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大迷宮の闇  作者: 文弱
19/45

18.M シラー傭兵団



迷宮の地下18階層など、到達できるパーティのほうが少ない。

それをウィルが知らぬはずもないが、地下20階層の探索をしたことのあるようなパーティのサブリーダーともなると、他の傭兵とは常識が異なるのかも知れない。

でなければ、ウィルは生まれも育ちも貴族であるために、物品の価値などが庶民とは異なる感覚を持っているのかも知れない。

そう思いたくなるほど、ウィルはクリスに提供するという剣に対して無頓着だった。


「さっきも話したが、俺はもう右手で剣を握れない。だから右手用に微調整した剣は使えないんだ」


簡単に微調整などと言うが、迷宮から出た武具を個人の体軀や戦闘スタイルに合わせて調整するのは難しく、鍛冶屋に持ち込めば相当値の張る作業になる。

調整する武具そのものよりも高くなることも少なくない。

その上、ウィルの言う剣は、それ以外にも性能が特殊であった。


「メンバーの錬金術師に火魔法を付与してもらったやつだから、アッシドスライムもスパスパ斬れるぞ」


メンバーだからタダだったのかは知らないが、錬金術師が武具や装身具に魔術を付与する技術も、店を構えて商売になるほど需要があり、値も張る。

それをクリスもわかっているからだろう、頭を抱えて首を振った。


「待ってくれリーダー。あんた簡単に言うけど、それ、相当凄い剣じゃねぇか」

「そうかも知れないが、剣架に掛けといても意味がないだろ?」

「いや、そうだけど、あんたの前のお仲間とか、もっとこう、相応しい人にやった方がいいんじゃ?」

「俺はクリスに貰って欲しいんだけどな? あんまり使ってないからお古って感じもないし、いい剣なんだけど。イヤか?」

「イヤじゃねぇよ、もちろん。例えお古だってイヤじゃねぇよ。正直、剣を無くしたばっかりだから助かるし…」


剣の腕の良さを自負するクリスであっても、分不相応を考えてしまうほど、ウィルが言っている剣は武器としての価値が高い。

まだ見ていないが、できることならば一度でもいい、マークだって持ってみたいと思わせるような剣だ。

思わずため息をこぼすと、ニコリとウィルはマークに笑いかけた。


「よかったら、マークにも一本もらって欲しい」

「えっ!? 俺も!?」


マークは流石に驚きを隠せず声を上げた。

ギリギリ喜色は隠したつもりだが、他人の目にも分からぬように隠せたか自信がない。


「2、3回しか使ったことがない剣があるんだ。雷魔法が最初っからひっついてたんだが、双剣使いの俺には雷は相性がよくなくってな。斬った魔物が雷に弾かれてぶっ飛んだりするから、魔物の大きさにもよるが、片手じゃ衝撃を殺しきれなかったんだ」

