聖女と言われて困った悪役令嬢
あの庭での気配を感じてから数日、情報が漏れていたことがわかりました。
今、王城の応接室で陛下や殿下達、お父様やお兄様達までがここに揃っています。
私にお客様だというので、こちらに来たのですが…
「皆様、ごきげんよう。お待たせして申し訳ありません。」
「メイリン、こちらへ。」
ラルフ様にエスコートされてソファに座りました。
お客様はどう見ても牧師様ですよね?
「ラルフ様、お父様。私にどのようなお話なのでしょうか?」
「メイリンが来てから話をすると言ってまだ何も…」
「そうですか…」
『メイリン様、相変わらずお美しい…牧師をしているカールと申します。』
「はじめまして。」
『いえ、はじめましてではありません。10年ほど前にお会いしております。』
「だとすると、お前…洗礼式の時の?」
『覚えていたのですか?ご無沙汰しております。』
「挨拶はもういい。」
「用件を言え。」
ラルフ様?
「そうですね。早く終わらせねばならない執務があるから。」
なんだかとても嫌な空気ね…?
『はい。では率直に言わせていただきます。メイリン公爵令嬢には聖女として私共の所に来ていただきたい。』
聖女?
「なぜだ?」
『もちろん、全属性の魔法を使えるのに世界の為に神にお仕えしないというのはいかがかと。』
「はぁ…洗礼式のときにも話しただろう。メイは公爵令嬢だ。それにもうラルフ殿下と婚約をした。もうすぐ婚約式を迎えるのにまだ諦めていなかったのか?」
「そういえば、洗礼式の時にそんなお話をしていたのを憶えています。」
「あぁ…覚えていたのか。正式に婚約はしていなかったが、殿下達のどちらかと婚約は決まっていたからきっぱりと断っていただろう?」
『では、メイリン公爵令嬢は来ていただけないのですか?聖女だというのに。』
「くどいぞ。メイリンは私の婚約者だ。どこにもやらん。」
ラルフ様…
「以前にも理由を話したな。貴族の中でも公爵家は最も上位の貴族。貴族には貴族のルールがある。平民と同じに考えられては困る。」
『貴族のルールですか…ですが、聖属性と光属性を持って生まれたからには聖女としての役割があることもご存知でしょう?』
「平民ならそうかもしれません。ですが、残念ながら貴族のルールとしては適用されないのです。法律がありますから。」
『法律ですか?そんな法律が?』
「牧師様は法律書まではお読みになりませんか?では、法律書を持ってきてもらいますね。」
侍女に部屋にある法律書を持ってきてもらいました。
『法律書にどんなことが…』
「192条上位貴族は王族に仕えること。貴族としての役割を全うせよ。聖女が生まれた際は下位貴族だった場合のみ聖女としての役割を務める。こちらに書いてあります。」
『なるほど…ですが、聖女として生まれた例はないのでは?』
「いいえ。コールマン公爵家に降嫁した姫が聖女でした。」
「メイリン、本当か?」
「ふふっ。歴史書はたくさん読みました。この法律により姫は降嫁して貴族としての義務を全うしております。」
『法律書には記載ありませんが?』
まだ納得していないようですね…
「メイ、確か我が家の書庫に手書きの歴史書があったね?」
「はい。お父様と一緒に読んだことがあります。」
「そうだ。正確には姫の記録だ。」
「はい。持ってきてもらいますか?」
『そんな…』
「それに、この婚約は王命になっている。」
「そうだ。私がアダムかラルフと結婚させると言ったのだ。」
『まさか…法律だなんて、貴族のみの話ではありませんか。』
「法律書には平民のこともきちんと記載されています。平民の法律もあるのですよ。」
『そうですか…私の勉強不足でした。』
「わかってくれたのであれば帰ってくれ。」
「メイリン嬢には貴族として、王子妃としての役割がある。諦めろ。」
『はぁ…ですが、聖女も不足しております。国の安寧を思えば…』
「申し訳ありません、牧師様。私にはこのような法律もありますから。」
「国のことは私が考える。カールは通常通りに仕事をしてくれたらいい。」
「それより、なぜ今のタイミングなのだ?」
『先日、噂を耳にしました。メイリン公爵令嬢は土地を癒やす魔法を使えると。それで洗礼式の事を思い出してお話をさせていただきたくて参ったのです。』
噂になって…
やっぱりあの時に誰かいたのですね…
「やはりあの時に情報を…」
「その噂はどこで聞いた?」
