日常
カン、カンと乾いた音が森に鳴り響く。
私が風魔法で薪を割っている音だ。
最初はジイのように手斧で割ろうとしたのだけれど全然上手く割れないので、風魔法で割ってみたら楽にできた。
ジイも魔法で割ればいいのに、と言うと体が鈍らんようにじゃ、と苦笑いされた。
コツも覚えて今では、籠の中の薪を浮かべて4分割しもう一つの籠に入れる、までを魔法で行う。
始めた頃はあらかじめ置いてある薪を割ろうとしても失敗していたのだから、随分な進歩だと思う。
「これで最後、っと」
薪でいっぱいの籠を魔法で浮かせると小屋の脇に置く。
そのまま小屋の戸を開けると、見慣れた大きな背中が見える。
「ただいま、薪割り終わったよ」
駆け寄って抱きつきたい衝動を抑え、料理をしているジイに声をかける。
「いつもありがとう。助かるよ。
スープを作っているから少し待っとれな」
振り向いて見せるジイの顔はいつもの笑顔。
これで頭を撫でてくれたら完璧なんだけど、と思いながらも返事をして手を洗いにいく。
この小屋にはいろんな魔道具がある。
今使っている水を出す魔道具、ジイが使っている火を出す魔道具、虫除けの魔道具など。
魔道具は総じて高いものである、と本に書いてある。ジイに「なんでこんなに魔道具持ってるの?」と聞いたら冒険者だった時に貯めていた、と言っていた。
きっとジイはすごい冒険者だったのだろう、と思うと自分のことのように誇らしくなる。
手を洗って椅子に座ると、ジイが料理する様子がよく見える。
魔道具で火の調整をしながら、鍋を魔法で浮かせてスープを混ぜている。
日本では摩訶不思議な光景も今では見慣れた日常の一コマ。
いつかジイのように違う種類の魔法を同時に使ってみせる、と内心気合いをいれる。
「もう薪割りも慣れたのう。そのうちにわしも魔法で敵わなくなりそうじゃ」
「そんなことないもん。まだジイみたく風魔法と水魔法を同時に発動できない」
「ほっほ、同時に異系統の魔法を発動するのは大変じゃからの。でもソラはすぐにできるようになる。安心なさい」
ジイに誉められて、にやけそうに頬をなんとか抑える。
水と風、水と光のように2種類以上の魔法を同時に使うのはそれはもう難しい。
同じ風魔法の中なら、薪を宙に浮かせて鋭い風で割る、という2個の魔法を同時に使うことはソラにもできる。
でも、水球を作って風で浮かせようとしても、水球が壊れてしまうか浮かせられないか、どうしても上手くいかない。
同じ風だとイメージしやすいのだが、違うものだとイメージが上手く形にならないせいだ、とジイは言う。
二冊の本を両手を使って同時に書き写していくようなもの、らしいけれど私はそんなの無理だと思う。
それでもジイにできる、と言われると頑張りたくなるのだから仕方ない。誉められるためなら努力は惜しまないのだ。
「お待たせ、お腹空いたじゃろ」
いただきます、と手を合わせ食べながら考えるのはジイのこと。
この間ジイに家族だ、と言ってもらってからジイの話をいくつも聞いた。
ジイは家族は誰もいないそうだ。兄弟はなく、親も親族も全員もう会えないところにいる、と。
私も両親は覚えてないくらい小さい時に亡くしている。
ジイが寂しそうに見えて、手を握ったら笑ってくれた。
「寂しくはないぞ。もう家族がいるからの」
私もジイがいるだけで全然寂しくない。
膝の上で話を聞いて、頭を撫でてくれて、笑いかけてくれる。
こうやって一緒に食べて、ちょっとしたことで笑いあう。
そんな日常が幸せ。