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大迷宮の闇  作者: 文弱
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36.L リラとアンナ



クリスとレフがシラー傭兵団のことを話すのをなんとなく聞きなながら、リラは食事の後片付けをした。

同時に、これから礼を言いに行こうとしているアンナのことを考えた。


アンナはいつから傭兵をしているのだろう。

マリ傭兵団にニキータが連れてきて、初めて傭兵になったのだろうか。

そもそも、なぜアンナは傭兵になったのだろう。


リラとレフが助けられた日も、ニキータパーティは地下16階に行こうとしていなかったか。

そんなことを、翌日アーロンが言っていた筈だ。

地下16階は、3年前の事故が起きた下層階だが、これが単なる偶然とは思えない。

アンナとニキータは、なぜ地下16階に行こうとしているのだろうか。


洗い物に濡れた手を拭きながら、リラは首をかしげた。

区切りをつける、若しくは墓参りのようなものかも知れない。

残されたアンナが、家族の死んだ場所に行ってみたいと願うのは可怪しいことではない。

だがそこに行くためには、傭兵になるしか方法がない。

だからアンナは傭兵になったのかも知れない。


そんなことを考えながら、リラはアンナに渡すために買ってきたお菓子の包を手に取った。

あまり沢山ではないが、今までのリラの財政状況からすれば、十分に高価な菓子だった。


「あの、私、アンナさんの部屋に、行ってきます」


クリスとレフに声をかけると、二人はリラに笑顔を向けた。


「おう」

「おいらの分も、アンナさんにお礼伝えてね」

「うん」


頷いて答えて廊下に出て、リラは口の端を笑みの形に曲げた。

クリスともレフとも、以前にはなかった親しさで話ができることが嬉しくて仕方がない。

ほわほわと心が温まり気持ちが和らぐのを感じる。


だが、それもアンナの部屋の前に来るまでだった。

急にリラは緊張した。

なんと言えばいいだろう。

お礼だけ言って、菓子を差し出せばいいのだろうか。

お礼に限らず、リラは誰かの部屋や家を訪問したことは一度もないのだ。


ノックをしようと軽く上げた手が震える。

そっとドアに手を当てたが、ノックと言うにはあまりに小さな音で、それはリラの耳にも辛うじて届く程度の音だった。

これではいけない。

それは分かるが、リラの勇気が限界を訴える。


魔物に会うより人に会うほうが怖い


どこかでそんな言葉を聞いたような気がすると、リラはドアの前で固まったまま記憶を探った。

確か、ニア・ハルマイルに来た日だった。

どこに行けばいいのか街を彷徨っていたときに、誰かがそんなことを話していたのが漏れ聞こえたのだ。


おまえも傭兵だねぇ


その言葉に答えた人の「傭兵」という職業に、そのときリラは惹かれたのかも知れない。

人が怖くて仕方のなかったリラが、人より怖くないという魔物と戦うことを選んだ瞬間ではあった。


だが今、アンナの部屋の前でそんなことを思い出しても役には立たない。

唇を軽く噛み、リラは意を決して手を振り上げた。

ドアを叩こうと、それを振り下ろそうとした瞬間、リラの手首を後ろから誰かが掴んだ。

驚いて振り返ると、そこにはニキータパーテイの魔術師ロッソの姿があった。


ロッソはひょろりと細いが背の高い男である。

上から睨むようにリラを見下ろし、不機嫌そうに眉をよせている。

リラは恐ろしさに震え上がった。

胸に抱き込んだお菓子の箱が、リラの震えに合わせてカタカタと鳴る。


「アンナさんに、何か用か?」


刺々しく、不機嫌な声でロッソが問う。

お礼を言いに来たと、答えようと口を開くが、緊張と恐怖に喉が張り付いてしまったように、声が出せない。


「おまえんとこのリーダーに頼まれて来たのか?」


リラは何も言えぬまま、慌てて首を振った。

それをどう思ったのか、ロッソは益々眉間のシワを深くして、鋭い舌打ちをした。


「こんな小娘よこして油断させやがって、どうせ、その中に手紙でも入ってんだろ」


