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いろんな短編

夕陽のジョー

作者: 黒猫水月

私は猫が好きなので、にゃんこのお話を書いてみました。連載版にする余裕がないので短編でお贈りします。余裕ができたら長編にしようと思っています。

『夕陽之駅で降りると、ほんの少しだけ笑顔になれる。』


 こう言われるようになったのは、私が高等学校に入学した年だった。


 私の実家の最寄り駅は夕陽之駅。進学した高等学校は、夕陽之駅から五駅ほど先。自転車通学でも良かったけど、私は幼い頃から親しんだ夕陽之駅が好きで、電車通学を選んだ。


 夕陽之駅は皇国の中でも歴史がある。赤い煉瓦造りの、そこそこ大きな駅。西方列強諸国の建築様式を取り入れたデザインがとても美しい。いつ見ても()()れする。


 駅舎に入ると中は広い空間。左右にお店が並んで、中央には軍人さんの大きな像がある。半世紀以上前の対龍戦争で活躍した軍人さん。大きな戦艦を指揮して龍と戦ったすごい人。皇国の人間の誰もが知っている人物だ。結構なイケオジ顔で私は気に入っていた。


 軍人さんの後方には改札がある。登校する時は軍人さんの横を通って改札へ。下校する時は改札を抜けると軍人さんの大きな背中が迎えてくれる。


 そんな風景が変わったのは、春の終わり頃だったと思う。学校からの帰り。いつものように夕陽之駅で降りると、すぐ違和感に気づいた。


「あれ?軍人さんの像がなくなってる...」


 見慣れた大きな背中が見えない。不思議に思った私は、顔なじみの駅員さんに聞いてみる。


「ああ。突然、脚がポッキリ折れちゃってたんだ。古い像だったから仕方ないのかもしれないね。」


 数日後、像があった場所には台座だけ設置されていた。今まで当たり前にあったものが無くなるとなんだか寂しかった。


 駅員さんによると、軍人さんの像をまた作るかどうか意見が割れているらしい。これを機に、新しい像にしてはどうかという意見もあったとか。


 それからさらに数日後、電車から降りると、台座の上に何か乗っているのが見えた。


「...にゃんこ?」


 その後ろ姿は、紛れもないにゃんこの背中だった。台座の上にちょこんって座っていた。頭の上の三角耳が動いているので、本物のにゃんこだ。急いで改札を出て、にゃんこの前に回り込んだ。


(ああ〜かわいい〜!)


 後ろ姿から黒にゃんこかと思ったが、前から見ると違った。皇国ではハチワレと呼ばれる黒白のにゃんこだ。普通のハチワレとは違い、あごが黒くて黒いマスクを被っているように見える。お腹は真っ白でモッフモフ。足先は白靴下を履いてるかのようだった。


 人慣れしているのか、私が近づいてもにゃんこは逃げなかった。興味深そうな目で、私を見ていた。私は人差し指をにゃんこの鼻先に近づけた。にゃんこは小さなお鼻でフンフンと私の指の匂いを嗅いだ。これで私の事を覚えてくれるはずだ。


「はじめましてだね。」

「にゃん。」

「君はなんでここにいるのー?」

「にゃーん。」

「ふふ。にゃーんじゃ分からないよ?」


 あごを撫でてあげると、気持ちよさそうににゃんこの顔がとろけた。首輪には名札ネームプレートが付いていた。『夕陽之ゆうひのジョー』と書かれていた。


「キミはジョーくんって言うのね。」

「にゃん。」


 私の言葉に、律儀に返事をしてくれた。ジョーくんはおしゃべりなにゃんこだった。ジョーくんを撫でていると、駅長さんがやって来た。


「駅長さん。この子、駅で飼ってるんですか?」

「ああ、ホームに迷い込んで来たんだ。私が保護して里親を探していたんだが、すぐに私や駅員達に懐いてね。」


 駅長さんが言うには、名前は海外の有名な映画スターから取ったらしい。その名前は私も聞いたことがあった。イケメンの俳優さんだ。


「駅長室で飼っていたんだが、いつの間にか抜け出しててね。駅を探検して、お気に入りの場所を見つけたようだね。時たま様子を見ていたが、道行く人を興味深そうに見ていたよ。」