「誰からだ?」
『直接聞いたわけではありません。信者のひとりが酒場で聞いたそうです。』
「そうか…全属性の話は誰かにしたのか?」
『いいえ。神からの声を聞いた者はその情報を流す事はありません。』
「では洗礼式の時はどう説明して私達の所に来たのだ?」
『あの時は聖女のように美しいからぜひ協会に来てもらおうと話をして、皆が納得したのです。』
「なるほど。」
『全属性など、なかなかおりません。今は聖女が2人しかいないのです。その2人は全属性ではありませんし。』
「それでメイを…」
「それでも私は…」
『メイリン公爵令嬢の事は理解しました。ですが、噂はだいぶ拡がっているように感じます。』
「お父様…」
「メイ、心配するな。今までもそうだが、必ず解決してやるから。」
『私もできるだけ拡がらないように、噂をしている者達に聖女のように美しいということに話をすり替えましょう。』
「牧師様…ありがとうございます。」
『メイリン公爵令嬢が我々の所に来ていただければ一番良いのですが、法律が存在するなら仕方ありません。』
「納得してくれて感謝する。」
「陛下…」
『万が一、メイリン公爵令嬢が悪人に囚われでもしたら神がお怒りになるでしょうから。』
「国内でも、この状況なのだ。他国に渡ればどのようなことが起こるかわからんからな…」
『そうですね…隣国が怪しい動きをしているという話も聞きますから。』
「ほう…その話、聞かせてもらおう。」
隣国…戦争が起きるのかしら…
「隣国か…国境の閉鎖は出来ないからな。国境の警備体制も見直す必要があるかもしれない。」
『食糧難に陥った国がございます。飢えでこの国に難民が来るようになりました。』
食糧難に難民…
ではあの時の魔法の話を聞いていたなら、私のせいで戦争が…?
「メイリン…気にするな。もし戦争をしかけてくるとしてもメイリンが原因ではない。」
「ラルフ様…」
ラルフ様は頭をぽんぽんと撫でてくれました。
私は子供ではないのに。
「メイ。ラルフ殿下の言う通りだ。貧しい国が我が国を羨んでいるだけだ。」
「そうですね。メイ、安心して。」
「そうだ。メイ、上の部屋を使ってはどうだい?」
「それはいい考えだ。続き部屋もあるし、庭に出られないが、庭を見下ろせるぞ。」
「そう…ですね。庭に出られないですから庭を見下ろせるのなら…」
『私は信者の行動と城下での情報収集を行いましょう。難民も数名協会に来ることがありますから。』
「いいのか?」
『当然です。我が国の事ですし、聖女を護るのも神に仕える者としての義務ですから。メイリン公爵令嬢を危険に晒すわけには参りません。』
「牧師様…ありがとうございます。」
「感謝する。」
「では、メイリン嬢は早速部屋を移してくれ。ラルフもだ。」
「はい、陛下。」
「父上。執務は今の私の部屋とメイリンの隣の部屋の両方で行なってもいいでしょうか?」
「ラルフ殿下、それはなぜ?」
急にどうしたのかしら?
「側近の半分を今の私の部屋で執務をさせる。何かあった時にすぐに動かせるからな。」
「そうですね、私も賛成です。」
「そうか…それではアダム殿下も同じようにしましょう。」
「そうだな。コールマン公爵、夫人は続き部屋で過ごしてもらうのはどうだ?」
「良いのですか?」
「もちろんだ。私はその奥の部屋を使おう。ジャン、準備を頼む。」
「わかりました。」
「アダム、ラルフ。頼んだぞ?」
「はい。大事な婚約者を守るためですから。」
「アダム殿下…感謝致します。」
「アダム様、お姉様を守ってください。お願いします。」
「もちろんだ。メイリンは安心していいからな。」
「はい!」
お姉様はアダム様が守ってくださる…
良かった…
「メイリンは私が必ず守ってみせる。」
「はい、ラルフ様。ありがとうございます。」
「メイ、私達もしっかりと守るからね。」
「はい、よろしくお願いします。」
牧師様はすごく良い方でした。
何かお礼を…
「牧師様、少しお待ちいただけますか?」
「メイリン?」
「メイ、どうかしたのか?」
侍女に少しお金を持ってきてもらいました。
「牧師様。こちらを。」
『メイリン公爵令嬢、これは?』
「力を貸していただけるのですから、こちらを。難民の方もいらっしゃるのでしょう?少しですが、お役にたてればと…」
『…本当に聖女のようなお方ですね。ありがとうございます。正直、お布施だけでは難民達に何も出来なくて…とても助かります。』
