ニホンミツバチ
彼らはみつばち。
仲間のために花の蜜を集めるのが仕事。
花畑が彼らの仕事場。
花から花へ、蜜を花粉を集め、仲間たちの元へ運ぶ日々。
花畑で出会うものは、みな競争相手。
蝶より早く飛び、
ハナムグリを押しのけ、
他の巣のみつばちと争い、
得た蜜を花粉を巣へ運ぶ。
働きバチの寿命は短い。
そのため、若き働きバチは、引退間際の老いた先輩働きバチ、通称 とっつぁん から教えられることすべてを学ぶべく、努力する日々を過ごしていた。
「よう、若造。覚えておきな。向こうの林にゃ行っちゃいけねえ」
「なぜです? とっつぁん?」
「…………スズメバチの巣があるからよ」
「でもとっつぁん、林の向こうにも花畑があるって、同期が言っていましたよ?」
「…………ああ、そいつぁ、ただ運が良かっただけなんだろうな。なあ、お前さんは、俺の言うことを聞いてくれるな?」
「もちろんです」
「それでいい」
老いたハチは、若いハチに無理を通してしまうが、若いハチは、今の花畑から蜜が無くなってしまったなら、無理を通してでも林の向こうの花畑まで行かなくてはならないと思っていた。
『やい、田舎者の腰抜けども! ここは俺たちの縄張りだ。あっちへ行け!』
二匹の目の前に、最近見かけるようになったセイヨウミツバチが立ちふさがる。
「相手にするなよ。どうせなにもできん」
若いハチは身構えるが、とっつぁん はまるで相手にしていない。
「いいんですか? とっつぁん?」
「いいさ。それより、少しでも蜜を集める方が大事だ」
「ですね」
威嚇してもまるで動じないニホンミツバチ二匹に、セイヨウミツバチはブンブン周囲を飛び回り威嚇を続けるが、
『……邪魔だ』
三匹の間を、より体格の大きいカブトムシが通過していったことで大きく距離が離れ、うやむやになってしまった。
数日後、若いミツバチは、いつも通う花畑が異様な雰囲気になっていることに気づいた。
「…………とっつぁん、なんだか、変です」
「変って、なにがだ?」
「花畑が、なんだか、様子がおかしいです」
「……小うるさいセイヨウミツバチや蝶がいないからだろうな」
「なんで、あいつらいないんでしょうね?」
「そりゃあお前ぇ、襲われたら、花の蜜を集めるどころじゃあねぇだろうさ」
「…………襲われた? 誰に?」
「誰にってそりゃあお前ぇ、スズメバチしかいねえだろ」
若いハチは、スズメバチ、と聞いて、今回はなぜか胸が騒ぐ。
見たこともないはずなのに、ソレはとても不吉なモノだと本能で理解する。
決して出会ってはいけないものだと。
数日後、巣から飛び立とうとしていた若いハチに、ガチン、ガチン、という恐ろしい音が聞こえてくる。
聞いたことはないが、恐ろしいということだけは分かるその音に不安を抑えられずに騒ぎ出す若いハチたち。
「…………俺の番か…………」
ため息混じりの老いたハチの小さな声が、騒いでいたものたちの耳に妙にはっきりと届き、ざわめきが治まっていく。
「……とっつぁん? 何か、知ってるんですか?」
矢も盾もたまらず、若いハチは老いたハチに問いかけるが、
「これから起こることから、決して目をそらすな。耳を塞ぐな。命を繋ぐために、俺が逝く」
ただ一匹、老いたハチだけが巣穴から飛び出し、そして……。
「ああああっ!! あとは、任せたぞーーーっ!!」
断末魔の叫びが、巣全体に響いた。
…………気が付けば、あの不吉な音は聞こえなくなっていた。
翌日、再び、あの不吉な音が聞こえてくる。
『ツいてるぜぇ……。こんな近くに二つもエサ場があるなんてよぉ……』
『食い放題だぜぇ……。巣も宴の準備で大忙し♪ オレらは食い放題で大忙し♪』
『……チッ……順番は守れよ……』
しかも、増えていた。
巣に入れないほどの巨大な敵が、複数。
巣は、あっという間にパニックに陥ってしまう。
『狭すぎて入れねぇ……』
『なら、入り口広げりゃあいいんじゃね?』
『うは、お前テンサイ?』
少しの間の後、侵略者どもは入り口を大きなアゴで削り広げていた。
……そして、
『見ぃつけたぁ……♪』
自分たちに少し似た、巨大な敵が姿を現す。
あれが、スズメバチだ、と誰かが呆然と呟いた。
『もう少し穴を広げたら、そっちに行くからねぇ……ウハッ♪』
スズメバチの邪悪な笑いも、ミツバチたちの恐怖を煽る要素でしかない。
もうダメだ。と誰かが漏らしたとき、
「諦めてはなりません。守備隊、前へ」
我らが女王の声が響いた。
「「「ハッ!!」」」
女王の号令に鼓舞され、特に力の強いハチたちが、恐怖を押し殺し前に出る。
「一番槍は、おっさんがもらうよ~」
その守備隊よりも前に、なぜか年かさのハチが前進した。
……そして、
『さぁて、ミ・ナ・ゴ・ロ・シ♪ だぜぇ~~♪』
ついに、怨敵スズメバチが巣へと侵入してしまった。
「じゃあ、まずはおっさんからね~」
年かさのハチは、あくまでも気楽な調子でスズメバチへと向かっていく。
『いただきま~す♪』
……が、真正面から接近したことで、巨大なアゴにあっという間に捕らえられてしまう。
…………しかし、
「……ごふ、……い、今だっ!!」
強靭なアゴに捕らえられ、弱々しい抵抗をしながらも、年かさのハチは、号令をかけた。
「「「うぉおおおっ!! 突撃ぃっ!! 熱殺蜂球・煉獄陣!!!」」」
その号令で守備隊が一斉に飛び立ち、スズメバチの体へと張り付く。
そして、羽を高速で振動させ摩擦熱を生み出す。
『……な、なんだ、こいつらは…………あ、熱い、熱い熱いギャアアアァァァ…………っ!?』
ニホンミツバチたちが生み出した熱は、自分たちもろともにスズメバチを焼き、スズメバチが暴れようとも決して離れず、そして……。
守備隊が離れた後には、物言わぬ骸と化したスズメバチの巨体が横たわっていた……。
その巨大な骸も、ミツバチたちが協力して巣の外へ押し出せば、外で順番は今かと待ちわびていたスズメバチどもは、骸と化した仲間の姿を見て恐れおののき巨体を震わせ、逃げ去っていくのだった。
敵の骸と仲間の亡骸を目にし、若いハチは震えた声を絞り出す。
「…………僕にも、できるでしょうか…………?」
「できるさ。なぜなら、俺たちも初めてやったのだから」
「もし次があったなら、キミがその役割を担うんだよ。巣と女王を守り未来へと命を繋ぐために」
「……分かりました。任せてください」
たった一匹でミツバチの巣を壊滅させるともいわれるスズメバチに対して払った犠牲は、老いたニホンミツバチ二匹のみ。
しかしながら、迎撃に参加したミツバチたちは、文字通り命を燃やして立ち向かったことで、寿命を半分に減らしてしまうのだという。
その自己犠牲の精神と、巨大な敵を恐れぬ勇気、そして、連面と受け継がれる必殺の技によって、養蜂家は今日もはちみつを収穫できるのだった。