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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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闇しぃ太郎

無自覚聖女の愛は、誰を救ったのか

作者: 闇しぃ太郎

※本作は、善意や正しさが必ずしも救いにならない場合を描いた物語です。

シリアスな内容を含みますので、ご注意ください。

「選べよ、セリーヌ。俺は既に選び取ってここにいる」


 彼はボロボロのマント姿で現れた。

 片腕が風に揺れている。

 厚みがない?

 まさか――。


 微かに香る、

 鉄の匂いと、土の香り。


「俺の未熟さには、何度嫌気がさしたか。次はお前が選べ」

 

 彼の声は、記憶とは違い掠れて聞き取りにくかった。

 しかし、何故か力強く、心に響く。


「そして、その選択を。間違っているとしても背負っていかなければいけない立場らしいんだよ、俺たちは」


「私は、あなたの為に……」

「俺のため」

 

 彼の声が半音上がる。笑われているのだろうか。

 瞬時にカッと頭に血が昇る。

 

「誰かのために行う行為は、無罪か?それはただの言い訳だ」


 傷だらけのはずの、彼の姿が、私を圧倒して言葉がうまく飲み込めない。


「国の為なら納得できた。……俺のため?俺は……もう次期教皇じゃないが……。あまりにも軽率だな、お前も俺も……」

「だって、隣国では感謝されてます!」

「感謝されるなら……全てが赦される。そんな世界は……存在してはいけないんだよ」


「それに、その精霊。高位精霊だな?……突然の職務放棄に、報告義務の怠慢。……セリーヌ。少しは自覚しろ」

 

 目の前に立つ、満身創痍の男性に、返す言葉が見つからなかった。


 ◇◇◇


「お前、まだ精霊を呼べないか……」

「ごめんなさい……」


 マルクス様の声音に、顔を上げられないで、そのまま謝罪する。 

 何故なのか。

 何故か私には精霊が寄ってこなかった。

 しかし、一匹だけ、昔からの友達がいる。

 内緒の関係だった。


「ただ、お前を助け出した意味がない。これではメリルに世論が傾きかねない」

「……すみません。感謝してます」


 私は、孤児院にいたところを、マルクス様に連れ出された。

 信託があったそうだ。

 それから私は、聖女としてここに居る。


「最近はメリルを推す声が多い」

「メリル様は素敵な方です。私よりもマルクス様にお似合いだと――」

「やめろ。勝手に決めるな……はぁ。俺が最初から間違っていたのか――」

「すいません……」


 私は頭を下げ続けるしかなかった。

 無能な私はここにいないほうがいい。


 胸元のペンダントを無意識に掴む。

 昔、マルクスからもらったものだ。


(想い出はもらったじゃない。助けてもらった。もう、十分だわ……)


