13.W ウィルフレッド・ヴェスナー
裸足のまま駆け出してきたレフが、勢い余ってウィルの両手の中に転げ込んだ。
それを笑いながら抱きとめて、ウィルは言った。
「少しは見えるようになってたろ?」
「そうだよ! おいら「見える!」って叫ぼうとしたのに、なんで出てく相談とかしてるんだよ! 違うこと叫んじゃったじゃんか!」
不貞腐れたように眉をしかめて怒鳴るレフに、思わずウィルは笑みをこぼす。
ウィルは四男で、上に三人も兄がいる。
既に他家に嫁いだが姉も居るから、ウィルには義兄もいるのだ。
子供の頃から兄や姉は間に合っていたが、弟か妹がずっと欲しかった。
そのせいか、ウィルは傭兵になってからも自分より年下の者を可愛がる傾向が強かった。
今も、目の前のレフが可愛くて仕方がない。
頭をくしゃくしゃと撫でると、レフはぷいっと頭を逸した。
「そんな子供じゃねぇやぃっ!」
ウィルは思わず吹き出したが、マークもクリスも笑いだしてしまったようだ。
レフの治癒が成功したことに、彼らも安心したということもあるだろう。
思いのほか笑い声は大きく響き、リラも目を覚ましたようだ。
目を丸くして彼らを見ている。
その視線に笑顔を見せ、ウィルは全員を一渡り見回した。
「俺の今後の進退は後でみんなに考えてもらうとして、レフの目のお祝いも兼ねて飯でも食いにいかないか?」
問うと、真っ先にレフが喜色を表した。
「リーダーの奢りで!?」
「当然。こういうのは言い出しっぺが払うもんだろ? それより、腹が減ったろ?」
「減った!」
アーロンに呼ばれこの部屋に入ったとき、入り口に背を向けて小さく身体を丸めていたレフが、まるで別人のように元気になって満面の笑顔をみせている。
治癒師は一度やると辞められない。
そうウィルに言ったのは、ウィルが3年前に斬ったハンスだった。
ハンスは、剣士だったウィルに「お前は治癒師に向いている」と言い続け、事あるごとにウィルに治癒術を教え込んだ。
まるで自身を見舞う悲劇を知っていたかのように、しきりとウィルに治癒師になるよう勧めていた。
それを時には煩わしく思いながらも、ハンスに治癒を教えられることは楽しかった。
そんなハンスを斬らねばならなかった無念さは、いつでもウィルの気持ちを暗く淀ませる。
辛く悲しくも大切な過去の思い出に飲まれぬよう、ウィルは右の拳をギュッと握り込む。
今は過去に沈み込むべきではない。
治癒に視界を取り戻した仲間のお祝いに、たっぷり美味しい食事を振る舞うべきときだ。
崩れかけた笑顔を再び取り戻し、ウィルは、靴を履くレフを見る。
見るからに栄養の行き届かない小さな身体と細い手足。
重たい武器は持てないだろうその体躯で、これからもレフは傭兵として生きていくしか道はないのだろう。
傭兵になるような子供に、まともな親が居た試しがない。
パーティの中に居場所が確保できるくらいには育ててやりたいが……。
シラー傭兵団にいたときは、新米の傭兵を幾人も、ハンスと二人で育ててきた。
その時の経験をこのパーティで活かせたらと、やりたいことが幾つも見つかる。
だが、ウィルは目的を持って戻ってきていた。
その目的のために、このパーティを利用するるようなことはしたくない。
思考を戻し、ウィルは笑顔でレフに問いかけた。
「何が食いたい?」
「なんでもいい! おいら昨日の昼からなんにも食べてなくて、お腹ぺこぺこだよ!」
迷宮から戻ってからは、恐らく何も喉を通らなかったのだろう。
ほぼ丸一日、レフだけではなくリラやクリス、マークも何も食べていないのだろう。
「そういやあ、腹減ったな」
「そうだな。色々有りすぎて、気が付かなかったな」
マークとクリスもそんな話をしながら、先立って歩き出したウィルとレフに付いて来る。
リラだけが戸惑ったように室内に残るのを振り返り、ウィルは手招きした。
「ほら、リラも早くおいで」
声をかけてやると、ぱっと顔に喜色を乗せて急ぎ足に駆けてくる。
仲間に遠慮している姿を度々見せるリラも、堂々とパーテイに居られるようにしてやりたい。
自分が傭兵に戻ってきた目的と、レフやリラにしてやりたいこと。
同時に成すには少々無理があることに、ウィルは内心で頭を抱えた。
そんなウィルの内心など知る由もない仲間たちの中でも、特に空腹が堪えているのはクリスとレフであったらしい。
「なあなあ、何食うの? どこの店に入る? おいら、直ぐに食べられる店がいいな」
「待て待てレフ。時間掛かっても美味いもん食わせるとこの方がいい」
「え〜、ヤだよ。待てないよ」
「1日食ってないんだ、あと半時間くらい待てるだろ」
「1日食ってないから待てないんじゃん!」
ワイワイと揉めるとも戯れるともつかない応酬を繰り広げている。
「美味くて早くて沢山食える店…」
ウィルは呟いて、一軒の店ををちらりと見やった。
パボの酒場と書かれた看板が、半分取れかけて斜めになっている。
昼は腹をすかせる傭兵たちの胃袋を満たす食堂で、夜には傭兵たちの心身に貯まった疲れを癒やす酒場になる。
以前は、朝から晩まで口に入れるものは全て、この酒場のお世話になっていたと言っても過言ではない。
ハンスとも、何度この店で食事をし、何度酒を酌み交わしたことだろう。
どこを見ても、ハンスと歩んだ9年という時間が思い起こされ、ウィルは僅かに眉根を寄せた。
今すべきは、過去を懐かしみ、心を痛めることではない。
そうは思っても、思い出ばかりがむやみと多いこの街では、心情を上手く制御できない。
軽く頭を振って思考を追い払い、ウィルは再び笑みを作った。
新たに今日得たばかりの仲間を振り返り、問う。
「ここでいいか?」
誰も異存はないらしく、みな明るい表情で頷いた。
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名前:ウィルフレッド・ヴェスナー 【W:Wilfred】
年齢:28
性別:男性
呼名:ウィル
ヴェスナー伯爵家の四男。兄が三人と姉が一人いる。
姉は既に他家に嫁いでおり、今年8つになる双子の子供がいる。
ウィルは実家からは勘当されているが、姉の婚家、義兄とは親交がある。
三人の兄もそれぞれ既婚。二番目の兄が学術院で教鞭をとっている。
16歳の時にシラー傭兵団に入り、傭兵になった。
以降9年間、シラー傭兵団に在籍。
地下20階に行った初のパーティのサブリーダーとして名が知られていた。
3年前の事故でパーテイリーダーのハンスを斬り、結果的に殺害。
その措置が物議を醸しシラー傭兵団を去ったと言われているが、
ウィルが去ったのはアルヴィ学術院に入るためだった。
学院では治癒を専攻し、3年間の修業を経て学院を卒業。
再び傭兵になるべく、迷宮と傭兵の街ニア・ハルマイルに戻ってきた。




