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魔王様(5歳)

「リリー、こっちへいらっしゃい」

 お母さんが外で呼んでいる。なんだろう。とりあえず、今のは怒った時の声じゃない。

「はーい、いまいくー!」

 返事をした後、私は机の上を少し片付けた。片付けずに行ってしまって忘れていたら、後から怖い。うちのお母さんは怖いのだ。

 机の上がキレイになったところで、私は声がした方へと向かった。玄関の扉が開いていて、お母さんのスカートが見える。

「お母さん?」

 声をかけると振り向いたお母さんは手招きした。にこにことしているので、いいことがあるのだろう。

 そう思ってそばへ駆け寄った私は、玄関の外を見てイナズマにうたれた様な気持ちになった。

 そこにはもう、美しいとしか言い様がない年下の男の子がいた。

 細く美しい白金の髪はサラサラとしている、キラキラと輝く緑色の目は瑞瑞しい若草色だ。大人になった時の美しさがあぁなのも納得だ…………………?

 あれ、おかしい。私はこの子の成長した姿が見える。というか知っている?

 知らない子なのに、何でだろう。身体半分ほど彼の母親に隠れて顔を出して、恥ずかしそうに私を見ている男の子を見つめ返していると完全に隠れてしまった。可愛い。

 そんな私たちを見かねたのか、お母さんが私の名前を呼ぶ。

「この子はリリー。リリー、お母さんの妹のレイチェルと、その息子のアルフレッドよ」

 そう、アルフレッドだ。彼はアルフレッド・クロスビー。

「あなたのいとこなのよ」

 あ、そうだよね。お母さんの妹の息子だもんね。そっかアルフレッド・クロスビーがいとこになるんだ。

 ――えっ、あのトラウマ魔王様が私のいとこ?! めちゃくちゃ死亡フラグっていうか私死ぬの決定?!

 脳内で“私”が叫んだトラウマという言葉も魔王もよくわからないけれど、私は膝から崩れ落ちてそのまま意識が遠のいていった。

 お母さんとレイチェルおばさんの慌てる声と、アルフレッドの泣き声が微かに聞こえる。

 ごめん、アルフレッド。驚いたのは君が原因みたいなんだけど、今のところ君は全く悪くない。たぶん。




 目を覚ますと、見知った天井が見えた。どうやら倒れた後、母さん達が運んでくれたらしい。

 多分混乱したこともあってまた貧血で倒れたんだろう。母さん達には余計に心配かけてしまったに違いない。後で謝りにいかなきゃ。

 でも、その前に……。寝ているうちに脳内で整理はあらかた行われたみたいだけど、私自身で確認をしよう。言い聞かせみたいなものだ、確認しないと落ち着かない。

 まずは、私自身のことから。

 リリー・ローレンス。現在11歳のちょっと病弱なエルフの少女だ。

 多分前世の私の記憶からすると、肉が足りないとかなのかもしれない。動物の肉はエルフはほとんど摂らないからね……明日からは野菜であっても貧血予防にいいものをもっと食べよう。

 で、前世の私について詳しいことはわからないけど、多分同性で今の私より少し年上なんだと思う。お母さんくらいではない、はず。私と歳がそんなに離れてもいなくて、性格も似たような感じだったからかすんなりと私と彼女の記憶はとけあったらしい。なので彼女の歳とか死因はこの際どうでもいい。

 問題は、アルフレッド・クロスビーのことだ。

 彼について、というよりもこの世界について、前世の私はよく知っていた。なんならこの世界のことを教える為に私の中に記憶が蘇ったというレベル。

 この世界は、ゲームになっていたらしい。ゲームが本来の世界なのか、この世界を元にゲームにしたのかはわからない。いや、後者なら大問題なんだけども。前者でも嫌だなぁ。

 前世の私の世界でいうところの乙女ゲーム、というやつらしい。主人公の女の子は前世の私と同じ世界の人間で、聖女として召喚されて仲間たちと絆を深めながら、魔物を使役する魔王を倒す。乙女ゲームにしてはRPGゲームの要素も強めで面白かった、とは前世の私の感想だ。

 ただし、面白かった、には一言余計な言葉がつく。

『運営の鬼畜すぎる強制仕様の一周目を耐え切ることができれば』

 鬼畜すぎる、というのは冗談や誇張ではないことが大問題だ。そして、その言葉の原因は勿論、私のいとこのアルフレッド・クロスビーくん。現在5歳。

 彼は、未来の魔王様である。そして、初期から居るパーティメンバーの最強の魔法使い様である。

 落とせないバグといわれるモブキャラではない。メインパーティメンバーなのに絶対に落とせない。

 最初からヒロインの仲間として振る舞う心優しいエルフの魔法使い。白金のさらさらの髪に若草色の双眸、エルフらしいとがった耳が何故か愛らしくも見えてしまう。美の集大成とも言えるほどの美しさを持ったキャラクターだった。

 勿論彼個別のイベントもあるし、スチルもある。なんなら選択肢もあり、好感度アップの音すら鳴る。

 もしかしたらよくある一周目は落とせないキャラクターなのかもしれない。と前世の私も思いつつ進めていた。

 彼が居ないと先に進めないイベントがあったり、彼の魔法スキルには戦闘で何度も助けられた。パラメータの成長具合も大変いいし、彼に装備させることでより戦闘が効率的になるアイテムもあった。本当にもう、アルフレッド様様だ。おんぶにだっこだった。

 だというのに、彼は最終戦直前で魔王であることを自ら明かして、パーティを離脱する。

 そう、今まで蓄えたスキルや鍛え上げたレベル、装備させたアイテムすらそのままにラスボスになる。

 嘘でしょ? えっ、アイテムまで?!

