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大迷宮の闇  作者: 文弱
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24.M アーロンの提案



殆どの週末を、マークは家族と過ごすため、ニア・ハルマイルの隣町リゴールに戻る。


「今週も、家に帰るんだろ?」


ウィルが来て丸一日が経った。

初日のようにウィルがレフの治癒をするのを、ぼんやりと眺めていたマークは、クリスに問われて首をひねった。

週末は迷宮には行かないとウィルも言っていたのだから、いつもと同じように家に戻ろうかとも思った。

だが少し、気がかりなこともある。

マークはクリスに視線を移し、その疑念を口にした。


「アーロンは、ウィルにまだ気づいてないのか、それとも、知って冷遇してるのか、どっちだと思う?」

「知らないんだろう。あの俗物、知ってたら大騒ぎして、もっと優秀な連中と引き合わせてた筈だ」

「この団で優秀って言われてるような傭兵は、みんなニキータのとこにいるけどな」

「ニキータごとウィルに預けても可怪しくねぇだろ。アーロンはそういう男じゃねぇか」

「そうだな」


マークは納得して頷いた。

きっとアーロンは、ウィルとウィルフレッド・ヴェスナーが同一人物と思っていないのだ。

だが、いつまでも知らないままではいないだろう。

すでにアーロン自慢のニキータパーテイと一悶着あったのだ。

アーロンの耳に、その騒ぎはすぐに届くだろう。

そうしてウィルがあのウィルフレッドだとアーロンが知れば、底辺の傭兵と皆から蔑まれている彼らから、この優秀で新しいリーダーを取り上げようとするに違いない。


マークの懸念はそれだった。

自分が家に戻っている間に、リーダーを取り上げられるような事態は避けたい。


いずれにしても、もしそんな話が出たら、ウィルはどうするのだろう。

そう思ってウィルに視線を戻す。

ウィルは、慈しむような目で膝の上のレフを見下ろしている。

どうやら、治癒を受けていたレフは、また今日も眠ってしまったようだ。

よほど治癒というのは気持ちが良いのだろうか。

レフは薄っすら口元に笑みまで浮かべて眠っている。


自身の膝の上からレフの頭を枕に戻し、ウィルが立ち上がってリラの方へと歩み寄る。

昨日はリラは怯えて逃げ腰になっていたが、今日は勿論そんなことはなく、少しはにかんだような笑みをウィルに向けている。

ウィルもその笑みに嬉しそうに笑って応えている。


このウィルが、少々優秀な傭兵たちを紹介されたからとて、直ぐにもリラやレフを見捨てていくとは考えがたい。

だが、彼らを見なければならない義務も責任も、ウィルにはない。

マークも含め、みなウィルに与えられるばかりで、その一端すらも返せていないのだ。

もとより昨日の今日なのだから、即恩返しなど出来るわけもないのは当然なのだが、アーロンがいつ何を言い出すか分からない現状は気が揉める。


そんな懸念が直ぐにも的中するとは、誰が予測し得ただろう。

リラの横にウィルが腰を下ろそうとした刹那、ノックも何もなく無遠慮にドアが開いた。


「ウィルフレッド君!」


アーロンのどら声が、せっかく眠っていたレフを叩き起こし、リラの顔から笑顔を奪い、ウィルの顔にしかめっ面を貼り付けた。


「なんだよ。うるせぇよ」


凄まじく不機嫌になったウィルが、大きな舌打ちをしてアーロンに歩み寄っていく。

それを見守り、マークは少し笑った。

どうも、ウィルとアーロンは気が合わないようだ。

そういえば、そんな感じは、ウィルが初めてこの部屋に来た時にもしていた。

アーロンがウイルのために良質な傭兵を用意しても、容易にウィルは他のパーテイに移籍などしないだろう。

そう思わせる雰囲気が、ウィルとアーロンの間にある。


「ああ、すまん。寛いでいたところに、いきなり押しかけて悪かったな」

「何の用なんだ?」

「いや、君が、なぜ昨日のうちに、ルシアーナパーテイのウィルフレッドだと教えてくれなかったのかと思ってね」

「あんたが、名前と今まで何やってたかだけ教えろって言ったんじゃないか」

「いやだから、なぜ傭兵だったと言わなかったのかって、訊いているんだ」

「一週間前まで学生だったんだから、そう言うさ」

「いやいや、魔学卒業なんてのは、貴族の飾りみたいなもんだろう? 君が傭兵になるのに有利なのは、シラー傭兵団で上げた功績の方に決まってるじゃないか」 