「そうだったのか…それもあって聖女の事を話に来たのだな?」
『はい。難民達は市民権がありません。その為、仕事が出来なくて困ってまして…食糧を少しずつしか恵んであげられていないのです。』
「そうか。では、しばらく林側の空いている土地があるだろう。畑を作ってやりなさい。すぐには実らないが、作物が出来れば飢えも凌げるだろう?」
「陛下。それまでの食糧と家はどうしますか?」
「家は難民達に作らせてくれ。食糧は定期的に配給しよう。難民の数と家族構成などを調べて報告してくれるか?」
『陛下…ありがとうございます。』
「カール。メイリン嬢に感謝するといい。この巡り合わせがなければ、きっと私達には難民の事は知り得なかったのだからな。」
『もちろんです!メイリン公爵令嬢、ありがとうございます。必ず、貴方様を守る為に力を尽くします。』
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
良かった…
『では、私はこれで失礼いたします。』
牧師様は頭を下げて帰っていきました。
「陛下、良かったのですか?財政が…」
「仕方がないだろう?難民を放置すれば、治安が悪くなる。一時的にでも働かせて様子を見たほうがいい。」
「お父様。私の予算を使ってはいかがでしょうか?」
「メイリン嬢、それはあまりにも…」
「陛下。私はほとんど予算を使っておりません。必要な物を準備しても減っていないので、お父様にも使っていいと言われていました。」
「だが、メイの予算を使うわけにはいかない。」
「では、お父様。私の予算を半分にして、残りを国の予算にまわしてはいかがですか?」
「メイは本当に優しいな…」
「父上、わかりきったことでしょう?」
「メイリン嬢…本当に私の娘に迎えられると思うと嬉しいな。」
「陛下、まだですからね?」
「はぁ…本当にダニエルの娘なのかと疑いたくなる。」
毎月ドレスや宝飾品、娯楽の為に使うようにと言われています。
ですが、ほとんど使うことがないので全然減っていないそうなのです。
なぜそんなに予算があるのか私にはわからないのですが…
必要な所にまわすのは当たり前のことだもの。
「メイリン、本当にいいのか?」
「はい。きっと半分でも私には多いでしょうから。」
「確かにメイの予算は毎月8割は残っている。」
「メイは欲がないからね。」
「お出かけもほとんどしませんし、必要な物だけは用意してくださるので欲しい物などありませんから。」
「陛下、メイはこのように言っていますが?」
「…メイリン嬢、ありがとう。」
「いいえ、陛下。きっと今助けがなければ、難民は暴動を起こしてしまうので最善のことです。」
「暴動?」
「はい。先週の新聞に難民の記事がありました。隣国で暴動や窃盗が多発していて、難民がこの国に来ているそうなのです。」
そこまで難民が多く来ているとは思っていなかったけれど、放置すれば同じように窃盗も増えるでしょう。
「そうか、新聞に…皆は知っていたのか?」
「いえ…全部は読んでいませんでした。」
「私もだ。」
「私はたくさん時間があるので読んでいただけです。」
時間だけはたくさんあるから…
「聖女か…確かにメイリンは聖女のようだな。」
「そんなことはないと思いますけど…」
「メイ、そろそろ行こう。部屋の準備をしないと。」
「そうでした!陛下、お父様。これで失礼いたします。」
「あぁ。ありがとう、メイ。殿下、アーク。メイをお願いします。」
「任せろ。」
「はい、父上。」
お父様にぎゅうぎゅうと抱きしめてもらってから、ラルフ様とアークお兄様と離宮に戻りました。
「メイ、良かったのかい?」
「そうだぞ?これから必要な物が出て来るだろう?」
「はい。それでも予算がたくさん余っているのです。必要なことがあれば、使っていただいたほうがいいと思います。」
「…アーク。」
「なんですか?」
「あとでメイリンを抱きしめたいのだが…」
「ダメ。」
ラルフ様ったら…
ダメだと言われるのをわかっているのに口に出してしまうなんて、本当に正直な方ですね。
「ふふっ」
「メイリン?」
「メイ?どうしたんだい?」
ふたりでこちらを見たので…
「秘密…です!」
「「うっ…」」
「…?」
「いや、なんでもないよ。」
「そうだな…」
離宮に着いて、部屋の移動を大急ぎで始まりました。