新しい自室に向かう第二王子
【第二王子 ラルフ】
事件がようやく片付いた。
メイリンの友人達が暗躍しているなんて思いもしなかった…
ひとりは私の婚約者になる為に。
ひとりは兄上と婚約するため、周囲にちやほやされる為だと言っていたらしい。
なんなのだ?
婚約者に必ずなれるわけではない。
本当に浅はかで愚かな令嬢達だったな。
その兄達もバカバカしい理由で協力していた。
兄達はアークやジャンに劣等感を持っていたそうだ。
確かに側近を選ぶ時の候補ではあったが、
彼らの親に問題があったのだ。
明確に処罰は出来ないけど結構際どい事をしていたらしい。
やはり、親の影響だろうか?
「殿下、使用人達の調査も終わったよ。」
「そうか…」
「3人のメイドがそれぞれ潜り込んで情報を裏でばら撒いていたようだ。」
「はぁ…メイリンは?」
「兄上がメイに真相を話すそうだけど、どうだろうな…」
「また辛い目に合わせてしまったな…」
「それを言うなら私達だって一緒だよ。逆恨みされていたようだからね。」
「メイリンになんの落ち度もない。」
「もちろんだ。」
「それで、メイリンはいつ離宮に戻るんだ?」
「あぁ…明日にでも。」
メイリンに会える…
明日メイリンと過ごす時間を調整してもらう事にした。
「わかったけど、執務を終わらせたらだからね?」
「見逃せてくれても…」
「そうですか?メイは頑張り屋だから怠け者は嫌われるかも…」
「…頑張るから調整してくれ。」
冗談じゃない。
そんな事で嫌われるとは思わないが、
万が一幻滅でもされたら…
「本当にメイリンと兄弟なのだろうか?」
「なんか言いましたか?」
「いや?」
今は従っておこう。
翌朝、待ちきれなくてメイリンを迎えに行くことにした。
執務を終えるまでは会えないと言われても執務中に気になって仕事にはならないだろうからな。
迎えに行ったらアークに怒られた。
朝から…
メイリンが驚いた顔で出てきた。
あぁ…数日合わないだけでも美しくなっていく。
「待ちきれなくて迎えに来てしまった。」
メイリンは顔を赤くして俯いていた。
そこそこに挨拶をしてメイリンを馬車にエスコートした。
手を離すのが惜しい。
事件の真相はジャンから聞いていたようだな。
少し寂しそうな表情だ。
辛そうな顔までも美しい。
そういえば婚約式が先延ばしになるかもしれないことは大丈夫だろうか?
「兄上が適齢期を逃しているから周囲が待ったをかけてきているようなのだ。」
婚約前に離宮に移ることになり、
成人を待つはずが早急に婚約者を選ぶ必要が出来て、
更に婚約式を早めることになったのに今度は先延ばしにしようとしているのだ。
王家の事情で振り回してしまっている。
呆れられているだろうか?
「私は構いません。」
「構わないのか?」
「婚約式をしていないだけで婚約はしているのですから問題はありません。」
それはそれで寂しいと思うのだが…
「ラルフ様は婚約式をしていないから婚約はしていないと思っているのですか?」
思ったのと違う答えがかえってきて胸がつまる。
少し触れたくなってしまった。
カーテンは閉めてあるから周囲にはバレないだろう。
「隣に座ってもいいだろうか?」
驚いた顔をしたが、すぐに頷いてくれた。
隣りに座って正直に胸の内を話そうと思った。
「すぐにでも妻になって欲しい。当たり前に手を繋いだり、その…それ以上のことだってしたいんだ。」
「それ以上のこと…」
しまった。
余計なことを言ってしまった。
「手を繋ぐ以上のことをしたことがあったと思いますが…忘れてしまったのですか?」
「いや、あの日のことはすぐに思い出せる。」
本当に美しかった。
美しい以上の言葉があればいいが、
それ以上の言葉が見つからない。
あ。
そういえばまだ言っていないことがあった。
離宮に私の部屋を用意してもらっていた。
今までの事件のこともそうだが、
ひとりで離宮にいるのではあまりにも寂しいだろうからと父上に頼んだのだ。
「メイリン。離宮のメイリンの部屋の隣にわたしの部屋を準備してもらった。」
「え?ラルフ様の部屋?」
「続き部屋になっていて、メイリンの許可があれば部屋の行き来ができる。」
少しすると真っ赤になって俯いてしまった。
え?
