14.C ニア・ハルマイル
迷宮に生死を賭す傭兵を迎え、癒やす街、ニア・ハルマイル。
この街には、傭兵が迷宮から持ち帰ったものを売買する商店、傭兵たちの胃袋を満たす食堂、酒を酌み交わす酒場、武具を取り扱う武具店や修理などを請け負う鍛冶屋などがある。
傭兵たちの持ち帰る財物を目当てにしつつ、傭兵たちのために軒を連ねる商店で成り立っている、傭兵たちの街ニア・ハルマイルには、傭兵が所属する傭兵団が9つある。
それを統括し監視する迷宮管理局の建物も、ニア・ハルマイルの中にある。
パボの酒場でたっぷり食事を取り、満腹した腹をさすりながら街に出ると、クリスは目に入った迷宮管理局の赤い屋根を見るともなしに見た。
同様に店から出てきて横に並んだマークが、同じように迷宮管理局の方に目をやって少し眉をしかめた。
「訴えても無駄だろうな」
ポツリと口を滑らせたらしいマークを横目に見て、クリスは黙って頷いた。
マークが何を訴えると言ったのか、聞くまでもなかった。
迷宮にメンバーを置き去りにして逃げたマルセルのことだ。
迷宮に法はないが、人としての道徳が全くないわけではない。
迷宮に傷ついた仲間を置き去りにするという行為は、一歩間違えば殺人と変わらない。
マルセルは、人として、してはならないことを彼らにしたのだ。
だが、国法が及ばぬ迷宮内で起きたことは、いくら迷宮管理局に訴えたところで取り上げて貰えない。
そもそも、迷宮管理局は迷宮から産出される貴重な品々が、他国に不正に流れ出ることがないように監視するのが目的で作られた機関だ。
傭兵同士の諍いも、殺傷事件ですらまともに話を聞いてはくれないらしい。
そんなことを、3年前の事故が知れ渡ったときに小耳に挟んだことを思い出し、クリスはウィルを振り向いた。
クリスはあまり3年前の事件には詳しくなかった。
三人も死亡者が出る大事故だったと聞いてはいたが、当時のクリスから見ればウィルが属していたルシアーナ・パーティは雲の上の存在だった。
明日は我が身、などと思えるほど卑近な話ではなく、遠いどこか違う世界の物語のように聞いたのだ。
マリ傭兵団にニキータとアンナが入ってきたときにも、場違いな連中が入ってきた、くらいにしか思わなかった。
その後、ニキータとアンナがマリ傭兵団で不動の地位を築き上げても、他人事だった。
最底辺と目されているクリスから見れば、ニキータのパーテイですから雲の上の存在に等しかったのだ。
そんなニキータの大先輩で、ルシアーナパーテイのサブリーダーを努めていた男が、今クリスの目の前にいる。
「どうした?」
真剣に見つめるクリスに首を傾げたウィルと目があい、クリスは少し慌てた。
特に何か用があってウィルを見たわけではなかったからだ。
だが、ふと違和感を感じて口を開く。
「ウィルフレッド、あんた、両刀じゃなかったか?」
クリスは、剣士としてのウィルが双剣を使うと聞いていたことを思い出した。
事故には関心がなかったクリスだが、双剣使いの剣士には、同じ剣士として興味をひかれたからだ。
今のウィルは右腰に一本剣を差しているが、左には何も武器を装備していない。
「以前はな。しかし、丸腰の剣士に問われるのも微妙だな」
「はっ!」
クリスは鋭く息を呑んだ。
自分が剣を迷宮に放り出してきたことを思い出したからだ。
今のクリスは剣士なのに剣を持っていない。
無意識にいつも剣がある辺りに手をさまよわせる姿がおかしかったのか、ウィルが目尻を下げて笑った。
悪意やからかいの様子はない。
だがムッと口をへの字にしてクリスはそっぽを向いた。
「緊急事態だったんだ」
「そうだろうな。でなきゃ、剣士が剣を投げ出したりしない」
「それであんたは、片方の剣はどうしたんだ?」
気を取り直してまた問うと、ウィルは苦く笑った。
あまり良い話ではないのだろう。そうは思うが、気にもなる。
辛抱強く答えを待つと、しばらくしてウィルは肩をすくめた。