「マルクス様。いつもありがとうございます。……あなたが思っている以上に感謝しているんです」


 ◇◇◇


『聖女!隣国のルイス殿下に見初められる。――世紀のラブロマンス』


 そんな新聞の記事が街の空を舞った。


「なんてことをしたんだお前は!この国は高位精霊から見捨てられた!……お前の存在自体がさらに怒りを買うかもしれない。直ちに国を去れ!」


 教皇からの叱責を受け、俺は役職を免除された。

 前線に送られる。

 セリーヌが嫁いで行った国との境界。


 その最前線だ。


 期日までに、王宮を去る準備をする。


「確かに特にセリィを特別扱いしてこなかった。……だが!一目惚れ?どうしようもないだろう?なんで周りに言われなくてはいけないんだ……」


 義務は果たしてきたつもりだった。

 どうすればよかったのか。

 答えはない。


 セリーヌが俺に怒るならわかる。婚約者として、配慮が足りなかったと。魅力がなかったと。

 だが、国王も側近すらも俺を責める。


 結局、責任を取るのは俺だ。そして、俺の側近たち。

 世紀のラブロマンスの裏で、俺たちは、黙々と前線行きの荷物を纏めた。


 ◇◇◇


「マルクス様!司祭が足りません!一度、退却して、治療に専念しましょう」


 目の前に現れたかつての婚約者――セリーヌの力は段違いだった。

 次々と自軍の兵が屠られていく。


 そして、慈悲も何もなかった。


「聖女様は……我々を見捨てたのでしょうか……」


 俺は、その兵士の汗を拭った。


「我々は……何かを間違えたのでしょうか……」

「違う。ただ、人間だっただけだ……。お前は悪くない」


 そう言うと、その兵士は目を最大限に開き、こと尽きた。

 何が間違っていたか?

 俺か。

 聖女か。


 ◇◇◇


 前線に送られて半年が過ぎた。

 隣国に渡ったセリーヌは1日1回は広範囲の攻撃を繰り出してくる。


 撤退指示を出している時、目の前に少年兵が蹲っていた。


「マルクス様!」

 部下が俺を引っ張る。

 だが――。


 どうしても、見捨てて生きる気にはなれなかった。


「立て!行くぞ!」


 少年は、こちらを向き、少しだけ口角をあげた。

 無理やり立たてるために腕を掴み、足に力を込める。


「もう大丈夫だ!――今すぐここから脱出するぞ!」

「マルクス様!急いで!」

「わかっている!」


 次の瞬間――。


 世界が発光して、俺の左腕が消えていた。

 目の前の、少年兵も。


「うああああぁぁぁぁぁ!」


 腕が焼き付くように痛む。

 血が、辺りをビシャビシャと撒き散らしていく。


 掴んでいた。

 確かに抱えていた少年は。

 俺の腕ごと消えていた。


「マルクス様!早く止血を……!」

 部下が俺をかばいながら、救護所まで引きずっていく。


 何も。

 何も残さずに死んでいくのか……。

 彼が居たその場には何も無かった。


 何も、家族に渡せるものさえも――。

 痛い。

 灼けつくようだ。


 そして、少年のあの安心した笑顔を守れなかった事実が。

 腕を無くし、生死を彷徨っている間も、俺の脳裏からずっと離れなかった。





 隣国から、降伏を勧めるための使者が訪れた。

 ロマンス劇の二人だった。


 我が軍の動揺が激しい。

 俺は、三人で話すことを提案した。

 もちろん、許可されなかったが、最低限の人数に収められた。


「マルクス様。降伏してください。悪いようにはしません」

「悪いようには……。誰にとってだ?」


 隣国のルイスが口を出した。


「マルクス殿。その言い方は……」

「武力で攻めてきた御仁は、流石に流れを読む力が強い」


 声をあげるルイスを、視線と嫌味で黙らせる。


 彼は僅かに口を開き、そして閉じた。


 俺は、真っすぐにセリィを見つめて言った。


「うちの国は、明確に精霊師を囲っている。何故かわかるか?防御であり……兵器なんだよ」


 背後にあるはずの、救護所の方に視線をやる。


「無礼を承知で失礼します……!」

 

 テントの入り口に立っていた兵士が、低い声で話に割り込む。

 涙を流しながら、セリーヌをまっすぐに見つめていた。


「まだ15歳のロイが死にました。ルイ、アンバー……。数え切れません。……これが、あなたの答えですか」


 セリーヌはふらりと身体をルイスに預けた。


「お前は、それを考えずに他国に渡してしまった。お前の決断ならまだいい……。だがそれも結局、10歳の時のまま、そのお前が選んだだけだろう」


 胸元で指を組み、セリーヌが反論した。

 その行為、それすらも言い訳だというのに。

 黙って、負け犬からの罵倒を浴びる覚悟を決めればいいだけなのに。


「わ、私はよかれと思って……。聖女の勤めを果たしているんです。そちらの国は私がいなくても平気でしょう!?」


「そこを持ち出されると痛いけどな……」


 ――だが。

 俺は言葉を続けた。


「精霊を戦争に使うな」

 