それ以上のことを知っているのか?
「それ以上のことがどんなことかを知っているのだな?」
「…はい…」
そうか…
知っていたのか…
私の言った意味をわかったのか…
思わずメイリンの手を持ち上げて指先に口づけをした。
「城に戻ったらすぐに仕事を片づけて離宮に行く。」
嬉しくて抱きしめた。
すごく甘い香りがする。
本当にくらくらする。
メイリンは顔を真っ赤にして大人しくしていた。
「メイリン、そんな表情をしないでくれ。また周囲が惚れてしまう。」
『殿下、到着しました。』
「わかった。」
惜しいな。
「殿下、さっさと降りて。夕方までには仕事を終わらせるんでしょ?」
アークに現実に戻らされた。
馬車を降りて、エスコートしようと思ったらアークがメイリンを馬車から降ろした。
私の役目だと思うのだが?
「殿下は先に執務を始めてください。私は終わらせてあるので送り届けて来ますから」
「う…わかった。」
仕方がない。
メイリンとの時間調整をさせたのだからな。
本来なら執務を終えてから会うはずだったのを、
いきなり迎えに行ったし。
「メイリン、またあとで。」
「はい、ラルフ様。いってらっしゃいませ。お仕事頑張ってくださいね。」
「くっ…」
可愛いっ
早く結婚したい!
アークがメイリンを離宮に送り届けに向かった。
あー…
最速で仕事を終わらせよう。
離宮に自室があれば、いつでもメイリンとの時間がとれる。
と、思う。
しかし…
コールマン公爵とジャンとアークが恐ろしいな。
父上はちゃんと話していたのだろうか?
執務室に入ると恐ろしいほどの仕事が待っていた。
…嫌がらせか?
少ししてアークが戻って来た。
「アーク。仕事が多すぎると思うのだが?」
「当然でしょ?一昨日陛下から聞きました。離宮に自室を要求したそうですね。しかも隣の続き部屋。」
話していたか…
「私達は婚約をしたのだ。本来、婚約や結婚をすれば続き部屋が用意されるのだから当たり前だろう?」
そうだ。
当然なのだ。
成人ではないから許可をとらなかっただけだ。
下心など…
「殿下。鼻の下。」
「は?」
「鼻の下が伸びてるよ。」
「…そうか?」
「下心はあるだろうけど、成人まではダメですから。」
「うっ…」
「はぁ…父上と兄上は婚約をした時にだいぶ反対していたんだから仕事が増えたくらい我慢しなよ?」
最もな意見だが…
「アーク。今は無礼だと思うぞ?」
「今の意見はメイリンの兄としての忠告だし、義理の兄の意見だ。」
そうだった…
「メイリンに毎日会えて、ひょっとしたらさっきみたいに『いってらっしゃい』と送り出してもらえるんだから仕事が増えたくらいで文句を言わないでよ。」
最もだ。
毎日いってらっしゃいが聞けるなんて…
幸せだな…
「これを終わらせないと離宮には行けないと思ってください。」
「わかった。」
終わらせないと離宮には行かせてもらえないから急いでとりかかる。
アークは本当に仕事を済ませていたらしく、他の側近達の仕事にアドバイスしたり、翌日以降の仕事の分別したりしている。
なんだかんだ言っても、唯一の理解者だ。
きっと離宮の件も葛藤があったのだろう。
以前のあれこれを知っているから余計に心配しているはずだ。
昼になったが、まだ4割くらいしか終わっていない。
「アーク。」
「はい。」
「終わりが見えないのだが?」
「仕方ないでしょう?父上も兄上もメイとの時間を減らしたいのだから。」
「…」
何も言えない。
昼食を済ませて急いで執務に励んだ。
仕事が終わったのは日が暮れ始める時間だった。
「アーク、終わった。離宮に行く。」
「あー…思ったよりも早かったですね。」