リラの手首を掴んでいた手を離し、ロッソはリラが胸に抱き込んでいたお菓子の箱に手を伸ばす。

自由になった手も添えて、リラは全身でお菓子の箱を死守するように背を丸めた。


「違います! やめて下さい!」


気持ちは既に泣きそうだが、リラの口からようやく言葉が飛び出した。

だが、ロッソはそんなことで怯んではくれなかった。

リラの言葉を無視して、ロッソはリラの肩を乱暴に掴んだ。


「ロッソ!」


リラの後ろから、アンナの声がした。

振り返ると、開いたドアの向こうに、アンナが険しい顔で立っているのが目に入った。


「貴方、何してるの? 女の子に手荒なことをするなんて、何を考えてるの?」

「あ……。でも、この小娘が、アンナさんの部屋に何か持ち込もうとしてたみたいだから、俺……」


アンナはうんざりしたように首を振り、ロッソからリラに視線を移した。

申し訳なさそうな、困ったような表情がアンナの顔に浮かぶ。


「大丈夫? ごめんなさいね。ロッソはまだ若くて少し乱暴なの。後で叱っておくから、許してね」


リラが急いで頷くと、アンナの顔にはようやく笑みが浮かんだ。


「もしかして、私に会いに来てくれたの?」

「あ、はい。あの、私、アンナさんに、お礼にお菓子を……」

「お礼?」

「はい。私の命を、助けてくださったのは、アンナさんだから、お礼、したかったんです。私、生きてて、良かったって、今、思えてて……」


アンナの顔が更に優しい笑みに包まれ、リラは呆けたように見惚れた。

だがアンナは直ぐにその笑みを引き、ロッソに向き直る。


「ロッソ、後でお説教だからね。覚悟してなさい」


そしてリラに向き直る。


「さあ、リラ、入って。私の大好きなお茶をさっき買ってきたばかりなの。一緒に飲みましょう」

「え、でも……」

「お菓子を持ってきてくれたのでしょう? 一緒にお茶にしましょうよ」


アンナに促されるまま、アンナの部屋に入る。

室内は簡素だが、壁も家具も白と青を基調にして清潔で爽やかな印象がある。

勧められたソファに腰を下ろすと、その正面の椅子にアンナが腰を下ろした。

そして今気づいたという風に小首をかしげた。


「もしかして、これから迷宮に行くところだった?」

「? いえ、今日はお休みで……」

「じゃあ、どうしてローブを?」


リラはアンナが何を言いたいのか理解した。

ローブは魔道士たちの戦闘服だ。

剣士が軽鎧を着たり、大盾使いが重鎧を着て、迷宮ではなく他人の部屋や家を訪うのと変わらない。

リラは一気に顔が赤らむのを感じた。

これ以上に良い服は持っていないのだと、口に出すことが恥ずかしくて出来ない。


「……ごめんなさい。無神経なことを聞いたわね」


だが、アンナはリラの態度から察したらしい。

申し訳無さそうな口調に、むしろリラが申し訳無さを感じ、急いで顔を上げた。


「わ、私、家に居た頃から、良い服は、持ってなくて、傭兵になってからは、何も、できなくて、ずっと、服を買うとか、出来なくて…」


リラは説明しようとしたのだが、途中でそれに失敗したことに気づいた。

これでは、同情を買おうとしてるように聞こえてしまう。

リラが伝えたいのは事実だけなのだが、それを正確に説明すると、人の同情を引くような事実しか出てこない。

自然にうつむき、リラは両の手を握り込んだ。

少し戦えるようになったリラだが、まだまだ人付き合いはまともに出来ないと、リラは自己嫌悪に唇を噛む。


「私が無神経だったのよリラ。心配しないで」


ギュッと結んだリラの手を、テーブル越しにアンナが温かい手で包んだ。

そして、アンナは急に明るい声で言う。


「私の兄さんが、とても有名な傭兵だったの、リラも知ってるでしょう?」


何を話し出すのかと、自然にリラは顔を上げる。

顔に柔らかい笑みを乗せたアンナと目が合う。

アンナはそれを合図のように、再び口を開いた。


「だから何でも出来る人のように思われていたけど、とてもだらし無い人だったのよ。私が着替えを用意するまで、何日でも同じ服を着続けてしまうくらい、身の回りのことはいい加減だったの」

