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大迷宮の闇  作者: 文弱
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41.M 揉め事



週末にまた戻ると家族に告げ、マークは夕刻にはニア・ハルマイルに戻ってきていた。

夕食は仲間たちと食べに出ようかと思っていたのだが、残念ながら、部屋には誰もいなかった。

今までは、むしろ部屋から出ることが少なかったリラも、レフもいない。


マークは首を傾げた。

まだ、クリスはリラとデート中なのだろうか?

レフも、ウィルとマルタ傭兵団に行ったきり、まだ戻らないのだろうか?


それなら、もう少し家でゆっくりしてくれば良かったかとも思ったが、いないものは仕方がない。

軽く肩をすくめ、マークは窓辺に歩み寄り、町を見下ろした。

マークがニア・ハルマイルに着いたときには、雨はだいぶ小降りになっていたが、一時は随分激しく降ったのだろう。

窓の外には大きな水たまりがいくつも見える。


馬車から傭兵団まで小走りに戻り殆ど雨に濡れることがなかったのは良かったと、そう思ったとき、ドアが開く音を耳が拾った。

反射的に振り返ると、リラがびっくりしたように開いたドアの向こうで立ち尽くしている。

その驚き様を思わず笑いながら、マークは口を開いた。


「おかえりリラ。一人か?」


パッと蕾の花が開くように、リラがふんわりと笑みを顔中に広げる。

マークの娘はリラを妹のように思うと言ったが、最近は、マークもリラがもう一人の娘のように思えるときがある。

今がまさに、そんな瞬間だった。

思わずマークの目尻が下がる。


「おかえりなさい、マーク」


半ば小走りに、嬉しそうに寄ってくるリラが、本当に娘だったらいいのにと、ふとそんなことまで思う。

しかしと、マークは直ぐにその考えを否定した。

もしリラが自分の娘だったら、まかり間違っても傭兵になどしない。

なりたいと言っても、絶対に許さない。

そんな強い思いが勝手に顔に出たのか、リラが心配そうに首を傾げた。


「マーク? お家で、何か、あったんですか?」

「いやいや、なんでもない。それより、他の連中はどこに行ったんだ? リラ一人残して、まさか飯を食いに行ったわけじゃないだろう?」

「私も、今、アンナさんの部屋から、戻ってきたばっかりで……」

「アンナさんのとこに行ってたのか。どうだった? お礼は受け取ってもらえたか?」


リラがまた、ぱっと表情をとても明るいものに変えた。

それが娘の小さな頃を見るようで、またマークの目尻は自然に下がる。


そんなマークの表情の変化には微塵も気づかぬ様子で、リラは少し興奮気味に言った。


「一緒にお茶も飲んで、それで、私、アンナさんと、お友達になりました!」

「ほぉ」


マークは少しそれには驚いた。

急にそこまで仲良くなるとは、分からないものだと思う。

その傍らで、ウィルのことで仲違いするようなことがなければいいがと、少し心配にもなる。


まるでそんな心配を察したように、リラは嬉しそうな笑みを引き、どこか縋るような目でマークを見て口を開いた。


「私、マークに、一緒に考えて欲しいことが、あるんです」

「ん? アンナさんのことでか?」

「はい。アンナさんとリーダーが、また偶然に会って、また、ケンカみたいにならない、いい方法がないかと、思って……」


同じ傭兵団にいるのだから、またばったり出くわし、いがみ合うようなことになる可能性は確かにある。

それは出来れば避けたい事態だと、あの時、敵意を顕にしていたニキータパーティのことを思い出す。


ニキータパーティの面々は、アーロンが言うように優秀な傭兵なのかも知れないが、マークから見れば、自尊心の強い若者の集団にしか見えない。

傭兵としての自信に溢れ、それぞれが腕に覚えがあるといった様相だったが、マークにはそれが危うく見えるのだ。

今までは、そんな彼らの身を案ずることはなかったが、ウィルの想い人がそこにいると思えば、彼らの自信過剰は不安になる。


そんなニキータパーティの男たちにとってアンナは大切なお姫様で、自分たちは姫を守る騎士のように思っているのだろう。

アンナとばったり出くわした時、アンナを追って手を伸ばしたウィルの腕を掴んだ男しかなり、アンナとウィルの間に立ちふさがったニキータもしかなり、場合によっては一戦も辞さないという顔つきで、ニキータとウィルを囲んでいた他の者たちもしかなり、みな、アンナをウィルから守ろうとしていた。


