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大迷宮の闇  作者: 文弱
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39.C 私生子

イヴァルの後を追って酒場に入り、クライドと挨拶を交わし、クリスは今、そのクライドに勧められるままに酒を飲んでいた。

クリスの隣にはレフがいて、つまみをパクパクと食べている。

それを横目に見て、クリスはここにいるのがリラじゃなくて良かったと思う。


クライドは噂に違わぬ色男で、しかも初対面とは思えぬ気さくな男だった。

女に人気があるというのも、あながち噂ばかりではないだろう。

そんなことを思いながらクライドを盗み見ていると、その視線に気づいたのかクライドが酒から顔を上げた。

だが、クリスが不躾に見ていたことに関して何か言うでもなく、相変わらず気さくに問う。


「クリスは剣士だろ?」

「ああ、そうだけど」

「今度マルタに遊びに来いよ。ちょいと打ち合おうぜ」

「え、いいのか?」

「マリには訓練できる場所がないんだろ? あのハゲチョビン、管理局からもらった金を何に使ってんのかね?」


アーロンの禿頭を揶揄した言葉に、レフがつまみを吹き出してゲホゲホと咳き込んだ。

その背をポンポンと軽く叩きながら、クリスも笑いながら答える。


「なんだか得体の知れない骨董なんかを買っちゃあ、倉庫の肥やしにしてるみたいで、金掛けてもらってんのはニキータのパーティくらいじゃねぇかな」

「ニキータのやつ、そんなに高待遇受けてんのか。俺もマリに移籍したら待遇よくしてもらえるかな?」

「KKパーティって有名だし、今も高待遇なんじゃ?」

「そうでもねぇよ。うちのパーティはマイペースだし、少なくとも団長にアテにはされてないな」


そうなのかと、軽く頷きながらクリスは首をひねった。

KKパーティが何で有名なのか、そういえば知らない、と思う。

ウィルなら知っているだろうと、2階に続く階段に無意識に目をやる。

イヴァルがウィルと二人きりで話をしたいと、酒場に着いて直ぐに部屋を借り、2階に上がってしまったのだ。

そのまま二人はまだ降りてこない。


とはいえ、それほどKKの名の由来に興味があるわけでもない。

むしろ同じ剣士として、クライドの実力、そしてウイルの実力の方がクリスには気になる。

再びクライドに目を戻す。


「俺、リーダーの剣をまだあんまり見てねぇんだけど、やっぱ、強えんでしょ?」

「ウィルか? あいつは強えなんてもんじゃねぇぞ。手合わせすんなら、絶対に賭けねぇほうがいい」

「そんなに強いの!?」


クリスが何か言う前に、レフが目を丸くして驚嘆の声を上げた。

クライドがそれに笑いながら頷く。


「本来双剣の剣士ってのは軽妙さが売りで、一撃一撃は少々軽いってのが一般的なんだが、ウィルの野郎はあのガタイだろ? 双剣使いとは思えねぇ重たい一撃が、高い位置から降ってくる」

「片手でも、相当力があるってことか……」


手合わせしようと持ちかけられていることもあり、またそれを楽しみにしていたということもあり、クリスは得られた情報から対応を考える。

そして同時に、ウィルが右手用に調整して使っていたという、今はクリスのものとなった剣が、片手で振り回すには少々重量のある剣だったと今更ながら思い至る。

初対面のとき、レフがウィルをオーガのようにデカいと言ったが、膂力もかなりのものなのだろう。


「あいつはホント馬鹿力だからな。怪我しねぇように気をつけろよ」

「それは気をつけるけど、利き腕で剣が持てない今でも、やっぱやべぇのかな?」

「あいつの利き腕は左だぞ、右じゃない。意識的に右を使うようにしてたようだし本人から聞いたわけじゃないが、間違いなく左利きだ。力もだが、左の方が剣筋も鋭いし早い」


思いのほか真剣な表情でクライドはそう言って、直ぐに苦笑いした。


「俺も最初は騙された。頻繁に右で打ち込んでくるから、右利きなんだろうと思った。でもな、右の攻撃を捌くのに気を取られてる隙に、左手が早くて重い攻撃を仕掛けてくる。怖いぞぉ。何度首を跳ね飛ばされたことか」


