな。そう思って彼女を覗き込むと、妙な表情を浮かべている。何だろう……。
「リリー?」
「……やっぱアルもあぁいう女の人が好きなの?」
僕は目を丸くした。あぁいう女の人? 全く興味なんかない。僕が好きなのは……
「男の人って皆そうなのかな。この前ユーディ達がリリーたち村の女は色気がないって、あいつら、私の胸を見ながら言ってきて……!」
「え、えっと」
色気が足りないのかなんて悩みは僕に言うことじゃないと思うけど、そんな言葉はかけられなかった。言葉をかけるタイミングがないほど、リリーの言葉は続いていく。
とりあえず、ユーディには文句を言わなきゃならない。怪我をした時にはよく効くけど痛すぎる程しみる薬をあげることにしよう。僕が薬草の在庫を思い出しているところで、リリーの言葉が途切れた。
言わなきゃ、と思うと少し緊張する。僕はそっと静かに息を吸いこむと、リリーの手を両手で握りしめた。
「リリー、あのね。僕は他の女の人なんかじゃなくて、リリーが好きだよ。今のリリーのままで十分だと思う」
「……ありがとう。ごめんね、アルに気を遣わせちゃったね」
……本当のことなんだけど、可愛い可愛いって言われ続けているうちはまだダメなのかなぁ。せめて、僕の身長がリリーを追い越さなければいけないのかもしれない。
「さ。買い物行こう。……アル、どうしたの?」
下を向いてくれたリリーに、何でもないよと首を振って僕は小さく息を吐き出した。