25.L 武具屋
リラは初めて入った武具屋で、ポカンと口を開けて立ち尽くしていた。
今までリラは、最初にアーロンが貸し出してくれた酷い匂いのする革鎧を、迷宮に行く時に身につけていた。
サイズも大きく、不格好になってしまう鎧だったが、それでもリラはその鎧に安心のようなものを感じていた。
少しだけ、強くなった気にすらなっていた。
鎧というものは、戦う人が着るものなのだと、ずっとリラは思っていたからだ。
だが武具屋の一角、ウィルに連れてこられたそこには、まるでドレスのように美しいラインのローブが、何着も飾られていた。
「好きなの見繕っててくれ、先にレフの弓と胸当て見てくるから」
そう言ってウィルが去っても、まだリラは呆然とローブの流れるラインを見つめていた。
なんて綺麗なんだろうと思う。
白や青の清潔感溢れる布地で作られたローブは、微かに良い香りがする。
手に触れることなど思いもよらず、ただただ見惚れていると、隣に誰かが並んだ。
チラリと目線だけを上向けると、いつもはあまりリラの側には来ないクリスがいた。
「なにか気にいったのあったら、買ってやるよ」
「…え?」
リラはクリスのその一言に、頭をポカリと殴られたような驚きに見舞われた。
不機嫌なクリスを見慣れているリラには、上機嫌に優しいクリスには驚きしかない。
だが、驚きのあまりに顔を凝視するのは失礼だ。
リラは視線をローブに戻した。
そんなリラを、クリスが見下ろしている気配が感じられ、更にリラは焦ってローブに手を伸ばした。
サラリと、手に触れた感触の柔らかさに、びっくりして手を引っ込める。
上等な布地に違いない。
思わずクリスを見上げ、リラは真剣な眼差しで言った。
「これ、きっと凄く高いです」
プッとクリスが吹き出した。
「どうせ、剣を買わなきゃならなかったんだ」
「でも…」
「ウィルから貰った剣は、そもそも俺なんかが買えるような代物じゃなかったんだ。それを思えば、ローブくらい安いもんだ」
リラはそんなクリスの親切に、喜ぶ以前に、切なくなった。
リラは戦闘の役には全く立たないのだ。
ウィルがアーロンの提案に乗らず、クリスやレフ、マークを選んでくれたことはとても嬉しかった。
だがその中に、リラが含まれているということが、リラには嬉しくも辛いことだったのだ。
私は皆の役に立たない。
少なくとも、リラ本人はそう思い込んでいる。
リラ同様、戦闘力には些か問題があるレフだが、レフはそもそも鍵師だ。
レフの真価は戦闘以外にある。
しかも弓を持ったレフは、きっと戦闘中も役に立てるようになるだろう。
だが、リラには何も出来ることがない。
俯いていると、クリスが困ったように言った。
「迷惑だったか?」
「ううん。そうじゃなくて…、私、何もできないから、申し訳なくて…」
「出来るようになるために、買い出しに来てるんだろ?」
不思議そうなクリスの声に、リラはまた驚いて顔を上げた。
そうなのかと、クリスの目を見ながら思う。
からかっているようにも、嘘をついているようにも見えない、薄茶のクリスの目は正直な真っ直ぐさでリラを見下ろしている。
「私、ちゃんと、戦えるようになれるかな?」
「ウィルは、なれるって言ってたぞ。まあ、よしんば戦えるようになれなくても、指導したウィルが悪いって言やぁいいんじゃねぇか?」
「そんなこと!」
思わず絶句すると、クリスはクツクツと声を殺して笑った。
今度は冗談だったのだろう。
それに気づき、リラは頬を赤らめた。
「ともかく、ウィルが戦えるようになれるって言うんだから、信じて教えて貰えばいいじゃねぇか」
「うん。でもそうしたら、ローブは戦えるようになってから、自分で買うから…」
「お前の革鎧は燃えちまったんだし、何も出来ない今だから、武具くらいはちゃんとしたもん身につけた方がいいぜ」
「あ、そうか…」