自身の首を片手で軽く掴み、クライドは頭を左右に振って笑った。

聞いたクリスは笑い事じゃないと、苦笑いする。

そんなクリスの様子に更にクライドは声を立てて笑い、手を伸ばしてバンバンとクリスの肩を叩いた。


「いい勉強になるぞ。あいつの剣は俺のような田舎剣法とはわけが違う。緻密に練り上げられて数百年に渡って研ぎ澄まされてきた騎士の剣技だ。まあ、要は人を守り、人を殺すために進歩してきた剣術ってことだが、魔物や獣を追うために身につけた俺の剣じゃあ、とてもじゃないが太刀打ちできない」

「対人に強い?」

「そうだな。迷宮の魔物も、武器を持って人並みの背丈があるヤツの方があいつは戦い易いらしい。チビのゴブリンはまだしも武器を使うが、スライムやらウルフやらは得意じゃないと聞いた。とはいえ、あれほどの腕だ、中層までの魔物なら、何だって軽くいなすだろう」

「そうかぁ。予想以上に使うんだな」


軽く手合わせとウィルには言われていたが、いっそ教えを請うくらいの気持ちで対峙した方がよさそうだ。

そう思いながら、クリスはまた無意識に目を2階に向ける。

ちょうどドアが開き、イヴァルが出てくるのが目に入る。


「リーダーの剣のお師匠さんがスゴイ人なのかな?」

「師匠がいるか聞いたことねぇが、あいつに剣を教えたのは親とか兄ちゃんかも知れないぞ」


まだウィルが2階の部屋から出てきたことに気づかぬまま、クライドがレフの問いに答えている。


「そっか。リーダー末っ子だもんね」

「そうだな。それに、ヴェスナー伯爵家は近衛の名門なんだとさ。あいつの親父さんは近衛騎士の隊長だか団長だかで、長男は王太子の近衛だって言うし、家に代々伝わる剣技とか、あるんじゃねぇかな?」

「近衛騎士!? スゴイんだね! おいら王様も王太子様も見たこともないよ!」

「ウィルはガキの頃、王太子と遊んだことがあるそうだぞ」

「うえええ! スゴイ!」


二人が盛り上がる中、ウィルとイヴァルは階段を降りきり、イヴァルはそのまま店を出ていったが、ウィルは笑いながらテーブルに近づいてくる。

クライドとレフの話し声が届いていたのだろう。


「クライド、殿下のこと、おまえに話したことあったっけ?」

「おうウィル、話は済んだのか」

「ああ。一先ずな。で? 王太子殿下の話、俺はおまえに話たっけか?」

「いや、随分前にハンスから聞いたが、内緒だったか?」

「いや、内緒にするような話でもない。でもそうか、レフは王陛下も王太子殿下も、見たことないかぁ」


それにはレフだけではなく、クリスも、クライドも頷いた。


「えっ? 全員見たことない?」

「ねぇなぁ。王都に行ったこともねぇし、王族を見る機会なんかねぇだろ?」

「おいら別に見たいわけじゃないからいいけど、王太子様はいい人? 嫌な人?」

「お、それ大事だな。将来この国の王になる人だからな」


余程極端な性格でもなければ、王族の人となりは、あまり庶民には影響がない。

だから良い人でなくてもよいと、クリスは王太子の人となりをウィルが語るのを待った。

問われたウィルが笑顔のままだから、特段悪い人物ということはないのだろう。


「王太子殿下は陽気で冒険心にあふれるお方で、子供の頃、将来はハルマイルの傭兵になるとニコニコ笑っていらしたよ」

「ウソだろ?」

「ホントに。あのときはまだ7、8歳だったろうに、愛読書は『大迷宮と古代王朝』と仰ってた。あの本は子供には難しいと思うんだが、内容もきちんと理解されていたよ。俺が傭兵になったのも、もしかしたら、殿下のお言葉が記憶に残ってたってのも、少しあるかも知れないな」

