009 親友と私
パチリと目を覚ますと、目の前にはしぃの顔。まろやかなピンクのほっぺを、吸い寄せられるように指でつつく。ぷにぷにです。癖になりそうな感触にうっとりした。
それにより、しぃは起きてしまった。月色の長く豊かな睫毛に縁取られた目がゆるりと開き、とろりとした琥珀色の瞳が現れた。アリシアと同じ金色だが、アリシアは蜂蜜色でしぃとは微妙に違う。
寝ぼけているのか、少しボーっとしていたが、やがて焦点が合いパチパチと目を瞬かせた。いつもと逆だな……私は寝付きも寝起きも悪く、しぃは寝付きも寝起きも結構良い。
によん、と笑えば、しぃが抱き付いてきた。私もぎゅーっ。そういえばずっと互いの服を握っていたな。だから一緒に寝かされてたのか。 ぬくぬくしたしぃの体温で、またウトウトしてきた。あーこのまま寝ちゃおっかな…。
カチャッと扉が開いた音がし、ハッと目覚めた。見ると、メイドさんがいて一人が部屋を出て行った。あ、父達を呼びに行ったのかな? まだ半分寝ているようなふわふわした頭を、またコテンと枕に沈めた。だが、突然目の前に現れたウィンドウに目を丸くし、一気に覚醒した。
ウィンドウには【ツェリーフィア・シズリ・エンドアートからフレンド申請が届いてます。 承諾/拒否】とある。しぃのフルネームか、これ?シズリって…まあいいか。取り敢えず承諾っと…。…フレンドリストなんてメニューにあったっけ?なかったよな?
疑問に思い、確認してみる。あ、フレンドリストがある。確かになかったはず……ん、ヘルプが復活してる?
新たな項目の復活を確認し、首を捻っていると念話のリリリン、と言う音が鼓膜を震わせた。当然相手はしぃで、心の中で話せるこれは今の私達にはとても有り難い機能だった。
『みぃ?』
『しぃ?うわ、声とか変わってないね』
『最初に言う事がそれかい!…久し振り、かな?』
『ん。会えて嬉しい』
久々のツッコミを心地良く思いながら、コツンと額を合わせクスクス笑った。
こんな短いやり取りだけでも、私は心が満たされた。癒されて、染み渡る感じ。欠けてたモノが漸く戻ってしっくりきたような、そんな感じだ。
『会いたかった。会いたかったよしぃ…』
『私もよ、私のみぃ。みぃが…みぃが死んで、私…わた、しっ…!』
『ふえっしぃぃ…っ』
ポロポロ泣き出したしぃに、私も釣られて涙を流した。しぃは、私が死んだと言った。その私と同じくここにいるって事は……、考えたくもないが、しぃも、死んだのか。
『しぃ…も、死んだの…?』
『はっきり言うわね……ええ、そうよ。しぃのお葬式は私がやったんだけどね、それが終わって、火葬して……家に帰る途中、店のお客さんに刺されちゃった』
『!』
『私に付き纏ってた男でね……最期にね、またみぃと会えるかなって思ったら……ちょっと、遭って』
刺された、と軽く言ったしぃに目を見開いたが、次の言葉に首を傾げた。最後は言い淀むように躊躇いがちに言ったが、何があったと言うのだろうか。ニュアンス的には事故に遭ったとかそんな感じか。
キョトンとしぃを見ていると、私はどうだったのかと訊かれた。
『どうって?』
『ほら、死んでから転生するまでよ。その間に何かなかった?』
『んや、死んだと思ったらいつの間にか生まれてたよ。…しぃは何かあったんだ?』
『……』
無言で微妙な表情、と言うより苦虫を潰したかのような表情になり、ちょっと驚いた。昔は兎も角、こんな煮え切らない表情のしぃなんて久し振りに見た。余程の事があったのか。
もごもごと一巡し、伏せていた目を私と合わせ何かを言おうとした時、ガチャッと扉が開く音がした。そっちを見ると、両親と王様と、藍色の髪に金色の瞳の王妃様の一人がいた。ああ、あの王妃様がしぃのお母さんか。 タイミングが良いのか悪いのか分からない時に来た両親ズ。それぞれの母が私と抱き上げてくれた。
「良かった。元気みたいね」
「一歳児の癖になかなかおもし……激しい格闘を繰り広げたしな。まあ、これだけ元気そうなら大丈夫だな」
話そうとしたのを邪魔されたからか、暴れて近付けてきた王様の顔をゲシゲシ蹴り飛ばすしぃに、王様はそう言った。しぃは王様のくすぐり攻撃により逆襲されている。王様大人気ない。
一方私の方は、とても穏やかだ。父が異常がないかとペタペタ確認し、母が心配したのよ、とぷにっと頬をつついてきた。何より私は暴れてない。ただ父よ、ちょっとくすぐったいです。
「もぅ、珍しくレイちゃんが意思表示するから見守ってたけど、まさかお互いに気絶しちゃうなんてね…」
「何気に動きが良かったですよね」
「まさか最後はクロスカウンターで締めるとは思わなかったよ」
「ハッハッハ!ああなるなら酒持ってくりゃ良かったぜ」
当然、母、しぃママ、父、王様の順番だ。王様、いやしぃパパは絶対敬わないからな!子供の喧嘩を酒の肴にすんなよ。 呆れながらも、異常だったろう光景を見ても変わらない様子にホッとした。大人にはじゃれ合いにしか見えないだろう。それでも、構えながら戦うって、一歳児じゃ絶対おかしい事だと思う。それすらも受け入れたか、はたまた気にしなかったか気付かなかったかは分からないが、態度を変えないって言うのは有り難かった。
『――みぃ、話は後日で良いかしら?』
嬉しさを噛み締めていると、しぃからの念話が届いた。当然構わないとコクリと頷く。
しぃが、じゃあ念話を切ろうか、と言った所で、あっと声を上げた。聞きたい事が、ある。
『しぃ、女の子だよね?』
『ん、…ええ』
『生まれ変わって…今、幸せ?』
『…、っええ。勿論よ!…みぃは、幸せ?怖く、ない?』
『えへへ、うん。みぃのお陰でもう怖くないし、みぃに会えてもっと幸せになったよ』
ただただ、泣きそうなくらいの幸福に、恵まれた家族に、私達は笑った。
互いに抱えてるモノは小さくないけれど、大切な、家族がいる。何より今日、大切な親友に…最も信じている友人――信友に再開出来た。二人一緒なら何だって大丈夫。
私は、怖いくらいの幸せと幸運を噛み締めた。
……最終回じゃないよ!