015 戦う私
右目がチリチリと痛む。頭の芯が急激に冷えていく。自分が自分じゃなくなる感覚が、不思議と心地良い。
すっ、と左手を前に出す。いつも首に掛かっていた古ぼけた指輪が、いつの間にか(・・・・・・)左手中指にある(・・・・・・・)。
「フローラ」
私はそれを当然のように捉え、そして呼んだ。呼吸法を生まれてすぐ理解するように、人が二本足で歩くように、自然と知っている(・・・・・)指輪の名を、静かに紡いだ。
指輪はそれに応えるように、ドクン。と鼓動し、光を纏い、まるで表面だけが砕けるように光が散った。
そして現れるのは、美しき花。
光沢のある白と黒の細いリングが三本クロスし、その上には夕焼け空や春の青空、丘から見下ろす緑の絨毯等様々な色や景色に移り変わってゆく幻想的な水晶の蕾。それが、ゆっくりと花開いていく。
薔薇のような花びらの多い美しい花。この状況でさえ、その美麗さに敵味方問わず見惚れてしまう程だ。
「フローラ、おはよう」
<――――おはようございます。我が麗しの主>
凛、とした中性的な美声が響く。まるで正面で話してるかのように、聞き易いその声は指輪――フローラのモノ。
誰も、動かない。誰も、言葉を発しない。異常で異質な私を、ただただ見ているだけ。警戒しているだけ。
だから(・・・)私は、また言葉を紡ぐ。それは小さいのに、異様に響いた。
「フローラ、護りたい」
<機能の最適化をします、少々お待ちを。――――最適化完了>
そう述べたフローラは、私の前に一つの杖を取り出した。フローラの機能の一つ、収納機能。そこから取り出された、『アルケディウスの杖』だ。CWOでの、武器の一つ。魔術師でなくても魔法が使えるようになる反則級アイテムだ。ただ、登録した魔法のみではあるが。
何故、私がフローラの機能を知っているのか、と疑問が浮上し、今はどうでもいいし都合が良い、とそれを消した。
――――ああ、でも足りない。今のままじゃ多重詠唱も出来ない。どうにかしなくちゃ。どうにかしなくちゃ。どうにか。
――――カチリ。
――フローラの覚醒に伴い、■■■■■の強き想いを感知しました。これより強制転職・魂職解放・最適化を実行します。
――強制転職……遊び人から戦女神(遠)に変更完了。魂職解放……魂職:■■■■■を解放完了。最適化を実行します。スキル……レベル制度……3、2、1、0。
――最適化、完了。
カチリ。カチリ。カチリ。
変化が分かる。頭が冷えて、体が熱くなって、右目が熱くて冷たくて痛い。
それでも私は、何かに取り憑かれたように呪文を紡いだ。
「【自由なる翼 守護の光 駆ける想い 慈愛の女神 翔る願い 愛しき者の無事を欲す 顕現せよ 顕現せよ 我が翼 最硬の守珠】」
二重詠唱。二種類の詠唱を一節ずつ交互に唱える。これにより、私の背中には薄水色の透明な翼が四枚生えた。これにより、家族を七色に煌めくシャボン玉のようなドーム型の結界が覆った。
瞬間、二つの電撃と薄紫の煙が殺到したが、全て結界に弾かれた。攻撃性はなかったのか、ヒビすら入っていない。
「爪」
<シャイニング・クロウ>
自分でも驚くほど冷たい声が出た。それに反応し、フローラは杖を仕舞い代わりに太陽の光を凝縮させたような爪を、私の両手に装備した。
そして、私は飛び出す。四枚の翼で弾丸のように飛び出し、敵に襲い掛かった。次の魔法が丁度完成したのか、今度は明らかな殺意を篭めた火の玉と水の槍が飛来してきた。
私はそれを、爪で一閃。爪を追うように出来た光の斬激により、相殺された。消し切れなかった破片で顔や体に小さな傷が出来たが、お構いなしに特攻する。
「――っふ!」
「くぅっ…!」
まず一人目。母を攻撃していた短剣を持つ女に斬り掛かる。結界は母も覆ったが、敵対していた此奴等は弾かれたのだ。動揺している今がチャンス。
短く息を吐き出し、爪を振るう。爪は私の身長程ある物で、スキルや称号の補正はあれど幼い私の力でも拮抗出来るほど、強力な武器。
「ブースト」
<スキル【肉体強化】【身体能力強化】発動>
「なっ…!?ち、力が上がっ…ぐぁっ!!?」
更にスキルを重ねれば、大人を圧倒出来る程にまで上がる。ただ、強すぎる気がするが、今は好都合なので考えないでおく。
圧倒出来るのは、当然武器の恩恵が大きい。私が作った作品で、名の通り太陽の爪、灼熱と閃光の切り裂く爪だ。室内で大規模な物や炎は使えないが、光なら良いだろう。近接戦は不得意なのだが。
殺すのは、ダメだ。子供の前であり、情報を聞き出す為にも。そうでなければこんな奴等、八つ裂きに(・・・・・)してやるのに(・・・・・・)。
「【オーバーレイ・スラッシュ】」
「ッぁあああぁぁっ!!?」
スキル【オーバーレイ・スラッシュ】は、眩いばかりの輝きを刀身に宿し切り裂く技。爪も切り裂く技を使えるので、これを使った。
打ち合っていた短剣を豆腐のように切り裂き、女の左肩から右腰までに浅くはない傷を負わせた。全身に赤い生温かい液体を浴び、爪を振るう。ピピッと血糊が床に飛び散る。
