おにぃさま、それは駄目ですよ。切腹です
「なぁリーロロ、何かしたいことはないか?この兄が何でも叶えてやるぞ」
この瞬間、お兄様は瞳をいつもより一回り大きくします。そんなお兄様を見ながら、私はまた一つ、溜息をその場に置きました。
お兄様は私よりも背が短剣一個分大きく、その口癖を毎日のように言ってきます。
今まで私は、誕生日の時だけ欲しい物を要求していました。
だけど今日は違うのです!
「それじゃあ今日はお兄様におねだりしてもいいですか?」
私は元気を声に乗せて言います。
お兄様は多分驚いており、瞬きで瞳を潤せて、口を大きく吊り上げてから言いました。
「いいぞ!!何でも来い!!この兄様が──」
そう言いかけたお兄様を遮って、私は言いました。
「早く……早く、お嫁さんを連れてきてください!!」
そう言うと、お兄様が口をお馬鹿さんみたいに開き、停止したのを見て少し心配になりました。
それも一瞬で、空を向きかけていた瞳が私に向き直したのですが、またもや止まってしまいました。
「へ?」
「む?」
私はただ心配なのです。お兄様がこのまま婚期を逃してしまうのでは無いかと思って。
≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪ω≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
この国には爵位がありません。領地の広さに関わらず、「領主」「大領主」「国主」の三段階が基本的な権力の構造です──と、私は教わりました。
四季折々の風景が美しいこのベラド領で、一番の主──それが私のお父様なのです!
そして、私の名前はリーロロ・ベル・ベラド。元気いっぱい永遠の■■歳なのです。何?乙女の年齢は秘密なのですよ。
この歳になると、もう周りの女の子達も婚約が取り付けられ始めるらしいのですが、なんと、お兄様は今年二十一歳にもなって、一生を共にするパートナーがいないのです。
初等部に上がり、この重大さに私は気づいてしまいました。お兄様は私のことが好き過ぎて、私が恋の機会を奪ってしまったのです。
私って、なんて罪な女なんでしょう。その償いのために──私は、次の夏季休暇に決めました。
お兄様と共に婚約者探しの旅に出ることにしたのです!
「と、言うことなんですお父様!」
「へ?」
お兄様と全く同じ反応をして、やっぱり親子なんだなと思いました。お父様は朝剃った髭を哀しげに撫でて、痛そうに頭を抱えました。
「おい、ロム。お前はそれで良いのか?」
お兄様の名前はロム・ファム・ベラド。学校の皆から聞いた話だと、お兄様みたいな人をドーテーと言うらしいのです。魔法使いの称号のようなものでしょうか?
お兄様も唇をきつく噛み締めて、両目を片手で塞いでいました。
「そう……ですね。俺もそろそろ……。クッ。フフ……フフフフフ」
お兄様は笑い泣きしていました。
お父様はそんなお兄様の頭をポンポンと撫でています。
「お兄様!私はあくまで休暇としてお兄様と色んな領を旅したいんです。私的にはその中で、お兄様の運命の人を見つけられればいいなぁと付属的に思っているだけなのです!」
「だ、そうだそロム」
お兄様は、私の言葉を聞いて裾で涙を拭き、吹っ切れた顔をしていました。
「お父様。私はリーロロを責任を持って守るので、色んな外を共に見てこようと思います」
お父様は、いつもの優しい笑みに戻っていました。
「あぁ。分かった。そう言えばリーロロは学校行事以外まだ区外に出たこと無かったな。いいだろう。準備してやる」
「ありがとう!お父様!!」
お父様は何故か顔を右にずらして、口らへんを手で抑えて、唇をニンマリさせているのが見えました。やっぱりお父様とお兄様はよく似た親子なんだと思います。
◆本と知識を愛する領◆
休暇までの三週間、私はお兄様の良いところを活かせる旅行プランを考えました。
夏季休暇は約一カ月ですが、その間に三つの領を回る計算です。
まず最初に行くのは、ベラドと最も近い領。ストーディ領です。
