30.M マークの憶測
思いの外、地下1階の稼ぎは大きかった。
1日の稼ぎだから、それほど高額になったというわけではないが、これを一週間続けたら、相当な額になるだろう。
金を稼ぎたければ上層階、名声を得たければ下層階
そんな言葉が傭兵の中で囁かれていたのは、いつ頃だったか。
最近ではそんな言葉も聞かれなくなった。
いつからだろうと、マークは首をひねる。
クリスと知り合った頃には、金稼ぎを主体とする傭兵は息を潜め、下層に行くことを目指す強者たちで満ちていた。
いつから傭兵の目的が変わったのか。何かきっかけがあっただろうか?
記憶を探り、マークはその答えに行き着いた。
ルシアーナパーティが地下20階に到達したという報が、ニア・ハルマイルを賑わせたあの時だ。
迷宮には地下20階があることが証明された、記念すべき日だった。
長い間、ハルマイルは地下19階が最下層だと目されていた。
地下20階に降りる道が見つからなかったのだ。
その道をルシアーナパーテイは見つけ、一躍、ニア・ハルマイルで最も有名な傭兵になったのだ。
おそらくあの時から、傭兵たちは財貨を漁ることよりも、栄誉を得ることを望むようになったのだろう。
マークは、リラにアンナの好き嫌いを話しているウィルを見る。
こうして見る分には、ウィルは普通の好青年だ。
偉業を成すようなタイプにも、それを成したいという野心があるようにも見えない。
だがそれは、今のウィルだからなのかも知れない。
マークは3年前の事故に遭った後の、今のウィルしか知らない。
その前の、今よりも若いウィルのことは知らないのだ。
順風満帆の人生に挫折など思いもよらぬ、ただただ若いウィルというものは、今のウィルからは想像も難しい。
今のウィルは、地下20階到達の栄誉を手にしたと同じ迷宮で、大切なものを失ったウィルだ。
恐らくは傭兵としてのウィルの半身のようなハンスを失い、双剣使いとしては致命的な片手の自由を失い、最も愛しただろう女性との縁も切れた。
マークは口には出さないが、家族を愛している。
今も変わらず妻を愛していたし、娘に至っては溺愛している。
そんな愛する者に手を伸ばせない、守れない辛さは、誰よりも分かるつもりだ。
その辛さを隠して笑うことは、とても難しく困難なことだと察せられる。
自分にはできないだろうと、マークはそう思いながら首を傾げる。
そんなことをしてのける、ウィルの行動の原動力は、なんだろうかと思う。
このパーティの面倒を見ることは、情の濃いウィルならばむしろ自然な行動に思える。
レフやリラ、クリスなどの若いメンバーが、ウィルの心を多少なりとも癒やしもするだろう。
だが、ここに来たばかりのとき、ウィルは何を原動力にしていたのだろうか。
3年前には離れたこの地に、なぜ戻ってきたのか。
アンナに会うためにと言われれば、それは勿論そうだろう。
だがそれだけが目的ならば、なぜ事故直後にここを離れたのか。
なぜ、卒業まで3年あるのが分かっている魔学に入学などしたのだろうか。
疑問を持ってウィルの行動の意味を推し量ると、どうも、ウィルには何か目的があるように思えるのだ。
家を勘当されている身でありながら、兄を頼ってまで魔学に入った理由が有るはずだ。
そうしてウィルの行動を掘り下げて考えてみると、3年前の事故そのものに、何かがあるのではないかと疑念が湧いてくる。
今もその身を案じてやまないアンナを置き去りにしてまで、魔学に行かなくてはならなかった理由が、ウィルにはあったのではないだろうか。
その理由を、3年前の事故と切り離す方が難しく思える。
あの事故が、偶発的なものではなく、人為的なものだったら…。
マークはそこまで憶測を広げ、微かに身震いした。
その憶測が的を射たものであるならば、ルシアーナパーティのメンバーは、あの日、誰かに命を狙われたと言えるのではなかろうか。
もしそうならば、ウィルの原動力は「復讐」ということになるのではないだろうか。
