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大迷宮の闇  作者: 文弱
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01.C クリスティアン・アンデル



クリスは決して腕の悪い傭兵ではない。

むしろ、同年代、同程度の経験を持つ剣士の中では良い方に数えられるだろう。

少なくとも、クリス本人はそう思っている。

だが、傭兵団でのクリスの評価はとても低い。


ハルマイルの大迷宮に入る傭兵は、大抵は戦う力を持っているが、その技量には善し悪しがある。

例えばクリスのパーティメンバーの中には、3ヶ月前に傭兵になったばかりの魔術師がいるが、魔物を傷つけたり殺すことができるような威力の魔法は使えず、薄暗い迷宮をわずかに照らす程度の技量しか持っていない。

迷宮の床や壁、宝物などに仕掛けられた罠や鍵を解除することの得意な少年もクリスの仲間にいるが、まだ子供だということもあって力はないに等しく、小ぶりなナイフで魔物の表面にちょっと引っかき傷をつける程度の戦闘力しか有していない。


この二人は、彼らが所属する傭兵団の中でも特に戦闘力が乏しく評価も最低ランクの傭兵で、彼らと迷宮に行きたいという者はまずいない。

クリスとて望んで彼らと一緒にいるわけではないが、パーティメンバーの少ないクリスのパーティに、傭兵団の団長であり経営者でもあるアーロン・マリが半ば強制的に組み入れたのだ。

アーロンに言わせれば、人を回してやるのは経営者として当然の親切、だそうだ。


クリスはそんなパーティに身をおいている自分が、とても不運だと思っている。

そもそも、傭兵になって最初に入ったパーティが、クリスが入った直後に瓦解した。

クリスのせいというのではない、ただの仲間割れだ。

迷宮探索での成果の取り分を巡って前衛の剣士2人と後列の魔術師と弓使いが衝突し、互いに一歩も譲らないまま大喧嘩になり、より力のある者が多くを取ってパーティは解散した。

当時一番の新米だったクリスは、そのとき殆ど何も得ることが出来なかったばかりか、事情をよく知らない他のパーティから弱者と認定されてしまい、良質なパーティに敬遠される存在になってしまったのだ。


今も弱者と思われているクリスに、魔法がまともに使えない魔術師、解錠程度の特技しかない子供、あとは40代半ばの中年剣士が一人の四人で構成されているこのパーティは、完全に他の傭兵たちの視野の外にあり、もはや同じ傭兵団の仲間とすら思われていない節がある。

それが気楽と言えなくもないが、クリスは現状に不満を感じていた。


もっと良い働きが出来るのに。

もっと良いリーダーさえ来てくれれば、他の傭兵に負けない動きだってできるのに。

片っ端から魔物を屠り、地下10階だって目指せる。


マリ傭兵団に所属するパーティで、地下10階を探索できるパーティは約半分。

その半分のパーティに所属しても、自分は十分に戦える実力を持っている。

クリスはそう自負しているのだ。

ただ、機会に恵まれていない。恵まれてこなかった。


そう思えば日々鬱々と楽しめぬ生活を送っているクリスであったが、ある日、その機会と思えるチャンスが訪れた。

傭兵団長のアーロンが、希少な治癒師と剣士を連れてきたのだ。


「お前たち、今日は最高についてるぞ」


アーロンはそう言いながら、クリスたちが雑魚寝している部屋に入ってきた。

パーティの待遇は、そのパーティの働き次第なのはどの傭兵団も変わらない。

マリ傭兵団でも特に働きの悪いクリスたちのパーティは、基本個室は用意されず、パーティ全員がさほど広くもない部屋に雑魚寝させられている。

備え付けの家具もほとんどなく、寝起きも飲食も床上での生活は、ちょっとした金持ちの使用人以下だろう。

そんな雑魚寝部屋に、アーロンは身なりの良い二人連れの若者を連れてきたのだ。


「お前たちの新しいリーダーだ! 彼はアルヴィ魔術学院を主席で卒業した治癒師で、バリバリのエリート傭兵だ! で、その後ろはお付きの剣士さんだ」


ファンファーレでも鳴らしそうな大仰な身振り手振りで、アーロンは若き治癒師を彼らに引き合わせた。

紹介された治癒師は、大げさなアーロンを敬遠するようにその横を通り抜け、クリスたちの前に自ら進んだ。


「私はグランピアージュ男爵家のマルセルだ。今日から君たちのリーダーとなる治癒師だが、治癒は魔術の中でも特に得意だったから治癒師と名乗ったが、攻撃魔法も間接魔法も、苦手な魔法は特にない。安心して頼って欲しい」