 叫んだプレイヤーの数は計り知れないだろう。何なら私もその一人だった。

 最後は改心してくれるのかもしれない。そう思っていた時期が私にもありました。

 けれど、そんなことは一切なかった。自身が鍛え上げたアルフレッド・クロスビー様はとてつもなく強かった。倒した後ですら彼は、ヒロインの必死の言葉を鼻で笑って死んでいった。乙女ゲームで。

 これが強制的にルートが固定されている一周目の話だ。ちなみに一周目と言いつつ、ヒロインの記憶引き継ぎはない。トラウマはプレイヤーだけに引き継がれている。

 二周目は違うかもしれない。アルフレッドと本当に仲間になれるルートがあるかもしれない。と思ったけれど、やはり無かった。

 それどころか彼を外すことができないイベントがあることに気がついたり、何なら彼個別イベントだと思っていた時の好感度アップはその場にいた他のキャラの好感度アップの音だと気が付きたくなかったのに気がついてしまった。

 結局最低ここまではアルフレッドのレベルが育ってしまうというラインも決めてあったらしい。アイテム? 二周目は流石に付けなかった。その分苦労したけど。

 最早何かしらの恨みがあるのかゲーム会社よ。そう思えるレベルだ。

 けれどアルフレッド以外の正式な攻略キャラクターのシナリオは素晴らしかった。前世の私の最愛のキャラクターなんてもう、最高だった。

 だからこそ公式が言ったこともわかる。


『アルフレッドのトラウマは、他の世界の人間であるヒロインではどうしようもできないし、この世界の人間でも今から払拭することはできない。出来るとすれば過去だけれど、そうなればこの作品の現在・未来すべてが変わるので過去の話は作らない』


 ごもっともではあるけれど、ファンとしては救済できる過去ファンディスクとかも欲しかった。出してくれと嘆願書が集まったらしいけれど、その前に会社が潰れた。

 それも含めていいのかわからないけれど、トラウマ魔王様の過去は変わることはなかった。

 というのに、私は今過去にいる。記憶付きで、同じ村のエルフでしかも血縁者。もうこれ以上とないチャンスではあるのだけれど。

 流石に私では無理があるかな?! という気持ちでいっぱいだ。

 アルフレッドのトラウマ、というより禍根の元は幼い頃に村を人間達に焼かれ、一人で生き残ったことだ。

 彼の幼い頃は明確には描かれていなかったけれど多分10歳くらい。つまり残りの猶予は5年程だ。

 約5年後に人間達は軍隊でこの村を訪れて虐殺する。

 それに対してその時16歳の小娘ができることなんて殆どない。

 今から5年後にこの村焼かれるから逃げましょう。なんて言えば笑われてしまう。

 うちの村のエルフは特に人間達との交流を積極的に行っている。親人間派とでもいえばいいのか。そんな彼らに人間が襲ってくるといっても信じてもらえないだろう。

 それに襲ってきたのは確か一番交流を深めていた国だったはず。そりゃあもう用意周到に仕掛けてきたに違いない。

 自分で言ってなんだけど、私はひ弱な一エルフの少女だ。証拠を掴んで未然に防ぐ! も無理な話だろうと思う。

 大変申し訳ないことに、私は今のままだと分かっていても逃げられるかすら危うい。

 なので、まずは自分の命を優先したいと思う。いのちだいじに、これは本当に大事なことだ。

 それからできれば、一人でも多くの村の仲間や家族を救い出したいのは本当だ。

 けれど私が生き延びることが最低限の目標にしなければならない。本当にひ弱なエルフだから仕方がない話だ。

 それと、これがきっとアルフレッドを一人にしないことにも繋がる。そう信じたい。

 まずは魔王阻止の為にも私一人で逃げられる様に健康になる。頑張らなきゃ。

 決意したところで、誰かが私の部屋のドアをノックした。返事を返すとゆっくり開いた隙間からおずおずとアルフレッドが顔を出す。

「リリー、だいじょうぶ?」

 心配そうに緑色の両目は濡れている。

「大丈夫、もう元気だから。明日からは一緒にいっぱい遊んでね?」

 アルフレッドの表情を見て、慌てつつもできる限り安心させようと考えて言うと、彼はほっとしたらしくゆっくりと笑顔に変わった。とろけるようなその愛らしい笑顔は、美形ぞろいのエルフの村の中でも見たことがない。これは贔屓目じゃない、はず。

 可愛らしいその笑顔を見て、私は改めて決意した。

 ……この天使は守り抜かなければならない。あんなトラウマ魔王になんか、させない。

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