32.R マルタ傭兵団
レフは、誰が見てもそれと分かるくらい、今日の外出をとても楽しみにしていた。
パーティで迷宮に行くのも、今はワクワクするのだが、今日は初めて他の傭兵団に行くのだ。
「ねぇリーダー、マルタ傭兵団には女の人が沢山いるんでしょ?」
「他の傭兵団に比べて、明らかに多いな」
「シラー傭兵団にも居た?」
「ん〜、10人くらいはいたんじゃないかな?」
「やっぱり、うちが少ないんだね。リラとアンナさんの二人だけだもんね」
「そうか、二人は少ないかも知れないな」
ウィルの横を歩きながら、レフは足取りも舌も軽やかだ。
「今日は、マルタ傭兵団の女の人に会いにいくの?」
「いや、男だよ。クライド・カールソン。パーテイリーダーで、KKとか、KKパーティって呼ばれてる」
「おいら、KKって聞いたこと有る!」
「だろ? 結構、有名人だ」
「でも、何で有名なのかは、おいら知らないよ?」
「クライドは女にモテるし、男ぶりがいいことで、男たちのやっかみ込みで有名なんだ」
「そんなことでも有名になるの?」
「なるよ。ハンスかクライドか。ニア・ハルマイルの女の人気を二分するって言われて、そっちの方面ではハンス並に有名だ」
「ええっ! ハンスさんってハンサムだったんだ!?」
「え、驚くとこ、そこなのか?」
問われてレフは首を傾げた。
ハンスよりも、きっとウイルのほうがいい男だろうと、なんとなく思い込んでいたのだ。
「リーダーとハンスさん、どっちがハンサム?」
「圧倒的にハンスだな。アンナを見れば分かるだろ?」
あっ、とレフは急に納得した。
誰から見ても美人なアンナの兄なのだから、ハンスもそれ相応に男ぶりが良かったのだろう。
そして、マルタ傭兵団でクライドの顔を見た瞬間も、レフはしっかり納得した。
眠そうに現れたにも拘わらず、クライドという男は十分に良い男ぶりに見えた。
だが開口一番、短く発した言葉の調子は不機嫌だった。
「朝っぱらから、何の用だ?」
ウィルの後ろに半分ほど隠れながら、レフはクライドという男を観察した。
朝に弱いのか、まだ本当に寝起きといった様子で目がしっかり開いていない。
よく見れば、無精髭もそのままだ。
訪問する時間が早すぎたのではないかとレフは案じたが、ウィルが気にした様子はない。
「7、8年前に、低血圧が2人いるから、迷宮は午後からだって言ってたろ? だから朝来たんだ」
「そんな昔のこと、よく覚えてたな」
「低血圧なんて言葉、傭兵の口から聞いたのは初めてだったからな」
ウィルがそう言った途端、クライドは、はっはと腹の底から気持ち良さそうに笑った。
笑うと男ぶりは多少崩れるが、人懐っこい印象が顔を出す。
「久しぶりにツラ出したかと思ったら、朝っぱらから笑わせやがって。まあ、元気そうでなによりだ」
「クライドもな」
「ああ。しかし今日はまた、可愛らしいお連れサン連れてんじゃねぇか?」
「うちの鍵師だ」
「ほぉ、鍵師なのか。俺んとこの鍵師と交換してくれ」
「ふざけろ」
ウィルが自分の後ろにレフを隠そうとするのに少し抗い、レフは軽く会釈をしながら口を開いた。
二人の互いに遠慮のない物言いから、クライドという人はウィルの友達なんだと合点した。
「こんにちは。おいらはレフ」
「おう、おはよう。俺はクライドだ。よろしくなレフ」
「よろしく!」
ウィルの後ろから完全に飛び出し、レフは元気一杯に言った。
元気すぎると嫌がられることもあるが、基本的に大人は元気な子供が好きだ。
初対面の大人には元気に挨拶する方が好感触なことが多いと、レフは小さな頃からの習慣でよく知っている。
クライドも他の大人同様、レフに笑顔で応じ、また同じことをウィルに言った。
「ウィル、頼むからうちの鍵師と交換してくれ」
「だから嫌だって言ってんだろ。お前ンとこの鍵師、女だてらに豪剣使いで、俺より力がありそうで怖いじゃないか」
「あり得るな。怖いから、俺もやり合ったことねぇから分からないけどな」
レフは鍵師が女であることに驚きはなかったが、豪剣を使うということに驚いた。
ウィルやクライドよりも力が強いのかどうかは、二人が笑っているところを見るとただの冗談なのだろうが、間違いなくレフより力はあるだろう。
ウィルが、マルタ傭兵団にはリラみたいに可愛い女の子はいないと言った意味が理解できた。
だが、女性の多い傭兵団なら、中には綺麗な女性や淑やかな女性もいるのではないか。
レフはクライドに向かって問いかけた。
「マルタ傭兵団って、女の人が多いんでしょ?」
「ああ、少し前までは男のほうが多かったが、最近は半分女だ。でも残念ながら、レフに紹介できるような可愛い女の子はいねぇなぁ」
「おいら、可愛い女の子よりキレイなお姉さんの方が好きだよ」
「……うちのメスオーガどもに、お世辞でもそんなこと言っちゃダメだぞ。帰れなくなっちまうぞ」
クライドは世にも恐ろしいことを言うような口ぶりで言った。
レフはそれをケラケラと笑う。
