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逆転スペック~地味な後輩くんは、実はイケメン社長御曹司で、超溺愛宣言されています   作者: cheeery


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18/21

婚約者



あたたかい日差しが差し込む昼下がりのオフィス。

忙しくも充実した毎日が続いていた。


一ノ瀬さんと付き合い始めてから、もう少しで三か月。


まだ秘密の関係だけど、ふたりだけの時間は、毎日が夢みたいで。一緒に仕事をして、一緒に帰って、ごはんを食べて、時々、休日には遠出もした。


静かで穏やかで、心地よくて。

このまま、ずっとこの日々が続けばいいなって毎日思う。


「月島さん、この前の企画……先方からかなり好評でしたよ」


「本当ですか!?」


「ええ、ぜひ詳しく聞かせていただきたいと」


「嬉しいです!」


一ノ瀬さんの声が耳に届くと、それだけで頬が少しだけ熱くなる。


周りには気づかれないように、私たちはちゃんと距離を保っているけれど、ふとした瞬間、やっぱりきゅんっとしてしまうんだよね。


昼下がり、会議を終えて自席に戻ると、フロアの空気がなんとなくざわついていた。


「ねえ、誰か来てない?」


「受付にすっごい綺麗な人いたよね」


「芸能人かと思った~」


同僚たちのひそひそ話に耳を傾けながら、私はパソコンを立ち上げ、資料の続きを開く。


芸能人? 来客?

広告の打合せかな?


そう思った時だった。


「なんかね、怪しい話してるって誰かが言ってたよ~一ノ瀬さんの婚約者じゃないかって。でもちょっと揉めてる感じで……」


こ、婚約者……!?


私は驚いた。


急に気が気じゃなくなってしまう。


少しくらい……聞くのはいいよね?


私は資料を持ったまま、自然と足を動かしていた。


気がつけば、オフィスフロアの端にあるガラス張りの会議室へと向かっていた。


けれど、確かに中には誰かがいて、声が漏れていた。


エレベーターを降り、ガラス越しに見えたその女性は、確かに周囲の目を引くほどの美人だった。


整った顔立ちに、上品なワンピース。

ハイブランドのバッグを手に、落ち着いた所作で立っている。


一瞬でただ者じゃないとわかるオーラがある。


なにを揉めているんだろう。

その時、低い声が返された。


「……何度も言ってるだろう。俺にそのつもりはない」


一ノ瀬さんの声。

どこか疲れたような、けれど明確に拒むような口調。


「それは父が勝手に決めたことだ」


「でも私は婚約者なのよ」


それと同時に、聞いてはいけないものを聞いてしまった罪悪感も押し寄せてきた。


私はそっと、その場から離れることにした。


席に戻っても、心は置き去りのままだった。


目の前のパソコンの画面に映るのは、進めていた企画書のドラフト。

けれど、カーソルが点滅するだけで、私は一文字も入力できなかった。


『でも私は婚約者なのよ』


その一言が、何度も何度も頭の中でリフレインする。


一ノ瀬さんに婚約者……。

あってもおかしくないことだ。


だって一ノ瀬さんは一ノ瀬ホールディングスの息子。

家柄としても結婚する相手がとても大事になってくるだろう。


「月島さん、ぼーっとしてるけど、どうかした?」


声をかけられて、ハッとする。


同じ部署の同僚が、心配そうにこちらを見ていた。


「ううん、大丈夫。ちょっと考えごとしてただけ」


無理に笑ってごまかした。


夜。

私は一ノ瀬さんの家に来ていた。


先日もらった合鍵を使って家に入る。


ソファに座ってスマホをいじりながら、私はなんとなく落ち着かない気持ちでいた。


今日、一ノ瀬さんは会食があり、それが終わって帰宅することになっている。


テレビを見て落ち着こうと思ったけれど、今日はなんとなく集中できなかった。


「ただいま」


しばらく時間を潰していると、一ノ瀬さんが帰宅した。


玄関の扉が開く音に、胸が跳ねる。

一ノ瀬さんがスーツ姿のまま部屋に入ってきた。


「おかえりなさい」


できるだけ普段どおりの笑顔で出迎える。


一ノ瀬さんはいつものように私を抱きしめた。


「帰ってきてキミの顔が見れると疲れが吹き飛ぶ」


「またまた……いいすぎですよ」


「そんなつもりはないんですけどね」


ジャケットをソファにかけながら、部屋着に着替えると彼はソファーに腰を下ろした。


私も彼の隣に座る。

一ノ瀬さんは私の肩に腕を回し、頬を軽く撫でた。


目が合うとなんとなく気まずくて目を逸らす。


「今日の会食はどうでした?」


私は話を逸らすように言った。


「今日はヨーロッパからのゲストが来ていましたので、学びがたくさんありました。こちらが思っている以上に、日本の地方再生に関心を持っていて、新規案件に繋がりそうです」