この領の文学はよく発展していて、国が運営する文学賞受賞者や、国で読まれる恋愛小説は、そのほとんどがこの領から出ていると言っても過言ではありません。
そして今、ストーディ領の中央街が見え始めて来ました。
「お兄様、ここではいっぱい本を読んで、いっぱいお話しましょう!」
「あぁ。ここにいる間は毎晩読んでやる」
「そうじゃないんだけどなぁ……」
先程まで馬車の揺れが気になっていましたが、近くなれば近くなるほどその揺れは滑らかになり、馬車の中で紅茶を飲んでも溢さない程に腰が浮かなくなっていました。
お兄様がエスコートしてくれ、私は馬車を降ります。何処までも開けた土地の中で、領を割る大きな河川が流れていました。
この国では建築業も盛んなこともあり、普通の人の家も、二階三階と、縦に長くなっていました。
中央広場では詩人が美しい花唄を謳っており、ベンチには本を読む同じくらいの子供たちがいました。
特にこの国は休憩場や、カフェなどが多く、そのほとんどが居座りOKと書かれていました。
しばらく歩き、とてつもなく大きな屋敷が見えてきます。
「お兄様、あれは領主様の家ですか?」
「違うよリーロロ。あれは図書館だ。外がガラス張りになっているだろう?貴族の家ならそうはしない」
私はすごく胸がときめきました。お兄様によると、あれは国一の図書館でもあって、国でも有名な建造物なんだと教えてくれました。
「まだ予定より時間がかなり早い。今行ってしまったら迷惑になるかもしれないし、少し図書館で時間を潰していくか?」
「いいですねぇ。そうしましょう!」
夏の暖かい風に、薄いドレスがほんのり汗ばむほどでしたが、とても広い入り口を通り館内に入ると、かなり気持ちの良い温度になりました。
「なるほどな。河川の水をくみ上げて、屋根張りから常に水を流してるんだ。夏なら室内の熱を逃がし、冬なら積もった雪を流せる。素晴らしいな」
と、お兄様はこの建物に関心しています。
でも私は、この書庫の広さに驚きました。本が二階三階、さらには四階五階と積み重なっていて、インクと紙の匂いが鼻を強くくすぐりました。
館を一周してみた結果、この建物はバナナみたいな形なんだと分かりました。
私は文字の多い絵本を探し、お兄様はとても大きい文字だらけの本を読んでいました。
お兄様は付き添いの執事たちにここで知識を蓄えろと指示を出し、私も自分のメイド達にいっぱい本を読んでねと指令しました。
少しだけ恋愛小説にも手を出してみましたが、私にはとても過激でした。内容は秘密です。
しばらく時間が経ち、約束の十時まで後一時間位になりました。
続きを読み切れていない本があったので、借りることにします。
「司書さん。これ借りれますか?」
入り口近くに並ぶ丸いテーブルに、数人のお姉さんが並んでいます。近くの看板に貸し出しと書かれていました。
「図書カードはありますか?」
「あります!」
お父様に事前に作ってもらっていたのでした。確か、ポケットに入っていたはずです。
入っていた……はず?
「あれぇ?」
おかしいです。確かにさっきまで手に持っていたのに。
「ごめんね。図書カードがなかったら貸し出せない決まりなんだ」
おかしいです。怖く無いのに目が熱くなってきました。こんなところで泣きたくはありません。どうすれば──
「じゃあ私が借ります」
「え?」
横に、私と同じ背の女の子がいました。何処までも長い灰髪を一つに束ね、その一本一本が粉雪のように舞っています。
「貸して」
私は言われたままに本を彼女に預けます。彼女は手際よく司書さんに渡し、ピッと二回なった後、自身の本も借り始めました。
「はい」
終わると、彼女は私に本を雑に押し付けます。
「ありが……とう?」
「なんで疑問形式なのよ」
水色の瞳が鋭く刺さります。ちょっと態度が悪いからなんて言えるはずもなく、ただもう一回──
「うんうん。ありがとう!!」
そう一生懸命言うと、彼女は少し微笑んでくれました。
「一カ月以内に返すこと。返す時は図書カード要らないから大丈夫なはずよ」
彼女はそう言うと、髪を見せつけるようになびかせて、私に背を向けていきました。
何とも言えない気分というのはこういうことなのでしょうか?
