迫り来る最前線
「…聞こえていますか?…え?何も見えない?少々お待ちを」
「……ここは」
「そう、お察しの通りここは私の世界。夢の中、知っての通り私の名前はアンビジョン」
「…何の用だ?」
「そう警戒なさらずに。別に説教するわけじゃないんです。私は貴方に興味があるだけです」
「興味?」
「そう、ここは様々な夢と繋がっている。"住人"も居る。…ですが、"貴方の夢"だけ見つからないのですよ」
「俺の…夢?」
「私がまだ見ていないところに居るのか、はたまた他の世界に行ってしまったか…それとも、貴方に夢は無い?」
「…どういうことだ」
「夢というのはその人の本質。例えば、幻さんは見た目はああですが夢の中だとかなり繊細なのですよ。なのに…貴方にはそういうのが見当たらない。本質が無い?それとも他人にはそんな安易に見せないだけ?」
「・・・」
「…まぁ、良い。じっくり調べれば良い話。それで…『貴方は本当にやるんですか?』」
「…やるに決まっているだろう」
「…そうですか。真意と信じます」
「全く!いっつも他人のものを盗っていくんだから!」
「今回は絶対に逃がさない!」
「…ちょっと待って!その子は違うわ!」
「ほんとだ!勘違いだったわ!」
「…店の前で騒がないでくれ。今は緊急事態なんだ、静かに暮らしたいんだよ」
ガチャリと、誰かが現れる。
「あ、貴方は…」
「おや…?」
その者はしばらく見つめて
「…僕は君と面識はない。でも、君は僕のことを知っている?僕の名前は玉響。さっきの妖怪達は知り合いさ、悪い奴らじゃないよ。君の名は?」
「ま、幻…」
「そうか…これは、偶然じゃないな」
「?」
「店の中に入ってくれ」
「……僕達は今『追い詰められている』。君達がどうやって、何の理由でここに来たのかは聞くつもりはないが…結界が作用してここにやってきたっていうのはわかっているよ」
「最近、結界が歪んでるんだね。それで、私の他にも誰かいるんだ?」
「ああ、話忘れていたね」
「…だから、私は人間でも妖怪でも無いんだとさっきから言っているだろう」
「だからこそ貴方に語りかけているのではないですか」
「私は確かに人間に造られたが人間の遺伝子をベースに作られたわけじゃないぞ。そこのところどう説明する、ディマドリードとやら」
「少なくとも人間ではないのは私も同じです。私なんて一目瞭然なのですから。…エニグマさん、貴方が妖怪でないのなら、れっきとした人間…私達人外をとことん厭む人間です」
「何だその言い方、むかつくな?」
「…とまぁ、さっきからこの調子でね」
「へぇ…」
「何か気になるのか?」
「…いや、あの二人なんか私の知ってる人じゃない気がして。見た目も、声も、どこか違う。名前は同じなのに」
「二人が敵対しないだけマシだろう」
「それで…私にしかできない役割があるんでしょ?」
「…その通り、とても大事なことなんだ。真剣に聞いてくれ。金蛇との融合体、ディマドリード。不可解なる生命体、エニグマ」
「あ、あぁ…」
「わかりました」
「君達が知らなくとも、僕は知っている。君達は屈指の上位に位置する者。さっきも説明したからわかるだろう?」
「覚えてはいる」
「しかし、本当なのですか?」
「目覚めたばかりならまだ無理かもしれない、でも今なら違うんじゃないか?」
二人は目を閉じ、何かに集中する。
「………バカな!?漂う妖気がこんなにも乱れていると!?」
「カナヘビ達を通して感じ取りましたが…これは尋常じゃありません!」
「…さっきも言った通り、君たちはかなり強い部類に入る。僕は戦えない、だから君たちにお願いするしかないんだよ」
「…ま、二人がどうするかは知らないけど私は行くよ」
「「…!」」
「ありがとう、君に渡すものがあるんだ」
「小さなお守りと…箱?」
「お守りは記録用だ、君の体験を通して記録される。箱の方はとてもとても大事なものだよ。……お守りを渡すまで、絶対に箱は開けるな、相手を刺激してはいけないから」