ああ、死にかけている。このままでは死ぬ。此奴がリーダーっぽいし、他は構わないが此奴だけは生かさないと。
「【ハイ・ヒール】……、?【ハイ・ヒール】【ハイ・ヒール】【ハイ・ヒール】」
<治癒スキルは最適化により消去されてます。治癒アイテムの使用を推奨します>
スキルが……ああ、本当だ。魔法スキルと治癒スキルが消えてるな。まあ、いい。
チッ、と舌打ちを零しながら、フローラが出したポーションを倒れる女の上に放り、爪で無造作に割って無理矢理治療した。ガラスの破片が体内に入ったり小さな傷を作ったが、死ぬような怪我ではないのだし、良いだろう。
気を失った女はそのままに、次の敵に目を向けた。私の視界に捉えられた瞬間、敵は後退り怯えた色を瞳に滲ませた。
「ばっ…、化け物…ッ!」
そう言ったのは、誰だっただろうか。敵かもしれない。家族かもしれない。誰が言ったか分からないそれに、私はくつりと嗤った。
頭が醒め始めてから、妙に流暢になった口を開く。ああそういえば、言葉も日本語並に理解出来ているのはスキル【言語理解】の恩恵だろうか、などとくだらない事を頭の隅で考えながら。
「――化け物?上等だ。化け物だとおそれたいならおそれろ。怪物だと罵りたいなら罵れ。最低と嘲笑いたいなら嘲笑え。私は、自分の大切なモノを護るためなら、化け物だろうが怪物だろうが最低だろうが、何にだってなってやる」
――臭い台詞だ。私は自分で自分の発言に失笑した。それでもこれは、本心だ。 家族を護るのは自分の為。目の前で大切な人達が傷付いて辛いのは自分だから。ただのエゴだと、自己満足だと言われれば、成る程確かにそうであろう。――だからといって、私が彼女等を護らないなど有り得ないのだが。
体の節々が痛い。右目が熱い。細かな傷が地味に痛む。
「――――さあ、やろう。情報源は一つで十分。ここからはぁ、ころしあいのはじまりだよぅ?」
後半は舌っ足らずな幼い声で、可愛らしくうっすら微笑み小首を傾げそう宣言すれば、ヒッと小さな短い悲鳴が聞こえた気がした。
何をそんなに怯えるのか、と不思議に思う。ふと顔に手を這わせば、右目から真っ赤な涙が流れていた。 血涙、という奴か。だからさっきから熱いのか?分からない、分からない。私はただ、戦って、彼奴等を殺せばイイ。
床を蹴る。飛び出す。斬り掛かる。相手は必死に防ぎ、逃げようともがく。イミノナイコウイ。
先程までと違い、頭に血が上る。脳が上手く働かず、ぐるぐるぐるぐると考えが纏まらない。 数回打ち合い、偶に飛来する魔法を打ち砕き、体に傷が出来るのもお構いなしに同時に相手する。四人同時は流石に無理か。殺すどころか傷が増えていく。
鼻から、耳から、口から血が溢れる。無理が祟ったのか、腕や足の筋がぶち切れ、激痛が走る。それでも私は止めない。機械のように、ただ腕を振るい閃光を撒き散らす。
目が霞む。血が気管に入り噎せる。敵はそれを好機と見たのか、一気に攻め立ててきた。
くそっ、いきなり何でこうなった!状況は一変し、私が押されている。傷は増えるばかりで、ぶちっ、ぶちんっ、と筋肉や血管が切れる音がする。
ギリッ、と歯を食いしばった時、火の玉が着弾し後ろに吹き飛ばされた。肉の焼ける不快な臭いが鼻に纏わりつき、自然顔を歪めた。細めた目には、追撃の刃が迫るのが映り――私に当たる事なく、一気に遠ざかっていった。
私は、柔らかく温かい何かに包まれた。
「レイちゃんッ!!」
「…ぁ、な……で…」
私は母に抱き締められていた。必死の形相で私の体を確かめる母に、どうして、と信じられない気持ちを抱いた。
あの結界は外から中に入るのは勿論、術者の許可なしに中から外に出る事は出来ない。外側程ではないが、内側もかなりの強度を誇るモノで、破壊するなんて……それもこの短時間でなんて、信じられない。
首を捻って結界があった方を見るが、そこには結界なんてなく、心配そうに此方を見る兄弟がいるだけだった。……私を心配、してくれてるの…かな…?
「ばか!こんなになってまで私達を護らないで!」
「…っ…ぇ」
「家族を護るのは当然!レイちゃん達は母様が護るわ!」
その言葉に、急激に頭の熱が元に戻った。泣きそうになりながら、必死にそう言う母に、私は何故だか涙が出た。心が、軽くなった。
家族……そう、思ってくれてるの?化け物だと言われ、平然と人を殺そうとした私を。 ――ああ、何だか頭が、意識が正常になった気がする。さっきまでの私はちょっとおかしかった。だって、急にこわくなった。人を殺そうとした自分が。人を傷付けた自分が家族に嫌われるのが。
涙で滲んだ瞳で母を見上げれば、慈愛に満ちたきれいなほほえみでわたし、を。
「私達に任せて休んでね、レイちゃん。貴女の母様と父様はとっても強いのよ」
「ぁ…っぅ、ん…!」
私は、そこで意識を失った。結局、ちゃんと護れなかった。
ごめん、なさい。
次に目覚めたのは、一週間後だった。
主人公厨二覚醒のち暴走、の巻。
武器はフローラさんがさり気なく回収しました。