「また明日ね。ジョーくん。ばいばい。」

「にゃ。」


 その日から、軍人さんがいた場所はジョーくんの指定席になった。ジョーくんが夕陽之駅の顔になるのにそう時間はかからなかった。すっかり人気者に。わざわざ遠方から来る人もいるそうだ。


 ジョーくんルールも制定された。ジョーくんに構うのは最大1分まで。あまり独占しちゃうといけないからね。


 餌も勝手にあげちゃダメ。食べすぎてジョーくんがまんまるなっちゃうからね。にゃんこも生活習慣病の時代と言うし。


 その代わり、応募すれば抽選でジョーくんのご飯の時間に餌をあげる権利を貰えるようになった。倍率は高かったけれど、何度も応募してたら当たった。あの時はとても嬉しかったな。


 ジョーくんにあげたのはちゅるちゅる。最近人気な、にゃんこ用の食べ物。ジョーくんすごく興奮して食べるからびっくりしちゃった。そんなにおいしいのかな。ちゅるちゅるって言うと、ジョーくんが反応するのでむやみに言わないようにしないとね。


 さすがに朝の通勤通学時には、みんな急いでいるので構う人は少ない。けれど、おはようって声をかけたり頭を撫でたりする人は多い。


 私が夕陽之駅を利用するたび、ジョーくんはいろんな姿を見せてくれた。私は基本的には登下校の時間帯に駅を利用するんだけど、その時はほぼ決まって台座の上にいた。


 ある日は香箱座りでおくつろぎ。あんよは一体どうなってるのーってなった。


 駅の空調が壊れて蒸し暑い日には、冷たい台座にぺたんこしてた。すごく伸びててびっくりした。にゃんこってこんなに伸びるんだなって。


 ちょっとめんどくさい日は、にゃんと鳴かずに長い尻尾でお返事。声をかけるたびに尻尾が右に左に。聞いてるよーって主張してるのかな。


 ぽかぽか陽気な日には、ごろんとなってすーやすや。その隙に私はにくきゅーを堪能するのであった。


 帰りが遅くなったある日、ジョーくんはいつもの台座にいなかった。どこにいるのーって探したら、近くのベンチにいた。そこで寝てるおじさんの脇腹に。知らないおじさんは横向きに寝てたんだけど、ジョーくんは器用に脇腹の上に乗っていた。私は思わず笑っちゃった。


 ジョーくんがワクチン接種する日は大変だった。動物病院へと連れて行くために、駅員さんがキャリーバッグを用意したら一目散に逃げ出しちゃった。ジョーくん、駅員さんと追いかけっこ。逃げ足が速い。私がちゅるちゅるーって言うと、にゃあと鳴いてトコトコ近づいてきたので捕まえてあえなく御用。駅員さんに引き渡し。御用となったジョーくんはキャリーバッグの中でにゃーにゃーと切なく泣き続けていた。


「捨てられると思ったんだろうな。」


 駅長さんはそう言っていた。ジョーくんは人慣れしているし、昔は誰かに飼われていたのかもしれない。そう考えると悲しい気持ちになる。でもね、ジョーくんのぺたーっとした幸せそうな寝顔を見ていると駅長さんに拾われて良かったねって思う。


 そんな日々が続いて、しばらくするとジョーくんグッズが作られた。ぬいぐるみとかにくきゅーの形のお菓子とか。私のお気に入りはジョーくんぬいぐるみ。可愛くデフォルメされたジョーくんです。ジョーくんにぬいぐるみを見せたら、他のにゃんこだと思ったみたいでにゃあにゃあ鳴いた。ぬいぐるみは私の部屋に飾ってる。


 ちなみに、軍人さんは新しくなって駅前広場に移動した。前より立派な像が佇んでいるよ。


 私は今日もいつもの時間に夕陽之駅に降りる。改札を抜けると、いつもの小さな背中が見えて、私は自然と笑みが零れた。今日も三角なお耳が可愛く動いてる。駅の採光窓から夕陽が射し込んで、なんだかちょっと哀愁を感じる背中。一体、何を考えているのかな。


「ジョーくん。ただーいま。」

「にゃん。」


 夕陽之ジョーくんは、今日もみんなを笑顔にしているよ。

読んでいただきありがとうございます。

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