結界
木々の中、俺は魔物と対峙していた。
「こいつ」
近づくまでは可愛いウサギだった。無警戒に近づいたら突然襲ってきたそれは
ウサギというより風船のようだった。
体を回転させて体当たりをしてきたから、咄嗟に避けたが肩に当たって地味に
痛い。軽そうに見えて岩でもぶつかったかと思うような衝撃だった。
「くる」
此方に向き直った白いそれは背を丸めて目標を定めている様だ。飛んでくる
ラインから身をどかして2度目の体当たりを剣で切ろうとして弾かれた。
「ま、まじか。やべぇ」
手が痺れて、少しだけ痛みもある。
「肉体戦は、お前の勝ちだ」
俺は左手を独鈷に触り、右手を広げて『炎』を唱えた。
火の玉が飛来して魔物を襲う。ぶすぶすと焦げる匂いがして首を上げる魔物の
その首に剣を突き立て突き刺した。
「キュウ」
可愛らしい声を出して魔物は息絶えた。途端に腕輪の魔石が輝きだした。
思わず見ていると、殆ど透明な薄ピンク色だったものが真っ赤になると頭の中に
声が響いてきた。『衝撃波≪フェリータ≫』そう聞こえた。
「あれか、北村健治は新しい呪文を覚えたって奴か」
それで終わったと思っている処に『我突』とまた聞こえて来た。
「おいおい。随分サービスいいな2つか」
その後3匹と対峙して、新たに覚えたものを試した結果。衝撃波は魔法で我突
は剣技であると分った。その時の無様さは口に出したくない。
意図せず敵に接近して独鈷の角で相手を突いていた。魔物の形相と間近か過ぎて
びびった俺は・・・を、少し、ほんの少しだけな。
今現在使えるのは魔法が、炎、土壁、衝撃波。剣技が我突の4つになっている
事と魔石の色も深紅の色へと変化していた。
「使える呪文とか増えても、あんま強くなった実感ねぇな」
しかし・・・こいつら名前わかんねぇから、とりあえず回転ウサギでいいか。
弱点も分かって来たしな。縦回転してる中央に頭を掻くして回ってるのを横から
突き刺せば頭に直撃させられる。突き立てるだけで、勝手に回転して自滅する。
「彼是、20匹は倒してるんだが、次は治癒系欲しいぜ」
回転ウサギが飛びかかるのを視界に居れた俺は、飛来するそれの中央に剣を突き
刺すと回転と移動で刃に絡み自滅した。
「21・・・」
『範囲結界』
「おっ、レベルアップか、結界か治癒系じゃねぇな」
『治癒≪チェロット・ヒール≫』
「おっと来た来た。げっとぉ~」
早速全身へヒールを掛けてみると傷が無くなっていった。範囲結界は魔法とは
違うって事か・・・使ってみるか。
「おっと、思いついた。試してみるか」
俺は独鈷を手に持ち先に円柱状に範囲結界を張った。中に入れるが出られない
結界を作り、その中へ『炎』を送り込む。
バチバチ。
「おおおお」
さて、これで回転ウサギを見つけて飛んでくるところへ独鈷を振り下ろすと、
明るい光と共に、あっさりと切断した。しかも切り口が焦げて血がでなかった。
良し、これは炎光剣と呼ぼう。まだ光剣自体は使えないけどな。
「さて実験も上手くいったところで切り替えて行きましょうか」
短剣に持ち替えて独鈷を定位置に戻す。これをうまく使える様になれば独鈷で
結界をシールド代わりになんか上手く生きそうな気がする。
「それにしても、チンさんいねぇな」
なんか、見た事ない奴がいるな。あれって蜥蜴かワニかもしれないな。2足歩行
している訳じゃないので、リザードマン的なもんじゃないだろうけど。なんで森
の中にあんなの居やがるんだ。普通川辺とかだろ。
「先手必勝ってね」
『炎』を唱え火炎玉を飛ばして様子を見る。硬い鱗に当たり爆裂するが鱗を1枚
剥がすだけだった。攻撃を受けた、それは今度はこちらの番だとばかりに大きく
口をあけて何かが光った。俺は横に飛び退いて横を見ると火炎が元居た位置を包
みこんでいた。
「やっぺぇ」
独鈷をもって防御結界を張ってから再び呪文を唱える。