無事に本を借りれた私は、兄と合流し図書館を後にしました。ここの領主様の屋敷は図書館のすぐ隣で、あまり歩かずに過ぎました。
ちなみに後で分かったことですが、図書カードは本のしおりとして使っていました。
屋敷は図書館ほど大きくないように見えましたが、それは前から見た時だけで、実際は図書館の二倍以上の大きさがありました。
私たちは使用人を従えて、貴族であることを証明した後門を潜ります。
「お待ちしておりました。ベラドの御旅方様方」
髭を濃くした老執事が迎え入れてくれました。
御旅方様方って、かなりおかしな文法のように思えますが、これは仕方のないことなのだといいます。
御旅方とはいわゆる訪問者のことで、その中でも貴族の交流として来ているのだから様を付けなければいけません。
さらに私たちは二人だから方を二つも付けなければならないらしいのです。
「この地には多くの観光地や能丸遺産があります。御食事をした後、回られてはいかがでしょうか。特に──」
「さっき図書館に行きました。この本も先ほど借りてきたのです!」
私がそう言うと、老執事はコクリと頷いて、
「民は一生の内に平均1000回ほど図書館に来られるようです。なんたってあの施設は国一番の誇りですから。滞在期間はお好きにしてください」
「はい!」
凄く皆にこやかとしていました。しかし、その時屋敷の中から駆け足が聞こえてきます。
「ベラドの御旅方シャ──」
噛みました。やはりこの言葉は親切では無いのです。
「ベラドの御旅方様方。ようこそ我がストーディに起こし頂きました!」
とても綺麗な方でした。ベラドは髪が黄金に近く、橙が個性となって混じり合うのですが、彼女は白雪のような肌に髪色で、とてもスラッとした体型をしてらっしゃいました。
名前はメリーラ・スラム・ストーディと言いました。
お兄様は苦笑いしながらも、彼女の話にすぐ耳を傾け始めました。
なにせ、彼女はお兄様の婚約者候補一番なのです!
お兄様理知的でとっても賢いので、同じく知的で聡明なストーディの令嬢なら、凄く話が合うと思いました。
私の予感は的中し、お兄様が先ほど読んでいた文字だらけの何とか戦記?の話で盛り上がっています。
「すまん。メリーラ嬢にお茶を誘われてしまった」
「ぜひ行ってください」
とても良いことです。ですが困りました。私の話し相手がいません。
そう、いませ──
「え?」
目の前に、長い灰髪を一つに束ね、その一本一本が粉雪のように舞っている少女がいました。
本を一冊大事そうに抱いており、水色の瞳が私の眼光と合います。
「話し相手発見です!!」
「な、何?!」
私は、無事話し相手を捕獲することに成功しました!
今からインタビューです!
▣★▣
Q.名前はなんですか?
「フィル・ザ・ストーディよ」
「いい名前ですね!」
Q.好きな趣味や習慣は?
「……読書よ」
「わお大人です」
Q.何歳ですか?
「12歳」
「年上ですね……」
Q.最後に自己アピールポイントを!
「頭の良さかしら」
「羨ましい!」
▣★▣
「なるほどです……つまり友達がいないんですね」
「なんでそうなるのよ?!」
フィルは私の質問攻めに対して一個一個丁寧に?対応してくれました。
あと、自室に入れてくれました。無理やり押し入ってはいません。
「次は私が質問する番よ。いいわね?」
「はい!」
◆☆◆
Q.名前は?
「リーロロ・ベル・ベラドです!」
「変な名前」
「え!?」
Q.趣味は?
