The Stars and the Earth - 星々と大地の物語
The Agony of Theodorianus - 戴冠の誓い
静かな森の中にある都の、その中央に鎮座する荘厳な城。
その内門には黄金の鷲のタペストリーが垂れ下がる。
城内では召使いやメイドたちが忙しそうに働き、
各所では銀と緑のタバードを纏った兵士たちが城を護る。
大きな正面階段を上がって二階の回廊の先。
大人の背丈の倍はある重厚な扉をくぐると、天井の高い謁見の間が広がる。
入口から見て玉座の左手には、王の執務室があった。
その執務室では一人の若い男と、老齢の男性が何やら揉めている。
「オリオン殿下。どうか、どうかお聞き届け下され。
セフィアン王、マリア王妃両陛下、そしてカリウス王子殿下が、お労しくも行方知れずとおなりあそばれ、今や五年が経ちまする。もはやこれ以上、王位を空けておくことはできませぬ」
「さりとて、エミリオ。兄王陛下は、必ずや戻られる。その不在の間に私が王位に即いてしまうとは、それは反逆に他ならぬ。兄上から弟が王位を奪うなど、鬼畜の所業ぞ……。
私は、承知せぬ!」
そう言って、オリオンはエミリオに背を向けた。
「殿下。セフィアン陛下を想う、殿下のそのお気持ち、この爺や、痛いほど分かりまする。しかしさりとて!国を、王国を、その民を、それ以上にお想い下され!この国に対して、殿下には責任が御座りまする。民の動揺をお鎮め下され。王国には、王が必要なので御座います。その王を務められるのは、殿下をおいて、他にはおられぬのです!」
自室に戻るオリオン。部屋には赤子を抱く女性がいた。
「カテリーナ、今戻ったぞ」
「テオ殿下、お帰りなさいませ」
「娘を抱かせておくれ」
そしてオリオンは赤子を優しく受け取る。
「ドーラよ、母上を困らせず、良い子でおったか?」
オリオンの髭が少し当たって、くすぐったそうにドーラが笑う。
そしてその小さな手で、その髭を触り始めた。
「我が子とは本当に、可愛いのう…。そして、民にも同じく、我らのような親がいて、そして数十、数百、数千のドーラがおる。王国にはその幾千のドーラたちを守る責務がある。それは、分かっておるのだ……。
しかし……」
娘を侍女に託して、オリオンは力なく椅子に腰を下ろす。
「もし私が王位を継いでしまったら、兄上はもう、二度と戻らぬ。然様に感じるのだ。それが、辛いのだ……。耐えられぬ……」
「テオ……」
カテリーナに擦られて、オリオンは静かに涙を流した。
翌日、オリオンはいつも通りに執務室で政務を行う。
王不在であるため、できることは多くはなかった。
しかしその限りを尽くして、オリオンは民のために働いた。
そしてそんな最中、エミリオが神妙な面持ちで、
数枚の紙をオリオンに差し出した。
「これらは長らく伏せてまいりました。殿下のお気持ちを慮ってのことに御座います。なれどもはや、話さねばなりますまい……」
オリオンがその中の一枚を手に取り、そして目を通す。
「なんと!」
「モンティヴァリス領主アレッサンドロ伯爵は、ここ数カ月にわたり、税を納めることを拒絶しております。以前より定められし額を下回り続け、そしてそれが完全に止まった由に御座います。幾度催促を送ろうとも、『王命以外には従わぬ』と返すばかり」
そしてもう一枚に目を通した。
「グランテリア湖西方を治めるヴェスペリア領主カッシウス公は、港にて独自の徴税を始めておりまする。カッシウス公は外戚王族ながら、王位継承権を持ちまする。故にこの兆候は、実に危うく存じまする」
オリオンは絶句したまま、報告書を眺めている。
「他にも、我が国の法に従わず、勝手な統治を進める小領主が増えました。中には初夜権などを持ち出して、民を苦しめる不届き者すらもおりまする……」
