04.M マーク・フォール
マークは今年46歳になる。
そろそろ傭兵としては限界を感じることが多く引退を考えているが、近々彼の娘が結婚をするのでその資金をもう少し稼ぎたいとも思っている。
マークは妻帯者だった。
傭兵の結婚率は他の職業に比べるとやや低いが、既婚者も少なくない。
傭兵は危険職業だが、意外と収入は安定しているのだ。
迷宮に入れば何かしら金になるものを手に入れることが難しくないためだ。
あまり知られていないが、高額所得を求めなければ低額をコツコツ稼ぐことは容易なのだ。
迷宮で宝箱が見つかることもあるし、魔物を倒せば魔晶石がその遺骸から採取できることもある。
魔晶石は、その種類にもよるが中には高額で引き取ってもらえるものもあり、一攫千金も夢ではない。
だが魔晶石の採取には専門の知識と技術が必要なため、それが出来る傭兵がパーテイにいることが必須になる。
そのため、マークは長い傭兵生活の中で、魔晶石を見たことは殆どない。
多くを望まなければいいのだと、マークはそう思いながら20年以上傭兵を続けてきた。
立派な肩書や名声も、爵位や権力も、マークは望まなかった。
強いパーティに入りたいとも思ったことがない。
無難に、安全な階層で、家族を養えるだけの収入があればよかった。
そんなマークにとって、新しいリーダーのマルセルはあまり歓迎できぬリーダーだった。
引き合わされたその日は良くも悪くもなかった。
マルセルはマークと話しはしなかったが、メンバーのリラやレフには親切だった。
クリスと話している様子も、特に悪い印象もなかった。
護衛騎士のシンはあまりマークたちを歓迎してはいなかったようだったが、指示がなければ何も出来ぬような間抜けにも見えなかった。
貴族令息の護衛を任させれるくらいだから、腕は確かだろうこともプラス要素でしかなかった。
だが一夜明けて翌朝、マルセルは迷宮に向かう魔法陣の前で、中層の地下10階に降りると宣言した。
全員が、ポカンと呆けたようにマルセルを見た。マークも驚きに口が半開きになった。
それを見回したマルセルには、余程彼らが滑稽に見えたのだろう、大きな笑い声を響かせた。
しばらく笑い、やがて彼らを宥めるように口を開いた。
「君たちが今までリーダーに恵まれずに不遇だったことは、マリ団長から聞いている。だが私が君たちのリーダーになった以上、上層をコソコソと徘徊するような惨めな思いはさせないと約束しよう。今日から君たちは、マリ傭兵団の上位パーティの仲間入りだ」
「しかし、いきなり10階は無理です!」
思わずマークは口を挟んだ。冗談ではないと内心では酷く焦った。
巨大な迷宮の地下10階は中層と呼ばれる階層で、必ずしもマークやクリスが探索できない階層ではない。
しかし、リラやレフには危険すぎる。
彼らを庇う余裕を持てるほど、マークやクリスにも容易な階層でもない。
新しいリーダーは、その辺りが全く分かっていないと、マークは舌打ちしたい心持ちでまた口を開いた。
「お互いの実力を知るためにも、今日だけでも、もう少し浅い階層で様子を見るべきです」
不快そうな表情がマルセルの顔を覆った。
意見されるのは嫌いなのかも知れない。
そうは思っても、今日どころかこの先も、マークは正直に言えば地下10階になど行きたくなかった。
なんとしても考えを改めて貰いたい。
続けて反対意見を言おうと少し前に出た。
だが、今度はマークが口を開く前にクリスが言った。
「リーダーは、リラとレフを除いた4人でも勝算があると思ってるのか?」
「もちろんだ。私はシンと二人でも、余裕で勝利できると思っているよ」
「10階がどんなところか、知ってるような口ぶりだな」
「実際に見たわけではないが、10階層に現れる魔物の主たるものが、アッシドスライムのような刃物の通りにくい魔物だということは知っている。そして私ほどの魔道士ならば、アッシドスライム100匹くらいは一瞬で燃やすことが可能だ。だから万が一にも危険はないと確信している」
「10階にはキングコヨーテもいるが、そいつはかなり素早いぞ」
「シンがいれば十分対応可能だが、状況に応じて、私が土魔法を応用して魔物の足を止めれば尚安全だろう」