「読書です!」
「絵本よね?」
「何故それを?!」
Q.歳は?
「■■■■■■(人には到底聞き取れない言語)です!」
「え?」
「む?」
Q.何が得意なの?
「運動と絵を描くことです!」
「……」
「反応無し?!」
◆☆◆
「仕方ないですねぇ。私が友達になってあげましょう!」
「だからなんでそうなるのよ?!」
フィルは意外と乗りが良いということが分かりました。結構バシバシ言ってくれます。
「じゃあ本を読みましょう!フィルさんのおかげで本を借りれましたし」
フィルさんは驚いたようにこっちを見ました。何か失言をしてしまったのでしょうか?
「あなた、普段は本読まないんでしょ。この国には面白い遊戯やスポーツがあるわよ?」
なるほど。と私は納得します。
「運動は得意なだけであって、そこまで大好きという訳ではありません。好きなことは、楽器を引くことですが、私にはその才能が無いので」
下を向いて絵本に手を掛けていると、フィルさんが嬉しいことをしてくれました。
「え?」
頭に手を置いてくれたのです。確かにポンポンと、優しい指先で頭を触ってくれました。
「あ」
その一言だけ言って、フィルさんは手を引っ込めてしまいました。
「いや、ごめ──」
私はフィルさんの頭をしてくれた何倍もポンポンとしました。ふと、絵本の一節に、この状況に最も合った言葉を見つけます。
「え、何──」
「フィル。ありがとね!」
勇者タカシが聖女ミルヘルに感謝を言うシーンの再現です。いつもの言葉を崩すのは少し恥ずかしかったですが、出来るだけ絵と近くなるように、目を細めてニッと笑いました。
「ひゃ……え?あ……うん」
フィルは喜んでくれたと思います。絵本の中の聖女も、赤面して喜んでいたし。
そして、私はフィルの部屋で夜更かしをしました。二人で毛布にくるまって、無言で本をただ読みました。
だけど、とても安心出来ました。フィルの凄く集中してる時、髪の毛を触っても気付かれないことにも気付きました。
何はともあれ、とっても仲良くなれたと思います。
その後の八日間。特に何もありませんでした。二日目の時、お兄様があの戦記の読み聞かせをしてやると張り切っていましたが、私は断りました。
もしかしたら、私に振られた腹いせにメリーラ様と一緒にお泊りするかもしれませんから。
でも、私はそれよりもフィルと一緒に居たかったから、お兄様の誘いを断ったのかもしれません。よく分からないのです。
まあそんなことは今は考えなくていいです。大事なのは、今日が最後の夜ということなのです。
あれからお兄様はメリーラ様と数回もお茶会をしていますが、未だ友達という枠から飛び出していません。
どれだけ観察しても、本の話しかしていないんです。本当に困ったお兄様です。
なので、私は手を打つことにしました。
ここ八日私とフィルと一緒に午前は図書館に閉じこもり、午後はストーディ領の名所を一緒に回ってくれていました。
今日も午前はいつもも同じように本の虫になりました。
「あなたももう読書中級者よ。次はこれがいいと思うわ」
私は活字に拒否感を感じないようになりました。絵本しか読めなかったけど、フィルが面白くてライトな本を抜粋してくれたおかげで、前の私より3倍は賢くなった気がします。
あ、カッコよく言うなら賢くじゃなくて、賢しくですね。
そんなことはさて置き、午後になり、私たちは部屋で食事を取ることにしました。
「フィル。あなたのお姉様って、どんな男の人がタイプなの?」
