3 とある農民の話
【北西 地方都市 山中の森】
「あっつ……」
そう呟き、男は寝ていたベッドからノロノロと起き上がって、目をこする。
この男の名は「モル」と言い、王都から北西にずっといった先にある森に住むただの平凡な農民である。
農民である彼の朝は早い。
身支度を終えれば、すぐに仕事をしなければならないからだ。
ベッド脇の小さなラウンドテーブルに置いていた使い古した手帳を開き、昨日書いた所のページを開く。
「…うん、予定なしだな。じゃあ、一日畑かー」
モルは、流石に今日は農民らしい生活を送れそうだと安堵した。
「さて、まずは水を汲まないといけないなぁ」
モルはゆっくりと立ち上がって、寝室から繋がっている裏口の扉を開け、井戸へ向かった。
人間の生活において必ず水は必要になる。特に農民ならそうだ。
モルは毎日必要な量だけ家の裏手にある井戸から二、三回ほど繰り返し水を汲んでいた。
最近は家にいてもかなり暑く感じる季節になって、水分不足に喘いでいる事が多いせいか、夕方にまた汲みにいったりする。
モルはなんとか汲み終わったばかりの重い桶を地面から持ち上げる。
なんとかキッチンまで桶を移動させ、床に置くと、フウと息をつく。
「毎日…ホント重すぎるなー、水汲みキツイ!」
「そう、なら今回も代わりにやってあげようか?」
「え」
素晴らしい反射神経で後ろを振り向いたモルは驚愕の表情を浮かべた。
モルの真後ろに若い男性がいつの間にか立っていたからだ。
一切音も気配すらもしなかったというのに、いつの間に背後に現れたのだろうかという驚きで、モルの心臓は鼓動を激しくさせ始めていた。
男の外見は爽やかで、一見害はないように見えるが、不法侵入者であるから油断はできない。
モルは急いで、その得体のしれない男から距離を取る事にした。
キッチンの方に向かって走り、周りの物を吹き飛ばして包丁を一本手に取った。
「誰だ…!!」
モルは構えの悪い姿勢で包丁をその男に向け、威嚇する。
それを見た男は微笑みながら警戒を解こうと口を開いた。
「俺はダグラス…『勇者』と呼ばれていたりする」
「え? 待ってください! かの有名な勇者様ですか!?」
そう、その得体のしれない男は『勇者』ダグラスであった。
モルは噂に聞いていた『勇者』のイメージとはどこかかけ離れているなと感じたが、すぐに決めつけるのはよくないなと思い、その思考を振り払った。
「なんで、勇者様がこんな僻地に?」
「そうだな、普通はそう思うよな…いや、旅を五年もしていたから、こういうまだ訪れたことのない土地に行くのが趣味になってしまってね!
今回もたまたまここを通ったんだ。そしたら君が大変そうにしていたからつい…」
「そ、そうなのですね…わざわざありがとうございます。僕は全然大丈夫なので、お気になさらず…」
「そうかい?…じゃあ、失礼するよ」
「はい、心配してくださってありがとうございました、勇者様!」
「…無理しないように、な」
ダグラスはモルに微笑んでから、スタスタと正面玄関の扉から出て行った。
僻地に住むモルにとって突然の訪問者はよくある事だ。
しかし、背後にいつの間にか人がいたことなど一度もなかった。
大抵はみな家の外から声をかけてくるからだ。
「ふむ…流石は勇者様といった所か…」
数分後、少し荒れてしまったキッチンと手に持っていた包丁を元の場所に戻すと、やっと朝食の用意をした。
食後になっても、まだ心が少し落ち着かないまま畑へと出向く。
畑で雑草を抜くという地味な作業をしながら、彼は先程の出来事の過程を思い起こそうとしていたが、何故かハッキリと思い出せなかった。
「あれ…? あの人、最初はなんて言っていたんだっけ?」
モルは空を見上げ、早く雲が動いていく様子を見つめているように見えた。
(おかしいな…先程会話したばかりなのに覚えていないなんて…! いや、待て…そもそもあの人は…)
「…だれ、だっけ…?」
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