86.5 吉継少年から見た孫四郎の戦い
~慶松視点~
若様が敵を迎え撃ちに行くらしい。私もついていった方がいいのだろうか。
「若様!」
「慶松、僕は今から危険な戦に挑んでくるよ。…絶対についてきちゃ駄目だよ。」
いやいや。だったらなぜ私は今回、この戦に帯同させてもらってるんですか?
「…あの、若―」
「その代わり、慶松にはやってもらいたいことがあるんだ。」
「私が?」
若様は頷く。
「これから僕が行う戦い方をこの紙にメモ…記録していってほしいんだ。任せてもいいかな?」
記録か。
「…わかりました。」
「多分1人でいると危険だから秀吉様にお願いして護衛を出してもらうね。」
そう言って若様は鉄砲隊の皆を連れて山を下っていった。
…護衛の人は本当に来るのだろうか。
「待たせたな、慶松。」
聞き覚えのある声だ。もしかして、
「虎之助殿?」
「うむ。孫四郎様と秀吉様に其方を守るよう言われてな。」
十分すぎる助っ人だ。そう簡単には死なないだろう。
「じゃあ行くか。」
「はい。」
若様はどこにいるのかな。…あ、いた。
「鉄砲隊構え!」
「撃て!」
流石は若様の鉄砲隊。一人たりとも遅れて撃つ者はいない。
「どうしました?」
「先の方が錆びすぎて詰まっています!」
あれ?何やら上手くいってないみたい。
「まずいな。孫四郎様の自慢の鉄砲隊が使えないとなると―」
「そう簡単にはやられないと思いますよ。久太郎様が後ろでいつでも代われるよう待機していますし。」
「孫四郎さん!危なくなったら後ろに下がりなよ!」
「了解です!さっき弾が出なかった人は秀吉様がいるほうに下がってください!弾が出た人はまだ残ってください!」
「ほら、言ったとおりでしょ?」
あ、うっかり若様が私に使う言葉遣いで話しちゃった。
「…あの2人、仲がいいなあ。」
良かった。多分気にしてない。
段々若様の陣形が崩れていっている。でも、若様の兵数はまだ1人もかけていない。
「孫四郎さん、退こう!敵の勢いはさっきよりも増しているよ!」
「いいや、退かないよ。絶対に秀吉様が助けに来てくれるはずだから。」
若様…。あなたは秀吉様の家臣じゃないんだから勝手に退いても怒られないよ。…そういえば、何で若様は刀を使わないんだろう。若様の剣術はそこらの武士に比べてもかなり強いからこの程度の相手ぐらい瞬殺できそうだけどね。
「何で信長様に逆らったのです?信長様に逆らっても敵わないことは浅井家や松永家が教えてくれたではありませんか。」
あ、話を聞いていなかった。ええと、信長様に逆らったという発言から考えると若様の目の前にいるこの人は別所長治本人で間違いなさそうだね。
「答えてくださいよ。あなたが織田家を裏切ってから僕は家族で過ごす時間が全く取れなくなった。1年前からずっと帰っていないんですよ?」
「…そうだな。俺が逆らい続けた理由。それは自分の意思が周りに上手く伝わらなかったからかもしれないな―」
「あなたの意思のせいじゃないでしょう?全てはあなたの叔父のせいですよね?何でごまかすんですか?」
「な、なんでそれを。」
「浅井家は父の久政が織田に付くことに納得しなかった結果、長政殿は父上様の言うことを嫌ながら聞いて最後まで抗い続けました。その状況が別所家も似ているのでは?と思っただけですよ。」
「…俺は―」
「自分の意思が伝わらないじゃない。あなたは自分の意思を伝えないのがいけないんだ!」
若様は毒舌である、と。…こんなこと書いて後で怒られないかな?
…あれ?気づいたら別所勢はどこかに行ってしまった。帰っていったのかな。まあ、何もなかったし陣に戻ろうかな。
「若様、久太郎様お疲れ様でした。」
「ああ、疲れた。弾が出なかったときは本当に焦ったよ。」
「孫四郎さん、いつもは手入れを怠らないはずなのにここ1年は自分の鉄砲以外手入れしてなかったからね。」
「良く反省ですよ。…どうした慶松?」
「…何であの時刀を抜かなかったのかなって。」
「あ。」「…忘れてた。」
若様…その顔、可愛いです。でもまさか忘れてるなんて思わなかった。若様の意外な一面が見れた気がする。
私も早く大きくなって若様の手伝いを出来るように頑張ろう。
慶松から見た平井山合戦の様子でした。
…多分この分を読む人は相当少ないはず。