「なるほど。最悪、2人でも戦えると判断したワケか…」
一度クリスが口を閉ざして眉を寄せたが、それが直ぐに不敵な笑みに取って代わるのを、マークは暗澹たる気持ちで眺めた。
クリスはまだ若い。
彼が今まで不遇であったのは事実だし、同情もする。
だが、若さゆえに無謀で功名心も高く、自身の剣技に対する自負も強い。
確かにクリスは悪い腕ではないが、自己流の剣技は荒っ削りでところどころに隙きもある。
「それなら、俺も含めて戦うのは3人と思ってもらえれば、尚安全だ」
クリスが幾分胸を張って言い切るのに、マークは軽くため息を吐いた。
今まで仮初めながらもリーダーであったクリスが賛成してしまえば、地下10階行きはもはや決まったも同然だ。
更にもう一つため息を吐きながら、マークはマルセルに、心中の不満を抑えて言った。
「10階層に行くことは想定していなかったので、荷物の内容を変えてくる時間をいただけますか?」
「まあ、少しなら時間を取ろう。リラも、お化粧直しなどしてきたらどうだい?」
直ぐにマークから目を転じ、マルセルはリラに笑みを見せた。
女性の傭兵も少なくないが、しっかりと化粧している傭兵は多くはない。
リラは若いこともあり、あまり収入がよくないこともあり、おそらくは化粧品を持っていないだろうとマークは思った。
案の定、リラは困ったように小首をかしげたが、部屋に戻るマークに黙ってついてきた。
リラはマークの娘よりも年少で、細々とした子供だ。
枯れた小枝のような印象で、見るからに栄養が行き届いていないことが分かる。
以前から、そんなリラを哀れと思わないわけではなかったが、実の娘のように案じてやるほど親しくしているわけでもない。
戦力外のリラやレフを迷宮に連れていき、入手したアイテムや金銭をわずかながらも分け与える。
それだけでも、マークやクリスは十分彼らに尽くしているのだ。
二人の分前がクリスとマークの半分以下になってしまうことも多々あるが、その分をマークが負担してやるわけにもいかない。
マークには家庭があり、一人娘の結婚を控えている。
安全に、できるだけ沢山の金を稼ぎたい。それがマークの希望だ。
「危険だと思ったら、俺の後ろに逃げておいで」
マークがリラに出来るのは、これが精一杯の親切だ。
リラは頷き、小さな声で「ごめんなさい」と呟いた。
マークの良心が少し痛む。
リラやレフを一人前の傭兵に育ててくれるような、そんな面倒見の良いリーダーが現れればいい。
そう思わずにいられない。
マークはひっそりとため息を吐きつつ、1枚のスクロールを手に取った。
娘が、マークの40歳の誕生日に贈ってくれた、魔法の巻物だ。
スクロールは高位の錬金術師が作るか、迷宮から産出されるもので、様々な効果のスクロールがある、
そんな中で、娘が贈ってくれたスクロールは高額で取引されているものだった。
娘が食堂で何年も働いて貯めた金で買ってくれた貴重な巻物で、マークが少しでも安全に迷宮を探索できるようにと手紙が添えられていた。
その日からそのスクロールは、危険なところに行くときには必ず持っていく、マークのお守りのようなものになった。
そっと、そのスクロールを懐に入れ、マークは少しの間、目を閉じた。
娘の顔と妻の顔を脳裏に思い浮かべる。
迷宮に入る前には必ずマークが行なう儀式のようなものだ。
妻子が微笑み暮らす場所が、マークが帰る場所なのだ。
二人の笑顔を思い浮かべることは、必ず生きて帰るというマークなりの誓いだった。
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名前:マーク・フォール 【M:Mark】
年齢:45
性別:男性
呼名:マーク
傭兵歴20年の大ベテラン。妻帯者で一人娘を溺愛している。
そろそろ傭兵は引退したいと思っているが、娘の結婚を控えているので、もう少し結婚の費用を稼ごうと傭兵を続けている。
小さいながらも家を持っており、週の半分は傭兵団で半分は自宅で過ごしている。
娘よりも幼いリラやレフを案じてはいるが、二人の親代わりになるというほど親身になれずにいる。
若い頃から安全確実を好み、傭兵団の中での地位や名声には殆ど興味がない。