「マークはよく知ってるようだったが、クリスも知ってるだろ? 俺は迷宮でリーダーを斬った。親友だったのに、助けられなかったんだ」
早口に応えたウィルが、一旦言葉を止めて少しため息を吐いた。
レフとリラの様子が気になるようで、チラリと二人を見た。
二人に怖がられることを懸念したのかも知れない。
続けてウィルは言った。
「言い訳をするわけじゃないし、それで俺の罪が消えるわけじゃないが、斬りたくて斬ったんじゃない」
「や、そんなことを聞きたかったわけじゃないんだ。剣をどうしたのかと、そう、思っただけなんだ」
クリスも少し慌てて口を挟んだ。
辛い過去の話をさせて、その状況を確認したかったのでも、罪を暴きたかったわけでもない。
それは伝わったのだろう、ウィルは少し笑った。
「気を使わせてスマン。でもな、剣を右手で振るえなくなったことと無関係じゃないんだ」
「あんたも、三年前、怪我したのか?」
「怪我……。うん、まあ、ハンスは腕の立つ治癒師だったから、互角とは流石に言わないが、10回打ち合えば、1回か2回は負けることがあった。油断ならない太刀筋だったし、力もあった。治癒師じゃなくても食ってける腕だったよ」
今度は明らかにウィルは笑った。
その笑顔にホッとしたのはクリスだけではなかったようだ。
すっかりウィルになついてしまったらしいレフが、ウィルとクリスの間に入ってきた。
「おいらもリーダーみたいに剣を使えるにようになるかな?」
「なれなくはないと思うが、レフは鍵師だろ? 解錠も罠の解除も集中力を必要とするから、弓のような武器がお勧めかな」
「弓! おいら、考えたこともなかったよ!」
「適度な力で引ける軽い弓でもいいし、いっそ自動弓でもいいと思う」
「ボウガンってヤツでしょ? おいら、使えるかな?」
「鍵師は、普段から解錠や罠の解除に集中力を必要とするからか、弓に適性があるヤツが多かったよ。弓はとにかく集中を切らせられない武器だからな。俺にはとても無理だ」
「どうして? リーダーは集中するの苦手なの?」
「子供の頃から落ち着きがないと言われ続けて、傭兵になってからもハンスにボロクソに言われてた」
レフと楽しそうに話し始めてしまったウィルから、クリスはそっと離れてため息をついた。
ウィルは3年前の事故で怪我を負い右腕が使えなくなったようだが、心の傷のほうが深いのではないかと思えるような様子を時折見せる。
辛いのだろうと、ふと思う。
クリスには、ウィルのように親しい友人はいないし、失うことが辛くてたまらないというほど好きな相手もいない。
だが、それでも昨日は、リラを失うかと思えば恐ろしかったし、レフの目が見えなくなったと知ったときには辛さを感じた。
自らの手で大事な人間を斬らねばならない辛さは、想像を絶する。
悪いことを聞いたかも知れない。
殊勝にも反省していたクリスの横にマークが並んだ。
「クリスは、ウィルフレッドがリーダーになるのは反対か?」
小声で問われてマークを見る。
反対も賛成もない。クリスやマークには、リーダーを決める権利などそもそもありはしないのだ。
その決定をするのは団長のアーロンだ。
そう言おうと口を開きかけたところに、またマークが言った。
「ウィルフレッドは、進退は後で俺たちに考えてもらうと言ってたろ?」
「そういえば、聞いた気もするな」
「俺も、飯に気を取られて忘れてたんだけどな」
「ああ、飯をがっつくのに忙しくて、忘れてた」
「で、反対か?」
再び問われた問いに、クリスはハッキリと首を振って応えた。
ウィルならば、このパーティをこのメンバーのまま、良いパーテイへと昇華させてくれるような気がする。
少なくとも、傭兵たちの中で最も有名なパーテイを、パーテイリーダーと共に育て上げた実績があるのだ。
マルセルが来た時に感じた希望よりも尚、強い希望が心に灯るのをクリスはハッキリと感じ取り、思わずニンマリと口角を上げた。