「もしかして、狙ってる……?」
非常に恐ろしい殺気を感じました。まるで冷え固まった黒曜石のようです。
最近知った言葉では、悪事を咎められているような気分です。
「違いますよ!」
何故かは分かりませんが、あと一瞬遅れていたら凄いことになっていたでしょう。
「私女の子ですよ?」
「え?あぁ……。そうだったわね」
「……え?」
一体なんだと思っていたのでしょうか?そんな疑問が頭の中にちょこんと残りながらも、私は本題に入ることにしました。
「実は、私のお兄様メリーラ様を狙ってるのです」
「え?!そうなの?」
「夜も恋しくて悶々とするほどに……」
嘘付いてごめんなさいお兄様。お誕生日にマッサージ券三昧あげるので許してください。
「確かにね。おねえちゃんもあんなに意思投合する人初めてかも。お母様達の立ち話くらいいつも話してるもの」
「私はね。お兄様の恋を応援したいの。だから、作戦が──」
午後はずっと作戦会議をしました。私の作戦は完璧です。失敗するはずがありません。
フィルも最近は恋愛物ばっかり読んでいるので、力強い知恵を貸してくれました。
さて、お兄様は今どうしているのでしょうか?二日目以降二人を邪魔しないようにと逃げ回っていましたが、きっと寂しがっているだろうな。
「可愛い子には旅をさせるとはこういうことなのですね」
「たぶん違うわよ。それ」
後で慰めてあげようと心に決めた私なのでした。
◆本と知識を愛する領──その日の朝のロムロムのロムーー!!の視点◆
何故だ。何故リーロロと会えない。バッタリ会ってもおかしくないではないか?。
全く会ってもおかしくない屋敷の広さなのに、屋敷内で散歩に歩き回ってもリーロロを見つけれていない。
使用人からはとある少女と仲良くしてるとよく聞くのだが、何故こんなにも会えないのだ!?
次は南館を歩いてみよう。さすれば──
「ロム様?」
くっ……。また捕まってしまった。何度この声をこの数日で聞いたことか。
「メリーラ嬢。今日もお早いですね」
「ロム様こそ!妹さんもお早いですね。フィルとまた何処かに出掛けて行きましたよ」
「そうなのですね。情報ありがとうございます」
せっかくリーロロが羽を伸ばしているのに、そこに邪魔するのは無粋か。
「じゃあ今日もお茶会しますか?」
「はい!喜んで!」
メリーラ嬢はほぼ全ての分野に知見がある。俺ももう少し勉強せねばならまい。
ふと、リーロロの言葉を思い出す。
婚約者か……。俺にはまだ到底縁遠い言葉だな。
〜
ロムはメリーラと昼過ぎまで歓談をした。
昼からは、研究所や大学院に適当に顔を出し、メリーラに負けじと情報を集めている。
ある程度時間が経ち、背が伸ばすと気持ちよくなるくらい時間が経った後、ロムは中央広場のベンチに座っていた。
いつもの純白で気高そうな服は着ておらず、少し濁りが付いた量産用の服を着ている。
「な……何故……」
その拳には、ハートの可愛いシールが貼られた、ラブレターが握られていた。
差出人は──不明。帰ったら自身の机の上に置かれていたのだ。少し崩れた字で『ラブレターです♡』とメモを置いて。
なにせ、ラムは驚くほど恋愛に疎い。五分は眺めて異物のように研究したし、それがラブレターに気づくまで十分も掛かってしまった。
純情なラムが『お、ラッキー』なんてノリで開ける筈もなく。
「わざわざここまで持ってきてしまった……」
さあ気合いを込めて開けロム!やるのだロム!
