人間不信にならないように願う長兄
【兄 ジャン】
仕事中にメイが倒れたと侍女から聞いた。
侍女はメイの事は城で話さないように言われているから、他人に聞こえないよう小声で。
アダム殿下に今知らせるわけにはいかないな。
「殿下!少し出てくる。」
「…何かあったのか?」
侍女を見てメイのことだと気づいたようだ。
「メイが風邪をひいたみたいだから見舞いに行ってきます。」
「そうか…メイリン嬢が。それなら少しゆっくりとしてついていてあげるといい。」
「ありがとうございます。」
「早く行け。」
急いで仕度をして、仕事の引き継ぎをした。
離宮に急いで父上とアークと合流。
メイのいる部屋に向かうとベッドに横たわるメイが…
毒入りのチョコレートを食べて倒れたそうだ。
侍女長が言うには何か元気がなくて少し休むというので、
お茶を飲むように勧めたそうだ。
今朝家の事情で仕事を辞める事になったメイドが挨拶をして、
少し時間をおいて城下でチョコレートを買って来て持ってきたらしい。
メイはチョコレートが好きだからだろう…
そのチョコレートを口にした途端に倒れたという。
父上は拳を握って離宮内の者達を客室に集めさせた。
「ジャン。近衛兵を5人連れて来い!」
「はい!」
急いで王城で近衛兵を5人、口の硬い者を選んで連れてきた。
「2人は門番、1人は庭、1人は客室内、1人は我々と聞き取りにあたれ。」
本当に全員客室に待機させるようだ。
「父上、陛下や殿下達には…?」
「聞き取りをしてからだ。」
「わかりました…」
再度、経緯を聞いていた。
聞いた中ではメイに恨みを持つ者は誰一人いない。
メイに仕えられることを喜ぶ者ばかりだった。
父上は聞き取りを終えた近衛兵にチョコレートを全て医師の所に持って行かせた。
なぜ、毒入りのチョコレートを食べたのか?
いくつもあるというのに。
メイドが…
だとすれば、許しがたい。
父上はメイドの顔を知る護衛と近衛兵を城下に探しに行かせていた。
前に毒を飲んでしまった時にメイは10日も目覚めず、とにかく心配した。
このまま目覚めなかったらどうしようかと…
その後もメイはたくさん色々な事件に巻き込まれていた。
なぜメイはこんなに苦しめられなければならないのだ?
聞き取りを始めてなんの進展もなく、苛立ちで血が滲むほど拳を握っていた。
医師はメイが途中で気づいてすぐに口から出して、お茶で薄めていた事を絶賛していた。
本当に賢い。
しばらくして残りのチョコレートも調べさせた所、全てに毒が仕込まれていた。
必ずメイが食べるようにしたのだろう。
今は薬で眠っているが…
いつ目覚めるか…
頼む。
早く目覚めてくれ。
しばらく、メイが目覚めるのを待った。
陛下や殿下達には、側近達が帰った頃に話すつもりだ。
それから少ししてメイが目覚めた。
とりあえず、一安心だ。
「おはようございます?」
「良かった…」
「気分はどうだ?」
「大丈夫です。」
「とりあえず水を飲みな?」
「ありがとうございます。」
「さぁ、少し休みなさい。」
「はい…」
「あとで話を聞きに来るよ。」
とにかく一度執務室に戻ることにした。
そろそろ側近達が帰るからだ。
帰ってから殿下に事件の説明をする事になっている。
事情を説明しないわけにはいかない。
内通者の調査とメイや私達に関しての悪意のある噂、関係がないと思えない。
関係がないとしてもメイドがひとりで計画することはまずないだろう…
執務室に戻ると側近は全員帰ったあとだった。
「ジャン、説明を。」
「はい。人払いをしましょう。」
側近は帰っていたが、他にも執務室に数人いるのだ。
「わかった。お前達、今日はもう帰っていい。」
『かしこまりました。失礼いたします。』
全員帰った事を確認して、メイが毒入りのチョコレートを食べて倒れた事を話した。
「どういうことだ!?」
「まぁ…何が目的なのかはわからないけど。」
見舞いに行きたいという殿下をなだめて、今日終わらせるはずだった仕事を終わらせた。
「…メイリンによく休むように伝えてくれ。お大事に。」
「ありがとうございます、殿下。じゃあ、失礼します。」
殿下は大人だ。
まぁ、私も大人なのだが…
メイの婚約者になれなかったが、結果的に義兄になることを決めた。
とても優しくて不器用だが、私の幼馴染で尊敬出来る主だ。
それに…お大事にって王子が言うような言葉のチョイスではない。
だから側近として仕えることを決めた。
本当に人が良い。
メイの婚約者候補として聞いた時は驚いたが…
学院に入るまでは絶対に近づけないようにした。
学院内で急にメイを巡る噂があがり、急遽離宮に居を移すことになった時はだいぶ腹が立ったが…
離宮につきメイの部屋へ。
父上と事情を聞いた。
聞いていたことと相違はなかった。
その後に調査の経過を聞かれて、私達は苦い顔をしてしまった。
「少し気になる事があるのですが…」
「なんだい?」
「ジャネット様やラルフ様の側近の方などのご兄弟は調べましたか?」
「いや、調べていないな?」
「資料で私のお友達やジャネット様にご兄弟の記載があります。ジャンお兄様と同じ年齢だったので何か知らないかと。」
「すぐに調べよう。」
「あと、私のお友達も調べてください。」
「なぜだい?」
「本来なら、殿下のパートナーの私にパーティでお話する内容ではないでしょう?」
「確かに殿下との時間をもらって話す内容ではないな…」
「そちらもすぐ調べよう。」
確かに不自然だな…?
