STAGE6:沙莉奈の現実1
オンラインゲームプレイヤーの方には多少不快な表現があるかと思いますが、ご了承ください。
「いらっしゃいませ!」
ユーラシアの営業時間は、朝7時から午後9時まで。
癒那は7時から5時まで働いている。お店の中には珈琲の匂いと、焼きたてのパンの匂い。食欲をそそいつつ、朝の穏やかな空気が流れている。
常連のお客様との日常会話、お昼まではこのゆったりな時間が続くはずだった。
9時。沙莉奈の出勤時間。
少し前に来て、支度を済ましてからホールに出て来る。
「おはよぉ〜」
「おはよ」
挨拶を交わした次の瞬間だった…。
「昨日あれからどうなった?朸夜さんどうだった?私は良いと思うよぉ?顔も普通だし♪」
まくし立てる沙莉奈に癒那は一歩後ろに下がる。
(合コンの次の日か!?)
沙莉奈の言葉から『ゲーム』だと想像出来る人はいないであろう。それを笑顔で聞いてくる。悪気どころか、おかしな事を言っているという自覚はかけらもない。
「朸夜さん確かに少し変わってるし、私もよくわかんない事で揉めた事あるけど…でも普通の人だよ?」
何を言われているのか一瞬迷ったが直ぐに疑問を口にした。
「あっあのさ…それは私と朸夜さんを付き合わせたいの?でもおかしくない?昨日少しゲームやっただけだよ?」
癒那の質問に沙莉奈は豆鉄砲食らったような顔を見せた。わからないのだ。言葉の意味が。
「くっつけたいっていうか…ほら、せっかくの出会いだし…」
溜め息しか出てこない。
「いらっしゃいませっ」
沙莉奈には何も言わず、お客様にお冷やとおしぼりを出して注文をもらってきた。
「ハムトーストとブレンドです」
キッチンに言いながら伝票を書く。
「沙莉奈、私さ彼氏いるじゃん。ゲームはあくまでもゲームだよ。電源を切ったら、他人なんだよ」
朸夜からの受け売りだが、理解しているから、自分の言葉として出て来る。
「そっそれは癒那がまだあんまりやってないからだよ!やってれば絶対わかるよ!」
ゲーム依存症。ゲームをやるための現実。そう。世界が逆転している人も現に存在する。沙莉奈もその一人。
沙莉奈にはその自覚がない。『当たり前』の世界なのだ。架空の世界ではなく…現実。
「ねぇ…沙莉奈はどうやって狗世さんと付き合う事になったの?」
その問いの後、しばらくお客様が入れ代わりできた為答えを聞く事が出来なかった。
時たま目で追う沙莉奈は、癒那にとっては、少しだけ変わって見えた。何かを演じているような…それでいてそれが普通のような。
しばらくしてやっと一段落した。お昼前のつかの間の休み。
「さっきの答えだけど、最初は普通に狩りしてて、色んな話してるうちに、好きになっちゃったの」
沙莉奈はキッチンから上がって来たソーサーを拭きながら照れ臭そうに話し始める。
「東京と京都で離れてるけど…それでも好きになっちゃって私から告白した」
癒那には信じがたい話だった。ネット恋愛は確かに存在するが…。
「その時点で相手の顔は?どれくらい付き合って何回あった?」
「写真送りあったから知ってるし、電話でも話したよ!付き合って半年だけど三回会った!お泊りだよ♪」
速答された質問。
写真でみた…その写真を素直に信じられるのはすごいなと癒那は関心した。二ヶ月に一辺。社会人なら妥当なのか?
「でもさ…ネットはいくらでも作る事出来るじゃん?メールも電話も。三回しかあった事なければなおさら…。沙莉奈の彼氏の狗世さんは、本当のありのままの狗世さん?」
この時既に癒那の中には『好奇心』が渦巻いていた。
自分にはない感覚と価値観。沙莉奈はそれを体験してる。癒那の問いなど沙莉奈にとっては不自然なものなのだ。
ネットで…顔の見えない、本心の読めないオンラインゲームで、相手の真意なんてわかるのか。相手を信じる事などできるのか…。
「癒那はまだ始めたばかりだからわからないだけだよ…ゲームはゲームって一つの現実世界なんだよ?自分を表現したり、ありのままでいたり、自由なの」
癒那にとってのツッコミ所を見付けた。『自分を表現したり』つまりは…作り上げた人格者もいるわけだ。
そんな話しをしているうちに、徐々に通が騒がしくなって来た。
時刻は十一時半。ここからが昼のピークだ。
「続きは後でね♪」
「うん♪頑張ろうね!」
癒那の提案で会話は一段落した。
迎え撃つ敵は…昼のお客様だ。一時半までの二時間に五十人位はさばく、高回転の店へと変貌する。
お客様の目当ては『ビーフシチュー』。限定三十食!パンかライスにサラダにドリンクで七百円!
それなりに安くて売り。
しばらく二人にとって休む間もない時間が始まった。
昼のピークを乗り越えて、沙莉奈のお話は続きます。