「よし……」
気にすることなくハートのシールを横に割りながら開封する。しかしそこには──
『今日の深夜、中庭に来てください。伝えたいことがあります』
と、崩れた字で、ただただそう書いてあった。"伝えたい" の「た」などは一度書き直したような跡がある。横には美しい青の鳥が描かれてあった。
「はぁ……帰るか」
ロムは串焼きを一本買って、さっさと帰宅することにした。
ロムは結構な当て馬、もしくは玉の輿である。それも学会での権力はなかなかのもので、次期ベラドの領主じゃなければ大教授になれたと言われるほどだ。
ラブレターや求婚状も山のように届くが、それらを使用人たちの八つ当たりに使われ、燃やされ破かれ悲惨なものであった。
今まで男友達しかおらず、女を極度に遠ざけていたが、女性の親友が出来たのは初めてだった。
それも能力のある女性だ。つまり言えば、ロムという男は、友達→恋人という風に段階を踏みたい派だったのだ。
しかし、メリーラは字が綺麗である。それは彼女の仕事振りを見れば分かることで、領の仕事の多くを彼女は捌いていた。
そして彼女はとんでもなく絵が下手である。リンゴを描けば殺人現場のようになるし、人を描けばのっぺらぼうの方がマシと言うところまで来ていた。
だからこそ、こんなに字が汚く絵が綺麗なラブレターがメリーラのものなどあり得ないのだ。そう、あり得ない筈なのに──
「何故中庭にメリーラ嬢があやふやしているのだ?!」
夜の虫が鳴き始める頃、どんなやつかと見に来たロムは、寝間着姿で絶望していた。
急いで着替え、屋敷の使用人たちを数人起こしたのは誰にも分からないこと。
ロムは先ほどの手紙を握りしめ、中庭へと歩みを寄せていった。
◆ここからはリーロロ視点で再度お楽しみください◆
私たちは、夏になり日の光をよく浴びた草陰に身を寄せました。
横にはフィルもいて、月の光はその灰髪を銀糸へと変化させています。
「よくやったわ。リーロロ」
すごく小声で、耳に息を吹きかけてくるように喋ってきます。凄くゾクゾクしました。
「ラブレターの偽造なんてお手の物なのです。お兄様は何処かに向かってしまいどうなるかと思いましたが、何とかなりました!」
「お姉ちゃんは凄いことになってたわ。いつもの三倍くらい晩御飯食べてた」
「普通逆な気がするけどなぁ……」
そんなことを喋っていると、メリーラ嬢とは別に馴染みのある足音が聞こえてきました。
私たちは一音も出さないように、目配せをします。
最初に話しかけたのはお兄様でした。
「や、やぁ。メリーラ嬢」
「は……はい!!」
私たちはそれぞれの兄妹姉妹の初々しい様子に口元が緩みます。
「つ……月が綺麗だな!!」
「は……はぃぃ!!すごく綺麗です!!」
「……」
「……」
フィルがもどかしそうに髪を指先でクルクルと巻きます。目元を隠してはチラ見していて、なんだか可愛いです。
「手紙についてだが……」
「はい!拝見致しました。その……私が持っているその……官能的なものを貸してもらいたいということで……」
「へ?」
へ?
メリーラ様への手紙はフィルに任せました。中庭に呼びつけれれば何でもいいと二人で決めていましたが、まさかそう来るとは全くの予想外です。
私はフィルの髪をクルクルと巻きました。「なんで私?」という目をしていますが、触らせてはくれます。
「あぁ。そうか。そういうことか……。はは……」
お兄様がいきなりそう言いました。表情はよく見えませんが、かなり顔を赤くしているように見えます。
「俺の机には中庭に呼び出す手紙が置かれていた。もしやメリーラ嬢も?」
「え?はい!置かれいました。私室の机上に。星のシールが貼られてて、字が凄く達筆でした。フィナくらい……」
「なるほど……誰かのイタズラだったようですね」
「あはは……まあ、最初からそんな気はしていたんですけど……」
計画通り。誰かのイタズラだとバレるのは想定済みです。大事なのは──
「まあ、せっかくですし、少し散歩をしましょうか。ここに来てから中庭はあまり見れていませんでしたので」
お兄様から夜のデートに誘うということなのです。
二人は遠くに行ってしまいました。
私はとても耳が良いので、虫の羽音も聞き分けてお兄様たちの喋ってることも聞けます。