友達を疑うのは嫌だっただろうな。
メイにとって初めての友達だからきっと心が痛んだだろう…
「あともうひとつ。メイドがチョコレートを買って来たと聞きましたが早すぎるのです。」
「早い?」
「確かにチョコレートを持ってきたとは思うのですが、毒を入れるほどの時間が経っていなかったから…」
父上に言われてチョコレートを預かったという侍女に確認しに行った。
確認すると一度は離宮から荷物を持って出たというのに、
城下でチョコレートを買って来たとわざわざ持ってきたらしい。
メイが餞別に少しお金をあげたらしく、お礼だと…
城下に行って、購入したというチョコレートの店で話を聞くことにした。
とはいえ、この時間はもう閉まっているかもしれない。
父上からの伝言で陛下の執務室で合流して話すことになった。
「失礼します。」
「あぁ、どうだった?」
「はい。メイの言う通り随分と早かったようですが、間違いなく離宮を出てから持ってきていました。」
「そうか…準備した者が別にいたのだろう。」
『失礼します!』
メイドを探しに行った近衛兵が戻って来た。
『メイドは見つかったのですが…路地裏で殺されていました。』
はぁ…
どこかで誰かが動かしているのだな。
会話の中でメイが話した友人の兄弟の話が出た。
「誰かが準備したのは間違いないでしょう。ただその先にいるという者が誰で目的はなんなのか…」
「あと内通者ですね?」
「そうだな。今日メイリンのことを知らせに来た時に様子が変わった者がいた…」
「え!?」
「わかりにくかったが、ビリーが気にしているようだった…調べてくれ。」
あー…ラルフ殿下も辛そうだ。
まぁ、そうだろうな。
アダム殿下の側近だとしても辛いだろ…
「とりあえず、メイドの件は教えないようにしましょう。」
「また人間不信になりかねないからな。」
あの時は私達も苦しかったな…
メイにとって仕える侍女やメイド、護衛などは一番信用している存在だ。
私達よりも近くでメイを支えて、会話の出来る者達は貴重だ。
だからこそショックを受けて引きこもってしまった。
もう人間不信などにさせるわけにはいかない。
今回はそれに加えて、初めての友人。
メイが友人を疑うとは思わなかった。
少し辛そうではあったが。
友人の兄弟をとは言っていたが、必ず友人に直接繋がるだろう…
メイの考えた事にはちゃんとした理由がつけられていた。
本当にたくさん考えていたのだな…
「ジャンはメイドとチョコレートの調査をしてくれ。」
「はい、わかりました。」
「アークはメイの友人とその兄弟を。」
「内通者は?」
「恐らく、ラルフ殿下が言う通りだろう。そこからどこに繋がっていくかだな…?」
「とりあえず、ビリーの監視が必要だな。」
「それなら、近衛兵をつけよう。関わりのない者で口が硬い者を選ぶ。」
「友人も監視しましょう。」
「わかった。私の側近と近衛兵をつけよう。」
「ありがとうございます、アダム殿下。」
「メイリンのケアはどうするのだ?」
ラルフ殿下は相当心配している。
うっかりしている所もあるが優しくて責任感の強い方だ。
「私達が離宮の客室に順番に泊まることにしますか?」
「それは…今は無理だな…」
やっぱり駄目だろうな…
「では、ミリムに頼もうか…」
「事情を話すわけには…」
「それなら…一時的に屋敷に帰らせるか…?」
「陛下どう説明するつもりですか?」
「少々城で不穏な動きがあるから、屋敷に避難させるとか?」
「まぁ…陛下にしては合格ですね…」
「ダニエル…不敬だぞ?」
「メイは離宮で必ず守ると約束したでしょう?」
「あー…」
「本来、守れなかったら婚約させないと話していたはずですが?」
「…すまない。その通りだな。だが、婚約はさせてやって欲しい。」
「父上…コールマン公爵。婚約は破棄したくない、頼む!」
「わかってますよ…不本意ですがメイは好意を持ったから婚約したんです。」
「…ありがとう。」
本当に不本意だ。
「じゃあ、屋敷に連れて帰りましょうか。」
「そうだな。護衛と近衛兵を準備しよう。」
メイはなんと言うだろうか…?
結局、遅い時間だがそのまま連れて帰ることになった。
父上と私は護衛と近衛兵の準備を、
アークとラルフ殿下は離宮に向かった。
ラルフ殿下は…
まぁ…いいか。
これで少しはメイの気持ちが晴れるだろうか…