「何年前の話だ?」

「ん? 何年かな。俺が12か13の頃だから……、15、6年前か? 殿下ももうご結婚なされてお子もおられるからなぁ。時が経つのは早いよな」


しみじみとウィルが過去を振り返る瞳で経過年数を告げる。

それに驚いたように、レフがつぶやく。


「おいらが生まれる前の話だ……」

「お、そうだな、レフはまだ生まれてねぇな」


クリスもまだ5歳かそこらだと思い同意すると、いささか慌てた様子でクライドが口を挟んだ。


「え、何? 俺たちって、オッサンなのか??」

「当たり前だろ。おまえ、いつまで若いつもりだよ」

「いや、まだ若いだろ?」

「30近いじゃないか」

「いやそうだけど、20代後半って、若くねぇか? 若いよな?」


同意を求めるようにクリスとレフを見るクライドに、思わず二人は吹き出した。

20代後半、まだ若いとは思うのだが、クリスはともかく、レフから見ればクライドもウィルもオジサンだろう。

それを口にするか迷っていると、クライドが不意に気づいたという様子でウィルを見た。


「おっまえ、30近いオッサンが、思春期の小僧みたいに、いつまで恋人と離れたまんまでいるつもりだよ」

「や、でも、これはしょうがないだろ? アンナから見たら、俺は兄貴の仇だぞ?」

「アンナがそう言ったのか?」

「いや……何も、言われてねぇけど……。そうじゃなく、会って貰えねぇんだって言ったろ?」

「だから、それを何とかしろよ。モタモタしてるとニキータに取られちまうぞ」

「は? ニキータ?」

「見りゃ分かんだろ? ニキータは随分前からアンナにベタ惚れだぞ?」


ウィルが呆然とクライドを見やるのを見て、クリスは苦笑いした。

やはり、と思わないでもない。

アンナにウィルが叩かれた後、ニキータは走り去るアンナを背にかばって、恩人で大先輩のウィルを前に一歩も引かなかった。

それどころか、アンナにまとわりつくなと、まるでアンナの恋人のような口もきいた。

そんなニキータの恋心に驚くよりも、今の今まで気づいていなかったらしいウィルの鈍さに恐れ入る。


「え? じゃあ、アンナに言い寄ってた男って、ニキータなのか?」

「あ? それはニキータじゃねぇだろ」

「3年前だぞ? ハンスが、シラーの傭兵の中にアンナに言い寄ってる奴がいるからって……」

「その頃言い寄ってたのは違う男だろ。アンナとおまえが付き合ってんの分かってて、横からちょっかい出すほどニキータは度胸ねぇだろ。それよか、言い寄ってる男が誰か、ハンスに訊かなかったのか?」

「訊いたに決まってるだろ? でもハンスは教えてくれなかった。シラーの傭兵だから、誰か分かれば俺が黙ってないだろうからと、そう言われた」

「恋人に言い寄る男がいたら、そりゃあ、殴るくらいはするわな」


ウィルが不機嫌に頷くのを見やり、クリスも首を傾げた。

傭兵同士の女の取り合いなど、さほど珍しいことでもない。

ハンスは仲間同士のケンカは禁止するタイプのリーダーだったのだろうか。

そんなことを思いながら、また口を開いたクライドに目を向ける。


「それで、ウィルは無理に聞き出さなかったのか?」

「人を好きになること自体が悪いわけじゃないと、理屈を言われたんだ。たかだか恋人程度の俺が、アンナに言い寄る男をぶん殴る権利なんかないって。それをしていいのは、アンナの家族のハンスだけだと言われて、グウの音も出なかった」

