最後のお告げ
プレゼン当日。
私は、いつも通りの笑顔を作っていた。
スライドも整ってるし、資料も印刷済み。
この内容なら絶対に企画が通るだろう。
だって、受けがいいのはわかってるから。
これで私は遥が出すはずだったアイデアを横取りした上、私が最初に発表するから、遥はこのアイデアのプレゼンをすることが出来ない。
用意出来なかったと言って、社長の信用を失うことになる。
いいこと三昧。
あー社長はなんて言ってくれるかな?
褒めてくれて出世させてくれたりして?
今の一ノ瀬社長は完全に実力主義だ。
実力があればすぐにでも上の立場を与えてくれるってみんな言ってたもの。
「では、次の企画案。提案者は三谷さんですね」
社長の声が響く。
「はい」
私はスライドを映し、笑顔で話し始めた。
「今回のキャンペーンは、“等身大のリアルな暮らし”をテーマに、共感を軸に構成しています……」
私がそこまで言うと、遥がハッとした顔をする。
そして私を見つめた。
どうよ?企画が取られた気分は。
どうせあんたも今日これを提案しようと思ってたんでしょう?
今からすぐに新しい企画を考えるのなんか不可能。
お前はここで潰れればいいのよ。
私は遥がまとめていた資料を全て読み上げた。
「なるほど。よくできていますね」
社長が言った瞬間、心の中でガッツポーズした。
そうでしょう?
そうに決まってるわ。
私だってやればできるんだから。
しかし、その次の一言で空気が変わった。
「この企画を作った意図を聞かせてもらってもいいですか?」
「意図、ですか……?」
ウソでしょ……。
そんなの誰も聞かれていなかったじゃない。
なんで私だけ聞かれないといけないの……っ。
「いい企画ですから、思いついた意図があると思います」
「そ、それは……その……等身大っていいなぁと思いまして」
私が曖昧に答えると、みんなの視線が突き刺さるようにこっちを見る。
「どんなところがいいと思ったのですか?」
「え、えっとそれは……」
すると、一ノ瀬社長は深くため息をついた。
「ハッキリいいましょう。これは、月島さんのアイデアではありませんか?」
「えっ」
な、なんで知ってるの……。
データを盗んだことがバレた!?
いやいや、だって周りには誰もいなかったもの……それはないはず。
「月島さんは僕に壁打ちをお願いに来ていた。その企画そのままです」
「なっ……」
完成してないのに、社長に見せてたっていうの……!?
そ、そんなの考えもしないでしょ……。
「あ、いや……その……たまたまじゃないでしょうか?」
「アイデアが同じでもコンセプトまで一字一句同じなんてことはありえません」
やばい……。
みんなの冷たい視線がこちらに向かう。
「三谷さん、会社において知的財産の横領は重い問題です。この件は内部監査にまわします。それまで、企画関連の業務からは外れてください」
「そ、そんな……待ってください。取るつもりはなかったんです。遥とは親友でよく壁打ちをしていました。だから……被ってしまったのかもしれません」
遥は私の言葉に驚くような素振りを見せたが何も言わなかった。
「親友だから企画を取ってもいいと思ったんですか?」
「そうじゃ、なくて……」
「そのことだけだと思わないでくださいね。最近内部から三谷さんが月島さんに仕事を押し付けていると報告が上がっています。前の体制の時からそうだったみたいですが、そういう自分で努力をせず人の努力を自分のものにする人間を私は置いて置く気はありませんので、処分を覚悟しておくように」
「そん、な……」
スライドが消える。
私の中でも、何かが音を立てて崩れていった。
周りが私を見ないようにと目を逸らす。
こんなはずじゃなかった。
もっといい企画だねって褒められて、私の実力を認められるはずで……。
なんでこうなってしまったの?