直ぐにクライドも笑顔になり、ふと思いついたという表情を浮かべるとウィルに顔を向けた。
「そういやこの間、貴族のお嬢さんをパーティに入れたんだ」
「貴族の令嬢? そりゃまた、随分珍しいな」
「ああ、魔学を出たばかりだって言うから、おまえ知ってるかと思ってな?」
「そんな無謀なことするお嬢さんに心当たりねぇけど、名前は?」
「アトリだと。偽名だよ」
「だろうな。魔法は何を使うんだ?」
「風魔法。相当な使い手だ」
「ふぅん。風魔法の使い手というなら1人思い当たるお嬢さんがいるが……。なんにしても訳ありだろ? 素性が分からなくて何か困ってるのか?」
「今のところは特に困ることもないが、貴族絡みで問題があったときウィルに頼るかも知れねぇから、今のうちに言っとこうと……今思いついた」
「勘当息子に出来ることは少ねぇけど、覚えとくよ」
二人の話を聞きながら、貴族の令嬢が傭兵になることもあるのだと、レフは感心とも呆れともつかぬ感慨を抱いた。
貴族だからといって、必ずしも恵まれているとは限らないだろうが、何も傭兵にならなくてもと、思わなくもない。
だが逆に、貴族出身の令息令嬢の方が、職業は選びにくいのかも知れないとも思う。
なにしろウィルも、貴族の令息なのだから。
とはいえ、ウィルは殆ど貴族には見えないし、それらしい態度もとったことがない。
今も上品とはいいかねる言葉使いで会話をしている。
「俺も、女のことでクライドに聞きたいことがあったんだ」
「何だ? アンナにフラレたのか?」
「会っても貰えねぇよ」
「そりゃ深刻だな。早々に手を打たねぇと、他の男に取られちまうぞ」
クライドの言うとおりだとレフは思った。
アンナはもう結婚しても可怪しくない大人で、とても美人で、優しい。
彼女と結婚したいという男はきっと多いだろう。
レフは俄にウィルが心配になった。
だが、レフにはどうすることもできない。
クライドが何かいい案を出してくれるだろうか。
そんな期待を込めてクライドを見たが、クライドはもう何も言わず、ウィルがため息を吐いただけだった。
「アンナはひとまず置いといてくれ。アンナに会って話が出来ないから、クライドのとこに来たんだから」
「何でだ? 俺はあんまりアンナとは親しくないぞ」
「そんなのは知ってる」
「仲介を頼みたいとか、代わりにアンナの恋人になってくれとか、そういうのじゃねぇのか?」
「何で代わりなんか頼むんだよ。頼むわけないだろ。そもそもアンナはお前の好みじゃないだろ?」
「あれほどの別嬪さんだ、好みじゃないってことはねぇが、ハンスに牽制されてたからな」
「ハンスが? そうだったのか?」
「知らなかったのか? まあいいや。それで、俺に聞きたいことってのは?」
ポンポンとテンポよく話す二人を交互に見て、少しだけ、そんな彼らを、レフはカッコいいと思った。
大人になれば、レフもあんな風に、気の合う友人と異性の話ができるようになるのだろうか。
レフの憧憬の眼差しには気づかず、ウィルがクライドに問う。
「ニーナという女を知らないか?」
「何人か思い当たるが?」
「ハンスから、ニーナって名前を訊いたことは?」
「ハンスから? あいつの女か?」
「いや。それがわからないんだ。ハンスは俺に女の話をしたことがなかったんだ。でも、お前になら話したかと思ったんだが、その様子だと知らないな?」
「ああ、聞いたことないな。ウィルはどっからその名前を聞いたんだ?」
「死に際に、ハンスが言い残した名前だ」
クライドも驚いた顔をしていたが、おそらくは、レフも同じくらいに驚いた顔になっだたろう。
ウィルがこの街に戻ってきたのは、アンナに会うためだと、レフは思っていた。
でなければ、傭兵団でもトップクラスのシラー傭兵団に戻らず、マリ傭兵団などに入るはずもないのだ。
ただアンナに会うためだけに、ウィルはマリ傭兵団に入ったのだと思っていた。
だがウィルがこの街に戻ったのは、ハンスが残したその名前の人を探すためだったのかも知れない。
だからアンナにも会おうとしているのではないかと、レフは思った。
兄妹ならば、親友でも知らないことを知っている可能性は十分にある。
ニーナが誰かを知ってウィルがどうするのかは分からないが、それはきっと、ウィルにとって大事なことなのだろう。
その名前を自分もどこかで聞いたことがないか、レフは記憶の底を探り始めた。
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名前:クライド・カールソン
年齢:27
性別:男性
呼名:クライド
マルタ傭兵団の傭兵で、KKパーティのリーダー。
本人がKKと呼ばれることもある。
堅実な剣を使う強かな剣士として一部に知られている。
ハンスやウィルとは、駆け出しの頃から親交があり、
以前は週に一度は飲みに行くなど、頻繁に交流もしていた。
シラー、マルタ両傭兵団の地下訓練場で剣を合わせ、互いに切磋琢磨した時期もある。




