33.W パーティリーダー
マルタ傭兵団を出しなに、ウィルはこれからシラー傭兵団に寄るとレフに告げた。
しかし予定にない場所に寄る理由はだらしのない理由で、苦笑いが自然に顔に貼り付く。
「この間、賄賂の剣を二人に渡すのに気を取られて、他の荷物を取ってくるのを忘れたんだ」
「行きたい! おいらも行っていい!?」
「勿論いいよ。一緒においで」
だが思いの外レフが目を輝かせて同行を願い出たために、むしろウィルは、荷物を忘れてよかったとさえ思う。
苦笑いは直ぐに笑みに変わる。
それをチラリと見上げたレフが笑いながら言う。
「リーダーはさ、気持ちが直ぐに顔に出るタイプでしょ?」
「……よく言われる。甥っ子に言われてガックリしたこともある」
「仕方ないよ。子供はよく見てるもんだもん。リーダーみたいに感情が顔に出たら、直ぐに気づくよ」
「そうか……。なんだか情けない気持ちになってくるな」
「どうして? リーダーに限らないよ? 子供ってさ、大人のこと本当によく見てるんだよ? よく知らない大人は、自分を守ってくれる側の人か、それとも子供を虐げたり利用する側の人か、よく見極めないと危ないからね。それから機嫌の良し悪しも見逃さないようにしないと、オイシイこと逃しちゃったりもするから、そっちも大事」
無邪気な笑みでそんなことを話すレフの生い立ちは、安全とは縁遠いものだったのだろう。
毎日の鍵開けの練習、幼い頃から生きる術を重点的に教えられる環境は、ウィルが育った環境とはあまりに違う。
ウィルは母親とはあまり上手くいっていなかったが、それでも衣食に不安を覚えたことなど一度もなく、安全を疑ったこともなかった。
兄たちに口うるさく言われることがあっても、理不尽に暴力を振るわれるようなこともなかった。
一人で生きることの大変さと安全の不確かさを思ったのは、家を出てからだ。
時にひどく大人びて見えるレフに、ウィルは感心して言った。
「レフはしっかりしてるな」
「おいらくらいは普通だよ。裏路地育ちの子供の中には、おいらよりずっと狡っ辛いのがゴロゴロいたよ」
レフよりしっかりした子供というのは、もはや想像すら出来ないと、ウィルは苦笑いして頷いた。
おしゃべりしているうちに、シラー傭兵団の建物の前に二人は辿り着いていた。
勝手を知るシラー傭兵団の扉を開き、レフを軽く促しながら、ウィルは玄関ホールに一歩足を踏み入れた。
ちょうど外に出るところだったのか、傭兵の一人とバッタリ出くわした。
「あ……ウィル?」
「お、久しぶり」
「……今日は、なに?」
「荷物を取りに来たんだ」
「あ、ああ、なるほど、ごゆっくり……」
見知った傭兵の一人だったが、どうも様子が可怪しい。
さほど縁のある相手でもなかったが、ここまで他人行儀に接してくるような男でもなかった。
さっさと立ち去ってしまったその男の背を見送り、ウィルは首をひねった。
「仲の悪かった人?」
「いや、そんなことないが……」
憚るようにレフに問われ、ウィルは反対側にもう一度首を傾げる。
今の様子は、誰が見てもあまり良い関係の相手には見えないだろう。
そこでウィルはハタと気づいた。
3年前の事件の後、ウィルは直ぐにシラー傭兵団を出てしまったため、その後の様子を何も知らないのだ。
マークが初対面のウィルに警戒を見せたように、シラー傭兵団の傭兵たちが、親友を斬って捨てたウィルを恐れ警戒していても何ら不思議ではない。
失念していたとウィルは臍を噛む。
レフを連れてくるべきではなかった。
「レフ、悪いんだが、先に帰ってクリスとリラに、飯を食っちゃっていいと伝えてくれるか?」
「うん。いいけど、リーダーはどうするの?」
「よくよく考えたら、以前の雇用契約の話なんかを団長としとかなきゃいけないし、昼飯に間に合わなくなりそうだ」
「……じゃあ、おいら、先にお昼ごはん食べるけど、リーダーもちゃんと食べてね」
「ああ、ありがとう。せっかく楽しみに来たのに、悪かったな」
「いいよ、また連れてきてくれるでしょ?」
「うん。またゆっくりな」
なにか問題が起きる前にレフを逃したくて嘘をついたが、レフには見抜かれただろう。
レフは人の顔色を読むのが早く、嘘を見抜くのも早い。
そしてさっきの男の、人を疑うような空気をも、レフはいち早く感じ取っていただろう。
だからウィルの嘘に、騙されたような顔をしてくたれたのだろう。
だがこれで、レフを嫌な空気に触れさせる懸念がなくなった。
ホッとすると同時に、クリスやマークと来たときに、他の傭兵に出くわさなかったのは行幸だったと思う。
ウィルにとっては馴染みに馴染んだ傭兵団だが、あんな事件の後も同じ空気のままそこに存在し、ウィルを歓迎してくれるわけではないのだ。
そのことに思い至らなかったことを苦く笑い、ウィルは階段を上がった。
