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大迷宮の闇  作者: 文弱
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05.C 地を這う魔物



何が起きている!?

何故こんなことになった!?


混乱する頭の中を、疑問だけが凄まじい速さで流れていく。

地下10階直通の魔法陣を抜け、迷宮に降り立った瞬間に運悪く出くわしたキングコヨーテは、クリスとシンがいともたやすく片付けた。

それなのに、なぜ、魔物としては厄介ながらも強いわけではないアッシドスライムに、彼らは追い詰められているのだろう。

クリスやマークの遥か後方で、悲鳴のような甲高いレフの声が響く。


「リーダーやめてよ!! 火の魔法なんか使ったらリラまで燃えちゃうよ!」

「じゃあどうしろと言うんだ! このままだと、リラは窒息してしまう!!」


アッシドスライムに囲まれて十数分。

いつの間にかその数を増やしたスライムたちの中の一匹が、リラの顔面に飛びつき、貼り付いた。

剣や弓、槍などの物理的な攻撃が殆ど通らないことを除けば、膂力が強いわけでも、一瞬で人を殺傷できるような力も持たぬ魔物アッシドスライム。

殆どの傭兵が恐れることのない魔物なのは、どのパーティにも魔道士がいるからだ。

マークが地下10階に行くことを懸念したとき、マルセルは自分がいるから大丈夫だと断言していたのは、マルセルがそんな魔道士の一人だからだ。


じゃあなんで、リラはスライムなんかに襲われたんだ?

なんでスライム共は、ちっとも数が減らねぇんだ?


足元をニュルニュルと這い回るアッシドスライムの群れを、クリスは忌々しげに蹴りつけ、踏みつけ、剣で幾度も刺す。


「ギャッ!」


短く甲高い声が悲鳴を上げた。

リラかと思い視線を向けると、先程まではマルセルを止めようと躍起になっていたレフのようだった。

レフは右目を両手で押さえ、うずくまって呻いている。

目をやられたのかと、クリスは焦った。

そこに鋭い怒声にも近い声が響く。


「クリス! キングコヨーテだ!」


レフに気を取られたクリスの横に、肩をぶつける勢いでマークが並んできた。

マークの視線を追うと、迷宮の暗がりに幾つもの獣の瞳が赤く光っているのが見えた。


「何匹だ!?」

「5匹以上」

「やれるか?」

「やるしかない。足元のスライムに気をつけろ。姿勢を低くすると飛びつかれる」


鋭く舌打ちし、クリスは自分に向かってきたキングコヨーテの一匹を、その鋭い牙を交わしながら切り下げた。

切り下げた剣を戻す間もなく、地を這うような速さでもう一匹のコヨーテが駆けてくる。

舌打ちをする暇すらない。

そのコヨーテはクリスの目の前で飛び上がり、喉笛を狙った攻撃を仕掛けてきた。

それを身を捩ってなんとか交わす。

攻撃をかわされたコヨーテはトッと軽い足音をさせてクリスの背後に着地する。

暗がりから新たに姿を見せた別のコヨーテが、クリスを真ん中に挟み込むように動く。

やばいと本能的にクリスが身構えたその刹那、背後の一匹をマークが仕留めた。


「後ろは気にするな。前に集中しろ」

「すまん」


背後に頼もしい仲間の息遣いを感じながら、少し余裕を取り戻す。

同時にまた疑問が頭に浮かぶ。


シンはどこにいるんだ? マルセルは何をしている?

リラの顔に張り付いたスライムはどうなった?

レフのキズは? 目は無事なのか?


キングコヨーテをまた一匹斬り伏せて、続けて暗がりに潜む一対の目の間に鋭い突きを入れる。

目の前の敵を屠りながら、足元をまだウヨウヨと這い回っているスライムに足を取られぬように気を配る。

一度床に倒れれば、アッシドスライムに寄りたかられ、顔面を覆われる事態に陥るだろう。

アッシドスライムは獲物の顔面に貼り付き獲物を窒息させてから、消化液を分泌してゆっくりと獲物を溶かして食べるのだ。


リラの顔面のスライムは取れたんだろうか…


アッシドスライムが獲物を窒息させる時間はものの数分と言われている。

剥がすのが遅くなればリラは窒息死する。それはマルセルがレフに怒鳴りつけた通りだ。


マルセルは、何をしている? 無事なのか?


暗がりからこちらを伺っていたコヨーテの瞳が消えた。

去ったか、それとも殺し尽くしたか。

それはわからないが、クリスはようやく振り返って仲間を確認した。


「レフ!!」


目に映った光景に何も考えられず、ただ仲間の名前だけがクリスの口を付いた。

右目を手で覆い、フラフラと歩くレフの後ろを大量のアッシドスライムが追いすがっていく。

弱った獲物と、レフを狙っているのは間違いない。

マークもそれに気づいたようだ。クリスが動くより先にレフに向かって走ってゆく。


覚束ない足取りのレフの傍に、地に倒れているリラの靴底が見えた。

既に何匹ものスライムがリラに覆いかぶさるように蠢き、リラの身体の自由を完全に奪っている。


死んだのか?


焦るクリスの視界の中で、リラの足が痙攣を起こしたように大きく引き攣るように動いた。

まだ生きている。そう思うが早いか、クリスは駆け出した。

リラのいるところまで、あと数歩。

手を伸ばしたクリスの右斜前から、燃え盛る炎がリラに向かって飛んだ。

マルセルだ。リラ以外に、ここには魔法を使えるのはマルセルしかいない。


アッシドスライムには火は特に有効だ。

だが、その大量のスライムの下にはリラがいる。

リラの上を這い回っていたアッシドスライムが炎に包まれ、嫌な匂いの煙が視界を奪うほど多量に上がる。


「リラ!!」


仲間の名前を叫ぶように呼び、クリスは抜き身の剣を放り出して上着を脱いだ。

マルセルが火の魔法を放ったのが正しい対処だったのか、悪手だったのか、今は判断できない。

ただ、このまま放置すればアッシドスライムの窒息は免れても、炎に焼かれてリラは焼死してしまう。

クリスはもうもうと上がる煙の中に飛び込みながら、右手に上着を巻き付ける。

炎に捲かれるアッシドスライムの群れを、腕に巻き付けた上着で狂ったように叩き落とす。

リラの救出に必死のクリスに火の粉が掛かり、髪や顔、むき出しの腕や肩に無数に火の粉が舞い降りる。

それでも手を休めることはできない。一刻も早くリラの上から炎に塗れたスライムを落とさなくてはならない。


「リラ!!」


リラの顔が見えてきた。

残火とスライムの残骸の中からリラを掻き出すように救出する。


「リーダー! リラの治療を!!」


リラの枯れ枝のような身体を胸に抱き込み、先程魔法が放たれた方向に目を転じながらクリスは叫んだ。

だがそこに、クリスは信じられぬ光景を見た。



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