地獄の同窓会
今日この日、昼休みに食事をとっているとある連絡がスマホに届いた。
【西東高校3年C組】
グループの招待が届いていて、なんだろうと入ってみると、懐かしい人からみんなにメッセージが送られた。
【久しぶりに同窓会をやろうと思っています!集まれる人はぜひ参加の連絡をください】
……なつかしい名前の人たちがグループに入っている。
でも、胸の奥がざわついた。
このタイミングで同窓会?
少し前だったら喜んで愛理と参加出来ただろう。
でも今は、そんな大勢の人がいる場に行きたい気持ちではなかった。
それに出来るだけ愛理とは関わりたくない。
参加するのはやめておこう……。
一旦メッセージを寝かせてから返事を送ることにした。
そして仕事をしてランチの時間。
私はコンビニで買ったご飯をオフィスで食べた。
すると、外にランチをしに行っていた愛理がオフィスに戻ってきた。
「遥~、ねぇ同窓会のメール見た?」
ニコニコと笑う愛理。
何食わぬ顔で私のスマホを覗き込みながら、当然のように話しかけてくる。
「……うん、見たよ」
「でしょでしょ?私、即返信しちゃった~!楽しみだよね」
なんで普通に話しかけて来られるんだろう。
全然楽しみなんかじゃない……。
そこに愛理がいるなら尚更だ。
「遥の分も返事しといてあげたから。行きます!って」
「……え?」
タイピングしていた手が止まった。
「ちょっと待って、勝手に私の返事まで……」
「いいじゃん、どうせ行くでしょ?久々にみんなに会おうよ。ほら、私たちって"元"親友じゃん?一緒に行かないのはおかしいでしょ」
わざとらしく“元”を強調する愛理の言い方に、喉の奥が冷たくなる。
あの一件があってから、私がどれだけ愛理を避けているのか、彼女はこれっぽっちもわかってない。
……いや、もしかしたら、わかっててやってるのかもしれない。
「私は……今、仕事にも力を入れたいし行かないよ」
「あっそ?じゃあ言っちゃおうかなぁ~遥は今、結婚秒読みだった彼氏にフラれて傷心中で来れないって」
「……っ」
私は愛理のことを睨みつけた。
どうしてそんなに私のことを不幸にしたいのだろう。
愛理が翔平さんを狙っていたのなら、もう手に入れたじゃない。
自分のものになったんだからもう十分なのに、なんでここまで言われなきゃいけないんだろう。
「ちゃんと来た方が変なイメージ付かないんじゃなぁい?」
愛理はニヤリと笑った。
確かにそうだ。
同窓会で愛理だけが行くのなら、彼女は好きなように私のことを言うだろう。
私は実家が高校にあることも多く、ウワサになるのも嫌だ……。
「分かったよ、行けばいいんでしょ」
私はそう返事をした。
適当に顔を見せて、いいところで帰ればいい。
「……じゃあ、楽しみにしてるね?」
それなら愛理も好き勝手出来ないだろう。
それから同窓会の日がやってきた。
愛理は普段よりもオシャレな服装をしていた。
憂鬱だなあ……。
高校生の頃は愛理とばっかり一緒にいたから、他に仲がいい子なんていなかったし、楽しみでもなんでもない。
愛理が変なことを言わないように牽制する意味で行くなんて。
だったらもっと時間を有意義に使いたいのに。
クライアントとのやり取りをして、それを形にする作業を進めているとあっという間に時間は経っていた。
もう17時か……。
仕事全然終わらないな。
一方愛理はというと、定時になると同時にカバンを持ち、先に会社を出ていった。
まだ愛理がやるべき仕事は残っているのに……。
この調子で毎日のように定時で上がっているけど大丈夫なの!?