リラは殆ど気を失っていたため覚えていないが、火に包まれた時に、皮の鎧は燃えて無くなってしまったのだろう。
いつも身につけていた革鎧を、リラはここ数日見ていない。
リラが色々なことに納得していく傍らで、クリスが尚も説得するように口を開く。
「俺にも、ローブくらいなら買ってやれる余裕がある。何でもかんでも、ウィルに頼むのは気が引けるだろ?」
「…うん」
「マークも、レフに弓を買ってやるって言ってたぞ」
「マークも?」
「ホントは、マークがレフに弓を買うって聞いたから、じゃあ、俺もリラになんか買ってやるか、って思っただけなんだけどな。ま、どうしてもウィルに買ってもらいたいって言うなら止めねぇけど」
言葉の最後はひどく早口に言って、クリスはぷいとそっぽを向いた。
その顔色を伺うように下から見上げ、リラはクリスの耳が赤く染まっていることに気づいた。
珍しく、クリスが照れている。
「ありがとう。買ってもらいます」
礼を口にしながら、リラは涙が零れそうになって、慌てて俯いた。
死にかけてからここ数日の間に、人の優しさに触れることが驚くほど増えた。
そのことがあまりに嬉しく、幸せで、いつも胸がいっぱいになりそうになる。
唇をかみしめても、涙が溢れてきそうで、顔をあげられない。
そんな思いで俯いたままだったリラの頭を、誰かがポンと優しく叩いた。
「どうした? クリスに虐められたか?」
「虐めるわけねぇだろ!」
「あははは、冗談だ。で? いいローブはあったか?」
息を吐き、リラは顔を上げた。
戻ってきたウィルは、リラではなくローブに目を向けている。
ホッとしたと同時に、優しい彼らを心配させてはいけないと思う。
「クリスが、買ってくれるって…」
「ほお、そりゃ良かった。それじゃ、俺は杖を見繕ってやろう」
「杖?」
「魔杖って呼ばれる事が多いかな。魔力を収集するのに便利なんだが、いいもんになると、増幅させることもできるらしい」
色々な武具があるのだと、リラは涙を忘れて感動した。
大雑把に鎧や剣があることは理解していたが、魔道士のローブや魔杖の存在は殆ど頭に浮かばなかった。
ぐるりと武具屋を見回すと、剣はもとより、鎧やローブ以外にも、確かに杖もあった。
リラに馴染みがない辺りでは、槍や斧槍、斧に弓、小ぶりな盾や、人がすっぽり隠れられそうな大きな盾もある。
再びローブに目を戻し、リラはマルセルが何を着ていたか、チラリと記憶を振り返った。
そういえば、深い緑色のローブを着ていたような記憶がある。
確か、先端に大きな石がハマった杖を持っていた。
石は赤色をしていたような気がするから、きっと火の属性があったのだろう。
リラはローブから、ウィルが歩み寄っていった先に視線を移す。
そこに並んでいる杖にも石が嵌っている。
そのうちの1本をウイルが手に取った。
そうして振り返りリラを手招きすると、その杖をリラに手渡す。
「これに、ちょっと魔力流してみてくれ」
「え? ここで?」
「大丈夫だから」
その杖には、薄い金色に輝く石が嵌っている。
その色がとても綺麗だと思いながら、リラはその綺麗な石に集中してほんの僅か、魔力を流す。
ふわりと石が輝きを増し、少し薄暗かった店内が、日差しの下のように明るくなった。
「やっぱり、リラは光の方が相性良さそうだな」
「ひかり…?」
「うん。火を使うとは聞いてたが、今日治癒した時に、光のほうがいいんじゃないかと思ってたんだ。勉強すれば、回復系も使いこなせるようになると思う」
「ホントかよ」
リラの背後から、勢い込んで口を挟んだのはクリスだった。
いつになく、嬉しそうな声に聞こえて、リラは思わず振り向いた。
クリスの笑顔が驚くほど間近にある。
その表情のまま、クリスはウィルからリラに視線を移して言った。
「良かったな、リラ」
リラはまた、嬉しさに零れ落ちそうな涙を、唇を噛んで耐えなくてはならなかった。