相変わらずアーロンの言うことは癇に障ると、マークは思わず眉を寄せた。

マルセルを魔学出身のエリートと、恩着せがましくマークたちに紹介したのはアーロンではないか。


貴族が傭兵になりたいというのを断るのは、国家認定の傭兵団にはリスクが高い。

だから断りたくはないが、魔学を卒業した程度の経験しかない上にプライドだけは無闇と高い貴族に、優秀なパーテイを任せたくはない。

そんなアーロンの気持は分かるのだが、押し付けられたマークたちは、実際にひどい目に合わされたのだ。

思い出すだけで不快になり、腹も立つ。


だがしかし、マークは直ぐに冷静に戻った。

横目にクリスの剣呑な表情が見えたからだ。

今にも殴り掛かりそうに固められた拳をポンと叩き、クリスの視線を自分に向けさせる。


「ウィルに任せよう」

「でもよ」


まだ険しい表情のクリスに首を振って見せ、直ぐにまたマークはウィルとアーロンに視線を戻した。

ウィルの不機嫌とアーロンの上機嫌は真っ向からぶつかり合って、折り合いがついているようには見えない。


「何が有利なのか知らないが、話はこれで終わりか?」

「まさか、これからだよ。君が望めば、もっと高待遇を約束できると言いに来たんだ!」

「高待遇ねぇ」


ウィルは考え込むように腕組みして頭を傾けた。

何を考え込むのか、しばしの時が流れる。


固唾をのんでウィルを見守っていたのは、マークだけではないだろう。

クリスもリラもレフも、みな、より好条件のパーテイにウィルが移ることを恐れているだろう。

アーロンだけが変わらぬ上機嫌で、ご機嫌伺いをする商人のような眼差しでウィルを見上げている。


ややあって、腕組みを問いたウィルがニコリと笑顔をアーロンに向けた。


「それじゃ早速だけど、この部屋をなんとかしてくれ」

「部屋?」

「そう、部屋。年頃の女の子もいるってのに、このむさ苦しくて狭っ苦しい部屋は最悪だ。シラー傭兵団とマルタ傭兵団じゃ、この部屋は倉庫にしてたぞ? まさか人を詰め込んでる傭兵団があるとは夢にも思わなかった」

「あ、ああ…、ちょっと、急に人が増えたりしたこともあって、仮に、ここを使って貰ってたんだ」


マークは呆れ、アーロンを蔑むような目で眺めた。

クリスも呆れ顔でアーロンを見ている。

彼ら二人は、レフやリラが入団してくる前から、この部屋で寝起きしている。


「じゃあ、早速手配してくれ。それぞれ一人部屋をもらえるといいが、無理なら二人部屋でも、三人でも結構。リラにだけ個室をもらえりゃそれでいい」

「あ、ああ。一人部屋は無理だが、勿論、彼らにも手配はするよ。だが、それよりも先に、君にもっと優秀なメンバーを紹介して…」


焦って早口になったアーロンを、ウィルは片手を上げて制した。

冷たい目で見下ろして、また不機嫌そうな声で言う。


「メンバーのことで、あんたの指図を受ける気はない。俺のパーティメンバーは俺が決める」

「なら、これから彼らを呼んでくるから……」

「だからメンバーならもういるから、一人もいらない。あんた、ホントに察しが悪いな」


さすがのアーロンも、一瞬ムッとしたように口をへの字に結んだ。

それにニヤリと相好を崩し、むしろウィルが上機嫌になって言った。


「お互い、本音があるなら隠すのはよそうぜ?」

「……そうだな。それじゃウィルフレッド、これはお前のための提案だが、もっといい傭兵を連れて行け。なんなら、ニキータの代わりにリーダーになってもいい」

「あんなクソ生意気なメンバーいらねぇよ。俺はこいつらと一緒に迷宮に行きたいんだ。他の連中はお断りだ」

「それじゃあ部屋は変えられん!」

「いいよ別に。こいつらを連れてシラーに戻るだけの話だ。なんなら、ニキータも連れ出してやろうか?」

「うっわ、待ってくれ! 冗談だ!」


思わず笑い出しそうになるのをマークは必死にこらえ、口を手で覆った。

ウィルは意外に抜け目がない。

そして、結構自分の価値を知っている。

その価値を利用する方法も、利用すべきときも、見極めて使っているように思える。


「それじゃ、部屋の手配、早々に宜しくな」


ポンとアーロンの肩を叩き、ウィルはそのままアーロンの背を廊下に押し出した。

そうして室内を振り返ったウィルは、イタズラが成功した子供のように笑って見せた。



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