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逆転スペック~地味な後輩くんは、実はイケメン社長御曹司で、超溺愛宣言されています   作者: cheeery


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21/21

共に……



朝になっても、私はほとんど眠れなかった。

どれだけ目を閉じても、一ノ瀬さんの言葉や表情が脳裏に焼きついて離れない。


彼の手のぬくもりも、声の震えも、全部が優しすぎて――苦しかった。


(私なんかじゃ、きっと……一ノ瀬さんを幸せにできない)


そう分かっているのに、別れて欲しいと言うことが出来ない。


一ノ瀬さんと離れるのが嫌なんだろう。

なんて自分勝手なんだろう。


あんなによくしてくれたのに。

だったら一番一ノ瀬さんの幸せを願うべきだ。


気づけば、自分でも信じられないくらい暗い顔で駅のホームに立っていた。


会社に向かう足取りは重くて、何度も引き返したくなった。


でも、逃げたところで何も変わらない。

オフィスに足を踏み入れると、いつもと違うざわついた空気に気づいた。


「一ノ瀬さん、今日の朝からね、緊急朝会が開かれるみたいなの。全フロアに通達出されたらしい」


「緊急朝会?」


「なんだろうね。結婚の発表とかかな」


それを聞いて胸がズキっと痛みだす。

一ノ瀬さんも一晩考えて、誰と一緒にいるのがいいのか気づいたのだろうか。


結月さんと結婚するという報告を朝会で聞かないといけないのかな。


不安になりながらも、大会議室に全社員が集まった。


それから、そこに静かに一ノ瀬さんが現れる。

そして、彼は短く深呼吸をして、静かに口を開いた。


「本日は、急な集まりにご対応いただきありがとうございます。社長の一ノ瀬です」


会場が静まり返る。


「まず初めに、昨日、当社に来社された女性について、ご報告させていただきます」


一瞬、空気が固まった。


嫌だ。聞きたくない。


耳を塞ぎたい気持ちでいっぱいだった。


「結月美鈴さんという名前の女性ですが、彼女が自ら社長の婚約者だと発言した件についてですが、当社と彼女の間に、いかなる契約関係も、将来的な婚姻の取り決めも存在しておりません。あれは事実無根になります」


えっ……。

会場のあちこちから、驚きの息が漏れる。


「大事になっているので、皆様にお伝えしておきますが、今後、あの女性が当社に来社した場合も、入館はお断りいたします。各フロアに通達を回し、受付には写真付きで対応を共有します。取引先への誤認防止も徹底するように指示済みです」


その声は、あくまで冷静で、凛としていた。


結月さんと結婚するって報告じゃないの……?


