35.C 口さがない傭兵
買い物を一通りすませ、傭兵団に戻って料理をするリラを見ながら、クリスはぼんやりと考え事をしていた。
ウィルがアーロンに約束させた個室の話は、まだアーロンから解答がない。
だが、少なくとも2人部屋か3人部屋を用意してくれるだろう。
そうしたら、この狭いながらも仲間を一度に見渡せるこの部屋とはお別れなのだと、クリスはすこし寂しく思った。
傭兵になって5年、クリスはずっとこの部屋に居た。
何人もの傭兵が、クリスのパーティにと連れてこられては、クリスの若さと悪い評判を嫌って出ていった。
あの頃アーロンに適当に連れてこられた傭兵で、今も残っているのはマークだけだ。
その後は、ほぼマークと二人で迷宮に行く日々が続き、1年ほど前、レフが来た。
リラが来たのは、まだ数ヶ月前だ。
ウィルは、この部屋を他の傭兵団は倉庫にしていると言ったが、この部屋にはちゃんと人が生活できる設備らしきものがある。
暖炉ともカマドともつかぬ調理場があり、洗面所ともシンクともつかぬ水場がある。
今の今まで、水を飲み顔や手を洗うことくらいにしか使ってこなかったが、料理もできるのだとクリスは感心しながらリラの手際を見ていた。
次から次へと野菜を切ったり、肉を炒めたり、いつものリラからは想像も出来ないほど滑らかな動きで料理を進めている。
身にしみた動きなのだろう。
使った鍋や味見をした皿などを洗うのも、殆ど同時にこなしている。
リラはどんな家の出身なのだろう。
毎日料理をしていたというのだから、裕福な家の子ではないだろう。
人に遠慮ばかりする臆病な性格から、両親に庇われたり守られたりせずに、むしろ暴力や暴言にさらされて生きてきたのかも知れない。
だから家を出たのかも知れないが、どうして傭兵を選んだのだろうと、リラの動きを見ながら漠然と思う。
レフの鍵を開けられる特技などは、傭兵でもなければ盗人くらいしか使わないだろうから、レフが傭兵になったのはまだしも分かる。
だがリラは、ウィルに教えられたからこそまともに魔法も撃てるようになったが、その前のリラは本当に戦闘力などないに等しかった。
もちろん、戦闘後に魔晶石を採る技術などもなかった。
だが、リラがいてくれて良かったと、できたての料理の匂いを吸い込みながらクリスは思う。
迷宮で食べたスープも美味かったが、今作っている料理も美味そうだ。
鼻をスンスンと鳴らして匂いを吸い込む。
美味そうだと、リラに声をかけようと口を開く。
「うわぁ! 美味しそうな匂い!」
ちょうどドアを開けて入ったきたレフが、明るい大声で言う。
また先を越された。
そう思いながらクリスはレフの後ろを伺った。
直ぐにウィルが入ってくるだろうと思ったが、そのままレフはドアを閉める。
「レフ、リーダーは一緒じゃないのか?」
「ご飯食べてていいって、クリスとリラに伝えるように言われから、先に帰ってきた」
「マルタ傭兵団で何かあったのか?」
「ううん。シラー傭兵団で、なんか、感じの悪い人に会ったんだ」
レフの説明を聞いているところに、リラが料理を運んでくる。
団長室から衝立を奪ってきたときに、応接のテーブルも持ち出してきたのがさっそく役に立つ。
テーブルに並べられた料理は床に並べるより見栄えがするのも確かだが、それを差っ引いても盛り付けは綺麗で、高級そうな料理に見えた。
そして何より香りがいい。
「リラ凄いね! なんか高級料理店の料理って感じだ!」
「口に合うといいけど……」
「大丈夫! 絶対に美味しいよ! いただきます!!」
早速食べ始めたレフに、リラを褒めることでは遅れを取ったが、食べることでは遅れは取るまいと、クリスも急いで食事を開始する。
先日の迷宮ではレフとマーク、そしてウィルの3人にスープのおかわりをしっかり食われてしまい、クリスは十分に食べられなかったのだ。
だが今日は急ぐ必要はない。マークもいないし、予定していたウィルもいないのだ。
ゆっくり食事を進めながら、何気なく思い返してクリスはレフに問いかけた。
「感じの悪い奴っで、どんな奴だったんだ?」
「なんか、嫌なものを見てる態度っていうのかな? 下町に視察に来る貴族たちが見せるような、近づきたくないって感じの態度」