「雷の付与は、珍しいですもんね」

「うん、そんなんで良ければ、貰ってもらえると有り難い」


希少な剣を握る機会が、引退まで考えているマークに、この先巡ってくるとは考えがたい。

この機を逃せば、一生見ることすら叶わないかも知れない。

傭兵になって20年、地道に剣を振るってきたマークの奥底で、おそらくは眠っていた剣士魂に火が付いた。


「ぜひ、お願いします」


言葉に思わず力が入る。

ウィルは、うんと笑って頷いた。


「シラー団長に預けてあるから、これから取りに行ってもいいか?」

「もちろん構いませんが、ご一緒してもいいんですか?」

「一緒に来てくれれば尚いいな。着替えとか、まだシラー傭兵団に色々置きっぱなしなんだ」


ウィルは苦笑いして頭をかいた。

私生活は案外だらしないのかも知れない。

そんなことを可笑しく思いながら、マークはリラとレフを振り向いた。

チョコレートの箱を蓋と底の2つにわけ、そこにそれぞれ5個ずつチョコレートを入れて、大切そうに両手で捧げ持っている。

その様子にまた笑みを誘われつつも、マークは二人に言った。


「俺とクリスは、リーダーとシラー傭兵団まで行ってくるから、二人は先に帰ってるといい。チョコレート、落としたら大変だろ?」

「そうだね! リラ、お菓子落ちたら食べれなくなるから、先に帰ろう!」

「うん、そうだね。せっかく美味しいのに、落としたら大変だもんね」


二人が笑顔を交わすのを見ながら、マークは自分が望んだようなリーダーが、今まさにこのパーティのリーダーになったのではないかと思った。

リラとレフを一人前の傭兵に育て上げ、自分の力で生きていくことが出来るようにしてくれる、面倒見のいいリーダー。

それはまさに、ウィルのことではないだろうか。


もし心配があるとしたら、ウィルは地下20階に行ったことがあるほどの、優れたメンバーに恵まれたパーテイに居たということだ。

地下18階で入手したという剣をためらいなく人に譲るような、ズレたところがある。

迷宮を舐めたりはしないだろうが、危機に対する感覚は、マークとはだいぶ異なるのではないだろうか。

クリスとマークですら、その危機感覚には開きがある。

先の話だが、地下10階どころかもっと下層に行くと言い出したら、止めなくてはならないと、マークは独りごちだ。


ともあれシラー傭兵団に着くと、ウィルは躊躇いなくその建物に入り、まっすぐに団長室に向かった。

シラー傭兵団の建物も、マリ傭兵団のものとそう変わりはなく、古い木造の建物は陰気で暗い。

廊下は同様に狭く、人がすれ違うのがやっとといったところも、マリ傭兵団の建物と同様だ。

そもそも構造はほぼ同じなのだろう。


団長室の場所はそれぞれ団長の好みで違うのだろうが、シラー傭兵団の団長室は1階の最奥にあった。

ウィルが二度ノックをすると、中から「入れ」と声がした。

それに応じてウィルが扉を開けたその瞬間、シラー団長は掛けていた椅子を蹴立てる勢いで立ち上がった。


「おまっ! ウィル! いつ帰ってきたんだ!」

「昨日の夕方」

「昨日!? 今までなにやってたんだ! 何で直ぐに戻ってこねぇんだ!」

「うん? 真っ直ぐここに来たけど団長留守だったろ?」

「ああ、まあそうだな。じゃあ、今戻ってきたってことだな?」

「いや、昨日ルーカスに会って、アンナとニキータがマリ傭兵団にいると聞いたから、今朝一番でマリ傭兵団に行ったんだ」

「まさか、おまえ…」

「うん。マリ傭兵団に入った」

「ウガー!」


獣のような咆哮を上げ、シラー団長は大きく頭を後ろにそらした。

二人のやり取りは、まるで親子のようだと思いながら、マークは少し心配になった。

考えてみるまでもないことだが、ウィルはシラー傭兵団でもトップクラスの傭兵だったのだ。

ハンス・ルシアーナと並んでツートップといっても過言ではなかっただろう。

片翼のハンスを失った今、シラー団長がウィルに戻って欲しいと望むのはごく当たり前だ。


のけぞった頭を戻しながら、シラー団長がまたも怒鳴る。


「何でお前まで、そう勝手なことをするんだ!」

「え? 剣と荷物を取りに来たんだけど」

「そういう話じゃない!!!」


ハアハアと肩で息をつくシラー団長を、むしろ気の毒に思いながらも、ウィルが戻る気がなさそうなことに安堵する。

ウィルは団長室の剣架から剣を2本外し「これだこれだ」などと嬉しそうに呟いている。

シラー団長はといえば、そんなウィルの様子に深々とため息を吐き、まだ腹立ちの収まらぬ様子で忌々しげに言った。


「アーロンのヤツは、お前に気づいて入団させたのか?」

「さあ? アンナを部外者に会わせられんというから入ったんだ」

「お前がウィルフレッド・ヴェスナーと気づかず入れたってのか!?」

「どうだろう? 知らん」

「ちぃ、豚に真珠たぁ、まさにこのことだ。てめぇの持ってるもんの価値が分からんヤツに持たれるほど、ムカつくこたぁねぇな」

「団長が言うほど、俺に価値なんかない。右手はもう剣も持てないしな」

「お前の価値は剣の腕じゃねぇけどな」


マークは、まさにシラー団長の言う通りだと思った。

アーロンは、自分がアンナを人質のようにチラつかせて引き入れたウィルが、あのウィルフレッドだと気づいていないに違いない。

気づいたらどうなることか。

それは完全な不安材料だとマークが眉を寄せる。


そんなマークのしかめっ面を目に止めて、シラー団長は少し笑った。

そして直ぐにその視線をウィルに向け、打って変わって静かな声で問いかけた。


「それで、アンナには会えたのか?」


ピタリと手を止めて、ウィルが団長を振り向いた。


「いや、まだ」

「そうか。何か困ったことがあったら、いつでも顔出せ。力になってやる」

「あっ! そういえば、早速だけど頼みがある!」


ウィルが大切なことを思い出したという顔で、シラー団長に頼み事をするのだという。

一体何を頼むつもりなのか。

マークは全く見当がつかず、首を傾げてウィルの言葉を待った。



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