「なお、吉永さんには原案者として、正式に案件を引き継いでいただきます」
遥が、私を見ていた。何も言わず、ただ静かに。
その瞳が、妙に澄んで見えて、イラッとするのに……何も言い返せない。
“あの子は何もできない”と、ずっと思っていた。
“私の方が上”だと、信じていた。
だから高校生の時から遥を踏み台にして、自分がのしあがって……。
遥が付き合っていたバスケ部の先輩も奪い取った。
あんたが選ばれたんじゃない。
選ばれたのは、私だと証明するかのように。
それなのに……なんなのよ。
その目は……。
私に何を伝えたいわけ!?
その時、ハッと我に返った。
あれは……そうか。
見下されているんだ。
遥の眼差しは、私を見下すような眼差しだった。
どうして私が……どうして私がお前なんかに見下されないといけないんだよ。
一ノ瀬社長が会議を終えて出ていく。
「ゆる、せない……」
私は会議室を飛び出した。
「社長……話を聞いてください!」
そして一ノ瀬社長に掛け合う。
まだよ。
まだ大丈夫。
この人を虜にして私のしたことを許してもらえればいい。
私なら絶対に出来るはずよ。
「わたし……実は社長のことが好きなんです!社長に認めてもらいたくて、頑張りすぎちゃっただけなんです……」
同情をかえばいい。
こうやって涙を流せば男は優しくなるはずだ。
そして好意を伝えれば、社長だって悪い気はしないはず。
大丈夫。
きっと許してくれる。
「三谷さん」
すると一ノ瀬さんはくるりと振り返った。
そして笑顔を見せる。
笑ってくれた……。
ほらね、やっぱり。
だから男はチョロいのよ。
涙流してごめんなさぁい、あなたが好きだったんですって言えばすべて解決するんだから。
「間違いですよ。あなたは頑張らなさすぎる」
「へ……」
「自己評価が高いようですが、それだとその先苦労する。自分を見つめ直す時間を作った方がいいと思います」
な、なにを……。
すると一ノ瀬社長は言った。
「分かりませんか?」
そう言って、一ノ瀬社長は前髪を降ろすとポケットに入れていたメガネを付けた。
「えっ」
その様子はどこかで見たことのある人物……。
もしかして……。
「あの陰キャの……」
「あなたのように上辺しか見ていない人に魅力を感じると思わないでくださいね?」
一ノ瀬さんは笑った。
へ……っ。
アイツが……うちの社長だった!?
どう、いう……。
「それから」
一ノ瀬社長はそう切り出すと私の前にやってきて告げた。
「もう遥には関わらないでください。僕の彼女が悲しむ顔は見たくないのでね」
「か、彼女って……」
それだけを言うと、一ノ瀬さんは立ち去っていった。
遥があの御曹司社長の彼女……?
ウソでしょ……。
いつの間にそんなことを……。
優しい言葉はなにもなく、最後の砦もなくなってしまった。
う、そ……。
終わり?
これじゃあ私、処分を受けて終わりなの……?
そんなの嫌。
絶対におかしいわ。
すると後ろから足音が聞こえた。
振り返ってみると、そこにいたのは遥だった。
「遥……」
遥が私を見ている。
まっすぐな目で……。
「遥、お願い……社長にかけあって。付き合ってるなんて知らなかったわ。彼女の頼みなら聞いてくれるでしょう?今の仕事を無くしたくないの。親友でしょ……お願いよ」
私が必死に伝えるのを、遥はなんとも言えない目で見ていた。
「私は、もう愛理の都合のいい親友じゃないから……」
「ま、待って遥……」
「今までありがとう。さようなら」
遥はそう言ってその場を去っていった。
そん、な……。
待ってよ。待って、待って。
お金も使い切っちゃって……ATMになりそうな彼氏もいらないと捨てて。
挙句の果てに働く場所までなくなってしまったら……。
私には何が残るの!?
がたっと膝から崩れる。
なにも、ないじゃない……。
「……っ、ぁ、ああ……」
どうしてこうなってしまったんだろう。
私はなにを間違えた?
ぽたりと涙が流れる。
しかし、周りはそれを哀れな顔で見ているだけだった。
「お願い、誰か……たすけて……」