38.R トリス傭兵団の鍵師
ウィルが部屋を出ていくと、それを待ったわけではないだろうが、クリスが声をかけてきた。
「なあ、クライドって、マルタ傭兵団のヤツだろ?」
「うん。今朝会った人だよ。KKって呼ばれてる人。知ってる?」
「ツラのいい剣士だろ? 聞いたことあるけど、どうだった?」
「顔? ハンサムだったよ。ガラが悪かったけど」
「そりゃあ、お上品な傭兵の方が少ねぇだろ」
カラカラと笑うクリスを見やり、レフも笑いながら頷いた。
レフの知る傭兵は多くはないが、その少ない人数の中でガラが悪いと思うのは、クリスと今日会ったばかりのクライドだけだと、レフは笑みを広げてニンマリする。
レフの育った裏路地には、それこそ、たんまりとガラの悪い人間たちがいた。
それも、クライドやクリスがちょっと粋がった子供に見えるくらいに、ガラばかりか人としても問題だらけのロクデナシが多かった。
レフの育ったところでは、まともな人間を見つけるほうが難しいくらいだった。
そんな環境で生きてはきたが、レフはあまりその影響を受けなかった。
敢えてガラが悪いように装って、強さを誇示するような真似をするメリットが、レフにあるとは思えなかったのだ。
レフと同年代か少し年上の子供たちの中には、偽悪的に振る舞い己を少しでも強く見せようと虚勢を張る子供もいたが、それで良い思いをしてるところをレフは見たことがない。
実力が伴わない偽悪など役に立たないばかりか、本物の悪党に利用され使い捨てられるのがオチだった。
実際そうなった子供たちを横目に見ながら、レフは極力目立たない生き方を選んだ。
レフは鍵開けの技術を持っていたが、それは、そもそも存在を消してこそ生きる技術だ。
衆に目立つようなことは避け、罪なき無力な子供だと思わせる方がレフにとって安全であり、得だったのだ。
だからといって、レフが自己主張をしたくなかったわけではない。
理由はレフ自身にもよくわからないが、自分の存在を周囲に認めてもらいたいと常に思っていた。
それが今、唐突に叶えられているとレフは気づいた。
あれほど望んでいた頃は全くその願いは叶えられず、死を望むほどに追い詰められたそのときから、急激にレフの環境は変わった。
その変化はウィルが来たときから始まって、迷宮でウィルに教えられた弓の射出技術に支えられ、更には先の未来にまで明るい希望を抱かせる。
「クリスはさ、明日の迷宮行き、楽しみじゃない?」
ウィルが飲みに行くと聞いて自身も飲みたくなったのか、酒を飲み始めたクリスがそれでも機嫌が良さそうなのを見てレフは問いかけた。
クリスは軽く目を見開いてレフを見て、だが直ぐに笑顔になって答えた。
「楽しみだ。もしまた明日も1階をうろつくって言われても、それでも楽しみだ」
「1階でも儲かるもんね」
「儲けはまあ、いいんだけどよ。なんだろなぁ、迷宮に行くこと自体が楽しいのか、戦ってるのが楽しいのか……。よく分かんねぇけど、とにかく楽しみだ」
楽しみな理由をクリスは「分からない」と言ったが、本当は分かっているのではないかと、レフはまたニンマリ笑った。
仲間が一緒だからだ。
多分、理由はそれだとレフは思う。
ウィル以外は今までも一緒にいた仲間ではあったのだが、アーロンに与えられた人員というの意味合いが強かった。
文字通り、ただのパーティメンバーだった。
だが今は、命を預け合い守り合う本当の仲間になれたように感じられる。
だからこそ、そんな仲間たちと一緒にいることは、きっととても楽しいのだ。
「おまえやリラの援護をアテにしながら戦うのも慣れてきたしな」
そんな嬉しがらせを言うクリスに、レフは満面の笑みで頷いた。
「おいら、もっと上手く援護できるように頑張るよ!」
「おう、まあほどほどにな。ゆっくりやれ」
クリスも笑顔を返しながら、酒を瓶から直接飲んで直ぐに口から離す。
そのまま下ろした酒瓶を見下ろして、逆さに振って苦笑いする。
「なんだよ、これで終いか」
レフに言うでもなくそう言って、クリスは窓を見やる。
その視線を追ってレフも窓を見て、まだ雨は降っているのだと思う。
「買いに行く?」
「そうだな。雨降ってっから面倒くせぇが、ついでに、夕飯買ってきちまうか」
「うん!」
レフが来るのが当たり前のようなクリスの口調が嬉しくて、レフはまた満面の笑みで大きく頷いた。
以前のクリスなら、何も言わずに一人で酒だけ買いに出ていただろう。