「ふぅん、3年前の事故のせいだろうが、随分冷たい態度だな。あの団長は、団員がウィルにそんな態度してるって、知ってるのかな?」
「シラー団長?」
「ああ。この間会った時は、すっげぇいい団長に見えたんだよ。ウィルのことも大切に思ってるっつーか、帰ってきてほしそうだったしな」
クリスの言葉にレフが深く頷く。
そしてまた首を傾げてレフは言う。
「3年前の事故をリーダーだけのせいにするのはオカシイよね」
「当然だ。そりゃリーダーはハンスを斬ったかも知れないが、既にハンスは2人も殺してたんだぞ? ニキータは3人目の犠牲者になるとこだったし、ウィルは怪我をして、もう双剣の剣士とは言えなくなっちまったんだ。本当なら、ニキータよりもウィルの方が被害者だ」
「うん。でもリーダーは自分を責めてるし、哀しみとか消せてないよね」
「そういうもんは消えることはねぇだろうが、時間と共に薄れはすんだろうから、後は時間任せじゃねぇか?」
「そうだね」
レフが思いの外強い口調で同意して、手元に視線を落とした。
その様子をみやり、クリスはもしかしたらと、ふと思う。
レフに毎日鍵開けをやらせたという、レフ言うところの悪い人だけど怖くない人は、既に故人かも知れない。
レフがニア・ハルマイルに来たのは、おそらくはレフの育ての親のようなものだろうその人が、何らかの事情で亡くなったからではないだろうか。
レフに尋ねようかと思ったが、クリスは口を閉ざした。
もしクリスの思う通りなら、レフがその人を失ったのは、レフが傭兵になった1年ほど前のことだろう。
心の傷や喪失感がなくなるには、まだあまりに日が浅い。
レフのような子供や、リラのような少女が傭兵になる理由は、そもそもまともなワケがないのだ。
無遠慮に尋ねて、二人を傷つけてはいけないだろう。
クリスも家族のことは聞かれたくない。
クリスは意図的に話を戻した。
「これは俺の感覚なんだけど、ウィルはシラー傭兵団で皆に好かれてたんだろうって、勝手に思い込んでたんだよ。シラー団長はウィルを息子みたいに見てる感じだったし、他の団員も、兄貴とか、仲間よりももうちょっとだけ近い存在みたいに見てたんじゃないかって、なんとなく、思ってたんだ」
「うん、分かるよ。おいらも、リーダーって兄貴か、時々ちょっと弟みたいに見えるなぁって、思ってた」
「弟って……。さすがにそれは言えねぇわ」
「え、なんで? リーダーちょっとお人好しで、心配なとこあるじゃん?」
「いやまあ、そうだけど、弟ってことはねぇだろ。まあいいや、とにかく、リーダーはなんとなく人に好かれる印象がないか?」
「うん、あると思うよ。でも、おいらが会ったシラー傭兵団の人、リーダーを全く好きじゃないように見えたよ」
「それだ。ウィルは3年前の事故を差っ引いても、そいつが見せたような、嫌な態度取られる人間だと思えねんだよ」
クリスがそう言って口を閉ざすと、レフは腕を組み、首を傾げて考え込むような仕草を見せた。
ややあって、レフは腕組みを解きながら顔を上げてクリスを見た。
「例えばなんだけど、ニキータのパーテイの剣士が狂って仲間を殺して、ニキータがそれを止めるためにその剣士を斬ったら、クリスはどう思う?」
「その例え話だと、俺は、おまえがシラーで会った傭兵の立ち位置だな」
ちょっと小首を傾げて考えたが、クリスの答えは直ぐに出た。
「俺は元々ニキータが好きじゃねぇけど、今まで以上に冷たく接するとか、警戒するとかはしねぇかな」
「だよね。むしろ気を使って、慰めようとするかも知れないけど、あんな風に、あからさまに避けたりしないよね」
「多分な。でもよ、この例え話だと、ニキータの方が俺を避けるかも知れないぜ? あいつも、俺のことなんざ好きじゃねぇだろうからな」
「クリスって、ニキータと仲が悪いの?」
例え話から現実に話が代わり、クリスはバツが悪そうに苦笑いした。
特段ニキータと仲が悪かったということもなければ、喧嘩をしたことがあるわけでもない。
「挨拶したこともねぇってだけで、仲が良いも悪いもねぇよ」
「おいらも、ニキータと話したことない」
「そうだろ? うちのパーテイでニキータと話したことがあるのは、多分リーダーだけだぞ」
「うん。よく分かった。この例え話は成立しなかった!」