アンナとウィルを自然に会わせるにはあの連中が厄介だと、マークは首を傾げて眉を寄せた。

ウィルだけではなく、ウィルのパーティメンバーとなったマークたちも、ニキータパーティの男たちは歓迎しないだろう。

だがリラはアンナの友人になったというし、元々無害な女の子だ。

おそらく彼らもリラは眼中に入れていないだろうから、リラを通じて会わせるしかない。


「俺やクリスはアンナさんに近づけないだろうから、直接力にはなれないが、何か手を考えてみよう。アンナさんのためにも、なるべく早く、ウィルと和解した方がいいだろうしな」

「やっぱり、早いほうが、いいですか?」

「その方がいいだろうな。ウィルが言ったように、ニキータパーティが訓練不足だとしたら、あんまり下層に行くのは危険だ。でも今のままだと、彼らはまた16階に行こうとするんじゃないか?」


ハッとリラは息を呑み、顔色を変じるほどの焦りを見せた。

それほど、アンナとは親しい友達になったのだろう。

だが不安にさせてしまったと、マークは急いで口を開いた。


「アンナさんに、しばらく深層に行かないようにしてもらう方が早いかも知れないな。そうしておいて、ウィルと会わせる方法はゆっくり考えればどうだ?」


パッとリラの顔色が明るくなる。

リラは、こんなに感情が素直に現れる娘だったろうか。

その目まぐるしい表情の変化に、マークはまた笑顔になる。


「祭りも近いし、それまでは危ないところに行かないようにして欲しいと、頼んでみるのも良いかも知れないな。アンナさんより、リラはどう見ても年下だから、甘えるくらいの言い方でもいいかも知れないぞ? 女の人ってのは母性本能が強いから年下の人に頼まれると中々断れないって、うちのかみさんが言ってたよ」