マークは自分の考えが辿りつたい答えに自分で驚き、自然にウィルを見た。
好青年だ。
ただ笑っている姿を見れば、それ以上の感想はない。
面倒見の良い優しい好青年。
「マーク?」
視線に気づいたウィルが、ほんの僅か首を傾げてマークを見る。
マークは焦って言い訳を口にする。
「あ、いや、なんでもない。しばらく家に帰ってなかったと、思ってただけで…」
「あ、そうか! すまない。妻帯者とパーティを組むのも初めてで、気が付かなかった」
そういって笑うウィルに、なんだか申し訳ないような気になり、マークも笑顔を作った。
そんなわけがないと、心の中で否定する。
ウィルのような好青年に、復讐という暗い情念はいかにも似合わない。
「今日の明日のじゃ申し訳ないから、明後日にでも、休みをもらえますか?」
今度はまともに話せたと、内心、胸をなでおろす。
気のせいだ、考えすぎだと、自分に言い聞かせながら、笑顔を保つ。
幸い、ウィルはマークの不自然な態度に気づいた様子はない。
「ああ、いいな。俺も、マルタ傭兵団に行こうと思ってたから、丁度いい」
「マルタ傭兵団! おいらも行きたい!」
「ん? なにか気になることでもあるのか?」
「うん! 女の人が多い傭兵団って、一度見てみたかったんだ」
「リラみたいな可愛い女の子は一人もいないぞ。あそこにいるのは怖いオネェサンばっかりだ」
ケタケタと仰向けに笑い崩れたレフと、それを更に笑わせようとむき出しのレフの腹をくすぐるウィルを見て、少しマークも心を和ませる。
ウィルがもし、そんな危険な目標を持って戻ってきたなら、今、あんな風に笑えないに違いない。
少なくとも、あれほど可愛がっているレフを巻き込むようなことはしないだろう。
もう少し若ければと、マークは以前思ったことをまた思った。
結婚する前の、大切な物は自分の身一つだった頃ならば、巻き込まれ、共に戦うことを望んだだろう。
しかし直ぐにマークは首を振った。
これは全てマークの憶測で、確認できた事実は一つも含まれていない。
もしウィルに告げれば、大笑いされるだけの大げさな憶測かも知れないのだ。
「リーダーに、嫌いなもの教えてもらったから、私も、何か、アンナさんに買いに行きたいです」
「それじゃ、俺も行っていいか?」
「え? クリス…も?」
「あ、いや、荷物持ち、居たほうがいいだろ?」
「そんなに沢山、買わないけど…」
「いやだから、みんなの昼飯とか、ついでに買ってきたら、よくないか?」
「あ、うん! もしよかったら、何か作ります」
「え、マジか。言ってみるもんだな」
最近リラを構うことが多くなったクリスと、クリスを恐れなくなったリラ。
それを黙って見守るウィルの目は優しい。
もしマークの憶測が当たっていたとしても、ウィルは彼らを巻き込みはしないだろう。
それならば、ウィルは一人で復讐しようとしているのだろうか。
その相手は誰なのだろう。
マークは頭を軽く振り、そんな考えを頭から追うように勤めた。
何度も自分に言い聞かせているが、これはマークの憶測で事実ではないのだ。
だがならば、魔学に入ったのはなんのためなのか。
ウィルは魔学で、何を学んできたのだろう。
ハンスの後継として治癒を学びにいった。
ただそれだけの理由かも知れない。
むしろ、それが理由だろう。
だから、ウイルの目的は復讐ではない。
そうして否定してみるものの、まるで復讐が事実であるかのように、マークの思考に貼り付いて離れない。
結局、マークは自分の憶測をかなりの高確率で当たっていると思っているのだ。
そしてそれが確信に変わる日が来たら、自分はどうするだろう。
恐ろしいことに、その時が来たら、ウィルを手伝いたいと思うマークがいる。
ウィルに差し出された剣を受け取ったあの日、堅実に歩んできた20年を否定するように溢れた熱い想いが、戦いたいと叫んでいる。
それは闘争本能というものなのかも知れない。
マークが固く目を閉じ、やり過ごそうとしても、その本能は叫び続ける。
俺は剣士で、戦うために此処に居るのだ、と。