「だな。俺らがニキータのこと知らなすぎて、好きも嫌いもなさすぎた」
クリスがそう言うと、レフは少し笑った。
「そのニキータも、シラーを出てきちゃたでしょ?」
「うん、そうだな」
「何でだろう? ニキータは3年前はまだ若かったんだし、きっと皆が慰めたり、気を使ってくれたよね?」
「なんか厭な噂が流れたとか、そんな理由とか、聞いた気もするが……。単に、そういう慰めが煩わしいってのもあるかもな」
「心配してくれるのが煩わしいってだけで、シラー傭兵団を出たりするかな? 一流の傭兵団だよ」
クリスは首をひねった。
確かに、なぜニキータはシラー傭兵団を出たのだろう。
ニキータがマリ傭兵団に移ってきた時、立ち話に、ニキータがシラーで嫌な思いをさせられて退団したと聞いたような気もする。
だがそのときは、クリスは事故そのものにもニキータにも、殆ど関心がなかったのだ。
だからその立ち話の真偽は分からないまま、思ったままを口にした。
「シラー傭兵団の連中は、意外に口さがないのが多いのかな?」
「それだよクリス! 口さがない! それそれ!」
「……何が「それ」なのか分からん」
「だからさ、シラーには口さがない人がいて、あの事故のことをすっごく悪く言いふらしているんだよ!」
「ああ、なるほど」
「ね! だからニキータはいられなくなっちゃって出てきたし、ウィルは3年ぶりに帰ってきたのに歓迎されないんだ!」
なるほどと納得しつつも、クリスは眉を寄せて大きく首を傾けた。
シラー団長は、団員をとても大切にしている団長という感じがしたが、一部の団員を可愛がる傾向でもあったのだろうか。
そういう贔屓のようなことは、自ずと贔屓されない者に面白くない気持ちを植え付け、いらぬ対立を生む。
だが、そうした贔屓にも近い待遇の差は、傭兵団の中ではあってもおかしくない。
傭兵達に充てがわれる部屋が、能力順なのがどこも当たり前なのだから、他にも待遇の差は幾らでも出る。
そんな傭兵達の中でも特別なルシアーナパーティを、他のパーティと同一に考えて常に贔屓なく扱うというのは、むしろ難しいだろう。
中でもウィルは、シラー団長に特別に可愛がられ、目をかけられていたのではないかと思える節がある。
団長室での、親子のような別け隔てのない雰囲気を思い出し、クリスはレフの言ったことを更に深く納得した。
「ルシアーナパーテイのリーダーとサブリーダーがいなくなって、得したと言うか、いい思いするようになった連中とかいそうだもんな。以前はルシアーナパーティのせいで注目されなかった連中とか、密かに嫌ってた奴とかも、シラーには結構いそうだ」
「そこにリーダーが戻って来ちゃったら……」
「せっかくのいい状態がおじゃん、ってことになるな。その他大勢の雑魚傭兵に逆戻りだ」
「おいら、雑魚とまでは言ってないよ」
「でも、そういうことだろ?」
「うん、まあ、そうだね。そういう人たちからしたら、悪口言うとか狡い手を使っても、リーダーが帰るのを阻止したいってなるよね」
ようやく結論が見えたとクリスは苦笑いした。
悪口を言ってウィルの帰還を阻止したい雑魚共が、今のシラー傭兵団にのさばっている。
そういうことなのだと了解する。
そしてその連中は、3年前の事故直後、ニキータを同じ手を使って追い出した者たちなのだろう。
そこでまた、クリスはハタと首を傾げる。
果たしてニキータは、そこまでして追い出したいような傭兵だろうか。
剣士だというのに治癒師のハンスに追い立てられ、命の危機に陥っていたところをウィルに助けられたのだ。
確かにハンスは腕も立ったとウィルは言っていたが、曲がりなりにも剣士を名乗るのだから、治癒師に剣の腕で劣るなど、クリスだったらプライドが許さない。
同年代の剣士であるクリスから見れば、ニキータは情けないほど無力に思える。
その上、口さがない傭兵達の悪口に負けて逃げてきたなら、なおさら情けない。
あまり見たことがないニキータの顔を、薄らぼんやりと思い出す。
ちょうどそのとき、洗い物を終えたらしいリラが、アンナにと買ってきた菓子を手に取るのが見えた。
クリスの脳裏から、ぼんやりとしか思い出せなかったニキータの顔は、一瞬で姿を消した。




