STAGE8:不思議な感覚
オンラインゲームプレイヤーの方には多少不快な表現があるかもしれません。ご了承下さい。
家に帰った癒那は、リビングの母に挨拶をしてから真っ先に自室のコンピューターに電源を入れた。
服を着替えながらゲームを起動させていく。ゲームが起動すると慌てた様子でイスに座った。
IDとパスワード入力がもどかしい。そんな思いが湧いた。
『プレスト王国 イン』
ログインと同時に開く部隊と小隊の接続状況が書いてあるウィンドウ。
通常はシフトとBで開閉するものだが、ログイン時には必ず右下に現れる。
「部隊は・・・・・・誰も居ない。小隊は・・・・・・」
癒那は小隊に朸夜の名前を見つけた。もう朸夜はこの世界に居る。
『滝夜:ただいま帰りました!!』
黄色い小隊チャットで表示される文字。
『朸夜:おぉおかえりなさいお嬢様w』
『滝夜:なっなに?執事喫茶?w』
『朸夜:のりだよのり。それよか城前に居るからみつけてみぃ』
その文字に癒那は不思議な感覚を覚えた。
ゲームの中とはいえ、まだ会って2日目。しかも今日はこれが初の会話だ。
この世界には、ゲームの中には、月日などないのだろうかという感覚。
癒那は滝夜を城の前へと導いていく。
「えっと・・・・・・白いスーツ白いスーツ。以外と多いなぁ」
城の前には朸夜と同じ様な姿をした人達が結構な数存在した。
髪型や、背格好に多少の違いはあるにしても、同じ装備品だと一瞬で見分けるのは難しい。
それでも癒那は朸夜の姿を見つけた。
『滝夜:いたw』
近くに来るとキャラの頭上にも文字が出てくる為、癒那は滝夜を朸夜の隣に置いた。
『朸夜:ほぉ良くわかったなぁw』
(自分でも不思議だよ・・・・・・)
『滝夜:へへへ』
癒那はウォーリーを探せを思い出していた。これも似たようなものだと。
『朸夜:今レベル32だっけ?』
『滝夜:うん』
『朸夜:何型?』
『滝夜:自滅型・・・・・・』
『朸夜:珍しい奴だなぁ、最初から自滅かよw』
『朸夜:で?デスサークルもってんの?』
『滝夜:今1だな・・・・・・後9でそろう』
『朸夜:お前もしかして、その他の取ってからメイン取ってるのか?』
癒那は良くわからなかった。ただ上から順にスキルを取って行っただけだ。
それで出てきたデスサークルを最後に取るのは、癒那にとっては当たり前だった。
『滝夜:だって出てこなかったもん』
『朸夜:お前馬鹿だなぁ。。。他のスキルフルで取らなくても』
『朸夜:途中まで取っとけば出てくるのに』
「うそっ・・・・・・何それ」
癒那は思わず左手で額を押さえてしまった。
メインの技さえあれば、狩場もまた広がるだろうに。
『朸夜:ちなみに今日から一週間経験値2倍キャンペーン実施中』
『朸夜:ってわけで、後9頑張れ!』
『朸夜:とっととあげないと一週間で遊びきれないぞ』
その文字に何故か一瞬心が揺らぐ。
『滝夜:えっと・・・・・・どうしたらいいの?』
『朸夜:とりあえず後9頑張って、レベル40だろ……そこから先は早いよ』
『滝夜:やっぱりデスサークルが先だったかな?』
『朸夜:いまさら言っても遅い』
『朸夜:ほら、ついといで』
城の前を左に進み、人込みを抜けた。
『朸夜:そういや装備は?』
『滝夜:最初キュアにもらったまま……』
『朸夜:おいおい………レベルに合わせて装備も変えろよな』
『朸夜:金は?』
『滝夜:一千万ある』
『朸夜:買いに行くぞ』
癒那、もとい滝夜は朸夜に連れられて装備屋を回り、今のレベルに合ったものと、40代に合ったものを買った。
『朸夜:ロッカーはこっち』
城の裏手にある木造のロッカーらしきもの。まるで街中にある公共本棚に見えた。
ロッカーの利用は、ただロッカーをクリックすればウィンドウでロッカー中と自分の所持アイテムが出るようになっていた。不必要なものを全て預けて、癒那は滝夜を左で待つ朸夜の元へ向けた。
途中で何人かの部隊メンバーがログインしたので、挨拶だけはかわした。朸夜と一緒だという説明は沙莉奈がしてくれたので、後は操作に慣れていないということで集中させてもらうことにした。
『朸夜:30代の装備になると、少しはスマートになるなw』
滝夜の装備はゴツゴツの物から少しスマートになった。とはいえ、30代の装備にも色々あるなかで、今滝夜が身につけているのは朸夜の見立てだった。 頭には黒いバンダナ。
胴の甲冑は胸元を隠すだけの小さいものになり、へそ出しになった。 下半身は黒いズボンにスカート状に少し開きのある鉄板がついていた。
靴は銀色。
マントは変わらず黒の長い物。
そして武器である剣は……
『朸夜:何となく作ったら出来たからプレゼント』
朸夜は昨夜あれから滝夜用の武器を作っていたのだ。自滅型だという事も、キュアから先に聞いていた。
自滅型最強の武器。『デスクロスソード』
長剣といくつかの宝石アイテムを合わせたもの。お金もそれなりにかかるが、お金よりも確率の問題だった。20回中一回成功。それくらい低いのだ。
それを偶然にも一度で成功させた朸夜はかなりの運を持ち合わせていた。
「あれ……?名前が入ってる」
デスクロスソードを装備する時操作ミスで、説明が書いてあるウィンドウを出してしまった。そこには
『滝夜のデスクロスソード。朸夜からの贈り物。デスサークルの威力を最大限に引き出す唯一の武器』
と書かれていた。
『滝夜:これ名前はいってるよ!?』
『朸夜:せっかくできたからな』
装備品作成に成功すると、プレゼントにするかどうか問われる。そこで相手の名前を入力すればプレゼント用に名前が入る。名前を入れると名前が入ってるどちらか以外は装備出来ないようになる。
『滝夜:こんなにすごい武器…私専用でいいの?売れば高いんでしょ?』
「なんでこの人こんなこと…」
癒那は相手の真意を探った。
『朸夜:せっかくやるんだったら、一週間だけだとしても楽しませてやろうと思っただけやw』
『朸夜:あっそれともあれか?』
朸夜からのチャットが止まる。
『滝夜:あれって?』
「なんだろ……」
『朸夜:お前が気に入ったから』
「……!?」
『朸夜:とか言った方がよかったか?』
画面を食い入るように見ていた癒那は、妙な脱力感を感じてしまった。
期待していたわけでも、願っていたわけでもない、でも………多分『体感してみたい』という感情が少しづつ芽生えているような感じが癒那を襲った。
『滝夜:どうせ本気じゃない癖にw』
『朸夜:まぁ興味が無かったら昨日で終りだったのは確かだなb』
『滝夜:興味持たすような事した?』
『朸夜:さあね?』
『朸夜:ほら、せっかくだし狩り行こうぜ』
『滝夜:うん』
チャットでは相手の真意はわからない……顔が見えないのは把握できないことが多過ぎる。
癒那は戸惑った。
ゲームはゲームなら……現実とはまったく別なら……それがわかってる相手なら……。