「わ、わかった」
「さぁ、行って」
「…おい待て」
「私たちも行きます」
「二人共…」
「…千人力だ。僕は最後までここに残る。やる事があるからね」
「それで、行き先は?」
「そうです、どこに行けば良いのです?」
「ああそうか、僕としたことが。君達に行ってほしいのは…」
ここから遥か下にある…地獄さ。
「…空を飛べたらさぞ楽なんだろうに」
「貴方も私も翼生えてませんしね」
「仮に飛べたとしても、『敵』に見つかるだなんて言われていたけどな」
「敵は強くはないと?」
「そうは言っていない。ただ馬に変身して移動する時もあったからさ」
「馬は飛ばないでしょう」
「いや飛ぶだろ」
「何わけのわからないことを仰っているのです?」
「わけのわからないことではない!それに、どうしてそんなに人間を嫌うのさ?距離を取れば良いだけの話なのに」
「貴方に話す理由はない!」
「す、ストップ!そもそも今どこに向かってるの?」
「地底への穴かな、下に行くならそこを通った方が良い」
「方角は間違っていません。ご安心を」
「…そういえば、あの玉響だったか?あいつが話していたことはもう一つあったな」
「ええ、『この世界を取り巻く者』つまり…今、私達を取り囲んでいる輩ですね」
わらわらと現れる生命体達。
「幻だったな?悪いが正面の奴らを対処してほしい。他は私達がやる」
「わかった!」
「なんとか追い払いましたね」
「あれは広い意味でお前の仲間だったろう?普通にボコボコにしていたが」
「それは見た目だけ、あの者の言葉をお忘れですか?」
「確かにそうだが躊躇いがなさ過ぎるであろう?」
「生き残るためには力は必要ですよ?」
「えぇ?破壊のためにあるんじゃないのか?」
「?」
「?」
「ねぇねぇ、さっきの子達って…」
「あぁ、そのことか。どう説明しようか…」
「私の考えにはなりますが、この世界は『周りからじわじわと潰されている』最中、その『前線』は進行しつつ境に位置している」
「さっきの奴らはその『前線』が実体化したもの。簡単に言うならな」
「私達と何も変わらないのに」
「だから、あれは私達と同じではない。生きてすらも居ない」
「とにかく、先へ行きましょう。何かあったなら進みながらでも」
「・・・」
全く同じ、でも本人と違う…
「おや、だいぶ開けた場所ですね」
「こんな鬱蒼な森に住む物好きも居るんだな」
「…また変な奴らか」
「!」
家から現れる一人の魔法使い。
「さっきのとは…違う奴らだな」
(アビス…!?でも何か違う…)
「でも所詮は妖怪やら何やらなんだろ?纏めて成敗してやるぜ」
「くそ…何が起きてやがる?『初めて見た奴』には警戒するべきだったか…私としたことが」
その者は、空気に溶けるように消えていった。
「アビス!?アビスッ!!消えた!?消えちゃった!!アビスがどっか行ったッ!!!」
「今のは幻の知り合いと同じ姿だったのか?」
「今のはご本人ではありません。言うなれば…複製された幽霊のようなものでしょうか」
「とにかく今は急ぐぞ、話は進みながらに」
「…近くに地下へ続く穴があってよかった、これならすぐ目的を果たせそうです」
「…さっきのアビスも、やっぱり」
「そう、飛んできた『前線』。それは明確に線は引けない。そして、『前線』は末端だけにあるわけではない」
「なんと呼びましょうか、『模写霊』とでも呼びましょうか」
「何度も言うが本人ではない、『姿』と『記憶』を模写したもの…だと思う」
「でも、それは本人と変わりないんじゃ…」
「その通り、それは模写霊にしても同じだ」
(どうして前線がそうなるんだ?)
「…私は長い間人間から疎まれ続けました。時が流れてもそれは変わりませんでしたよ。そして…人間達は…」
「ついに逆上して殺戮しまくったのか?まぁ、わからなくはないが」
(ムッ!)