フィナだけが聞けないのは可哀想なので、私はフィナのラジオになることに決めました。
「ゴッホん。それでは──
『メリーラ嬢。ここは凄く良い領です』
『はい。それは私どもも自負しています』
『ベラドは一年の温度差が激しく、冬は冷えますから、ここの秋が長い気候は少し羨ましいですね』
『ふふ……。その分冬は一気に冷え込み暖かくなるので二週間は外に出れないんですよ?』
『はは……。それは大変です』
『この領について、もっと知ってほしいことが沢山あります。なんでも聞いてください』
『分かりました。それでは、少し……歴史についてお話願えませんか?』
『はい!もちろんです!何処から──』」
「いや、いいわ。それっぽいシーンになるまで、聞いていて」
「分かりました!」
息をフーっと吐き、呼吸を整えます。肺活量にも自信があるのですが、流石に息はしないといけません。
ストーディの夜はよく冷えます。一日一日が四季のようです。私は身体を出来るだけ小さくして、丸めていました。
「はい、これ……」
「こ……これは……!!」
フィルが温かそうな毛布をかけてくれました。じんわりと背中の熱が籠もります。
フィルも同じようなものを巻いており、こうなることが分かっていたかのようでした。
「物を渡す時なんだか素っ気ないですね……」
「慣れていないだけよ」
「でも、ありがとう!」
「──ふ……」
フィルはそれだけ言い、頭まで毛布を被ってしまいました。残念ながら夜は長そうです。何故なら、お兄様たちのお茶会は一回何時間もかかるから。私は、その間フィルとたくさん喋りました。主にべラドの事についてです。
私たちの領は、職人たちと美食の領として知られています。べラドは加工貿易が盛んで、色んな技術と人が集まるからそう言われているらしいのです。料理の研究も進んでいて、毎日とても美味しい食事を食べることが出来ています。
お兄様は学問を究めました。お父様は剣術に経営学、その他多数の技術を習得している凄い人です。
だけど、私は何か誇れるものがありません。絵は最初から神童と呼ばれていました。だけど大好きな楽器はとてもじゃないけど向いてないと言われました。
お父様は言いました。
「人には様々な向き不向きがある。だけどそれはとても素晴らしいことなんだ」
お兄様は言いました。
「リーロロはやりたいことを好きなだけやってみたらいい」
あとそうですね......。私は思いました。
「打楽器ならいけるのではないでしょうか......と」
「ふふ......なにそれ」
絵は最初から上手く行き過ぎたんです。だからみんな才能と言うものをもったいないと思ってします。いつか、何か特別な楽器を極めて努力の賜物だと言われたい。そんなことを思う私なのでした。
そうこうしているうちに、半刻弱が経った気がします。半刻がいったい何分なのか分からないけど多分それくらいです。
そして、私たち二人の運命は大きく動いていました。
「リーロロ。今この兄様は凄く怒っている」
「フィルもだよ。なんでこんなことしたの?」
結論から申し上げますと、凄くバレました。お兄様も私と同じく、凄く耳が良いということをすっかり忘れていたのです。
フィルと私はそれぞれの兄、姉にみっちり怒られてしまいました。でも、良いこともあります。兄は、夏休暇が終わった後もメリーラ様と文通をしようと約束していました。
長い長い夜だと思った常夜はすぐに終わってしまい、私はストーディ領で最後の夜を過ごしました。
今日はフィルと夜更かしは出来ないけど、とても楽しかったと思います。
またフィルと一緒に遊べたらいいな、と──
「私も行くわ。その......領巡りをリーロロと一緒に」
「本当ですか?!凄く嬉しいです!」
ストーディ領の見送りは華やかなものでした。私はこの領で、お兄様を婚約者候補と接触させて、フィルを奪取することに成功したのです。
「次の領はどこなの?」
「えっと。次の領は──」
──自由と宗教の領。
ファルコス・メト・ダリ・ケタ・ゴイ領。神々の信仰がここ一点に集まり、王国が称えるたった一人の神の、聖地です。
途中ですいません。後ここまで読んでくださった方々本当にありがとうございます!クリックしてくれただけでも超感謝なのに最後まで読んでいただけるとは……。
それ以上のことは望みません。ありがとうございました!