同窓会は18時から開催される。
私はこの仕事が終わるまでは上がれないから、遅れて行くことになるだろう。
「はぁ……」
でも自分が悪いんだけどね。
行くと言ってしまったのだから。
企画書を一本作り、社長に確認してもらおうと社長室に向かったが、今日は一ノ瀬さんは外に出てしまっているようだった。
外部でやり取りがあるのだろう。
一ノ瀬さんもかなり忙しそうなんだよね。
仕方ない。
これは明日に回すか……。
それからひととおり仕事を終わらせると、私は会社を出た。
会場は都心の多くの人が入る品のいい居酒屋で行われた。
同窓会の開始から約1時間半が過ぎている。
このタイミングなら、少し話したらところで一次会は終わるだろう。
エレベーターでフロアに上がる。
指定された場所に向かうと、大勢が集まって飲んでいるテーブルがあった。
いた……!
そこには懐かしい、面影のある顔ぶれが揃っていた。
「みんな、遅くなってごめんね!久しぶり!」
そう言って声をかける。
しかしその瞬間、空気が変わった。
がやがやと楽しそうだった笑い声が、ピタリと止まる。
そしてみんなの視線が全部私へと集まった。
な、なに……この空気……。
もしかして久しぶりすぎて誰だか分からない?
「月島だよ、月島遥……卒業してから会ってないし分からないかな?」
困ったように笑うと、みんなの目がどこか冷たかった。
「あ……月島……さん?来たんだ」
最初に口にした男子が、微妙に引きつった笑みを浮かべる。
来たんだって……。
行くって言ってあったのに……。
「ひ、久しぶり」
「……ほんとに来たんだね……」
「勇気あるね」
そんな声が、ひそひそと後ろの方から聞こえてくる。
なに……?
すると目の端で、愛理がみんなに囲まれていた。
目元をうっすら赤く染めながら、ハンカチを持ち涙を流している。
なに、これ……。
嫌な予感がする。
愛理が何か言ったんだと分かった。
すると、1人のクラスのリーダー的存在だった斎藤くんが気まずそうに言う。
「あー……気まずいしさ、せっかく久しぶりの再会の場を壊されるのはなんかいやだしもう聞いちまおうぜ!」
彼が頭をガシガシと書きながら私に尋ねる。
「月島、お前……愛理の彼氏取ったって本当?」
その言葉を聞いた瞬間、心の奥が凍るように冷たくなった。
頭が真っ白になる。
私が愛理の彼氏を取った!?
信じられない気持ちで愛理を見ると、彼女はニヤリと笑っていた。
どうして……なんで、そんなことが言えるの?
彼氏をとったのは愛理の方でしょ?
「……ほんとに、そんなことがあったのに普通の神経して同窓会に来るなんて、信じられないよ」
「月島さん、愛理ちゃんと同じ会社なんでしょ?」
そうか。
私が遅れてくるのを察して愛理は先に策を打ったんだ。
私を無理やり連れてきたのも、これをするため。
「みんな、いいの……全部私が悪かったから……遥にはずっと相談してたんだけど、私たちが上手くいっていないことも教えていたし……でもけっきょく私の元には戻ってきてくれたから」
テーブル席の端で、涙ぐみながら小さく語る愛理。
こんなことするなんて最低だ。
「まさか遥ちゃんが……そんなことするなんて」
「親友の彼氏、だよね……?職場も一緒なのに勇気ありすぎでしょ」
「しかも、何もなかったように同窓会来るとか……」
ひそひそと交わされる声。ちらりと向けられる視線。
それは、まるで見てはいけないものを見るような目つきだった。
あーあ……私ってバカだ。
どうしてここに来たんだろう。
別にウワサなんて広まったってどうだっていい。
顔さえ出さなければ、こんな嫌な思いをすることはなかったのに。
わざわざ自分から、こんな惨めな思いをしに行くんだもん。
「…………」
私はなにも言えなかった。
言い訳なんてしても私の言葉を信じてくれる人なんかいない。
そんなのは今の状況を見ればすぐに分かった。
私が……愛理の彼氏を奪った女、か……。