「そうだったんですね……」


自分でふった話なのに、それ以上話を広げられない。


婚約者という言葉が、今も頭から離れない。


本当はすぐにでも聞きたい。


朝のあの人は誰なのか。

私は一ノ瀬さんと付き合っていてもいい存在なのか。


でも聞いたら、今の関係が壊れてしまいそうで、どうしても口にできなかった。


「遥」

「えっ」


不意に名前を呼ばれて、ハッと我に返る。

彼は、ほんの少しだけ眉をひそめて私を見つめていた。


「遥……なにか、ありましたか?」


やわらかく、けれど真剣にそう尋ねてくる彼の声に、胸が詰まる。


「すみません、ぼーっとしてて……」


「キミがそういう顔をしている時は、なにかに悩んでる時ですね」


穏やかな声だけど、心の奥にある不安に、そっと手を差し伸べてくれたようなそんな感覚。


「一ノ瀬さんには隠せませんね」


「遥のことなら、なんでも知りたいと思いますから」


私の髪に口づけながら、小さな声でそう囁かれる。


緊張感がふっと溶けたような気がした。


「それで、何があったんですか?」


ドキッとした。

その言葉に、喉の奥がつまってしまう。


言いたい。でも、怖い。


やっぱり別れたいなんて言われたら、私……それこそ立ち直れない気がする。


「話せるようになるまで、いくらでも待ちますよ」


それでも一ノ瀬さんは、私の髪を撫でながら、ずっと待ってくれていた。


話すまで、焦らずにただ、そばにいてくれる。

そんな優しさが、胸にしみて、私は勇気を出して言ってみることにした。


「……あのね」


声を出した瞬間、喉の奥が震えているのが自分でもわかった。


「今日の朝、一ノ瀬さんと女性が話しているのを聞いちゃって……」


その時、一ノ瀬さんがはっとした顔をした。


「詳しく聞いていたわけじゃないんですけど、女性の方から婚約者って言葉だけが聞こえて……どういう関係だったのかなと」


私は彼の胸に顔をうずめたまま、目を閉じた。


「遥……」


彼の声が、低く静かに響く。

私は顔を上げられず、ただその胸元に手を添えた。


「その話はキミにはしないといけないですね」


その言葉に、胸の奥がきゅっと締めつけられた。

聞くのが怖いけど、聞かなくちゃいけない。


ぎゅっと手に力をこめると、一ノ瀬さんは安心させるように私の背中をポンポンと撫でた。


「……今日尋ねてきた彼女は婚約者です」


──ズキン。

やっぱり……そうだったんだ。


「でもそれは父親が酔って勝手に言い出した婚約者にすぎない」


「えっ」


私はゆっくり顔を上げる。


「彼女は当時海外で暮らしていましたから、海外にお付き合いされているお相手もいたそうで……お互いに父の言ったことを真に受けたりはしていなかったです」


「じゃあ……どうして、今、彼女が?」


「聞いたところによると、お付き合いしていた相手と別れることになり、日本に戻ってきたようです。それで私の元を訪ねてきたと……」


少し困ったように眉を寄せる一ノ瀬さん。

その話を聞いて私はほっとした。


「じゃあ、私は一ノ瀬さんと付き合っていていいんですか……?」


おそるおそる尋ねると一ノ瀬さんは優しい顔をして言った。


「遥以外に誰かを想うことなんて、あり得ません。それにキミが離れていっても俺は捕まえに行きますけど」


まっすぐなまなざしに包まれて、私はうなずいた。


良かった……。

彼は微笑むと、私の額にそっとキスを落とした。


「第一父にも伝えていますから安心してください。婚約者は自分で決めると」


「そうなんですか!?」


御曹司とかだと親が決めた結婚相手と結婚するケースが多いって聞くのに。


「自分の幸せは自分で決めなくちゃ。会社も背負っていけないでしょう?」


──ドキン。


カッコイイ……。


そうだ。

私は一ノ瀬さんのこういうところが好きだったなぁ……。


彼の指先が肩にふれ、背中をなぞるように滑り落ちる。


その感触に全身が痺れ、身を縮めると、すぐさまその隙間を埋めるように抱き寄せられた。


「好きですよ」

「私もです」


大丈夫。

だってこんなに満たされているのだから。


もうなにも不安になることはないんだ。


私はぎゅっと一ノ瀬社長に抱きついた。




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