「当然だ。」
「たぶん、メイが成人まではこのくらいの仕事をこなさないとダメでしょうから本気で取り組んでください。」
毎日か…
まぁ…それでも離宮で生活するためだ。
「今日は兄上と父上も一緒に食事をしますからね。」
「やはり、そうか。」
「殿下の執事や護衛、近衛兵の配置の確認も兼ねてますから。」
「あー。そういうことか。」
「かなり厳重に身辺調査もしました。」
「当然だ。同じような事が起こっては困る。私の側近が2人減ったのは痛いが、少しでも警戒対象は排除しなければ。」
「新しく入れた面子は私の仕事と殿下の仕事の補佐が出来るように教育中です。」
「そうか。」
「それにしても、アダム殿下の所でも側近の入れ替えがあるとは思いませんでした。」
「まぁ…あり得る話だったと思うぞ。最初の事件は兄上と一緒だったからな。」
「そうでしたね。」
あれから1年も経たないうちにこれだけ事件が起こると厳重な身辺調査は必要だな。
身辺調査の部隊編成を考えたほうが良いかもしれないな。
そういえば…
「アーク。明日の会議の内容を知っているか?」
「あ。そうですね。警備に関することらしいです。」
「そうか。それは重要だな。」
「あまりにも城内の警備に問題がありすぎると父上が進言して見直しをしたいそうです。」
「そうだな。それは大至急に行わなければならないだろう。」
近衛兵や料理人、側近。
城内に出入りする者達も厳重に選ばければならない。
「はい。これだけ間諜が入り込んでたとなるとどれだけの情報が漏れていたのか…」
「人間不信になっても仕方がないな。」
「本当に。今回メイが人間不信にならなかったのは良かったですが…」
「メイリンが安心して頼れる存在があるといいのだが。」
「そうですよね。アダム殿下が婚約して婚約者がメイと仲良く出来る人物であれば…」
「あまり急がせるのは申し訳がないな。」
「そうですね。」
本当にそうだ。
メイリンの理解者で頼れる令嬢など…
まさかだな。
国外の王族か…
私も以前、婚約の申込みがあったが王妃の座を狙っているとしか思えない姫だった。
さすがに…
王家に迎えるには条件が悪すぎた。
政治に介入する内容が含まれていたのだ。
この国は他の周辺国と比べるとだいぶ治安が良くて裕福だ。
だが、貧しい平民もいないわけではない。
少しでも苦しい生活を改善しようと田畑や織物などの特産が作れるように雇用も増やしている。
今後、メイリンと貧富の差を無くすための公務をしていく事になっている。
私としてはメイリンを公務に連れ出すのは心配なのだが…
公務を行うのは成人を迎える1年前からにした。
本来なら学院を卒業した18歳を予定していた。
メイリンが趣味で行なっている刺繍やレース、編み物や甘味などが特産になると改善されると思っているのだ。
メイリンが生み出すものは本当に素晴らしいものばかりだ。
教えるためにはメイリンが公務に出る必要があるからな。
「殿下、何を考えているのですか?」
「あぁ、メイリンの公務に関して考えていた。」
「あー…そうですね。それより執務が終わったのに行かないのですか?」
「あ。すぐに行く。アークも行くのだろう?」
「もちろん。」
「では、すぐに行くぞ。」
離宮に自室が出来たのだった。
慌てて机上を片づけてアークと離宮に向かった。
さて、ようやくここまで終わった。
悪役令嬢退治。
本当に悪役令嬢は一人で良かったのかな?
結局最終話を婚約式に設定していたのですが、
結婚式までにしようと変更するのでだいぶ完結までを執筆中。
自分で書いていて、事件を追加するのが楽しくなっちゃって。
次の章こそ番外編にしよう。