プロローグ
私は、所謂ネトゲ中毒者だった。今では携帯電話並に普及しているVR装置。それが流用されたVRMMO、それにどっぷりハマった。王道のRPGだ。プレイヤー技能が現実でも上がる、世界一人気のゲーム。
私は、それの廃プレイヤー。殆ど外に出る事もなく、引き籠もり生活をしていた。一人暮らしだし、仕事もちまちまイラスト書きながら食い繋いでいた。誰にも文句を言われず、ゲームに没頭出来た。
私は、世で言うダメ人間だと言う自覚はある。友達も疎遠になっていて、家族は小さい頃他界しいない。繋がりがなく、作ろうともしない。人と関わるのは苦手だし、自分の容姿にコンプレックスを抱いている。必要最低限外に出る事もない。
女なのに180を超える長身に、体つきは女らしいのに顔は格好良いと言われる部類。女子高に通っていたのだが、性別を超越した格好良い美形と言われ……所謂王子様扱いだ、女子高生のノリで。自分で言うのもなんだが、中身は良くも悪くも普通の私は、正直言って引いた。私に本気になった子もいて、色々と大変で……人付き合いに辟易した。
外見に伴わない中身、いや中身に伴わない外見で恋人も出来るはずがなく。見た目とのギャップで友達もあまり出来ず。私はゲームに逃げた。
ずっとずっと、こうなんだと思っていた。未来を明確に想像してる訳じゃない。精々、ドラゴン狩りに行くかとか、明日は絵書くかとか、そういえばあの漫画の新刊出たし買いに行こうとか。そんな近い将来の事だけ。だって、この平凡な日々がいつまでも続くと、何の確証もなく漠然とただただ信じていたのだから。
――それは、本当に偶然だった。
いつも通りゆったりした服を身に纏い、お気に入りのベンチコートを着て、十二月半ばの寒空の下を歩いていた。はぁ、と白い息を吐き、自分の冷えた長い黒髪を左手で軽く握るようにサイド辺りを梳いた。冷たい耳は、恐らく真っ赤に染まってるだろう。
今日は、ゲームがメンテナンスでログイン出来ないから、パソコンを買いに来た。そろそろ新しいのにしようと思っていたので丁度良い。
免許はあれど車はないので、電車とバスを乗り継いで大型電気量販店に来た。予算内で一番使い易そうな物を選び――私は機会音痴なので、複雑な物は使いこなせないのだ――暖かい店を出た。
「はぁ…。さぶ…」
逆ナン防止のベンチコートは、とても温かい。寒がりの私には冬の必需品。普段着がベンチコートだと、何故か声を掛けられない。多分ダサいからだろう。顔も見え辛いし。
バス停に着き、寒さに足踏みしたり手に息を吐きかけたりと、落ち着かない行動を取る。先程からチラチラと雪も降り始めた。
他に数人いるバス停に、少し遅れてバスが滑り込んだ。乗り込むと、中は暖かくほっと息を吐いた。
適当に椅子に腰掛け、荷物を抱えた。居住まいを直すと、女だと言う唯一の主張で伸ばした髪が背中と背もたれに挟まれ引っ張られた。流石に腰までは伸ばしすぎたか…。
動き出したバスの窓から外を眺め、本格的に降り出した雪に眉をしかめた。駅に行く道が凍っていて転び掛けたので、これ以上歩きにくくなるのは嫌だ。 憂鬱になるので、景色を見るのは一旦止めてバス内を見た。ちょっと騒がしい学生のグループに大人しい学生、主婦やサラリーマン風の男性。殆ど学生なのは、彼等が制服を着ているのを見れば、学校帰りなのが分かる。それでも、まだ空席があるので、混んでいる訳ではない。帰宅部にしては少し遅く、部活をやってるにしては早過ぎる中途半端な時間だから仕方ないか。
ボーっとしながら、夕飯はハンバーガーでも買って帰るか、なんて考えていた。だから、私はそれに反応が遅れた。
ギャギキキィィィッ!!うわああぁぁっ!!?
不愉快な甲高い音と共に、男性の悲鳴が鼓膜を揺らした。そして、よく分からない内にバスが大きく揺れ、体が投げ出された。
バスがスリップした事による横転事故。それを理解した時には、ドクドクと生暖かい液体で濡れ手足の先が冷たくなっていた。目も鼻も耳ももうダメ。痛みも今では感じない。最初に感じた壮絶な激痛も、喉元過ぎれば何とやら。明らかにヤバい状態なのに、逆に冷静になってしまった。
走馬灯、と言うのか。今までの出来事がビデオの逆再生のように脳裏に流れていく。そして、もう殆ど覚えていない小さな頃の記憶――両親の笑顔が流れた瞬間、走馬灯は停止した。
もう死ぬのか。と、漠然と思った私。いつ死んでも別にいいや、と何となく生きていた。でも、それは死ぬというのがどう言う事か、全く理解してなかったからかもしれない。
両親の笑顔と、両親の死に顔を思い出し――急に、怖くなった。急に、“死”を実感した。
死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくないッ!まだ生きたい!
私は、ただそれだけだった。バカかもしれないが、未練なんてゲームくらいしかない。でも、ゲーム内でなら友達も仲間も沢山いた。家族、はいなかったけど、全員が全員素だったとは思わないけど、架空の世界だけど、確かに私は繋がっていた。繋がりが、あったのだ。 私の担当者の由美さんだって、ゲームばかりやる私をいつも心配してくれてた。
結局、私は死ぬのが怖いのだ。まだまだ生きたい、友達が欲しい。仲間が欲しい。――家族が、欲しい!
それでも、死ぬのは避けられない。自分の事は一番自分が理解している。…避けられない死に、私の心は急に凪いだ。もう体も動かない。
――来世では、平凡な生活が送りたい。家族がいて、友達作って、誰かと笑い合える、そんな在り来たりな人生。出来る事なら、あのゲーム――『create world online』でのような、友達と普通に遊んで騒いで偶に喧嘩して仲直りして……そんな、理想の日常が欲しい。
欲張りな自分に自嘲の笑みを浮かべ――歪な引き攣った物だったが――私は、意識を闇に委ねた。
――第一条件『死への恐怖』『生への渇望』『来世の願い』オールクリア。■■■■■を得る為、異世界への転生を実行します。3、2、1、0。
――魂の移行、完了。
最後まで主人公がゲームに拘っていたのは、ゲームの中の自分が理想だったからです。ゲーム故に、見た目と中身の差なんて些細な事と片付けられるから。