「私、頼んでみます!」

「うん。それがいい」

「今から言ってきた方がいいかな? あ、でも、今別れてきたばっかりだし、変かな? 煩く思われるかな?」


小さな声で独り言を言い出したリラだが、室内にはマークと二人きりなため、その言葉は全部マークの耳に届いた。

思わずクスクスと笑いながらマークは口を開く。


「心配事は早めに片付ける方がいい。そんなことでアンナさんもきっと悪く思ったりしないから、行っておいで、俺が留守番してるから」


そう言ってやると、リラは嬉しそうに頷き、急いで部屋を出ていく。

余程仲良くなったのだと、マークはリラの慌ただしい行動を笑みで見送った。


その殆ど直後、ドンと壁を叩くような蹴るような音がして、思わずマークは眉を寄せた。

何かが壁に当たった。

そう思ってしばらく聞き耳を立てるように様子を伺ったが、それきり何の音も聞こえてこない。

ちょうどリラが廊下に出たばかりだから、どこかにぶつかったのかも知れない。


見に行こうかと思ったが、それきり同じような音がすることもなく、リラが戻る様子もなかったため、マークは軽く肩をすくめて緊張を解いた。

特に意味もなく窓に目をやると、街は夕焼け色に染まっている。

窓を開けると涼しい風が入ってきた。


そういえば、次に家に帰る時にリラを連れてきて欲しいと、妻と娘に頼まれていたことを思い出す。

一緒に来るかリラに訊こうと思っていたが、すっかり忘れていた。

苦笑いしたマークの耳に、今度は明らかにクリスのものと思われる怒声が聞こえた。


「なにやってんだ、てめえら!!」


マークは急いでドアを開け、廊下に飛び出した。

狭い廊下に、クリスの他に、男が二人。


「どうしたクリス!?」


声高にマークが声をかけると、マークからは背しか見えなかった男たちが振り向いた。

薄暗い廊下でも、何度も見かけた顔ならば概ね見分けはつくものだ。

名前までは知らないが、その二人はニキータパーティのメンバーに違いない。

どちらも武装はしていないが、明らかに喧嘩腰の剣呑な表情でマークを睨みつけてくる。


思わず眉を寄せて睨み返すと、振り返った二人のうち、一人はマークを見据えたまま目を怒らせ、もう一人はもとの方向、すなわちクリスの方に向き直った。

まるでこの狭い廊下で戦いでもするかのように、ニキータパーティの二人はお互いをお互いの背で庇い合うように立つ。

なんのつもりか分からないが、困ったものだとマークはため息を吐きながら、ゆっくりと彼らに向かって歩き出す。


今度は、静かに冷静に問う。


「何があったんだ? クリス?」

「こいつらが、リラを脅かしてたんだ」


マークは目を見開いた。

あのドンという音かと、そう思うと同時に自然に眉根が深く寄る。


「リラは? 怪我はないのか?」


クリスが少し身体をずらす。

その後ろから、小さく震えながらリラが顔を見せた。

クリスの服の裾を掴み、半泣きになっている。


その顔を見た途端、マークは急に激しい怒りを覚えた。

娘がまだ小さい頃、街の男の子にいじめられ泣きながら帰ってきたときの泣き顔と、リラの泣き顔がダブって見える。

ツカツカとニキータパーティのメンバーに歩み寄ると、マークは怒りを隠さず低く唸るような声で言った。


「どういうつもりだ?」


日頃温厚で知られるマークの怒りに、彼らは少し焦ったようだ。

身を引くような様子を見せながら、それでもマークを睨むことは止めずに言った。


「アンナと何を話したのか、聞こうとしただけだ」


その答えに、クリスがまた怒りを顕に怒鳴る。


「アンナさんに直接聞きゃいいだろうが! なんでリラを壁に押し付けて、脅すようにして聞かなきゃなんねぇんだよ!」

「別に、脅したわけじゃ……」

「あれが脅しじゃなくて何なんだよ!」

「うるせぇな! 脅したんじゃないって言ってんだろ!」


開き直ったような受け答えに、マークの頭でブチっと何かが切れるような音がする。


「脅しじゃない? ふざけるな! 大の男二人が女の子相手に、どれだけ怖い思いをさせたと思ってるんだ」


彼らとの距離を詰め、怒りの収まらぬまま、クリスに同調した。

壁を蹴ったのか殴ったのか知らないが、彼らは二人がかりでリラを囲み、大きな音まで立てて脅したのだ。


「おまえらが団長自慢の傭兵だか何だか知らないが、此処でなら、何をやっても許されると思ってるんじゃないだろうな?」

「そういうわけじゃねぇけど……」

「じゃあ、どういうつもりだ?」


問い詰めはしたものの、マークには彼らが何をしたかったのか、朧気に分かっていた。

おそらくは、ウィルのパーティメンバーである彼らに、アンナと親しくして欲しくないのだ。

アンナとウィルを会わせたいと思っているリラとは真逆に、彼らはアンナとウィルが会うのを避けたいのだ。