頭を抱えるオリオン。
「されどこれが、『王無き王国』の、その姿に御座りまする。それでも尚、即位を拒絶し続けられまするか、殿下?」
オリオンは何も言い返せず、ただただ俯き続けた。
静まり返る執務室。
そして沈黙を破ったのは、伝令だった――
「殿下!! セルジオ殿が、お戻りにございます!!」
「おお、なんと!!!」
急ぎ謁見の間に出て、オリオンはセルジオを出迎えた。
「セルジオ! そなたらの帰りを待っておったぞ!!」
そう言ってオリオンはセルジオに駆け寄る。
「商人のような格好をして、如何したのだ。まあそれはよい。
して、兄王陛下は、いずこにおわしまするか?」
しかしセルジオは何も答えない。
「何を黙っておる? 答えよ。両陛下と王子殿下はいずこに?」
「申し訳ござりません……。この私めがついておりながら……」
そしてセルジオはその場に泣き崩れる。
「両陛下、王子殿下を差し置いて、この不忠セルジオ、
ひとりおめおめと、戻ってございます……」
「あ、兄上に何があったのだ。話してくれ、セルジオ!」
そしてセルジオはゆっくりと、この五年間を振り返った。
「我らは、リヒトハルト王国にて、謀反に巻き込まれました。その折に、マリア王妃陛下が……何者かに拐かされ……。我らは命からがらに、カリウス王子殿下を連れ、城から抜け出し……。
しかし我が王国の船は全て、焼き尽くされておりました。そしてナヴィスベリーにて、船を探したのですが……。されど船を借り受けるにも手持ちが足らず……。
そして我らは、ルノリスに住む私の親類を頼り、サント・フロールの街に身を寄せたのでございます」
「なんと……お労しや……」
涙を流すオリオン。同様に泣きながらセルジオも続ける。
「サント・フロールに家を持ち、そこに落ち着いた後は、船代を稼ぐべく、私めは商売に精を出してまいりました。
その間、セフィアン王陛下は、街自警団の剣術指南役となられます。陛下は皆々に慕われ、王子殿下にもご友人ができて、大変健やかな三年間をお過ごしあそばされました……」
「そうか……そうか…………」
「そして、ようやく金子が揃い、船を借り受ける目処がたった、その頃にございました……。私めは大きな商談のため、サント・フロールの街を離れておりました。しかしその折、リヒトハルトの追手に嗅ぎつけられ……。私が戻った時には、陛下も殿下も、もはやおられず……」
更にセルジオが号泣し、しばし言葉に詰まる。
しかしやっとの様子で、更に続けた。
「陛下は西へ向かわれたと、そう聞き及び、私はあらゆる手を尽くして、お探し致しました。しかし、その消息は、全く掴めず……。このサント・フロールにて待ち続ければ、何れ戻られるやもしれぬとの希望を胸に、そのお帰りをお待ちし続けておりました。されど、恐らくは彼の国の手の者により、街は襲撃を受け……壊滅……。
そしてこの度、恥ずかしながらこのセルジオ……。このグランテリアの地に、戻って参った次第にございまする……」
五年間の海外生活を経て、すっかりと窶れた王の従者に、
オリオンは掛ける言葉も見つからなかった。
セルジオを自宅へ帰し、静養するようにと告げる。
そしてオリオンは再び、執務室へと戻っていった。
オリオンはその夜、全く寝付けなかった。
兄の消息。そして王国の行く末。あらゆることが頭をよぎる。
そして一睡もできず、朝を迎えた。
ぼんやりとした頭のまま、執務室で政務をこなすオリオン。
しかし忙しくしている時だけが、心安くいられた。
そんなオリオンを、セルジオが登城し訪ねて来る。
「セルジオ、ゆっくり休めと言うておるに」
「いいえ、殿下。昨日お伝え忘れていたことを、思い出してございまして。それを伝えるためだけに、本日は罷り越しましてございます」
