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大迷宮の闇  作者: 文弱
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06.M マークの宝物



クリスの悲鳴にも近い叫び声に振り返り、マークも信じられぬ光景を目の当たりにした。

シンに身体を支えられ、薄れて消えていくマルセルの姿。

彼らは、帰還の魔法を使ったのだ。


マークやクリス、怪我をしたリラやレフを置き去りに、二人は瞬時に大迷宮から出られる帰還の魔法を使った。

帰還のスクロールを使ったのか、マルセルが帰還の魔法を使ったのかは分からない。

いずれにしても、彼らはその魔法の有効範囲内に全員を集めることはせず、二人だけで助かることを選んだのだ。


怒りすら湧いてこない。

酷いと罵り嘆く気にもならない。

貴族のマルセルやその護衛騎士のシンから見れば、彼らはそもそも同じ人間ですらなかったのかも知れない。

これがこの国の貴族のやりようなのだろう。


クリスが肩を落として目を伏せる。

レフの傷ついていない左目から、すぅと光が消え、絶望に閉ざされる。

リラは息をしているのか、クリスの両腕に収まったまま動きもしない。

希望を絶たれた若い仲間たちの姿にマークの胸が痛む。

今更ながら、マルセルとシンに体が震えるほどの怒りを覚える。


だが今はそれどころではない

マークは声を励まし、大声に呼ばわった。


「クリス! リラを連れてこっちにこい!」


そうして懐からスクロールを取り出す。

一人娘のプレゼント。父の身を案じ大金を投じて買ってくれた最高のスクロール。


「帰還のスクロールだ。これで、今すぐに帰ろう」


リラを抱えて並んだクリスと、片目でバランスが取れずにフラフラしているレフの腕を掴む。

握手ができるほどの距離にいる者は皆、帰還の有効範囲に入る。

それを知らない傭兵は、まずいない。


マルセルはそれを知らずに帰還したのだろうか?


一瞬そんな考えが頭をよぎったが、それはもう重要ではない。

今直ぐに彼らは大迷宮の入り口に帰還し、急ぎ傭兵団に戻って二人の治療を頼まなければいけない。


「帰還するぞ。いいか?」

「ああ、大丈夫だ」


マークはクリスが投げ出した剣を拾っていないことに気づいたが、それは言わずにスクロールを発動させた。

剣を拾いに行かせる時間はないと判断したのだ。

一瞬で大迷宮の入り口に転移する。

もしかしたらマルセルとシンがまだそこにいるかも知れないと思ったが、彼らの姿はどこにもなく、これから迷宮に入ろうとしていた他の傭兵団の傭兵に驚きの目を向けられただけだった。


「おい、大丈夫か?」


声をかけてくれたのは、その中の一人だけだった。

大きな体躯の若者で、人の良さそうな顔をしていた。

手を貸してもらおうかと思ったが、彼のパーティメンバーらしい者が彼を呼び戻してしまったので諦めて、クリスに目を向ける。


「リラは、息をしてるか?」

「ああ、辛うじて。けど、だいぶ弱い」

「直ぐに戻ろう」


マークもクリスも、疲労困憊だ。

だが、右目を失ったかも知れないレフや、死にかけているかも知れないリラに治療を受けさせることが最優先だ。

迷宮からほど遠からぬ、マリ傭兵団の宿舎に急ぎ足に戻る。


宿舎に入って直ぐ、彼らは、これから迷宮に入ろうとしていたパーティに出くわした。

マリ傭兵団の看板とも言うべき優秀なパーティで、マリ傭兵団きっての女性の治癒師がいる。

マークたちの散々な姿に直ぐにその治癒師は反応し、自身のパーティメンバーにも指示を飛ばした。


「彼女を直ぐに私の部屋に運んで、そっとよ。リーダーは団長に報告を、ロッソは少年の目を診てあげて」


この治癒師の属するパーティにはそれぞれ個室がある。

南向きの日当たりが良い一室が、マリ傭兵団一の治癒師に割り振られた部屋だ。

質素に、けれど清潔に整えられたその部屋のベッドの上に、クリスが遠慮がちにリラの身体を横たえる。

煤に塗れたリラの身体は、炭化したスライムの残滓がところどころに黒ぐろと残り、リラ自体が焼死体のような様相を呈している。

その有様を、その治癒師のパーテイメンバーが歓迎していないのは間違いがない。

あからさまに眉根を寄せ、マークやクリスを非難がましい目で見やっている。


そんな仲間の視線には、おそらく全く気づいていないのだろう。

治癒師は手早くリラの息を探り、首筋の脈を取り、眉を険しく寄せると小さく息を吐いた。


「なんとか命は助かると思うわ。でも、痛みは直ぐには引かないし、跡も残ってしまうと思う」


まだベッドの傍らに立ち尽くしていたクリスに言う。


「特に、顔の火傷が酷いから……」


それ以上は言い得なかったのだろう。

クリスからリラに顔を向け直すと、治癒を開始すべく両袖をまくりあげ白い手をリラの喉と胸に当てた。


「気道は無事ね。喉や肺の中が火傷を負わなかったのは、呼吸をしていなかったから? 何があったのかしら?」

「俺が見た時には、リラの顔、胸、腹、腕、足の付け根辺りまで、アッシドスライムがビッシリ乗っかってた」

「…よく生きてたわね」

「そう、かも知れない…」

「誰が火を付けたの? スライムに火を掛けたんでしょ?」

「昨日、俺達のリーダーになった、マルセルって男が」

「直ぐに火を消さなかったの?」

「そのまま、マルセルは帰還した」

「なんて酷い…」


それきり、彼女は黙って治癒に集中し始めた。

リラの命は助かった。

その安堵感に、ようやくマークは大きなため息を吐いた。


芯から疲れが押し寄せて、考えることすら面倒に感じられる。

座って、何か一杯、水でもいいから、喉を潤したいと思った。


疲れた。

と心から思う。

もうこんなことは二度と御免だ。

落ち着いたら、傭兵をやめよう。


マークはそう心に決めて、壁に寄りかかって目を閉じた。



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