「皆さんには不安と混乱を与えてしまい、大変申し訳ありませんでした。以後、私的な問題で社内に迷惑をかけることのないよう、私自身も一層自覚を持って参ります」


一ノ瀬さんは、深く一礼した。


誰よりも真摯なその姿に、思わず胸が熱くなる。

一ノ瀬さんは全社員の前で結月さんとの関係を否定した。


こんなハッキリと言ってくれるなんて……。


会議室を出たあと、社員たちがざわざわと話している声が耳に入ってくる。


「なんだ、やっぱり勘違いだったんだね」


「結月財閥のお嬢様ってすごいな、あんなこと言っちゃうのは結構痛くない?」


「一ノ瀬グループの権力が欲しかったんでしょ」


私の席に戻る足取りは、どこかふわふわしていた。


机に座り、PCを立ち上げながらも、頭の中はさっきの一ノ瀬さんの言葉でいっぱいだった。


あの場で自分の立場を守るだけなら、濁すこともできたはずだ。


でも、一ノ瀬さんは違った。はっきりと、自分の言葉で、あの人との関係を否定してくれた。


会いたい……話がしたい。

昨日のあのままにしておきたくないよ……。


そう思った時。


「月島さん、ちょっといいですか?」


──ドキン。

そう声をかけてきたのは一ノ瀬さんだった。


「はい……」


私は返事をして社長の後についていく。

震える手を握りしめて、私は社長室の中へと入った。


パタンと扉がしまった時、一ノ瀬さんは言う。


「昨日……キミに言われて不安な気持ちにさせてしまったんだと反省したよ」


「社長……」


「俺の気持ちをちゃんと伝えられない自分にも嫌気がさした」


違うのに。

一ノ瀬さんが悪いわけじゃない。


私はきゅっと唇を噛みしめた。


「でも俺はこれだけは言える。今後遥以外の女性を見ることはないと」


まっすぐに私を見据える視線。

その視線の強さに捉えられて離せない。


「キミじゃなきゃダメなんだ。俺が選ぶのは遥だし、キミにも俺を選んでほしい」


こんなこと、今まで言われたことなんてない……っ。


ずっと自分に自信がなかった。


自分は普通の人間で、人を楽しませることも出来ないし、なんの取り柄もないと思っていたから……。


でも今、目の前の社長……いや涼真さんが私のことを選んでくれた。


そして自分も選んで欲しいと言ってくれた。


その関係に身分なんて存在しない。

ただ、男と女としてその人を選ぶだけだ──。


「キミと結婚したい」

「涼真、さん……」


ふいに、彼の手が伸びてきた。


私の肩を優しく包み込むと、ゆっくりと、でも迷いのない動きで引き寄せられる。


彼の広い胸に抱き寄せられ、静かに鼓動を感じた。


大好きだ。

彼のことが。


これからどんなことが起きてもふたりで乗り越えていきたい。


そして共に歩んでいきたい。

涙がこぼれそうになるのを慌ててごまかすように、私は彼の胸に顔をうずめた。


するとその時。

その幸せを引き裂くようにデスクの上のスマートフォンが震えた。


着信表示をちらりと見た一ノ瀬さんの目が、一瞬だけ鋭くなる。


「……失礼」


そう言って一ノ瀬さんは、電話に出た。


声で分かった。

その相手が結月さんであると……。


私は一瞬戸惑ったけれど、大丈夫だと口をつぐんだまま様子を見守った。


『ちょっとどういうつもり!?名前を聞かれたら、中に入れないって受付で止められたんだけど!!』


けたたましい女性の声が、社長室いっぱいに響いている。


「外部の人間であるあなたをこれ以上、社内に入れることはできません」


静かながら、強い意思を帯びた声で一ノ瀬さんは告げた。


「どういうつもり!? 私は涼真の婚約者なのよ!?」


一ノ瀬さんは私を見ず、まっすぐにスマホを見下ろしたまま口を開く。


「そういう捏造もいい加減やめてくれないか?キミのおままごとに付き合ってるヒマはないもんでね。キミとは、今後一切関わりを持たない」


「なっ……そんなこと言って……お父様がなんて言うか分かってるの!?」


「キミのしたことを正直に話せば、キミのお父さんは全力で俺に謝罪しに来るだろう。娘が勝手に婚約を既成事実にし、社内を混乱させたことを、ね」


「……そん、な……」


それだけを言うと、一ノ瀬さんは電話を切った。


「もう心配しなくていい」


誰かに奪われることも、脅かされることもない。


これからはもう、彼の隣にいていいんだ。

彼は何も言わず、ただ静かに、しっかりと私を抱きしめてくれた。


まるで、大丈夫だよと告げるように。


「それで、返事を聞いていないが?」

「えっ」


「さっき伝えただろう。結婚して欲しいと」


「そ……っ、それは嬉しいですけど、早いんじゃないでしょうか……?」


私は一ノ瀬さんと共に生きたいと思ってるけど……一ノ瀬さんは……もう少し慎重に考えた方がいいんじゃ……。


なんて思っていると、彼は笑った。


「こうやって時間があるとキミに逃げられてしまうからな。囲い込みだ」


「一ノ瀬さん……っ」


この腕の中にいる限り、私はもう、なにも怖くなかった。


もっと自信を付けて、涼真さんの隣を歩けるようになる。


それが今、私に出来ることだ。


「私も一ノ瀬さんと、共に歩んでいきたいです」


それから――。

一ノ瀬さんと一緒に、彼のご両親に挨拶へうかがった。


緊張で指先が震える私の手を、彼はずっと握っていてくれた。


だけど、そんな心配は杞憂だった。


彼のお父さんもお母さんも、私のことをあたたかく迎えてくれて。


「涼真が選んだ方なら、間違いないわね」と、お母さんは優しく笑い、

お父さんは「勘違いして申し訳なかったね。ようやく落ち着く気になってくれて嬉しいよ」と、息子をからかうように笑っていた。


帰り道、一ノ瀬さんと並んで歩きながら、何度も胸にこみ上げるものを堪えた。


この人となら、きっと幸せになれる。


そして後日、会社でもふたりで正式に報告をした。


朝礼での発表に、オフィスがざわついたのを今でも覚えている。


「えっ、社長と月島さんが!?」


「ウソでしょう!?」


「お似合いです……!」


驚きと祝福が入り混じった空気に包まれ、照れくささと、ほんの少しの誇らしさが心を満たしていく。


会議室では、お祝いの花束やプレゼントまで用意されていて、同期や上司たちが笑顔で「おめでとう」と声をかけてくれた。


かつて自分が何もないと思っていた日々が、今は遠い過去に思えるほどに幸せだった。


隣には、手を取って離さないと約束してくれた人がいる。

こんな未来が待っているということを、絶望していたあの日の私に教えてあげたい。


私はもう、一人じゃない。

これからもずっと、彼と一緒に歩いていく。


「あなたは、月島遥さんを妻として、愛し、守り、人生をともに歩むことを誓いますか?」


「誓います」


「月島遥さん。あなたは、一ノ瀬涼真さんを夫として、愛し、支え、人生をともに歩むことを誓いますか?」


「……誓います」


「では、誓いのキスを」


一ノ瀬さんが、私の手を優しく引いた。


自然と目を閉じる。


そして──。

唇が、ふわりと触れた。




それは、まるで世界にふたりしかいないような、静かで甘いキスだった。




END





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― 新着の感想 ―
やはり、ちゃんとした人が報われる話しは良いですね
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