そしておそらくは、夕飯も食べ酒も外で飲んでくる。
それが当たり前だったし、それで特に問題も不満もなかった。
レフやリラは居ても居なくても、クリスには大差なかったのではないかと思う。
だが今は全く違う。
「散歩好きなワンコロみてぇだな。雨の中出るのに、何がそんなに嬉しいんだか」
「えっ? だって夕飯はクリスの奢りなんでしょ?」
「なに!? そうだったのか? ちきしょう、なんだかハメられた気分だな」
「いいじゃん、いいじゃん、行こうよ」
クリスの手を引っ張れば、そのまま振りほどくでもなく苦笑いして付いて来る。
嬉しさに胸を張り、クリスを引っ張ったまま廊下を闊歩する。
そのまま建物の外に出ると、眼の前に人がいた。
驚いて立ち止まると、クリスもそれに気づいたらしく足を止める。
その人は、傘に隠れて顔がよく見えないが、クツの大きさや傘を持つ手の節から男だろうと思われた。
「ここに、ウィルフレッド・ヴェスナーが入団したって聞いたんだけど、今、居るかな?」
男にしてはやや高めの、抑揚が乏しい静かな声だ。
傘を少し上げてこちらを見やってきた瞳は深い緑で、髪はどうやら銀髪だ。
貴族かと、レフは一瞬身構えた。
マルセルの関係者が、迷宮差止めを進言したウィルに仕返しにきたのかと咄嗟に思ったのだ。
だが、どうやら違ったらしい。
「以前シラーで一緒だった、鍵師のイヴァルという者だけど、ウィルに渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの?」
「うん。直接本人に渡したいんだけど、留守?」
淡々と紡がれる言葉は相変わらず抑揚がないままで、殆どその言葉の中に感情のゆらぎのようなものが感じられない。
レフとクリスの警戒などはどこ吹く風で、表情にもなんの感情も見られない。
珍しい人だとレフは眉根をよせた。
大抵の人は、隠していても少しは内面の感情が顔の表情や声の調子に現れるものだ。
だがいくらレフが注意深く見ても、眼の前のこのイヴァルという名の鍵師からは、ほんの僅かも感情らしい感情が感じられない。
「君たちは、ウィルのパーティの人?」
重ねて問いかける声にも表情にも何の変化もなく、クリスもそれを怪訝に思うのか、伺うような様子のまま口を閉ざしている。
レフも簡単にウィルの居場所を口にして良いものかも分からず戸惑っていると、またイヴァルが口を開いた。
「初対面は苦手で、気を悪くさせたならゴメンね。それで、ウィルはパボの店かな?」
「いや、それは分かんねぇけど、飲みに行った」
「飲みに行ったなら、パボのところだろうね」
どうして外に出ていると分かったのだろうと、レフは首を傾げた。
まだレフたちは、留守とも留守じゃないとも、答えていない。
そんなレフの様子を目に止めたイヴァルが、初めて笑みのような表情を顔に浮かべた。
「ウィルが留守かと訊いたときに、君たちの目がパボの店がある方向を向いたから、そう思ったんだ。それにウィルはパボが大好きだからね。子供の頃、クマでも飼っていたのかも知れないね」
パボの顔を思い出し、思わずレフは吹き出した。
クリスも笑い出したところを見ると、クリスもパボがクマに似ていると思ったのだろう。
イヴァルもようやく、それとハッキリ分かる笑みを見せた。
「ウィルは1人で飲みには行かないから、誰かと一緒だよね?」
「クライドさんと飲むって言ってた」
少し警戒を緩めてレフが答えると、イヴァルはゆっくりと頷いた。
「ありがとう。行ってみるよ」
「あ、待って! おいらたちも一緒に行っていい? お酒買いに行くとこなんだ」
「勿論。どうぞ」
仕草で促され、レフはイヴァルの隣に並んだ。
クリスは2人の後ろから来ることにしたらしく、むしろ半歩下がるように体をずらした。
レフもだが、クリスもまた、イヴァルを警戒しているのかも知れない。
どうにもこのイヴァルという傭兵は分かりにくい。
表情が乏しく感情の起伏がないせいだろうが、初対面は苦手と言いつつ、冗談を言ったりもするのだ。
掴みどころのない人だと、レフは僅かに肩をすくめる。
危険な人には見えないが、勝手にウィルの居場所を教えてしまって良かったのか、まだ気にかかる。
それにと、レフはチラリと横目にイヴァルを見た。
本人にしか渡せない物とはなんだろうと思う。
見たところ、手には傘以外に何も持っていない。
ポケットに収まるような、小さなものなのだろう。
見つめていたことに気づいたのか、イヴァルがチラリとレフを見た。