「そう、だったんですね…」

「そうなの。本当に手のかかる人だったから、あれじゃ、お嫁さんが苦労しちゃうって、何度も思ったわ」

「それは……、アンナさんがいたから、甘えちゃったんじゃ……」

「そうかも知れないわね。でもデートに行くときですら、私に言われなきゃ着替えもしないような人だったのよ。呆れるでしょう?」


口の中にまろやかな笑い声を転がしたアンナを見ながら、リラは思っていた。

アンナは、ハンスのことを過去の人として話す。

ウィルが、今もまだいる人のように話すのとは、少し違う。

アンナの中で、兄ハンスの死は整理出来ているのではないだろうか。


「何を言いたかったのか、分からなくなっちゃったわ」


半苦笑いしてアンナは笑い、まだ包んでいたリラの手を、そっと持ち上げてキュッと握った。

兄の死に対する哀しみはあるだろうし、まだ辛い時も苦しい時もあるだろう。

だが兄の死を受け入れ、事実として心のどこかで区切りを付けているような気がするのだ。


「ともかく、リラにそのローブはとても似合ってるし、ローブとお揃いのリボンも可愛いし、リラはセンスがいいって言いたかったの。あるものを上手に着こなせる女性はとても素敵よ。ないことを恥じないで」


自分の中で哀しみをやり過ごし、リラにまで気遣いを見せるアンナは、とても大人に見えた。

テーブルの上にリラの手を戻し、お茶の支度をしながら、アンナは更に口を開く。


「兄さんのように幾ら服を持っていたって、ちゃんと自分で管理できなければ宝の持ち腐れよ」

「あの、ごめんなさい。辛いのに、お兄さんの話を、させてしまって……」


本当に申し訳なく感じながらリラがそういうと、アンナは柔らかい笑顔を見せる。

そうしてリラに良い香りのするお茶を差し出しながら言った。


「そんなことないわ。聞いてくれてありがとう。私は誰かに、兄のことを話したかったんだと思うわ」


初めてアンナの顔に、寂しげな表情が浮かぶ。

リラは無意識にアンナの手を取った。


「あの、私で良ければ、いつでも、話、して下さい」

「え? 本当に?」


アンナの表情が一瞬で明るくなる。

リラが取った手を逆に握り返しながら、アンナは嬉しそうに笑った。


「ありがとう、嬉しいわ。ねぇリラ、良かったら、私と友達になってくれないかしら……」

「えっ……とも、だち?」

「ええ、友達。……あ、でも、年も違うし、イヤ……かしら?」


アンナの表情が不安そうに揺れる。

リラは急いで首を振った。


「う、嬉しいです! 私、友達って、いなかったから……」

「私も女の子のお友達って初めてで……。どうしよう、とても嬉しいわ」


抱きついてきそうなほど、アンナはソワソワと椅子の上に腰を浮かせた。

子供のようなそんな仕草に、思わずリラは笑い出しそうになる。

自然に笑みが浮かんだリラを見て、アンナは益々嬉しそうに言う。


「これから一緒に食事しに行ったり、買い物に行ったりしましょうね。良かったらこれからでも……」


言いかけて、アンナはしょんぼりと椅子に掛け直した。

何があったのかと、アンナが見た方向に目をやり、リラは小さく「あっ」と声に出した。

さっきまではあんなに晴れて明るかった空が、どんより曇って暗くなり、雨が降り出している。


「あの、これから、いくらでも、一緒に……」


アンナを宥めるようにそう言うと、アンナはまた顔を輝かせてコクリと大きく頷いた。


=================================


名前:アンナ・ルシアーナ

年齢:23

性別:女性

呼名:アンナ


物心ついた時には7つ年上の兄ハンスに育てられていて、両親のことは何も知らない。

メタの街の街外れに家があり、子供二人が暮らすのに困らない程度の資産があった。

アンナが11歳の頃、ハンス(18)がウィル(16)を連れてきて、半月ほど3人で暮らしていた。


やがてハンスが傭兵になるためにとメタの家を売り、ニア・ハルマイルに家を買った。

アンナもそこに移り、新しい生活を始める。

ウィルは傭兵団に部屋を与えられそちらに移ったが、週の半分はハンスの家に入り浸っていた。


回復系魔術師のロッソはマリ傭兵団に入団後に知り合ったが、共に回復系であるため、

互いに教え合うことも多く、パーテイの中でも比較的親しくしている。

ロッソが年下(19)で単純な性格でもあるため、弟のように接することが儘ある。



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