時を経ても変わらずにあるものは、そう多くはないのだ。
ウィルが使っていた部屋は、今もそのままなのだろうか。
もしかしたら、既に違う傭兵が使っているかも知れない。
部屋の前でドアノブに手を伸ばし、しばしウィルは逡巡した。
「ウィル?」
2つほど先のドアが開き、ルーカスが廊下に現れ目を見開いた。
ホッとウィルは息を吐く。
「ルーカス、ちょうど良かった」
「え? 何だ? おまえ、何でここに?」
「荷物取りに来たんだが、この部屋、もう違うヤツが使ってるか?」
プッとルーカスは吹き出した。
「んなわけないだろ。ウィル煩悩の団長が、勝手に使わせるわけないだろ」
「なんだよウィル煩悩って」
「子煩悩のウィル版」
「バカか!」
「でも間違ってないだろ?」
ルーカスの冗談と笑い声に気持ちが楽になる。
ウィルは肩をすくめて見せた。
「認めるよ。団長には昔っから息子のように可愛がってもらってる」
「団長に娘がいたら結婚させられたかもな」
「いなくて良かった。俺、面食いだから」
「知らねぇぞウィル。団長に聞かれたら逆さに吊るされるぞ?」
「ああ、よく団長はそう言って脅すよな。実際やられたことはねぇけど、ガキの頃は怖かったな」
ウィルも笑顔になって応じると、今度は逆にルーカスが眉をよせた。
ポンとウィルの肩を叩き、ウィルの部屋のドアを指して口を開いた。
「ともかく、中に入ろう」
頷いて、部屋の扉を開く。
窓から差し込む光に埃が舞ってキラキラと光ったが、中の家具や荷物は3年前のままだった。
懐かしさに一瞬胸が詰まる。
「酷い埃だな」
だが、ごくごく日常的なルーカスの声に直ぐに我に返る。
「なにか無くなっても拙かろうって、掃除は団長が入れなかったんだが、なにか無くなってるものはないか?」
「パッと見、何も変わってないようで、ちょっとジンとしたよ」
「相変わらずウィルは素直だな」
「そうか?」
「ああ。あんまり変わってなくてホッとしたよ」
テーブルの上の埃をパッと手で払い、ルーカスはその上に軽く尻を乗せ、ため息をついた。
深刻な顔で眉をよせ、口を開く。
「おまえ今、マリ傭兵団にいるんだろ?」
「ああ。アンナに会いに行った成り行きで、そのまま……」
「却って良かったかも知れないぜ。酷な話だが、おまえのことを、よく思ってない団員が結構いるんだ」
ウィルは頷いた。
それも仕方がないことだろうと、すんなりと納得する。
「荷物を持って早々に退散するよ」
「悪いな。俺も、汚名返上しようと頑張ってみたんだが、逆に俺まで悪く言われる始末でな」
「いや、俺の方こそ悪かったな。後始末を全部ルーカスに任せてしまって……」
「そんなのはいいが、結局、ニキータも出て行っちまって、あの事故の生き残りは俺だけになっちまった」
「居心地悪いんじやないか? 大丈夫か?」
「元々ルシアーナパーテイのメンバーだった連中は庇ってくれるし、3年経って、最近は元に戻った感じだ」
でも、とルーカスは言って苦笑いする。
「数日前から、おまえのことを悪く言う奴がまた増えたようなんだ」
「俺が戻ったからか」
「多分な。3年前に何もしないで出てったとか、責任感がないとか、そんなことを言う奴らがいる」
「ルーカス、それは事実だ。下手に否定したりして、お前の立場を危うくしないでくれよ?」
ルーカスはため息を吐き出しながら、フンと鼻を鳴らして眉を寄せた。
小声で「自分の心配をしろよ」と呟いて、ウィルを睨むように目を眇めた。
ウィルも殆ど口だけで「すまん」とルーカスに伝えると、ルーカスは苦笑いして肩をすくめた。
しばし沈黙が落ち、二人の間で舞い飛ぶ埃に光が反射する。
静かだった。
以前はもっと活気に溢れ、うるさいくらいに、誰かの声がいつも廊下に響いているような、そんな傭兵団だった。
「人数、減ったか?」
「ああ。あの事件以降、俺のパーティからも、3人離脱者が出た」
「誰がいなくなった?」
「ロキスとイヴァル、それからニキータの3人だ」
「2人は傭兵を止めたのか?」
「イヴァルはトリス傭兵団に移ったが、ロキスは街を出た」
「そうか……」
ウィルが知らずにいたところでも、事故の影響を受けて変化したものがある。
黙り込んだウィルを気遣うように、ルーカスが少し明るい声で言った。
「しかし面白いもんだな。ウィルと、お互いパーティリーダーとして話をする日が来るとはな」
「そうだな。リーダーなら、俺たちにはハンスがいたからな」
「人数が増えすぎたからパーティを分けるって話が出たことがあったろ?」
「リーダーのなり手がいなくて流れたアレな」
「俺はウィルが新しくパーテイを作るんだと思ってたんだが、マリ傭兵団くんだりでリーダーになるなら、何であのときリーダーにならなかったんだ?」
ウィルは首を傾げた。
「全く考えなかった。でも今にしてみれば、あの時、俺が別パーティのリーダーになってたら、あの事故はなかったかも知れないな」