「…私を作ったのは、お前なのか?」
「何をおっしゃっているのです!私だって気づいたらここに居たのですよ!?そもそも私に人造という知識なんて無い!……そもそも貴方、さっきからよくわからない発言をしておりますが一体どちら様なのです?」
「私か?玉響も言っていただろう、『不可解なる者』つまり自分でも自分が何者なのかわからないのさ」
「…さて、しばらく進んではみたものの何も出てこなかったな」
「そんなことよりも貴方の件のついてですが…!」
「別に、面白いことなんてないぞ。それはまた今度…」
「『また今度』って…どうして素性を隠すのです?」
「素性も何も…ほんとに話すことなんてないからね。私はお前と違って元人間というわけじゃないし…」
「…まるで思い出したく無い過去のようですね」
「ああいや、別に悪い意味じゃないよ。しかし、どうも目覚めが悪い。私はもっと長く眠りについていたはず?なかなか本調子にならないんだ。本当ならお前の質問にも答えられるはずなんだけど…いや、どちらにしても答えないだろうな」
「なるほど、そういうことでしたか。私も同じです。実験から解放するにしてはいかにも雑すぎる。人間達がやったとは思えない」
「ねぇ!出口に近づいてきたみたいだよ」
眩い光が三人を包む。目が慣れてきたころに、階段が。
「向かうとしましょう!」
三人の前に現れた、大きな廃れた建物。
「…ここから力の流れを感じます。本格的な地獄への道がここにあるに違いありません」
「行こう」
「…」
幻は俯いていた。
「…?」
「どうした?どこか怪我したのか?」
「…あ、いや違うの。ただ…」
「あの森の模写霊のことか?確かお前の知り合いにそっくりだったとな?」
「うん、でもどこか違った。でもそっくりだった」
「……幻さん。貴方の身の上を話してくれませんか?」
「え?でも時間が…」
「私とエニグマさんはある程度互いのことを話しました。お陰で相容れないことがありますが…」
「私はどうでもいいがな」
「私はどうでもよくないんです。このような関係でも、戦いの連携はできる。それはお互いを知っているから」
「ディマドリードの言う通り、お前も戦略の要というわけだ。話をするのは戦略を伝えるのと同じこと。強張る必要は微塵もない」
「……なるほど、様々な異変を解決していたんだな。どうやら、私達よりも歴戦のようだ。しかし、幻はお前からしたら味方に入るのかい?」
「別に私は危害を加えてこないなら何とも思いませんよ」
「私も別に人間に微塵も恨みはないけれど……まぁ、幻は特別な能力を持っているな。騒霊だったかな?見たことも聞いたこともない種族だ」
「……えっと、どうして二人は『模写霊』が本人じゃないってわかるの?」
「どうしてか…うーん。最初はその者の魔力やらで判断できると思っていたのですが、今はそうは思いません」
「私も、記憶を読むことでわかると思っていたが…それさえも本人とは差異はないはず…自分でもわからないな…」
「……模写霊とは言うものの、戦ってからではないと確信が得られないのがなんともですね」
「…もし、本物だったら」
「まぁ、気持ちの良いものではないな」
「先程も言いましたが、模写霊はその全てが本人と同じものを備えた存在…だが本人ではない。私達はその差異を直感でわかるのですがその理由がわかりません」
「……別の世界からやってきた?」
「貴方と同じように?」
「というと?」
「幻さんの記憶と姿声は違えど、完全な別人というわけではないということ。別世界となれば同じ役割に収まるということです」
「…それだと私達は霊ではなく別世界の本人をボコボコにしたってことになるぞ?」
「別に、誰かを殺すことなんてどうということでは無いでしょう?」
「そりゃあ、自分の身を守るとか納得いく理由ならわかるが今回はそうでもないだろう?」
「何だ?『殺す』ということがそんなに恐ろしいか?」
「!?」
「誰だ!?」
「俺だよ」
幻が手にしていた箱が喋り出す。
「まぁ精々足掻くがいい、『殺される』その時までな」
「どうしたお前達、箱の中身でも当てようとしているのか。無駄なことだな、それと…間違っても箱の中身を開けるなよ」
「わかってるよ、そう言われたからね」
「そう、それが身のためだ」
しばらくすると、爬虫類の声が聞こえてくる。
「キシャー」
「シャー!」
「この声は…まさか貴方達なのですか!?」
「シャッ!?」
「シャー!!」
「なるほど、貴方達も異変を感じてここまできたと」
「シャ…!?」
「シャー!シャー!」
「…わっ、どっか行っちゃったよ」
「どうしたカナヘビよ。仲間と共に行かぬのか」
「…いいえ。私は立ち向かう、家族を守るために」
「お、言うね」
「…上手く立ち回れなければそれはすなわち『死』を意味する。それを理解しているのか?」
「百も承知です」
「…そういえば、二人の連携だいぶ良くなってきたね」
「そうか?」
「これが普通じゃないでしょうか」
「…そう、敵は全てその弱い内側から粉砕してしまえばいい。簡単なことだ、お前達は手間をかけすぎている。邪魔者は全て滅ぼしてしまえ」
「…そんな考えしてるから、封印されたんじゃない?」
「何だと?」
しばらくすると、二つの声が聞こえる。
「…ねぇねぇ、あれエニグマ姉さんじゃない?」
「あっ、ほんとだ。備蓄されてる力でわかる」
「むっ、その声は…我が妹達か?」
「姉さんが戻ってきたってことはもうお家に戻っても良いんだね!先に帰ってるねー!」
「・・・」
