7 傭兵
【ザイン失踪後 山中 国外の森】
傭兵は困惑している。
何故なら先程仲間の一人のザインが忽然と姿を消したからである。
(音もなく消えやがった…なんでだ? 魔法を使った痕跡も…)
「…ないね」
先にダグラスがザインのいた場所の地面を確認していたらしい。
彼はいつの間にか立ち上がり、傭兵に顔を向けていた。
「クロード、落ち着いた?」
「あぁ、とりあえずな…おい、精霊の方はどうだ?」
「クロード」と呼ばれた傭兵の男は聖騎士に向かって叫んだ。
「…見つかりません。一切の痕跡も…」
「そうか…ありがとう、先に休んで」
ダグラスはそう言うと、半ば諦めといった顔で痕跡のない地面に胡坐をかいた。
「…ザインはつまり、精霊ですら手の及ばない場所にいる」
「そ、そうなのかよ…」
クロードの方を見上げてダグラスは続ける。
「憶測でしかないけどね。まぁ、きっとザインなら大丈夫さ」
「…あぁ、そうだな、オレにはよくわかんねえけど、奴は雑草みてぇだからな」
「…大丈夫」
そう呟いたのは探索から帰ってきたアドラインだった。
「おかえり、どうだった?」
ダグラスがアドラインに声をかける。
「見つからなかった」
「そう、しょうがないな…」
「…あの方がいないとサポート面が弱いですわ…このまま魔族の殲滅は無理でしょう、と精霊たちが仰っています、勇者様」
「…そうですか…精霊がそう言うなら行けない…クロード、明日は少し捜索範囲を広げよう。もしザインが見つからなかったら、一旦国に戻ろう」
「…何を言っている?」
「え?」
「もう、朝だ」
「…なんだって? アドライン、意味が分からないよ」
「ダグラス、空を見てくれ」
「…っ!!」
ダグラスの驚いた息遣いに、クロードもつられて木の隙間から空の色を見ると、すでに明るい青空であった。
彼らは木々に光を遮られた暗い森の中にいたせいか、その事に気が付かなかったのだ。
「空が…もう…明るいぜ、ダグラス」
「あぁ、信じられない…朝になるには、だって…空の動きがはやすぎる…」
「そうだ、時間がおかしい」
「…どうにも受け入れるしかねぇみてぇだな…」
「あぁ…」
そう呟いたダグラスの隣で、クロードは時間が高速で進む空を見つめながら、今までの事を思い出していた。
クロードは王都の南区画にひっそりといた乞食の一人だった。
両親も知らず、世の中もなにも知らなかったが、自身を守る方法、つまり体術だけは幼いながらに知っていた。
一五歳になると兵士という存在を知り、南区画に貼ってあった募集の紙を見つけ、正規の流れではないが、彼は傭兵になった。
これまで培ってきた自身を守る方法であった体術は傭兵になっても生かされ、犯罪者の捕縛や治安維持にて活躍する事になった。
その活躍はすぐに兵士の間で有名になり、ついに宰相の耳に入る事になる。
そうしてクロードは遂に勇者と共に旅に出たのである。
(…そうだ、オレは乞食からここまで来たんだ…まだ死にたくねぇ)
クロードは空を見るのをやめ、ダグラスに声をかけた。
「…ダグラス、やっぱり進むぞ」
「…なんで?」
「時間が進んでいるなら俺たちの寿命も同じだけ減っている可能性があるだろ?
俺たちは感覚で時間に支配されていると知っている。寿命もそうだぜ。
なら…死ぬ前に魔族をやっちまわねぇといけねぇ…旅の目的は果たしたいだろ?」
「…俺たちの旅に意味がなくなるから?」
「そうかもなぁ…きっと、そうだ」
「…そうだね、ザインには申し訳ないけど」
アドラインも空から視線を外し、クロード達に微笑む。
「いい選択だと思う」
「じゃあ…」
「今すぐにでも出発しないといけないね…」
「…本当に行くのですか?」
エルメは複雑な面持ちで三人に確認をする。
「行くよ。俺たちは。こういう時のクロードの勘は当たるってこれまでの旅でよく知っているからね!」
「…そうですか…」
「エルメ、君はどうする?」
アドラインが聖騎士「エルメ」に声をかけた。
「…行くわ」
「そう、よかったよ」
「アドライン様、貴方は…」
「何も聞かないでくれ…今はね」
「……分かりました」
「じゃあ、出発の準備だ。急ごう」
「はい…」
それから四人はすぐに出発していった。
まだ、異常な空の下で。