「そんなにすごい方が、どうして…」


信じられぬという様相で、年長の剣士が目を丸くした。

確かに信じられないとクリスも思う。

一番の落ちこぼれパーティのリーダーになるには条件が良すぎる。

だがその疑問にはリーダーとなったマルセルが笑って答えた。


「君たちが私との格差を不安に思うのも無理はないが、世話になる傭兵団の団長に頼まれては嫌とは言えないだろう? まあ、君たちの乏しい戦力を補って余りある働きが私に出来ると分かっていたから、快く受けたのだよ」


言い方は少々気に食わないが、自信は十分にありそうだ。

貴族らしく平民の彼らを過小に評価していそうではあるが、傭兵には性格の良し悪しなどどうでもいい。

そう判断してクリスは少し肩をすくめた。

マルセルを否定する気も詮索する気も起きず、ちらりと連れの剣士に目を転じた。


マルセルの半歩後ろに下がって控えている剣士は、同じ剣士から見ても相当に腕が立ちそうだ。

その剣士はマルセルとは違って彼らに親しみを見せる様子は一切なく、むしろ彼らのような最弱と呼ばわれる者たちにも油断をみせず、緊張状態を保っているようだった。


「お連れの剣士さんの名前は?」


クリスも相手の緊張に釣られたように、わずかに剣を手元に引き寄せながら問いかける。

その動きを、連れの剣士は視線だけを動かして見て、ほんの僅かに口を動かして応えた。


「呼ぶ機会もないかと思いますが、私のことは、シンとでもお呼び下さい」

「シン…」

「はい」


シンはこれ以上聞くなとでも言うように、クリスの手元の剣からようやくクリス本人に視線を向けてきた。

一瞬目があったが、クリスは直ぐにそれを逸した。

シンの視線は思った以上に鋭く、またひどく冷たく、背筋が凍るような心地がする。


シンはマルセルを守るためにここに来たのだろう。

憶測でしか無いが、シンは傭兵になる気など全くないのではないだろうか。

そもそもマルセルが出たというアルヴィ魔術学院は、貴族の子弟にしかその門戸は開かれていない。

ゆえにマルセルが男爵家の次男というのも嘘ではないのだろう。

理由はわからないが、危険職業である傭兵になろうなどという物好きな貴族の令息だ、心配した親が護衛をつけるのは当たり前のことだろう。


だが護衛ならば腕も立つだろう。

マルセルも魔術学院を主席で卒業するほど優秀ならば、本当に魔法は得意だろう。

そんな高い戦力を回してもらうのだから、多少気が合わないくらいは我慢すればいい。

パーティにとって良い戦力となり地下10階を探索できるくらいになれば、傭兵団の中でも中堅どころと目されて、クリスの不当な評価も覆るだろう。


たまにはアーロンも良い人材を回してくれるものだと、クリスは小太りでハゲのアーロンを見直した。

欲の強い俗物で、使えないものにはとことん冷たいのだと思っていたが、そんな悪い評価も撤回した。

彼らを救えるだけの実力のある人材が、今までこの傭兵団にはいなかったのだ。

一度最底辺にまで落ちたパーティのリーダーは、生半可な実力の者では引き上げるどころか共倒れしかねない。

だからこそアーロンは、今の今までクリスたちのパーティに、相応の戦力を投入してはくれなかったのだろう。


明日から、うちのパーティは変わるだろう。

数ヶ月もすれば、傭兵団でも有名なパーティになるかも知れない。

マルセル・パーティと呼ばれるようになるだろうか? それともグランピアージュ・パーティと?

どちらでもいいが、パーティにリーダーの名を付けて呼ばれるのは、目立った功績を上げたパーティだ。

自分の属するパーティが、そうなるかも知れない。

いや、きっとなるに違いない。


クリスの心は、徐々に浮き立ってきた。



=================================


名前:クリスティアン・アンデル 【C:Christian】

年齢:20

性別:男性

呼名:クリス


商家の婚外子であるため、幼少期から厄介者と目されていた。

義母や腹違いの兄弟と非情に仲が悪く、15のときに家出した。

マリ傭兵団に入り、当時のマリ傭兵団で5指に入ると言われたパーティの見習い剣士となる。

だがそのパーティが直ぐに瓦解、解散したため、クリスも含めそのパーティの傭兵は敬遠されるようになった。


パーティの解散後は、団長のアーロンに仮リーダーのような扱いをされ、

次々と余り物のような傭兵を押し付けられる。

メンバーはこの5年ほどでコロコロと代わり、今はクリスを含めて4人でパーティを組んでいる。

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