「あらら、あっちも行っちゃった」
「どうした不可解なる原子。あの様子だと大歓迎なようだが」
「…否、まだこの異変は終わっては居ない。妹をぬか喜びさせるわけにはいかないからな」
「そのとーり!」
「……どうしてこうみな愚かなのだろう。…ならば、地底に建てられた屋敷へと向かえ、それが一番早い」
「協力してくれると?」
「何を吐かすか。この姿では自由には動けぬ、かといって表に出ればもっと散々なことが起きる。運ばれるのが一番合理的、それだけだ」
「へぇ」
にゃーん
「猫ッ!?」
「猫だな」
「猫は嫌です!平気で弱った生き物を弄ぶのですから!!!」
「まぁまぁ、そんなビビる必要もないだろう」
ザスクッ
「顔面引っ掻かれました」
「…愚かだな。それにそれはただの猫ではないぞ」
「…ついに獣を模写するところまできたか。流石に気分が悪い、早く切り抜けたい所だ」
「…動物には優しいんだ」
「あ?儚い霊体が軽い口を叩くな。黙れ」
「私に箱を持たせてるのには何か理由があるんでしょ」
「…黙れと言ったはずだ。仏の顔も三度まで、という言葉があるらしいが…俺はもう赦さない。お前ごとき、このままでも十分だ」
「は、箱がっ!?」
「………もががっ!?」
「ちょっとうるさいぞお前」
「向こうを見てください」
遠くに映る、二つの人影。
「あれは…私と同じような生き物?それにしては体格やら違いますが」
「…あっ!あの時の!」
「どうやら幻の知り合いのようだな。模写されているわけでもなさそうだ」
「ククク、龍と人のハーフか。どちらにもなり切れぬ出来損ないがこんなところに住んでいるとは!これを嗤わずにいられるか!」
「お前少し黙れ」
「うごご」
「…待ってください、奥にまだ誰か居ます」
「…あの世からわざわざ引っ張りだしておいて何を言っている?」
「・・・」
「しかも、龍でもなければ人でもない穢れた生き物。そんな奴を信用できるわけがない」
(おかしい、会話の辻褄が合わない。記憶が欠けているわけでも、別の記憶を持っているわけでもない。まるで、過去からいきなりやってきたような…?いや、目の前の虎が初めてというわけではない、ここで食い止めなければこの狂気は地上へと蔓延る。それだけはいけない)
「今だ!」
「!」
「!?」
「悪いがここを通してもらおう、だめなら力で押し通す」
「…」
「…どうした、お前はまだ悩むのか」
「悩んでは…」
「こうしている間にも異変は進む、お前の都合に合わせるわけにはいかない」
「そうだけど…」
「そんな哀れなお前に俺が言えるのは…『絶対に落とすな』それくらいやってのけるよな?」
「…そう、お前達もそちら側と。ならば、この刃の錆となれ!」
「その刃、受け止めてやろう。そして見るが良い、臨まず持たされたこの力を!」
「先ほどの方に案内された道を通っていますが、光がないとやはり不安ですね」
「一本道なのだから杞憂だろう。…しかし」
「おや、貴方も"違和感"を感じていましたか」
「そう、何かがおかしくて…」
幻はその二人を横に、箱に聞く。
「・・・どう思う?」
「…何だ?どうしてお前のような儚い者が俺の言葉を聞かなくてはならぬ?第一そんなことをし続ければ道を踏み外し二度と戻れぬことはないだろうよ」
「ど、どういうこと?」
「じゃあ、例えばお前が誰かを殺したとする。それだけならまだお前は騒霊だ。赦されるかは別としてな。しかし、それをみんな口を揃えて貶し、否定したならば…」
「それは私の中に浸透して…」
「お、意外に物分かりが良いんだな。あの二人を見てみろ、妙に平和的だとは思わないか」
「たしかに」
「そうだろう。…この先は地底の下のさらに下、知っている者は零にほぼ同じのその世界、そこに奴は居る。生半可な覚悟では、死ぬぞ」
「…なるほど、聞いてはいましたがやはり過酷な場所ですね」
「いや、そんな話をしている場合じゃあないぞ」
奥から現れる一つの影。
「遅い…遅すぎる!毛並みが乱れたであろう!」
「…あ!貴方はキュウビ!」
「キュウビ…?…ああ、この頭脳の持ち主のことか。どうやら主の命令の最中にここに飛ばされ…否、『存在が模写』されたと言ったほうが正しいか。ともかく、その際隙ができた。それが今回の全てだ」
「お前っ!キュウビに何をした!」
「なぜそこまで感情的になる?まぁ答えてやろう、『喰った』」
「な!?」
「さぁ、質問には答えたから…お前達も喰って新たな力を手に入れようぞ!」
「くっ、どうしてあの狐はあんなにも強いんだ?」
「尻尾が九本あるからそれほど強いということでしょうか?」
「…奴は妖狐を喰らったことによりその能力も一部吸収している、その能力でお前達を妨害していると考えられよう」
「そんな操り人形のような?しかし私達は…」
「お前達本気で言っているのか!?お前達も『模写霊』なのだぞ!」
「何…だと…?」
「いや、『霊』に自覚はない、それ故に気づかぬのも無理はなかったか。『霊』はもはや呼び寄せられた『複製された異世界転移』のようなものだ」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「地震!?」
「聞こえたか?これが異変の音だ。今、この世界は崩落を始めたのだよ。そこの儚い霊くらいの息の根は止められるであろう。さらばだ」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「まずい、本当に崩れる!?」
(…ダメだ、私の能力じゃ全部をカバーしきれない!)