「どうかな。もっと悲惨な事故になった可能性だってあるだろ? ウィルがいなければニキータも死んだろうし、俺だってどうなったか分からない」
事故のときの記憶がじわじわと、脳裏に忌まわしい映像として映し出される。
「いや、逆だろう。むしろルーカスの手が空いてたら、ハンスの攻撃をしのげたろうし、殺さずにハンスを確保して、治療することも出来たかも知れない」
「……俺達は、あの時、選択を間違えたかも知れないな」
「ああ。俺もずっと、そう思ってた。お前がニキータを庇い、俺が魔物共の掃討をしていたら……」
「お前は怪我をせずに済んだし、ハンスもあるいは……」
「ルーカスの大盾なら、ハンスの剣を弾き飛ばせたかも知れない」
あの時、ニキータを庇いに入ったのがルーカスだったら。
どんな魔物の攻撃も凌いできた、頼もしい大盾だったら。
唇を噛むウィルの肩を、ポンとルーカスが叩いた。
「ウィル、自分を責めるのは止せ。俺は目の前の魔物で手一杯で、ニキータを庇いに戻る余裕はなかった。あれが、あのときは最善だったんだ」
「最善……か」
「ウィル、死んだのはハンスだけじゃない。トニーもレイモンドも死んだんだ。下手すれば、ニキータだってあそこで命を落としてた。お前がハンスを止めてくれなかったら、あの日、あそこで、俺たちは全滅していたかも知れないんだ」
固く目を閉じ、額に手を当てて激しい後悔に耐える。
ルーカスが静かに言葉を続ける。
「俺たちはパーティの仲間だった。一人が傷つけば五人が助ける。そうやってずっとやったきただろ? だが、仲間の一人が仲間を殺し始めた時、一体俺たちに何が出来るんだ?」
ルーカスの問いに答えを出せないウィルに、更にルーカスが言う。
「トニーが真っ先にやられたから、殆ど周囲は暗闇だった。そんな中で、俺たちは最善を尽くした」
そのルーカスの一言に、ウィルは顔を上げ、ルーカスを見た。
最初にやられたのは、魔術師のトニー。
ならば、その時点でトニーの掛けた魔術の光球は消え、迷宮は、真っ暗闇だったはずだ。
「何で俺たちは、ハンスの位置が分かったんだろう」
「……どういう意味だ? ハンスの位置が、何だって?」
「下層に明かりはないし、俺たちは下層に行くとき、敢えてランタンは持ち込まないようにしてたろ?」
「ランタンの光じゃ大して役に立たない上に、魔物共の標的になっちまうからな」
「うん。だから、俺たちにとってトニーの光球だけが迷宮を照らせる光源だった。それがなくなって、俺たちは暗闇の中にいた筈だ」
「……確かに、俺は、大盾の向こうの魔物が何匹いるのか、正確に数えられなかった。いやでも、ハンスの周りは少し明るかったような気もするな?」
「ニキータが、なにか持っていたかな?」
「気になるなら、ニキータにも、聞いてみたらどうだ?」
ウィルは頷き、首を傾げた。
ニキータは、あの日、ランタンを持っていただろうか。
まだあの時点では、深い階層に行くことのなかったニキータが、いつもの調子でランタンを持っていても可怪しくはない。
「そうだな。ニキータにも、訊いてみる」
そう答えながらも、まだ何かが引っかかる。
ハンスの剣を受けながら、不自然ななにかに、ウィルは気がついていたような気がするのだ。
幾度も夢に見て夜中に飛び起きた、あの日の光景を思い起こし、ウィルは眉をしかめる。
見落としている何かを確認しようと、記憶を探る。
眼前に迫るハンスの狂った瞳。
背に庇ったニキータのすすり泣くような声。
僅かな間、正気に返ったハンスが絞り出した言葉。
そして、ハンスに剣を向ける、その瞬間。
「ウィル、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「あ、ああ……。すまん。今日は、帰るよ」
「その方がいいな。お前の荷物は、後で若手に持って行かせる」
「悪いな。宜しく頼む」
気遣うルーカスに頷いて、ウィルは足を励まして外に出る。
明るい午後の日差しに、脳裏の迷宮の闇も飲まれて消えて、ようやくウィルは安堵に似た息を吐いた。
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名前:ルーカス
年齢:29
性別:男性
呼名:ルーカス
シラー傭兵団所属の傭兵で、ルシアーナパーティの現在のリーダー。
ハンスが存命中はウィルに次いでNo.3と周囲に目され、発言力も高かった。
迷宮では大盾を主に使い、パーティの守備の要として常に最前線に身を置く。
守るだけではなく、大盾で魔物を殴ったり押し倒したりと、大盾を使った攻撃も得意とする。
ウィルとハンスがシラー傭兵団に入った直後、マルタ傭兵団から移籍してきた。
年が近かったこともあり、意気投合してパーティを組んだ。