「う〜ん、まあ、ハンスの言う事も一理あるかも知れないが……。んで? おまえは、それで納得して引き下がったのか?」

「いや。結婚して家族になると大見得切って、指輪を発注した」

「おう……。可哀想に」


結果的に会っても貰えない現状に対する同情か、半ば冗談めかしたクライドの言い方に、クリスは思わず笑った。

ウィルも笑いだし「滑稽だな」と、笑い声に自嘲の言葉を紛らせた。

だが直ぐに、ウィルは笑みを苦笑いに変えた。


「もう少し早くそうしてればよかったって、あとで後悔した」

「そうだな。アンナに言い寄ってた連中も、さすがに人妻となりゃ諦めもついたろうしな」

「いや、それもそうだが、それだけじゃなく。指輪なんか待たずに結婚してれば、あの日自体がなかったかも知れない」

「その話、事故の直前だったのか?」

「ああ。だから直ぐに結婚してたら、結婚式だなんだと忙しくなって、ハンスも深層に行くとは言わなかったろうから、あれは、避けられた事故だったかも知れない」


迷宮に行かなければ避けられた事故。

もしあの事故の前にウィルとアンナが結婚していたら、確かにあの事故当日、ハンスは迷宮どころではなかっただろう。

そしてあの事故さえなければ、ハンスは死なず、ウィルとアンナは結婚して、ウィルがシラー傭兵団を離れることもなかったろう。


ウィルに出会えたのは、あの事故があったからだ。

改めてそう思い、クリスは運命という言葉を脳裏に浮かべる。

自分たちにとってウィルに出会えたことは幸運だが、ウィルにとっては必ずしもそうとは限らないのだと思う。


気まずいような、申し訳ないような、なんとも言えぬ感情を持て余し、クリスはテーブルに目線を落とした。

話の合間に喉を湿らすのか、グラスに手を伸ばしたクライドの、そのグラスが空であることに気づき、クリスは手近にあった酒瓶を取って酌をした。


「お、ありがとなクリス」


その酌を快く受けながら、クライドは注がれる酒から目を離さずに唐突に言った。


「あの事故は、本当に、事故だったのか?」


シンと酒場から物音が消えたような感覚に、クリスは身を固くした。

ウィルもわずかに目を眇め、クライドを真剣に見据えている。

しばし、それぞれがクライドのその重たい言葉を落とし込むように、沈黙する。

ややあって、またクライドが口を開いた。


「あいつ、貴族の私生子かなんかだろ? 傭兵王子なんて言われてたほどの見事な金髪と完璧に整った容姿だ。どう見ても、貴族の血を引いてそうだったろ?」

「俺も、出会ったときかから、そうは思ってたよ」

「なら話が早い。後継者争いか何か知らんが、あいつは命を狙われてたんじゃねぇか? ハンスはおまえの酌以外、他のヤツの酌は一切受けなかったろ? パボの店でしか飯は食わねぇわ、開けたばかりのボトルの酒すら他人に酌されるのを嫌がるわ、今となっちゃ、毒を警戒してたとしか思えねぇ」


酌を受けないという情報もだがハンスの容姿を聞き、そうだったのかと、脳裏にはアンナの容貌を思い浮かべる。

アンナも貴族の令嬢と言われれば、素直に信じられるような容姿をしている。


私生子かと、クリスは忌々しい気持ちでその言葉を酒で流し込むように飲み込む。

望まれぬ生を受けた者がどんな扱いを受け、どんな目で見られるか、それはクリスもよく知っている。

そして、どんな危険がその身に降りかかるかも、身をもって知っている。


だが今は、目の前の会話の方が重要だと、クリスはウィルに目を向ける。

ウィルは肩をすくめ、軽く首を振りながら言った。


「もしあれが事故じゃなく、故意に引き起こされたもんだったとしても、狙いがおかしい」

「狙い?」

「うん。もし故意に人を狂わせることが出来てハンスを殺したかったなら、最初から俺を狂わせればいいんだ」


クリスはポカンと頭を殴られたような衝撃を受けて呆然とした。

言う通りだと思う。

ウィルが対人に特化した剣を使うと、聞いたばかりだ。

クライドも驚いたようにウィルを見て、納得したように大きく頷いた。


「そうだな。ハンスを殺るならおまえを狂わせた方が遥かに話が早い。ということは、やっぱりあれは、魔物にやられたってことなのか?」


クリスよりもハンスたちのことをよく知るクライドが、まだ疑問を呈する。

ハンスが死んだのが事故だったとは、クライドには思えないのかも知れない。

それに、実際のところ、ウィルはあの事故をどう思っているのだろうか。


クライドの問いに対するその答えを期待して、クリスはウィルを見た。

だがウィルは答えることはせず曖昧に苦笑いに答えを濁し、黙ったまま酒を飲み干した。




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