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大迷宮の闇  作者: 文弱
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11.L リラとウィル



レフはウィルに治癒を受けながら、そのまま寝入ってしまったらしい。

スースーと、心地よさそうな寝息がリラの耳にも届いた。


その安らかな眠りを見守ったのはリラだけではない、クリスやマークも安心した様子でそれを見ていた。

だが、レフの治癒を終えたウィルが立ち上がると、クリスも直ぐに立ち上がって大股にウィルに歩み寄った。

また怒るのかと、リラは身体を固くした。

せっかく眠ったレフが起きてしまうのではないかと心配にもなる。

だがクリスは声をごく控えて、ウィルに身体をぶつけるほど近寄って言った。


「どうなったんだ? 治ったのか?」

「一日二日で完治は無理だ。一週間くらい続けて毒抜きした方がいい。やめると、また視神経を侵される危険も残ってる」

「…うちの魔術師と治癒師は、毒に気づかなかったのか?」

「さぁなぁ、当人に聞いてみないとわからないが……。アッシドラスイムと聞かされて、毒を疑わなかったのかもな」


会話をそこで切り、ウィルがリラを振り向いた。

ビクリと身体が震えてリラは後退りする。

オーガのように身体の大きなウィルは、レフに対する様子を見るにとても優しい人だ。

けれど、リラにはそれが怖い。


マルセルも、最初から女性のリラと子供のレフには優しかったのだ。

ただの手荒れを案じて治癒を施し、リラの名前を美しいと言ってもくれた。

だがマルセルは、リラを助けるためであったかも知れないが、リラを覆うスライムに火を掛けた。

リラがそのまま焼け死ぬかも知れないほど大きな炎の魔法を使い、消火もしなかったらしい。

そしてなにより、リラたちを迷宮に置き去りにした。

そんな風に、最初は優しく見えた人が、冷血にリラたちを切り捨てるのが怖かった。


「まずは自己紹介からだな。俺の名前はウィルだ。今年28になる。多分、君から見ればオッサンだ」


目を和ませて笑うウィルの笑顔は優しいが、マルセルだって優しく笑った。

マルセルの歳は知らないが、同じ学校を出たばかりならマルセルもそのくらいの歳だったのだろうか。

そうリラが思って首をかしげると、クリスも同じ疑問を持ったのか、またウィルの傍に来て小さな声で言った。


「アルヴィ魔術学院ってのは、そんな年になるまで出られないとこなのか?」

「魔学は3年教育だ。俺が入学したのが遅かったんだ」

「25のときか。それまで何やってたんだ? 勘当されてんだろ?」


ちらりとクリスを見やり、ウィルはため息を吐いた。

笑顔は消え、少し迷惑そうな表情になる。


「傭兵だよ。シラー傭兵団に9年居た。後で経緯は全部話すから、少し待っててくれないか? 彼女の火傷も、出来れば早く診てやりたいんだ」


クリスの返事を待たずにウィルがリラを振り返る。

真っ直ぐに見てくるウィルと目があった。

短く切られた金の髪に空のように真っ青な瞳。肌は白く血色がいい。

オーガには似ていない。リラは少し笑った。


「良かった。ようやく笑ってくれた」


ウィルがとても嬉しそうに笑いながらそう言った。

リラは恥ずかしくなる。

子供のように何でもかんでも怖がる臆病な自分が、時々恥ずかしく、恨めしい。


「痛いことはしないし、怖いこともしないから、だから、少し傷を診せてくれないか?」

「でも……」


目をつぶらされ何も見えなくなるのは、やはり怖い。

アッシドスライムに張り付かれたときのように、何も見えなくなって、何が起きているのか分からないのは怖い。

思い出せば恐怖に身がすくみ、自分ではどうすることも出来ずに身体が震える。


「ああスマン、知らないオッサンは、怖かったな」


リラの様子を、自分が怖がられたと誤解したのか、軽く苦笑いしてウィルが少し後ろに下がる。

そうしてウィルはクリスとマークの方を振り向いた。


「もしよかったら、どっちか、彼女の傍にいてやってくれないだろうか? よく知ったパーティメンバーが手を握っててくれれば、少しは彼女も安心できるんじゃないかと思うんだが、どうだろう?」


直ぐにマークが立ち上がる。

リラはホッとした。

マークは妻帯者で娘がいる。

マークのそんな背景は、今迄もリラに安心感を与えてきた。

今もマークはウィルの提案にうなずいて、リラに微笑みを見せて歩み寄り、リラを安心させる。


「俺はどうすればいい?」

「彼女に横になってもらって、その手を握っててやって欲しい。顔全体、瞼も治癒するから、目は閉じて欲しいんだ」

「分かった。リラ、横になれるか? 膝枕するか?」


いつも優しいマークだが、今日のマークは少しお父さんのような感じがする。

優しいお父さんなど知らないリラだが、きっとこんな感じだろう、そう思えば益々気が楽になる。


「大丈夫、です。ごめんなさい」


リラはマークに頭を下げ、次いでウィルに向き直り、やはり深く頭を下げる。


「すみません。宜しく、お願いします」


治療を受けると仕草と言葉で伝え、リラは布団に寝転んだ。

枕に頭を乗せると、直ぐ傍にウィルが腰を下ろした。

投げ出した手をマークがそっと取り、自分の手の上に乗せて軽く撫でてくれる。

リラは自ら目を閉じた。

その頭上から、柔らかく静かな声が降りてくる。


「君は、リラって名前なんだな。同じ名前の花があるだろ? 爽やかな、ちょっと甘い、いい香りがするんだよな」

「私の名前……。花の名前、なんですか?」

「うん。可愛い花だよ。色は確か紫と白だった。知り合いがリラの花が大好きで、庭いっぱいに育ててたんだ」


紫と白い花。

庭一面に広がるリラの花畑。

どんな花なのか、リラはその花の姿が分からなかったが、脳裏に色鮮やかなその光景を思い浮かべた。

爽やかで甘い香りが、鼻孔に入ってくるような気がする。

それを吸い込むように深く息を吸う。

そうしてゆっくり吐き出す。

深呼吸に心が更に落ち着いて、まどろむような心地よさに眠くなる。


「今夜は、懐かしい、花の夢を見られそうだ」


柔らかなウィルの声を聞きながら、リラはスウッと眠りに落ちた。



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