ウィルはアンナの恋人だったのだから、彼らからアンナを取り上げて攫っていくかも知れないと、彼らは恐れているのだろう。

だから彼らは、牽制する意味も込めて半ば脅すように、リラからアンナとの会話の内容を聞こうとしたのだろう。


だが彼らはハッキリそうとは言わず、やはりアンナを守る騎士のような顔つきで、堂々と言い訳を展開した。


「あんたらのリーダーが、その子に、なんか、持たせただろ? だから、それが何か聞こうとしただけだ」

「それもアンナさんに直接聞けば済むことだろう? まだ成人前の女の子を、一端の男が二人がかりで脅してまで聞くようなことか?」

「やり方が悪かったのは、認める。でも、何かアンナに渡したなら、余計なちょっかいはやめて欲しい」

「余計なちょっかいはどっちだ? リラは、アンナさんと友達になったそうだ。今度こんな真似をすれば、アンナさんに嫌われるのはおまえらだぞ」


うっ、と軽くうめいて言葉に詰まったところを見ると、やはり、単にアンナを取られたくないという嫉妬ともつかぬわがままな感情からの乱暴だったのだろう。

だが、マークやクリスがいないところで、またこんなことがリラの身に起きてはいけない。

マークはさらに釘を差すように言った。


「二度とこんな真似はしないでくれよ? 次は、口で話はしないからな?」

「殴り合いでも、しようってのか? オッサンが?」

「そうだな。いかにも俺はオッサンだが、伊達に20年もこの飯を食ってない。傭兵の潰し方くらい、心得てるぞ」

「……何を、するつもりだ?」

「それを、おまえに教えてやらなきゃならん道理はないだろ? いい子にしてることだ。いいな? 若造」


最後は耳元に囁やくように低く声を落とし、軽く肩で若者の肩を押した。

傭兵の潰しかたなど皆目検討もつかないが、威嚇を演技と悟られない程度にはそれらしく振る舞えただろう。

そんなことを冷静に考えられるくらいには、マーク自身の怒りも収まってきた。

少し声を和らげ、マークは言った。


「おまえら、名前は?」

「……ハーヴェイ」

「鍵師だったな? ハーヴェイ」

「俺は、レイク」

「確か片手剣使いだよな? 小さな盾も持ってなかったか?」

「ああ、盾役も兼ねてる」

「器用だな」

「そうでもない。……悪かった。もう、こんなことはしない」


なんとか話し合いで解決ができたようだと、マークは苦笑いして頷いた。

だが、クリスはまだ面白くないらしく、不貞腐れた顔で今まで閉ざしていた口を開いた。


「二度はねぇ。次は手足の一本や二本、ぶった切ってやるから、腹ァ据えてこいよ」

「クリス」


マークが軽く嗜めるように名を呼べば、むしろマークを睨みつけてくる。

余程腹に据えかねてはいたのだろう。

だが、それでもマークが彼らと話す間、邪魔をするようなことはしなかった。

クリスもここ数日で随分大人になったと、マークはこんなときだが少し嬉しいような、おかしいような気持ちになった。


ニキータパーティの者たちもだが、クリスもまた、マークから見ればまだまだ若く、思慮が浅く少し軽はずみに見える。

そんなハーヴェイとレイクの肩をポンポンとたたき、マークはクリスの言葉を否定しないように考え考え口を開く。


「おまえたちがアンナさんを守りたいように、俺たちもリラを守りたいんだ。ましてやリラは、おまえたちも知るように、この間死にかけるような怪我を負ってアンナさんに助けられたばかりだ。そんな子を脅かしていいもんか、同じ傭兵として大人の男として、もう少し考慮してくれ」


ハーヴェイとレイクはバツ悪そうに互いの顔を一瞬見合わせ、直ぐにマークに視線を戻すと、深く頷いた。


マークはほっと息を吐き、クリスとクリスの服の裾を握って震えていたリラを手招き、部屋に戻るべく、彼らに背を向けた。

クリスが剣を抜くような短気を起こさず本当に良かったと心から思い、誰にも分からぬようにため息を吐く。

あの切れ味の凄まじい剣を使えば、それこそ冗談ではなく、腕の一本や二本、一振りではね飛ぶだろう。


それだけリラに寄せる想いが深くなっているということかと、憮然としながらもリラの手を引き部屋に入ってきたクリスを見る。

本当に、クリスもリラも、ここ数日ですっかり変わったと思う。

その切っ掛けがウィルなのは間違いがない。


そんなウィルに長くこのパーティにいてもらうためには、やはりアンナと穏やかに会わせる方法を早急に考えねばならない。

障害になり得るニキータパーティのメンバーとの取っ掛かりは、望む形ではなかったが、ひとまず細い繋がりくらいはできただろう。

少なくとも、二人の名前くらいは知ることができたと、マークは小さく笑った。



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