「気になる?」
少し悪戯な笑みが顔に現れる。
もしかしたら、少し気を許してくれたのかも知れないと、レフも笑顔で応じて頷いた。
それに更にイヴァルが笑みを返してくれて、レフは少しホッとする。
イヴァルは本当に初対面が苦手なだけなのかも知れない。
そう思っていたところに、イヴァルが聞き捨てならないことを問うてきた。
「君たちはウィルから、3年前のことを何か聞いている?」
イヴァルがウィルに渡したい物は、3年前の事故に関わりのあるものなのだろうか。
思わず立ち止まってしまったレフに合わせるように、イヴァルも立ち止まった。
そして視線をレフからクリスに移し、問いに答えを待つように僅かに首を傾けた。
クリスがしかたなくと言った様子で、いつもより重く口を開く。
「あんまり、リーダーは話さねぇけど。右手で剣を持てなくなったって、聞いた」
「右肩、酷い怪我だったからね。でも、今も剣を持てないんだとしたら、精神的なものだろうね。完治しないような怪我でもなかったから」
「事故のとき、あんた、一緒だったのか?」
「戻って来たウィルたちを迎えたときに傷を診て、止血の手伝いをしたから」
「怪我、そんなに酷かったんだ……」
「そうだね。でも本人が痛みを感じている様子はなかったよ。魂が抜けたように呆けていて、声をかけても反応がなかった」
「……この話、おいらたちが勝手に聞いて良かったのかな?」
レフは思わず口に出して眉をよせた。
精神が受けた大きなショックは、きっとまだウィルの中にある。
それが証拠に、ウィルはまだ右手で剣が握れない。
それを知っておくことは、今の仲間であるレフからすれば、きっと悪いことではないとは思う。
だが、ウィルがそれをレフたちに知られたくないと思っていたら、これは聞かない方が良かったことではなかったろうか。
「もしウィルに叱られたら、イヴァルが聞きもしないのに勝手に話をしたんだと、そう言っていいよ」
淡々と、また特に感情の揺らめきを感じさせない声でイヴァルはそう言いながら再び歩き出す。
イヴァルに並びながら顔を見上げて、レフは思わず苦笑いした。
イヴァルの表情は、またも何の感情も感じられない無表情で、概ね、どんなことでも大したことではないように感じさせる。
そしてまた、その無表情にふさわしい淡々とした口調でイヴァルは言う。
「迷宮から戻った時のことをウィルは覚えていないと思うよ。死者に心を持っていかれたように生気を失っていたからね」
「……あんた、何で俺たちにそんな話をするんだ?」
「さあ、何でだろう。君たちが、ウィルの心配をしているように見えるからかな」
イヴァルの意図を図りかねたのか、少し尖った声を出し表情を険しくしたクリスが問う。
それにも無表情に答えを返したイヴァルだったが、少し間を開けるとわずかに眉を寄せるような表情を見せた。
「余計なお世話……だったかな?」
まるで自分に問うように小声でつぶやき、首を傾げる。
そうして、イヴァルは直ぐにまた表情を消し、レフに視線を戻す。
「君たちが、何か情報が欲しいと思ったら、トリス傭兵団に尋ねてくるといいよ」
「トリス傭兵団? シラーじゃないのか?」
「今はトリスに居るんだ。トリスは傭兵団というより情報屋の集まりのようなものだから、きっと、君たちの知りたいことに応えられると思うよ」
「えっ? タダで?」
情報は高い。
そんな認識を持っているレフの口から、驚きと疑問が口をつく。
その問いに、イヴァルの顔にまた笑みが浮かぶ。
「モノにもよるね。でも君はまだ子供だから、割引を適用するよ」
錯覚かと思うほど素早く、イヴァルはレフに片目を瞑ってみせた。
そしてさっさとレフたちに背を向けて、パボの店に入ってしまった。
イヴァルの話に気を取られているうちに、いつの間にか店に着いていたのだと、ようやくレフは気がついた。
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名前:イヴァル
年齢:不明
性別:男性
呼名:イヴァル
名字と年齢を本人が明かさないため詳しいことは不明だが、
銀髪は庶民には珍しく、貴族だろうと目されている。
地下20階発見時、ルシアーナパーティの鍵師として同行していたため、
ハンスやウィルとは同年代と思われるが、華奢な体躯のせいか若く見える。
3年前の事故直後、シラー傭兵団からトリス傭兵団に移籍した。