「…………い、……おい………起きろ……起きろ!!」
「!」
「起きたか」
「二人は…!?」
「二人は、お前を庇った」
「そ、そんな…」
「…………おや、まだ生きていたと」
箱は幻に言う。
「…ほんの少しで良い。時間を稼げ、俺があいつをぶちのめす」
「…おい、そこのお前。空気を読め、二人が倒れたというのに今更なにを粘る?所詮は賢くない生き物か」
「―――うるせえ」
ザクッ
「がはっ!?」
「『力不足』だ」
「目玉…!?」
「くたばれ、畜生が。……幻、無事だな?」
「うん、でも二人が!」
「…どうやら、あの狐を討伐したようだな。しかし、自分達もかつての者達と同胞だったとは。だから判別ができたのか…」
「しかし、不思議なものです。ただ、滅ぼす側につかなかったことは幸運と言えましょう」
「…誰かと共にこうするというのは、悪くはないな。せめて、ここの私に伝えられたら良いのだが」
「それは、私が必ず」
「…ならば、この祈り貴方に託します」
「もう、心残りはない」
「・・・」
「かつて会ってきたものは全て『模造品』。しかし、それに込められた想いは『本物』も『偽物』もない。お前は、体験したんだ」
「わかってるよ」
「ならいい」
「…………!?爆発音!!」
「まさか、あいつ最後に悪あがきをッ!!俺に掴まれ!」
「え、目玉なのに良いの?」
「ごちゃごちゃ言うな早くしろ!」
「…う、ここは」
「…『目的地』だ。おかげで移動は省けたな」
「じゃあ目玉さんを届ける相手も?」
「……奥を見ろ」
「………!」
「あれは、川を上れず堕落した龍に成りきれなかった愚かな魚。俺と合わされば力と真実が融合し、最強になる。しかし一つ問題だ」
「?」
「俺達とあいつとの間、あの人間見覚えがあるであろう?」
「…うん」
「俺達の言い分なんぞ聞いてはくれぬ。倒す必要はない、俺をどうにかしてあいつのもとへ届けてくれ」
「…うん」
「達者でな」
「………づあはっ!?」
「……起きたな。その様子だと…かなり波乱だったようだな、俺の膝の上で寝てるのは相変わらずだが」
「…エルドラド、その左目!」
「あの記録したものとこの『目玉』を届けてくれたのがお前だったとは、不思議なものだ。お前があの場を去った後、俺は『目玉』と共に戦った。あの人間は俺たちの知っている人間とは少し違ってはいたけれど…それでも同一人物と呼ぶには異論はない。俺一人ではきっと……いや、この話はやめよう。折角この世界も良い方向に向かっているのだから。俺の『相棒』は少し容赦ないやつだが、それでも俺との相性は抜群なんだよ。しかし、あの人間を葬り去るのを一人でやらせたのは不味かったな。いつかは礼をしないといけない、今は眠りについているこの『真実の瞳』に」
「真実…」
「今でもたまに思い出すんだ、かつての人間が俺を退治しようとする光景が。…いや、俺にそんなことを想う資格なんてないか」
「エルドラド」
「あぁ、お前にはちんぷんかんぷんだったな」
「ううん、大丈夫」
「言葉を失うということ。それは自我同一性を崩壊させるのと同じこと。それは世界という境界さえも超え、侵食する。しかし、そんな言葉では表せない『痛み』。お前も覚悟しろ、これからもその脳内に宿した者達が立ち塞がることが起きるだろう。ずっと…ずっとな……」