そう言うと、セルジオは居住まいを正し、そしてオリオンに語りかけた。
「セフィアン陛下よりの、オリオン殿下への、お言付けにございます。これは万が一に備えて、陛下よりお伝えするよう、申し仕りましてございます」
オリオンも姿勢を正す。そして兄の言葉に耳を傾けた。
『そなたは、そなたのすべき事を、成せ。兄は、テオ、そなたを信じておる』
「以上にございます。それでは、殿下」
そう言うと、セルジオは立ち上がり、そして帰っていった。
「兄上……。兄上…………」
机に突っ伏し、咽び泣くオリオン。
しかしひとしきり泣くと、顔を上げ、そして静かに立ち上がった。
「斯様に想い悩み、そして何も行動できぬこと。それこそが兄上への裏切りであると、この愚かな弟にも、今ようやく分かり申した……。 これまでの不甲斐なさを、どうか、お許しくだされ、兄上……。
もう、悩みませぬ!」
そしてオリオンは力強い声でエミリオを呼んだ。
「エミリオ。私は決断したぞ。王冠を、お預かり致そう!!」
「で、殿下! 遂に!!」
「急ぎ支度せよ! 一刻も早く、戴冠式を執り行う! この国の乱れを正し、そして民を護るのだ!!」
「はい! 殿下! 承知仕りまして御座います!」
そしてエミリオにより統括され、戴冠式の準備は恙無く進んでいった。
王城のバルコニーに祭壇が設けられた。それを多くの諸侯たちが見守る。
そして下階の広場には民衆がひしめき合い、新たなる王の誕生を待ちわびていた。
オリオンはゆっくりと、祭壇へと上がる。
そして正面にて待つ司祭の前へと歩み出た。
広場から歓声が上がる。
そして司祭が右手を掲げると、その場が静まり返る。
すると司祭が厳かに、力強く民衆へと呼びかけた。
「イオセフィアヌス・アウレリウス・レクス・グランテリエが弟、テオドリアヌス・アウレリウス・フラテル・イオセフィアニ、レジス・グランテリエ。
神の名において、汝を正統なる国王として、ここに推戴する。これに異議ある者は、今ここに申し出よ。
この者を我らの王として認めるか!?」
「承認する!」
民衆が、そして諸侯たちが一斉に唱和する。
しかしオリオンは、それをかき消すかの如く、明瞭な声で叫ぶ。
「異議あり!!」
そして再び、場は静まり返った。
そしてオリオンは続ける。
「兄より王冠を奪う。それは我が意志に非ず! 故に王位の簒奪たれば、我は決して、それを認めぬ!!
されど、国の窮状にありて、我は兄王の代理として、この王冠を預かり受け奉る!!」
そしてオリオンは民衆に向かう。
「我は誓う。偉大なる天神、フルグラートルの御名において。
イオセフィアヌス陛下がお戻りになる、その日まで。その王冠をお預かり奉る! そして帰還の暁には、速やかにこの王冠、王陛下にお返し致す!!」
そして司祭へと向き直り、その前に跪いた。
司祭はゆっくりと王冠をその頭上に戴かせた。
そして王は立ち上がり、振り返って民衆へと向かう。
「見よ、ここに第十三代国王、テオドリアヌス・アウレリウス・レクス・グランテリエが誕生した!
御代に安寧あれ。そして汝が誓いの果たされんことを……」
「御誓い、成就せよ!」
一人の騎士がそう叫ぶ。そして皆々がその後に続いた。
そして「グランテリアに栄えあれ!」という歓声が、
いつまでも、いつまでも続くのだった。
―完―
こちらは某サイトにて「ラテン語命名短編コンテスト」に応募するために、
急遽書かせて頂いた作品です。
参加条件が「短編限定(1万文字以下)」と、本編での参加がかなわず、
ある意味では仕方なく書いた短編作品でした。
故に本来は書くつもりのないものでしたが、
しかし書き終えた今は、書いて良かったと思います。
オリオンのこの想いが報われれる日が、少しでも早く来るように。
本編の執筆を頑張る所存です。




