STAGE1:誘いと決意
ネットゲームプレイ中の方には、多少不快な表現がございます。
ご了承下さい。
時刻は午後五時を回った。
喫茶店『ユーラシア』ではバイトメンバー交代の時間。
『お疲れ様でしたぁ』
二人の女性が少し狭い事務所へ、帰り支度のために戻って来た。
「結構楽しいから、癒那もやってみなって!最初は私が助けるし、私の仲間もいるからさ!」
満面の笑みで迫るショートカットの女性。
松江沙莉奈。
「ネットゲームとか…なんか危ないじゃん。しかもオタクばっかじゃない?そんなの嫌だよ」
沙莉奈とは逆に、露骨に嫌そうな表情を見せながら、ジーパンに白いティーシャツに着替えていく佐伯癒那。
「確かにいるけど…普通にカッコイイ人いるよ?カワイイ子も」
「ネットゲームに恋人なんぞ求めるな!」
身を乗り出す沙莉奈のおでこを軽く小突く。
「ゲームはゲーム。出会い系は出会い系。両方一緒とか…。絶対勘違い野郎が男女共にいるし…ネットでしか恋愛した事ないとかいるよ?普通に出来ない人…沙莉奈…気をつけなよ…。絶対人付き合いおかしいからそいつら…少なくとも正常じゃない!うちらもう二十三だよ?」
バイトの先輩でありながら、同じ二十三歳同士で仲良くなった沙莉奈。癒那にとっては大切な友達。
出来ることなら辞めさせたい。ネットゲームの話している時の沙莉奈は楽しそうだけど、ありえないもう一つの世界を生々しく語る…。世界は…一つなのに、もう一つしっかりあるらしい。
「大丈夫!私の彼氏もやってるし!ってか前のバイト先の人で、私も彼氏に誘われてはじめたし。…いつの間にかはまったけど」
(ありえない…)
癒那は肩を落とした。
先日みたばっかりだ、どこかの恋愛相談サイトで、『ネットゲームでヤキモチばっかりで、彼と話す時間もない。あってもゲームの話しばっかりなんです』
沙莉奈がこのカップルと同じ道を進む気がしてならない。
「ね?今なら一週間お試し期間だから!暇つぶしがてらさ」
引かない沙莉奈。珍しい事だったから…癒那は断りそびれてしまった。
満面の笑みを前にしたら…癒那はそもそも断れない性格だ。
それに興味があった。
沙莉奈をこうまでも引きずり込むネットゲーム。
怪訝されながらも人口を増やすネットゲーム中毒者。
『おかしい』と言われる世界。
現実を見失う世界。
「じゃあ家に帰ってダウンロード出来たら電話してね」
店を出た沙莉奈は嬉しそうだった。
「バイバイ」と手を振りながら別れた。
その後ろ姿を見送ってから癒那は歩き出した。
(どうしよ…悠斗にメールしとこ)
澤田悠斗。癒那の十個年上の愛する彼氏だ。
沙莉奈からの誘いと、やるって答え。
何と無く…気が重かった。
癒那は家に帰るなりコンピューターに電源を入れた。
そのまま少し待ってネットを立ち上げた。
『EARTH FANTASY ONLINE』
検索欄に打ち込むと一番上に公式サイトが出た。
『初めての方』
クリック。
先ずは登録。名前や希望のIDやパスワードや連絡先を入力していく。
登録は二分くらいで終わった。
『ゲームダウンロード開始』
一瞬ためらった。
そのままクリックする。
保存先を指定して…しばらく放置。20分ほど。
癒那は先にお風呂に入る事にした。沙莉奈からもらった攻略本を片手に。
お風呂場で使い方やキャラクターなど一通り覚えるつもりだ。
携帯が机の上で震えた。
『好きにしな。信じてるから』
悠斗からだった。
浮気するとおもったかな?なんて思いつつ、認めてくれた喜びに胸が弾む。
着実に進むダウンロードバーを見ながら、癒那は部屋を後にした。