喉がきゅっと詰まり、目の奥が熱くなる。
泣きそうだった。
でもそれを必死にこらえてそのまま帰ろうとした。
そのとき。
「ウソはやめていただけませんか?」
透き通るような声が背後から聞こえてきた。
えっ。
ビックリして振り返ると、そこにはスーツ姿の一ノ瀬くんがいた。
どう、して……。
どうしてここに一ノ瀬くんがいるんだろう。
私は夢でも見ているんだろうか。
「すみません、彼女が同窓会に行くと言っていたので見送ったんですが、あまりにもヒドイことを言われているようで耐えられなくて……」
彼は私の隣に立つと、はっきりと口にした。
「……彼女は僕の婚約者です。彼女は愛情あふれる誠実な人ですから当然、そんな事実はありません」
振り向いた全員の視線が、一斉に一ノ瀬くんへと向かう。
スーツの袖から覗く時計も、立ち姿も、まるでモデルのようにカッコよくて……それでいて、どこか威厳を放っていた。
「……なに、あの人、めっちゃかっこよくない……?」
「え、遥ちゃんの婚約者って、ウソでしょ?」
「俺、知ってるぞ。あれ一ノ瀬ホールディングスの長男、一ノ瀬涼真だよ。テレビで見たことあるぞ!」
ざわめきが静かに広がっていく。
その反応を、まるで気にも留める様子もなく、一ノ瀬さんは集団に向かって言う。
「せっかくの楽しい場を乱してしまって申し訳ありませんでした」
そして丁寧に頭を下げると、私に手を差し出した。
「遥、今日は僕と帰ろうか」
──ドキン。
「は、はい……」
一ノ瀬くんは私の手を取り、この地獄のような場所から連れ出してくれた。
どうしてここに彼がいるんだろう?
なんで声をかけてくれたんだろう?
考えなきゃいけないことはたくさんある。
でも……一ノ瀬くんの顔を見た時、ほっとした自分がいた。
いっつもそうだ。
私が悲しくなる時、彼がいつも救い出してくれる。
温かい手のひらが、指先にぴたりと絡んでいる。
ああ、どうしよう。
なんか、今更泣きそうだ……。
彼はお店の前まで出てくると、足を止めた。
「勝手なことをしてすみませんでした」
「いえ……助かりました。でも、どうしてここに……?」
「たまたまあの店で取引先と接待をしていたんです。その時にあなたを見つけて……何やら沈んだ顔をしていたので、取引先を見送った後、戻ってきました。どうやら三谷さんが好き勝手言ってたようですね」
「…………」
私はうつむく。
すると、一ノ瀬さんは「歩きましょうか」と私に促した。
私と一ノ瀬さんは駅までの道を歩きながら話した。
「バカですよね、同窓会なんて行きたくもなかったんです。でも愛理に好きに言われたら嫌だなってわざわざ来たのに、まさかこんなことになるなんて……どちみち嫌な思いをするなら行かなきゃよかったのに」
私はうつむいた。
一ノ瀬社長が来てくれなかったら、私はどんな思いをして帰ることになっただろう。
恥ずかしくて、泣きたくて、苦しくて仕方なかっただろう。
「本当にありがとうございました」
私が深く頭を下げてお礼を告げた時、一ノ瀬社長は言った。
「月島さん」
ばっと顔をあげる。
「僕じゃダメですか?」
「えっ」
「キミが傷ついているのを見過ごせない」
まっすぐに私を見つめる一ノ瀬さん。
ドキン、ドキンと心臓が期待するように音を立てる。
ダメだ。
勘違いしちゃ。
一ノ瀬さんはそういう意味で言ってるんじゃない。
「一ノ瀬さんは優しいから……」
「そうじゃない」
私の言葉を遮るように言う彼。
戸惑うように視線を向けると、一ノ瀬さんはハッキリと告げた。
「特別なんです。月島さんが……あなただから見過ごせない」
吸い込まれてしまうようなキレイな眼差し。
その視線に、思わず息をのんだ。
「いちのせ、さ……」
「私があなたの力になりたい」
王子様なんて、現実にはいないと思っていた。
あれはおとぎ話の中だけの話だと。
でも今、ここにいる。
思わず呼吸するのを忘れてしまうくらい、カッコイイ王子様が私の目の前に立っていた。