 彼女の肩が、跳ね上がる。

 隣のルイスは俺から視線を外す。

 

「古くから、精霊とともに生きてきたわが国の倫理だ。

 お前は一線を超えた」


「でも、あなただって戦場に……」

「……俺は精霊師じゃないけどな」

 

 セリーヌは苦しげな顔で前を向いたが……、そこで言葉を切った。


「今。……俺が国を背負っているように見えるか?そして、お前は、そこのルイス殿下を選んだんだろう?」


 何も知らない?それで人の命が消えた。


「無知で、純粋で、無自覚」。

 そんな言葉では逃さない。


「それなら、俯くなよ。俺を馬鹿な男だと罵れ。ただ、他人に判断を委ねるな……。自分の決断に責任を持て」


 そう言って、簡易机から手紙の束を投げ捨てる。


「いつも、お前に食料を届けていた少年が……お前に渡してほしい、と預けてきた。……数ヶ月前に亡くなったが」


 それを床にハラリと放る。


「こっちは散々、お前を擁護していた侍女からだ。読んでいないからわからないが……。きっと恨み言は書いていないだろう」


 その上に、また手紙が重なった。


 メリルが、能力的に高くても、俺は才能では選んでいなかった。

 ただの言い訳で捨てられた男、それが俺だ。


「お前は、自分が兵器だという自覚があるのか」


 セリーヌはグッと押し黙った。


「敵味方で判断している自覚はあるか?こちらの兵にも、まだセリーヌを信じていた人間がいた」


 ◇◇◇


 無言が支配する中。


 ただ、マルクス様の呼吸音だけが響く。

 彼の身体がぐらりと前に倒れ込む。


「マルクス様!」


 私が駆け寄ろうとすると、間に何人もの人が守るように壁になった。

 見知った顔もいる。

「………」


 誰もが、強い敵意を抱いているのがわかった。


 一歩も動けなかった。


「……私、兵器になりたかったわけじゃ――」


 でも、結果は。

 目の前の惨劇がすべての答えだった。



 ◇◇◇


 この国に嫁いできて。

 私は聖女様としての言葉しか喋っていなかった。

 誰からも必要とされ。

 ルイス様は優しかった。


 でも、前線へ出てほしいと頼まれる。


『遠くからでいい。その力で国を導いてくれ』


 ――愛している。

 その言葉が私に免罪符を与えた。



 聖女としての私は、誰もが傅く存在になった。でも、気軽に話せない。誰もが敬礼をする。


 生国では軽んじられ、この国では『象徴』として祭り上げられる。

 どちらが良かったのか。


 マルクス様が10歳の時に助けてくれなかったら、今の自分がいないのは本当だ。

 そういえば、マルクス様は厳しかったけれど、嘘だけはつかなかった。


 ――何が嘘?

 私は隣のルイス様の顔を見た。

 視線を優しく受け止めてくれる。

 戦場で血を流させる。

 これが彼の愛なのだろうか……。


 マルクス様はろくに治療も受けていないように見える。

 呼吸音が、どんどんと荒くなっていた。


「お前は……昔から、不器用で。人より優れた所は少なかっただろう……」

「はい……」

「それは、聖女ってレッテルなら失格だが……。お前という人間としてならいいんじゃないか」


 あの会談の後、マルクス様は一言だけ告げた。

 それは許しでも、愛の言葉でもなく。


 ただの、私に対しての言葉だった。


 ◇◇◇


 ガチャリ。

 最近は滅多に訪れなくなったルイス様が部屋に来た。


「君に報告だ。とうとう、君を虐げ続けた国を傘下に収めたよ。我々は勝ったんだ」


 彼の高揚した声がどうしても耳障りだった。


「そうですか。おめでとうございます」

「何を言ってる!全部君のおかげじゃないか」


 無理やり口角を上げて、彼の瞳を見た。


「ええ。……すべて、私の選んだ結果です」



 

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