奴の2射目が結界に阻まれて左右に割れる中央で内心もってくれよと願いつつ口
は呪文を唱え続けた。
「衝撃波≪フェリータ≫」
三日月型の閃光が無数に乱舞する。おそらく本来範囲攻撃なのだろうと思う。
火炎を吐き出すために大きく開いた口にも何発か飛び込んでいくと体内へと侵入
した。それは内側から内部を蹂躙して消えた。口から吐血して魔物は動きを止め
浸からなく体を地面に落とした。そして俺もその場にへたり込んでいた。
「へへへ。な、なんだ口の中が弱点かよ」
手持ちの最大魔法を叩き込んだのにその他は殆どダメージらしいダメージがなさ
そうな状態に見えた。
「グググッ」
「息があるのか。お前しぶといな」
短剣を引き絞って近づくと、力無く頭を向けて来た。
「おい、お前。俺の話がわかるか。わかったら2度瞼を閉じてみろ」
ワニの様な魔物は瞼を2度閉じた。
「治癒魔法で助けてやってもいいぞ」
びくっと殻を震わしてジッと此方を睨んだ。
「助けてほしいなら。1回閉じろ、いやなら2回だ」
魔物は瞼を1度閉じた。俺は口の中に手を入れて治療魔法を唱えた。
「しばらくジッとしてれば治るさ」
それからしばらく進むと林を抜けていた。そして巨大な石造が現れた。
なんだ、これ。俺は近場の岩に身を隠して石造を見る。それはまるで巨大な
女神像の様に翼を持つ女性の形をしていた。
「座っているのか」
良く見ると、椅子の様なものに座ってる形に見える。まだ下半身は作業中で
完成していないらしく、小さな影が周りにいくつも見えた。
あれ、人間だとすると立つと10メートル位ありそうだな。作業をしている手
が動く度に「カツン、カツン」と音が響いている。
とりあえず、ここはヤバそうだと林へ戻ろうとして抵抗にあう。見えない壁が
あるように進まない。
「ちっ、結界か」
自分が使える様になった後だから理解できたが、知らなかったら焦ってたな。
どうするか考えて、まず行ける範囲を見るかと歩き出したら落ちた。
「痛っ・・・なんだ」
穴なんて無かったはずだ。天井を見上げても日の光も見えない。滞空時間的
にもそう深くは無い筈だ。
「チンさん」
「此れは北村殿、妙なところでお会いしましたな」
「妙なところじゃねぇよ。何で・・・」
帰って来なかったと続けようとして結界の事を思い出す。
「姫様は行かれましたか?」
「ああ」
「それにしても北村殿はなぜ。とは無粋でしたな。しかし愚行とは思いますが
実際に体験すると、中々どうしてうれしいものですね。
持てる最大戦力を投入して失敗した場合、当然城に戻って援軍を引き連れて
来るのがセオリーですよ」
「その最大戦力ってのは、あんたの事で残ったメンバーはあんたに勝てないと
そんなメンバーが続いても勝てないってだろ」
「その通りです。姫様の判断は正しい」
「それは理屈だ。助けられる可能性を捨てる事になる。急いでも2日かかるの
は分かり切っている。今なら間に合うかもしれない。理屈を言ったが、あえ
て言えばだ。そういう事になる。でも、そうじゃない手に届く位置にいるの
に何もしないでいる事が嫌いなんだよ俺は」
「無駄でも?」
「さあな。無駄だったかは、俺が決める」
「なるほど」
「さあ帰ろうぜ」
「残念ながら、結界がありまして地面の中も試した結果です」
俺は独鈷を取り出し手前の結界の外に結界を作り移動させて丁度途中で止める
侵入には抵抗しない結界は、俺の結界を受け入れる。
「ほい。結界トンネルの出来上がり」
「なんと」
俺の捕縛結界の先端が此方に飛び出した状態で、俺は捕縛結界に手で触れると
捕縛され結界のの外側の自分で張った結界内に立つ。
「ほら、チンさんもそれに触れて」
チンさんが後から捕縛されて俺の横に立ったら『解』を唱えて開放する。
「まずは、姫さん達と合流する」
「それが良いでしょうな」
結界の外に出た彼達は、一度姫様の元へと戻る事にした。